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嘆きの裏側(レオナルド視点)

レオナルドはユーリアスとともに足早に父王ガイルの執務室に向かっていた。セラフィーナの話を報告して対策を練るためだ。



先ほどのセラフィーナを思い出す。


潤んだ瞳、上気した頬、柔らかい唇。今すぐにでも部屋に引き返したいが、そんなわけにもいかない。


さっさとカタをつけなければ。





叔父レザールとの茶会の後、レオナルドはわざとセラフィーナを突き放すことにした。優しく宥めることは簡単だが、それでは同じことの繰り返しだ。


セラフィーナにはあえて言わなかったが、ジーク・ハワードはフィーナに縁談を送ってきたうちの一人だ。

そんな男を近くに寄せて“いい人”などとのたまう鈍感なセラフィーナに、警戒心を持たせるのは難しい。


ならばやり方を変えて、レオナルドとジークを天秤にかけさせる。ジークを受け入れるなら、レオナルドは離れるということをわからせる。

今後他の男を寄せ付けなくさせるためにも、いったん距離を置こうと考えた。


まさかその間にお茶会事件が起き、忙しすぎて会う時間がまったくなくなるとは思いもしなかったが。




アレクセイからは「フィーナ嬢が落ち込んでいるとティアも心配しているのだが……」と困った顔をしてくるので「兄上は私に、義姉上との仲をいちいち口出しされたいのだな?」と口だけで笑ってやると黙り込んだ。


ターニャからは食が細くなってしまったと嘆かれたので、少量でも大丈夫なように栄養価の高い食事に切り替えさせた。


ユーリアスは時々ジト目で見てくるが何も言わない。やり方は強引だがレオナルドの意図がわかっているからだろう。





向かいに座るアリシアのつまらない話を、微笑みを浮かべ聞いている。

ペドラの動向がはっきりしない以上アリシアを切ってしまうことができず、この無駄な時間を過ごしている。


お茶会事件でペドラは尽力した。

噂では第二王子妃を目指してるといわれているが、別邸での動きが怪しい。やはりこのまま終わるとは思えない。


パーティーで大人しすぎたルードリッヒも気にかかる。アレクセイに叩きのめされて、逆恨みでもしそうなタイプだ。だからわざわざレザールにサライエへ行ってもらった。


レオナルドには山のようにある事件報告書の処理、公爵だったマケドニーが失脚したことの対処、レザール不在のため重く圧し掛かる外交業務、事件解決を知らしめるために学園に顔を出す必要もある。

さらに仕事の早いレオナルドの元には常に何かしらの案件が舞い込んでくる。


そんな中で、この女のくだらない話に時間を割かれ、セラフィーナに取る時間がなくなっているのだ。アリシアを妃になんてとんでもない話まで広まってきている。

しかもどっかの馬鹿教師がわざわざセラフィーナの耳に入れたらしい。鬱陶しいことこの上ない。


ユーリアスに目配せする。


「殿下、そろそろ次のお時間です」

「わかりました。ではアリシア嬢、本日はこれでよろしいですか」

「あら、時間が経つのは早いものですわね」


そう言いつつも席を立たないのはいつものことなので、レオナルドが手を取って扉に向かわせる。ふと視線を感じて顔を向けると、ダークブルーの瞳を凍らせたセラフィーナが立ち尽くしていた。


これは誤解が加速するな。

そう思うと、自然と眉間にしわが寄る。


「私のお話というのはたいしたものではございませんので、これで失礼させていただきますわ」


セラフィーナはさっさと出て行ってしまった。


だが動揺が伝わってきた。

間違いなく誤解している。それも仕方がない。レオナルドの想いさえ伝わっていないのだから。


「あら、フィーナ様出ていかれてしまわれましたわ。本当に大したご用ではなかったようですわね」


その言葉に苛立つ。お前の用こそ大したことないだろうと蹴り上げたくなった。


「ではアリシア嬢、私の時間も押していますので」

「あ、あの、レオナルド殿下。わたくし、殿下をお慕いしておりますの。どうかわたくしの気持ちを受け入れてくださいませ」


顔を赤らめてレオナルドの手を両手で握りしめてきた。何度も言うが、鬱陶しいことこの上ない。


握られた手をスッと引く。


「あなたは二年前、当時は学園生だった兄上にも同じことをされていましたよね?兄上専用の談話室で。私の記憶違いでしょうか?」

「あ、いえ、あの。そのような……」


赤らめた顔を今度は青くしている。その場にレオナルドがいたことをようやく思い出したようだ。

当時王太子妃を目指していたこの女は、レオナルドのことなど気にも留めていなかった。


だがこれではっきりした。

娘を王太子妃にと望むペドラと、レオナルドに言い寄るアリシア、両者に意思疎通ができていない可能性が高い。レオナルドの元に足しげく通ってくるのは侯爵の策略かとも思ったが、予想外れもいいところだ。


黙り込んでしまったこいつをさっさと追い出して、セラフィーナの元に行かなくては。


「アリシア嬢、お帰りください。私も公務が押しています」

「そ、そうですわね。では失礼いたしますわ」


扉が閉まり、レオナルドは髪を掻き上げ溜め息をついた。まだまだ仕事が山積みだが今の優先順位はセラフィーナだ。


ユーリアスに目を向ける。


「私はセラフィーナのところへ行く。あとを頼む」

「殿下、ちゃんと戻ってきてくださいね」

「………」

「何無視しているのですか。駄目ですよ、時期尚早です」

「……わかっている」

「それから殿下、あなた香水臭いです。それを落としてからにしてください。セラフィが泣きます」

「……わかっている」


ユーリアスの物言いがきつく聞こえるのは気のせいではないだろう。レオナルドとてこれ以上、セラフィーナを悲しませるつもりは毛頭ない。

自室に戻り簡単に湯浴みを済ませ、セラフィーナの部屋へと急いだ。





久しぶりに訪れた部屋の扉をノックする。だが返事がない。勝手に入るのも若干気が引けるが、誤解を加速させたままでいる方が問題だ。

静まり返っている部屋に入ると、テラスの窓が開いている。

近づくとそこには、月を見上げハラハラと涙を落としながら、静かに佇んでいるセラフィーナがいた。


その姿にレオナルドは胸を衝かれた。


泣いているかもしれないと思った。だが実際見ると胸が苦しい。こんなふうに泣かせるつもりなんてなかった。


カツリ

靴の音が響き、セラフィーナが振り向く。


深い青色の髪がふわりと舞い、同色の瞳から大粒の涙を零す姿は、それゆえの美しさがあった。

初めてアレクセイの執務室で素顔を見たときも、今も同じだ。つい見惚れてしまう。


近づくと誤解したままのセラフィーナは必死に言葉を探している。


「邪魔とはなんだ」


お前を邪魔などと思うはずがない。そういう意味で言ったつもりだったが、さらに誤解させた。


セラフィーナは涙を堪えながら、懸命に笑ってレオナルドとアリシアのことを口にする。その姿がいじらしくて健気で儚げで、見ていられなかった。我慢できなくなった。



触れたい。自分のものにしたい。



引き寄せられたように唇を塞ぐ。初めての口づけはレオナルドを満足させた。ただセラフィーナには突然すぎてしまった。誤解を解き、硬くなってしまった心を溶かすように優しく、丁寧に、目尻に頬に、ゆっくりキスを落とす。


気持ちがほぐれてきたのがわかり、もう一度セラフィーナの柔らかい唇に、自分のそれを重ね合わせる。感情の赴くままにしっかり抱き締めた。腕の中にすっぽりと収まっていることに、より愛おしさが増す。


「好き。レオナルド様が好きなの。誰よりもそばにいて欲しいの」


ようやく、手に入れた。

もう手放す気はない。


我慢できずつい夢中で深い口づけをしてしまい、案の定セラフィーナの力が抜けてしまった。

いつもは白い頬を上気させ、息を乱した口は少し開いている。レオナルドが見惚れる大きな瞳には涙の余韻が残っており、警戒心のない緩んだ表情は色気を多分に含んでいる。


そんな顔をさせたのが自分だという満足感と、このまま自室に連れ込みたいという欲望が生まれる。


だがユーリアスにも言われたとおり時期尚早だ。


まもなくフィーナ・ガレントは役目を終えるだろう。それまでの我慢だ。それならそれで今を楽しむべきだ。




セラフィーナをソファに座らせ、今の状況を伝えると、驚きの発言をした。


確かにあのとき、ルードリッヒの従者は無言だった。部下にも見下されているではないかと内心鼻で笑ったが、そんな裏が隠されていたとは。セラフィーナの観察眼に舌を巻く。


セラフィーナの考えが合っている可能性が高い。ペドラとルードリッヒ、両者が組んでいるならそこをつぶせばよい。


名残り惜しいが扉に向かう。

ふとジークのことを釘を刺しておこうと、セラフィーナの体を引き寄せた。


「お前は私が他の女と一緒にいるのは嫌だろう?」

「……嫌です」

「なら私も同じだ。他の男を近づけるな」


セラフィーナはよほど嬉しかったのか、レオナルドを見てふにゃりと笑った。


くそっ!かわいいなっ!!


ダメだダメだと思いつつも止まらない。こんな顔をされたら手放したくなくなるに決まっている。先ほどの、色気に満ちた顔も揺さぶられるが、可愛らしさも堪らない。

しかもセラフィーナはそれをまったくわかっていない。


感情を抑制できる方だと自負していた。

だがセラフィーナの前だと難しいことを悟った。





ティターニアの部屋の前に行くと、ちょうどターニャが出てきたところだった。


「セラフィーナの部屋に軽食を届けてくれ」

「でも……」

「大丈夫だ、今なら食べられる。あんなに痩せてしまっては心配だ」


するとターニャは、元凶のお前が何を言っているんだという冷ややかな目を向けてきた。


レオナルドと付き合いが長い上に、ターニャはセラフィーナに肩入れしている。使用人らしからぬ態度だが、時間をみつけてはせっせと世話を焼くターニャに感謝している。レオナルドは冷たい視線を甘んじて受け入れた。


「頼んだぞ」そう告げ、一度自分の執務室に戻った。




ユーリアスに「ようやく手に入れたぞ」と誇らしげに話してみれば苦笑された。

自分でも浮わついているのがわかる。

ティターニアに浮かれるアレクセイの気持ちが少しだけ理解できた。





緊急召集をかけて父ガイルの執務室でセラフィーナの見解を話すと、その場にいた全員が驚きに目を見張った。

だがセラフィーナは機微に鋭く状況判断に優れている。今までの出来事を振り返っても皆の信頼は厚い。


「ペドラの別邸にいるのはルードリッヒの可能性が高い!至急レザールに報告してルードリッヒの所在の確認を!従者の経歴もだ!別邸を行き来している使用人から目を離すな!」



別邸に乗り込む前に証拠固めを。

最善の策だと誰もが思っていた。

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