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笑顔に騙されるな

学園編入するまでの間、ティターニアの山のような謁見希望を順に対応していた。

セラフィーナは同席ながらの監視役だ。大半はティターニアを褒め称えるものだが、中にはすり寄ろうとする貴族もいて、セラフィーナはアレクセイにきっちり報告している。


そんな中、アリシア・ペドラから謁見希望が入った。


「ペドラ侯爵の動きが不明なので断るつもりだったが、私達全員に内密で話があるというので受けることにした。フィーナ嬢も参加してくれ」

「わかりました」


内密とは何だろう。

気がかりながらもアレクセイの言葉に頷いた。




謁見当日、アリシアは予定時刻に現れた。

ミルクティ色の柔らかそうな髪をハーフアップにまとめ、淡い紫の瞳と同色の上品なドレスをまとったアリシアは、以前パーティーで見たときと変わらず華やかだ。


挨拶をしたアリシアにアレクセイが問いかける。


「さて、ペドラ嬢。早速だが我々に内密に話したいこととは?」

「はい、アレクセイ殿下。実はわたくしの父、ペドラ侯爵についてでございます」


皆が一瞬眉を寄せる。


「父がわたくしを王太子妃にと薦めておりましたことは周知の事実にございます。ですが殿下方の婚約が決定してもなお、その希望を捨てきれていないようなのです。父が何をしているかまではわかりかねます。ただあれほど熱心だった思いがなくなるとは、とても思えないのです。もちろんわたくしにそのような浅ましい気持ちはございません。ですが、とても心配なのです」

「……わかった。ペドラ侯爵のことはこちらで調べよう」

「はい、ありがとうございます」


アリシアはホッとしたように微笑んだ。


「それで、今後はレオナルド殿下にご相談に乗っていただきたいのです。わたくしがアレクセイ殿下に近づけば周りがなにかと騒ぐでしょうし、女性にお話する内容では……。王宮への出入りが可能となりましたら、父の方も何か動きがあるのかもしれません」

「なぜレオナルドなんだ?ロイズでもかまわないと思うが」

「失礼ながらロイズ様とわたくしには接点がございません。ですがレオナルド殿下とは同じ学年ですし、お人柄は理解しているつもりです。身内のことですので信頼のおける方にご相談したいのです」


皆が沈黙した。

少々無理やりなこじつけ感がある。だが不気味な沈黙を貫いているペドラの動向は気になるところだ。

さらにアリシアの意図も不明だ。身内を売るような真似をしているが、どこまで信用してよいのか。

とはいえ不明な点が多いからこそ、アリシアを近くにおくことで何か掴めるかもしれない。


でもセラフィーナの心が嫌だと叫んでいた。

わかっている。これも第二王子としての仕事だ。だがパーティーでダンスをしていた二人の様子が思い出される。微笑み合ったあの姿を見たくない。


しかし無情にもその思いは届かない。


「わかりました、ペドラ嬢。何かあれば私が引き受けましょう」

「まあ!レオナルド殿下、うれしゅうございますわ!どうぞアリシアとお呼びください。今後はご協力させていただきますもの。よろしくお願いしますわ」

「…では、アリシア嬢。こちらこそよろしくお願いします」


その後謁見は終了した。

セラフィーナに重い気持ちだけを残して。








謁見から戻ったセラフィーナは早めに部屋に戻らせてもらった。何も食べる気がしないのでターニャに夕食はいらないことを告げ、早めの湯浴みをする。


今日のことはあまり考えないようにした。

かといって読書をする気にもなれず、しかもなぜこんなにモヤモヤするのかもわからない。


かなり早いがもうベッドにいこうかと思っていたところに、ノックが響いた。


「入るぞ」


レオナルドがいつものように部屋に入ってきた。


「ターニャから聞いたぞ。夕食を抜いたそうだな」

「あ、はい。なんだか食欲がなくて」

「だからお前の好きなギムロを持ってきた。これなら食べられるだろう?」


レオナルドはテーブルの上に包み紙を置いた。


「わざわざありがとうございます」


力なく笑うセラフィーナに、レオナルドは眉を寄せた。

セラフィーナをいつもの奥の出窓まで連れていき、縁に座らせる。自分も横に座り、髪を掻き上げた後セラフィーナをじっと見つめた。


「セラフィーナ、よく聞け。お前は王宮にフィーナ・ガレントとして滞在しているな?」

「……はい」


レオナルドが何を言い出したのか理解できなかったが、そのとおりなので返事を返す。


「それはかつらをかぶりメガネを掛けているだけではない。セラフィーナの心も隠している。違うか?」

「そのとおりです」

「そうだな。でなければ一介の伯爵令嬢が当主との謁見や、パーティーで公爵とやり合うなんてできない」

「はい」

「それは私も同じだ。見た目は一緒だが第二王子として対応しているとき、私は私の心を隠している。例えそれがどんな相手だろうと、丁寧な口調で笑顔を浮かべている。わかるか?」

「……はい」

「だからこの先、今日のようなことがこれからもある。だがそこに私の心は入っていない。本来の私は、アリシア・ペドラなんてどうでもよい令嬢の相談相手などくそ食らえだ」


その言い様に驚いて、セラフィーナは目を瞬きさせた。


「あの、でもアリシア様はお綺麗ですし」

「そうか?大したことないが。綺麗というなら義姉上やエメレーンのが上だろう」

「え………でも」

「それにお前は忘れているかもしれないが、私はお前の色が一番好きだ」


レオナルドはセラフィーナの髪をさらっと手で梳いた。


「夜の海の色だ。覚えておけと言ったはずだ」

「は、はい。覚えています」

「それなら余計なことは考えるな。王子対応しているときの私は、私ではない。あんな笑顔に騙されるな」


真剣な表情でそんなことを言うレオナルドに、セラフィーナは笑えてきた。


「自分で、ふふ。あんな笑顔に騙されるなって言っちゃうんですか?ふふふ」

「そうだ。あれは年期が入っているからな。皆騙されるんだ」

「ふふふ。そうですね。ふふ。私も気をつけます」


いつもの調子に戻ったセラフィーナに、レオナルドはセラフィーナの頭をポンポンと撫でた。


「では茶を入れてくれ。ギムロを食べるぞ」

「はい。笑ったらなんだかお腹がすいてきました」

「単純なやつだな」


二人でソファに座り、一緒にギムロを食べる。


やっぱりレオナルドといるのは楽しい。

セラフィーナの心は浮上した。あんなに沈んでいたのが嘘のようだ。このままもっと一緒にいたいと思った。だがレオナルドには公務がある。楽しい時間はあっという間だった。


レオナルドは帰り際、いつものようにセラフィーナの頭を撫でた。


「当分忙しくなるから、ここに来ることができない。だから今日言ったことは忘れるな。いいな」


レオナルドは頭を撫でていた手をすっと滑らせ、セラフィーナの肩のあたりで髪を一房取った。


セラフィーナはそわそわした。何度か髪を手に取られたことがあるが、恥ずかしさと照れくささと色んな感情が入り交じる。


だが今日のレオナルドはそれだけではなかった。

一房とったその髪に、ゆっくり顔を近づける。そして壊れ物でも扱うかのように優しく、ゆっくりとキスを落とした。


セラフィーナは今までにない心の震えを感じた。レオナルドの整った顔が自分の肩近くにある。瞳を閉じて髪に優しくキスを落としている。

全身に熱が駆け巡り、一気に鼓動が早くなった。体中が熱くなってどうしていいかわからない。


「レ、レオナルド、様」


小さく呟くと、ゆっくり顔を上げたレオナルドはセラフィーナの瞳を見つめ優しく微笑み、静かに出ていった。



閉じた扉を見つめていたセラフィーナだったが、耐えきれず真っ赤になった顔を両手で覆った。心臓が激しく音を立てて、何かが込み上げてくる。でもそれが何なのかわからない。


ただひとつわかったことは、今夜も眠れないということだけだった。









アレクセイとレオナルドが忙しくなり、セラフィーナとティターニアは夕食を一緒に摂ることにした。

ジュリアとも少しずつ打ち解けてきている。


「ジュリアの婚約者はどういう方なの?」

「父が経営している服飾店を任されています。物腰が柔らかくて優しい方です」

「ジュリアにぴったりね!」

「ありがとうございます」


嬉しそうにはにかんだジュリアを見てもっと聞きたくなった。


「おいくつの方なの?」

「お付き合いするきっかけは?」

「お相手からプロポーズされたの?」

「どういうお言葉だったか知りたいわ!」

「ハイ皆様!そこまでにしてください。ジュリアが困っていますよ」


ゾーラが両手をパンと叩いた。

顔を赤らめてたじろぐジュリアの姿がかわいらしく、リンカとターニャも参戦してつい皆で色々聞いてしまった。


あれからレオナルドには会えていない。

寂しくもあるが、女性陣で仲良く過ごすこの時間もセラフィーナは大好きだ。


気づけばいつの間にか、王宮の暮らしに馴染んでいる自分がいた。


お読みいただきありがとうございます!

次話より第五章事件編に入ります!

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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポがとても良く、読んでいて突っかかることもなくて、とても気持ちよく読めます。 主人公やヒーロー役のキャラが気持ち良いです。 憎むべき悪役のキャラも自然で、ヘイトを集めるためだけに無理…
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