月明かりの下で
カツリ
音が聞こえた気がしてセラフィーナはゆっくりと振り向いた。そこにはレオナルドが静かに佇んでいる。
まさかレオナルドがいるとは思わず、セラフィーナは慌てて涙を拭った。
「あ、あの、レオナルド、殿下。どうされたのでしょう?」
だがレオナルドは無言のままセラフィーナに近づいてくる。やはり先ほど勝手に執務室を訪れたことが気に入らないのだろう。
「あの、先ほどはお邪魔をしてしまって、申し訳ございませんでした」
「邪魔とはなんだ」
それを言わせるのか。
セラフィーナはまた涙が零れ落ちそうになるのを懸命に耐える。
「それは、アリシア様とのお時間を…っ……」
これ以上言えない。言いたくない。
零れてしまった涙は戻らないが、せめてエメレーンのように笑顔でお祝いの言葉を。
「し、失礼しました。どうかお二人、幸せに」
“なってください”そう言うつもりだったセラフィーナの言葉はかき消された。
セラフィーナの口はレオナルドのそれによって塞がれたからだ。
え……
セラフィーナは一瞬で頭が真っ白になった。
何が起こったのかすぐに理解できず、時間は過ぎ去り、離れたレオナルドの顔が視界に映る。
セラフィーナは呆然とした。震える指で、先ほど重なった自分の唇を触れる。
「……な…ぜ………?」
「お前が勘違いしているからだ」
レオナルドはふうっと息を吐いた。
「私は前に言ったな。第二王子として振る舞うと。笑顔に騙されるなと。あの女に向ける笑顔など、感情のかけらも入っていない」
セラフィーナの動揺は収まらず、思っていたことを口にする。
「でもさっき、眉を寄せて…」
「あれは、あの女の手を取っているところを見れば、お前がまた余計に思い悩むと思ったからだ」
「でも噂が……」
「そんなものに踊らされるな」
レオナルドが金の髪を掻き上げ、真っ直ぐセラフィーナを見つめる。
「私が好きなのはお前だ、セラフィーナ」
セラフィーナは目を大きく見開いた。下ろした指先が自然に震えてしまう。
「…う、そ……」
「本当だ。素の私に嘘はない」
レオナルドはセラフィーナの頬を両手でふわりと包み込んだ。
「初めて会ったときからお前の瞳に惹かれている。言ったはずだ、一番好きな色だと。私が求めているのはもうずっと前からお前だけだ」
その言葉に、セラフィーナの心が震える。
瞳に溜まった涙が零れ落ちた。
「ほんとうに……?」
セラフィーナの小さな呟きに、レオナルドは優しく微笑む。
「本当だ。私を信じろ」
レオナルドは親指で涙を優しく拭った。
淡いグリーンの瞳がセラフィーナを見つめる。
「セラフィーナ、お前が好きだ」
レオナルドはセラフィーナの額にゆっくりとキスをした。涙の溜まった目尻に、濡れた頬に、順にキスを落としていく。
それはいつもの強気なレオナルドではなく、頭を撫でてくれるときのように優しく、真綿で包み込んでくれるような温かさがあった。
セラフィーナは自分の心が解けていくのを感じた。
先ほどまでは氷のように冷たくなっていた心が、レオナルドのキスによってじわじわとほぐれていく。
そして再び、二人の唇が重なった。
月明かりが二人を照らす。セラフィーナは静かに瞳を閉じた。
夢ならこのまま覚めないでと祈りながら。
先ほどよりも強く長いキスの後、セラフィーナはレオナルドに抱き締められた。
「泣かせてすまない。お前を誰よりも大切に想っている。セラフィーナ」
耳元で、囁かれた。
今まで夢心地だったセラフィーナは、その言葉を聞いてまた涙が溢れだした。
震える両手をレオナルドの背中に回す。そうするとレオナルドはさらに強い力でセラフィーナを抱き込んでくれる。広い胸にしっかり包み込まれ、これが現実であることを実感する。
涙が零れ落ちてきて、上手く話せるかわからない。
でも今言いたい。
「好き。レオナルド様が好きなの。誰よりもそばにいて欲しいの」
その想いを受け入れるかのように、レオナルドはセラフィーナの頭に頬を擦り寄せた。そして熱の籠った眼差しでセラフィーナを見つめる。
「ようやくだな」
そう言って再び唇を重ね合わせた。
何度も角度を変えて重ね合わせていた口づけが、徐々に深いものになっていく。レオナルドに唇を舐めとられ、甘噛みのように柔らかく食まれ、舌を絡め取られる。二人の吐息が、お互いの熱が混じり合う。
体が熱い。
レオナルドの熱が移ったかのようで、セラフィーナは自分がどうにかなりそうだった。
されるがままのセラフィーナの力がふっと抜けた瞬間、レオナルドが体を支えた。
顔を上気させ、潤んだ瞳でレオナルドを見上げるセラフィーナに、レオナルドはクスッと笑いもう一度キスをする。
その後はセラフィーナを手慣れたように横抱きに持ち上げた。




