今度はフィーナで学園編入
いよいよ今日から学園に編入だ。
セラフィーナとティターニア、リンカとターニャの四人で馬車に乗り込んだ。
王城と学園の距離はさほど遠くない。いつものように四人で談笑しているとすぐに着いた。リンカとターニャは授業中、専用の待機場所で待っていてくれる。
二人と別れ、教師に連れられてクラスに向かった。
セラフィーナとティターニアは、セラフィーナが元々いた第二学年の一番上のクラスに入ることが決まっている。
教師に案内され教室に入った瞬間、生徒達のどよめきと感嘆の声が響いた。もちろん理由はティターニア。男女問わず皆がそわそわし出し、笑顔で挨拶したティターニアの美貌に見惚れた。
それを正面から見ていたセラフィーナはそうだろうと大満足だ。
教師に言われ、一番後ろの席に二人並んで座る。すると隣の男子生徒が話しかけてきた。
「私はハワード伯爵家の嫡男ジーク・ハワードと申します。フィーナ・ガレント嬢、歓迎します」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いいたしますわ」
もちろんセラフィーナはクラスメイトだったので知っている。言葉を交わすのは初めてだが。
そして授業が始まった。セラフィーナがいない間にずいぶん先に進んだようだが問題ない。ときどきティターニアにコクーン語で通訳を入れながら、あっという間に昼休みに入った。
笑顔のフィリアが二人の元にやってくる。
「ティア様、フィーナ様。食堂までご案内しますわ」
「ええ、よろしくねフィリア」
「ありがとうございます、フィリア様」
今さらフィリアと他人ぶるのも恥ずかしいが、一緒にいてくれるのはやはり心強い。仲良く三人でランチをして、放課後はフィリアに学園を案内してもらうことにした。
すべての授業が終わり、三人で教室を出ようとするとジークがセラフィーナに話しかけてきた。
「もしよろしければ学園を案内しましょうか?」
「いえ、今からフィリア様が案内してくださいますの」
「そうでしたか。ではよければ私もご一緒しても?」
三人で顔を見合わせた。なぜついてくる必要が?
「ハワード様、わたくしがご案内しますから結構ですわ」
「あ、いえ。ウィンストン嬢、お気を悪くされたのなら失礼しました。ただ女性からと男性からでは、また違った視点で学園をご案内できるのではと思ったものですから」
言われてみればそのとおりなので、ティターニアが返答する。
「せっかくのお申し出なのでお受けするわ。よろしくお願いします」
「光栄です、ティターニア殿下。どうぞよろしくお願いします」
四人で連れ立って学園内を回る。
ジークは自分の言ったとおり、男子生徒が集う場所や人気のメニュー、興味あるものなどを場所毎に説明してくれる。学園に通っていたセラフィーナも知らないことが多く意外に楽しめた。もっとも、残念令嬢だったセラフィーナは友人も少ないので知らないことだらけだが。
丁寧に案内してくれるジークに、一通り案内が終わったところでお礼を言った。
「ありがとうございました、ハワード様。楽しく見学させていただきましたわ」
「お役に立ててよかったです。それではガレント嬢、また明日よろしくお願いします」
ジークは笑顔で去って行った。それを見送るセラフィーナ。その後ろでティターニアとフィリアは小声で話す。
「フィーナはまったく気づいていないけど。もしかして……」
「ええ、わたくしもそう思いますわ。レオナルド殿下が知ればどう思われるか、少々心配ですわ」
「そうよね。私達も気をつけましょう」
そんなことを考えもつかないセラフィーナはくるっと振り向き、二人に笑いかけた。
「テディ様以外でまともに話した男子生徒は初めてかもしれません。普通に話せるものですね」
「え、ええ。そうね」
「さあティア様、王宮に戻りましょう!この後はまだ王妃教育が待っていますよ!」
ティターニアとフィリアは苦笑した。
セラフィーナらしいな、と。
学園に通う生活にも慣れてきた。
フィリアの紹介で、キャサリンとリサとも挨拶を交わし、時々ランチも一緒にする。
「ティターニア殿下はレオナルド殿下の元でお勤めされていらっしゃる、セラフィーナ・ダウナー様をご存じでしょうか?」
ランチ中、キャサリンの質問にセラフィーナも顔を上げる。
「ええ。とてもお世話になっているわ」
ティターニアが笑顔で答えると、キャサリンとリサが嬉しそうに顔を合わせた。
「あの、私達、セラフィーナ様と親しくさせていただいていたのです」
「そうなのです。前期最終試験のときにはお怪我をされてしまい、心配していました。フィリア様からご様子を聞いて安心しましたが、お元気でいらっしゃいますか?」
「ええ、とても元気よ。ふふふ。お二人のことを伝えておくわね」
「ありがとうございます」
「よろしくお願いいたします」
そんなことを言ってくれる二人の優しさが堪らなく嬉しい。ヘラヘラ笑っているとフィリアに肘でちょんとされて慌てて顔を戻した。いつまでフィーナの偽装が続くかわからないが、いつか素顔で二人に会いたい。
あとはジークがよく話しかけてくるようになった。面白かった本を薦めてきたり、勉強の進み具合を心配されたりしている。
「ガレント嬢はクレイズ語が完璧ですね。素晴らしいです」
「ありがとうございます」
「ですが勉学の方はいかがですか?もしわからないことがありましたら、私がお教えしますよ」
ジークは優しさからの発言だろうが、セラフィーナは前期の最終試験でも宣言どおり一位を取っている。ティターニアがとても褒めてくれたし、レオナルドとユーリアスが頭を撫でてくれて嬉しかった。
悪いが問答無用でジークより上だ。
「ありがとうございます。ですがわたくしは王宮で教師がついておりますので大丈夫ですわ」
「そうでしたね。ですが何かあれば遠慮せずにおっしゃってくださいね」
優しい人なのかもしれないが、残念令嬢のときは会話なんてしたことがないのになぜこうも話しかけてくるのか。
放課後馬車に向かおうとすると、ではそこまでと言ってついてくる。ティターニアとフィリアと三人でいるときにも混ざろうとしてくるので、女好きかもしれない。
それを二人に伝えたら、二人とも困った顔をセラフィーナに向けてきた。
その日も、ではご一緒にとついてくるジークを連れてセラフィーナはティターニアと馬車に向かった。
何気なく視線の先を窓の外に向けると、日の光を浴びてキラキラ輝く金色が視界に入る。
レオナルドだ!
そう思った瞬間、セラフィーナの心が一気に跳ねた。
レオナルドとはあの日以来会えていない。仕方がないとわかっているがやっぱり少し寂しかった。
廊下から出て外に回り込もうか。でもフィーナがそんなことをするのはおかしすぎる。
それならこちらに気付いてくれないかと見つめていると、レオナルドが立ち止まり振り返った。ミルクティ色の髪の女性が近づき、二人は楽しそうに笑顔を向け合い、やがて一緒にセラフィーナの視界から消えていった。
…大丈夫。レオナルドは言ってくれた。あの笑顔に騙されるなと。余計なことは考えるなと。
だが頭ではわかっているが心は落ち着かない。
ああ、見たくなかった。
「ガレント嬢?どうなさいました?」
「い、いいえ。なんでもありませんわ」
ジークに現実に引き戻されたセラフィーナは何もなかったかのように歩き出した。
だがもやもやした気持ちはなかなか晴れてはくれなかった。




