ユーリアスの妹だからと思われたくない
次の日の放課後、ジーク・ハワードが綺麗に包装された箱をセラフィーナの前に差し出してきた。
「あの、ハワード様。これはいったい?」
「昨日ガレント嬢がお疲れのご様子でしたので、気分転換になればとお持ちしました。こちらはマチュア王国のモアナと呼ばれる果物です。ご存じないでしょうが、今の時期に大変人気のある菓子ですよ」
もちろんセラフィーナは知っている。
モアナは有名な甘い果物で、乾燥させたものが周辺国に出回っている。収穫時期が短いので出回るのも短期間だが、一口サイズで食べやすくお茶菓子として人気がある。
「あの、でも、いただけませんわ」
「そうおっしゃらずに。お茶請けにぜひ皆様で召し上がってください」
なかなか手を出せずにいると、ジークは笑ってセラフィーナの机の上に箱を置いて教室から出ていってしまった。
困ったセラフィーナは一部始終を見ていたティターニアとフィリアに顔を向けると、二人が苦笑する。
「出て行かれてしまわれたなら、後からお返しするほどでもありませんわね。モアナは希少ですが高価なものではありませんし。仕方ありませんわ。せっかくなのでいただきましょう」
フィリアの言葉にそれならと、キャサリンとリサも誘ってテラスに向かった。
テラスは中庭に面していて見晴らしもよく、気候のよいクレイズ王国ならではの心地よさがあり、男女ともに人気のある席だ。
とはいえ残念令嬢時代のセラフィーナはこのテラスを利用できなかった。万一突風でも吹いて白いテープが見られたらおかしなことになってしまう。かつらになった今ならと、フィリアが連れてきてくれた。
五人でテーブルを囲み給仕にお茶を用意してもらう。
子爵令嬢のリサが毒見役を自ら買って出てくれた。
「甘くてとても美味しいわ」
初めて食べるティターニアが喜んでいる。キャサリンとリサも嬉しそうだ。
ジークにお礼をした方がよいのだろうか。でもそうするとまた何か持ってきそうだ。
「あら皆様、ごきげんよう」
振り向くとミルクティ色の髪を上品に払って笑顔を浮かべているアリシアがいた。
「まあ!モアナですのね!わたくし目がなくて!羨ましいですわ!」
混ざろうとしているのか、立ち去ろうとしないアリシアにティターニアが声をかける。
「よければご一緒にどうぞ」
「ありがとうございます。レオナルド殿下がおっしゃっていたように、ティターニア殿下は大変お優しいのですね」
レオナルドの名前が出たことでセラフィーナはピクッと肩が動いたが、平常心を心掛ける。
「レオナルド殿下はお忙しくて本日は学園にいらしていないのですわ。わたくし色々とご相談に乗っていただいておりますの」
レオナルドと仲が良いとでも言わんばかりの発言にフィリアが口を挟む。
「アリシア様、そのようにレオナルド殿下のご予定を軽々しく口にするものではありませんわ」
「あら、わたくしったら。そうですわね、皆様がレオナルド殿下のご予定を知っているわけではありませんものね」
ふふふと笑うアリシアに、フィリアが冷めた視線を送った。キャサリンとリサは微妙な空気を読み取って無言を貫いている。そこへティターニアが混ざった。
「フィーナもレオナルド殿下にとてもよくしていただいているわ。ね、フィーナ?」
「そうですね、気にかけていただいております」
するとアリシアがパッとセラフィーナを見る。
「そうなのですね。ではきっとレオナルド殿下はフィーナ様のことを妹のように思っているのでしょう」
「いもうと?」
「ええ。ティターニア殿下とレオナルド殿下はいずれ義姉弟になりますもの。ティターニア殿下の従姉妹であらせられるフィーナ様を、妹のように気にかけていらっしゃるのですわ」
「そう、ですね」
「ええ!ええ!とても素敵なご関係ですわね!」
いもうと………
レオナルドにとってセラフィーナは妹なのだろうか。
ユーリアスの妹だから、同じように妹として気にかけてくれているのだろうか。
微妙な空気が続く中、アリシアは一人で自由気ままに話しまくり「もうこんな時間ですのね、それでは皆様ごきげんよう」と去っていった。
なんだかどっと疲れたし、モアナはほぼアリシアが食べてなくなってしまったし、今日はもうお開きにしようとその場を離れた。
帰りの馬車の中、外をぼんやり見つめるセラフィーナに、ティターニアは心配そうに目をやる。テラスでの出来事を見ていたリンカとターニャは黙って二人を見つめていた。
「ねえ、フィーナ」
「はい、何でしょう?」
ぼんやりした顔を向けたセラフィーナに、ティターニアは思い切って質問する。
「レオナルド殿下がフィーナのことを妹だと思っていたとして。それはフィーナにとって嬉しいこと?嫌なこと?」
「え?」
「レオナルド殿下がどう思っているかなんてわからないわ。アリシアさんが勝手に思い込んでいるだけだもの。でもフィーナはどうなの?レオナルド殿下から妹だと思われたい?」
「あ、わたしは……」
いやだ、と思った。
レオナルドに妹だなんて思われたくない。ユーリアスの妹だからといって、そんなふうに思ってほしくない。それにユーリアスとは違う。レオナルドのことを兄とは思えない。思いたくない。
セラフィーナが自分の心を掴みかけたそのとき、急に馬車に振動が走った。ガタンと大きな音がしたと思ったら、馬の嘶きが聞こえ馬車が傾きだす。
「キャーーーーーーーッ!!」
セラフィーナ達は何が起こっているのかわからないまま横倒しにされ強い衝撃を受ける。
そこでふっと目の前が暗転した。
意識がゆっくり浮上して、セラフィーナは目が覚めた。見慣れた天井が視界に映る。
「気が付いたか」
声がした方に目を向けると、レオナルドが眉間にしわを寄せていた。セラフィーナの左手をしっかり握っている。
「あ、レオナルド様」
「駄目だ。寝てろ」
起き上がろうとするとレオナルドに止められる。セラフィーナは自分の置かれた状況がいまいち掴めないでいた。
「あの、いったい?」
「お前達が乗っていた馬車の車輪がはずれて横転した。お前は気を失っていたんだ。だからまだ動くな」
それで思い出した。
ティターニアと話していて、それで……ハッとした。
「ティア様は?リンカとターニャは無事ですか?」
「義姉上もお前と同じだ。先ほど目を覚まされて医師に診てもらったが問題なかった。リンカとターニャは医務室にいる。お前もまず診てもらうんだ」
レオナルドが離れ、代わりに高齢の男性が近づいてきた。以前怪我したときも診てもらった王宮専属の医師だ。
「では失礼します」
セラフィーナの目を見たり脈を測ったりしている。手足を触られ感覚があるか、どこか痛みがあるか、その他にも色々な質問をされるので、セラフィーナはそれに答えていく。
「脈拍も異常ないですし、質疑応答もしっかりされている。問題ないかと思います。ですが数日は必ず安静にしてください。何かあればすぐ連絡を」
医師は頭を下げて出て行った。
レオナルドがベッドに近づきそばの椅子に腰掛ける。大きな溜め息をついた後セラフィーナの左手を取り、両手でしっかり握った。
「お前が無事でよかった」
レオナルドは目を閉じ、セラフィーナの手の甲に自分の唇を押し付けた。その苦悶の表情にどれだけ心配してくれていたかがわかる。
セラフィーナは申し訳ない気持ちとともに、湧き上がる感情があった。
「あの、心配させてごめんなさい」
すると顔を上げたレオナルドがフッと笑った。
「まったくだ。お前は目を離すとすぐ怪我を負う。私にどれだけ心配させる気だ」
レオナルドは右手を伸ばし、セラフィーナの頭を優しく撫でる。
「ふふ。レオナルド様の手、気持ちいい」
「さあ、もう寝ろ。寝るまでそばにいてやる」
「うん……」
セラフィーナは馬車が横転する前に考えていたことを思い出す。
この人に妹だと思われたくない。兄のユーリアスとはまったく違う。今も、大切そうにゆっくり撫でてくれる大きな手に。
やっと気付いた。
いつからかわからない。もしかしたら最初に頭を撫でてくれたときかもしれない。でもたぶん、もうずっと前から。
私、レオナルド様が好きだったんだ。
柔らかく、優しく撫でてくれるレオナルドに委ねるように、セラフィーナは意識をゆっくりと落としていった。




