驚愕するテディにほくそ笑む
月日が経ち、とうとう入学初日がやってきた。
一昨日から寮に入っているセラフィーナは準備万端で、もちろんテディ対策もばっちりだ。
鏡の前でぐっと拳を固く握り気合を入れた。
入学式が終わり、クラス発表の掲示板を確認したセラフィーナは、テディとクラスが違うことに心底ホッとした。毎日同じ教室で顔を合わせるなんて地獄だ。
クラスでの顔合わせも終わり、無事一日目が終了したのでセラフィーナは教室を出る。クラス内では強烈な視線を感じ、廊下ですれ違う生徒からはギョッとされたが予想できたことなので気にしない。
寮に戻ろうとしたところ、後ろから久しぶりに聞くテディの怒鳴り声が廊下に響いた。
「おい、セラフィーナ!入学初日に婚約者に挨拶しにこないなんて何をやっているんだ!」
来た!
セラフィーナは逸る鼓動を抑え、冷静にと自分に言い聞かせて無表情を作る。
「お久しぶりです、テディ様」
振り向いたセラフィーナにテディは目を見開き、愕然となった。
「え……?お前……本当に、セラフィーナなのか?」
それはそうだろう。
セラフィーナは心の中でニンマリした。
15歳になるセラフィーナは前髪を目にかかるぐらいまで伸ばし、横髪も頬に被っていて顔の輪郭が全くみえない。胸元まである髪は二つに分けて三つ編みにして垂らしていて、今時どこの田舎娘かと突っ込みたくなるほどもっさりしている。
昔はパッチリしていた大きな瞳はつり上がり気味の糸目になっていて、細すぎてちゃんと前が見えているのか不安になるほどだ。頬から鼻先までかなり濃いそばかすが散っていて、隠した方がいいんじゃないかと言いたくなる。唇も薄紫色で血色が悪く、目の下のくまも酷すぎて寝不足がすぎると思わせた。
昔のようにパッとした印象はまるでない。それどころか表情も乏しく、顔色も悪いせいでどんよりと影を背負っている。
さらにスタイルも問題だ。
学園の制服は長袖の白いシャツにチェック柄のリボン、同柄の膝下丈のフレアスカートに素足が見えないよう黒のタイツを履く。男子生徒はネクタイにパンツスタイルだ。クレイズ王国は年中穏やかな気候なので上着がなくても問題ない。
しかしシャツというのは存外体型がわかりやすく、15歳ともなると女性らしい体つきをしている者が大半だ。
だがセラフィーナは該当しない。
胸から腰回りまで一直線だ。いわゆる寸胴体型と呼ばれるものだ。これが細いならまだしもかなりぽっちゃりしている。貴族令嬢のくせに腰回りが太すぎて、既製品のドレスでは間違いなく入らない。
華やかさとは無縁の存在。
そう、セラフィーナは非常に見た目の残念な令嬢になっていた。
全体的にもっさりしていて、はっきりいってかわいくない。というより何がどうしてそうなったんだと言いたい。
「はい、セラフィーナ・ダウナーです。何か?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!確かに髪は相変わらず辛気臭い色だが、顔が違いすぎるだろう!」
「テディ様とは数年お会いしておりませんでしたね。昔は母に似ていたのですが、ここ最近は父に似てきたようです」
別に父にも似ていない。だがテディは言葉を失ったようだ。セラフィーナは口の端が上がりそうになるのをぐっと堪えた。
「そ、それになんだ、その鼻のまわりに散らばっている斑点は!び、病気じゃないのか?!」
そばかすも知らないのか。
「これは日に当たりすぎて適切な処置をしないと痕が残るものです。病気ではありません」
「ならなんでそんな顔色が悪いんだ!」
「なぜと言われましても元々ですのでどうしようもありません」
「それならその髪はなんだ!辛気臭いのがさらに酷くなっているぞ!もっとすっきりさせろ!」
「他国に行った際に額に怪我を負ってしまいましたので、前髪で隠しています」
「なんだと!傷があるのか!そんな者がモルガン家に嫁いでくるのか!」
「モルガン家に相応しくないとお思いでしたら婚約を解消なされるのはいかがでしょう?」
暴言を吐かれることはわかっていたが、思った以上の展開になりセラフィーナは心が踊った。
さあ、ここで婚約破棄だと言えばいい!!
だがさすがにそこまでうまくはいかない。
黙りこんだテディだったが、何かを考えるように口を開いた。
「……そうだな。今のお前では僕の隣に相応しくない。なんだか薄気味悪いし腰回りも太いし最低な容姿だ。だが入学初日に婚約解消ではモルガン家としても外聞が悪い。仕方ないからもう少し待ってやろう。だが僕に相応しい女性が現れたらこの婚約は即刻取り消してやる!」
そう言ってテディは玄関に向かって行った。
残されたセラフィーナはがっかりした。
勢いで破棄までいけるかと一瞬期待してしまったのだ。
だが仕方ない。長期戦は元より覚悟の上だ。見た目の印象は最悪だった。方向性は間違っていないはず。
なんとか前向きな気持ちをつくり、セラフィーナも寮に戻った。
自室に戻ると読書をしていたウィンストン公爵家のご令嬢、フィリアが顔を上げた。
「それで、どうでしたの?」
「帰り際にテディ様に捕まったわ」
フィリアはフフッと笑い柔らかそうなピンクブロンドの髪を軽く払った。
「予想どおりですのね。そのお話の前に、まずはお化粧を落としていらっしゃいな」
「そうね。着替えもしてくるから少し待っててね」
自分の部屋に戻ったセラフィーナは、まず前髪を上げて両目の横に張り付けている白いテープを取った。
次に洗面室で顔を洗い化粧を落とす。ペンシルで書いたそばかすや目の下のくま、口紅がきちんととれていることを確認した後、念入りに保湿をした。
制服を脱いで、腰回りに巻き付けていたタオルを取り、胸に巻いていたさらしを外して部屋着のワンピースに着替える。
最後に三つ編みをほどき、鏡の前に立った。
そこには亡きメイリーを彷彿とさせるパッチリとした大きな瞳、くすみひとつない真っ白な肌、ピンク色のぽってりとした唇が愛らしい顔が映っている。
さらに艶やかな深い青色の髪は胸元でゆるく流れており、ボリュームのある胸にきゅっとくびれた腰回り。誰から見てもスタイル抜群の美人が立っていた。
これが本来のセラフィーナである。
試行錯誤の結果、セラフィーナは自分に偽装を施したのだ。
顔が気に入っていると言うなら真逆にしてしまえと、白いテープと化粧で原型をなくし髪で誤魔化す。さらに体型まで隠す。
誰もがギョッとするほどのこの姿は、セラフィーナにとってまさに会心の出来というべきものだ。
年頃の令嬢が自分の姿を悪く見せるなどなかなか大胆な方法だが、幼いころから異国の地で揉まれ、ある意味貴族令嬢らしくないセラフィーナだからこそ選べたともいえる。
今日のテディの反応を見るかぎり、婚約破棄に向けて一歩進んだことだろう。見た目の印象は最悪だったはず。
次は態度だ。
無表情でやり込め苛立たせ、さらに嫌われる。これからが勝負だ。明日からまた気合いを入れなくては。
鏡の前では、目を光らせた意思の強そうな令嬢が力強く頷いた。
「さあ!フィリアに聞いてもらわなくちゃ!」
セラフィーナは足取り軽く部屋を後にした。