女子三人組の楽しいお茶会
セラフィーナの手首も治ったころ、ティターニアが後期から学園に編入することが決まった。
来年を予定していたようだが、王妃教育の進みが早いため急遽繰り上げることになったようだ。
もちろんセラフィーナも一緒だ。
「フィーナ嬢は学園のことをよくわかっていると思うが、フィーナ・ガレントとして初めて通うことになることを忘れないでくれ」
いつものように皆で集まり話し合いをしている中、セラフィーナはアレクセイにクギを刺された。
「それから近いうちにフィリア・ウィンストン嬢を王宮に招く。彼女も偽装を知っている一人だからな。学園では補佐に入ってもらう」
セラフィーナは喜んだ。フィリアが話していたとおりだ。
「それからティアの専属メイドだが、リドリー侯爵が推薦してきたメイドに決まった。ロイズ、説明を」
パーティーでやらかしたアレンの父、リドリー侯爵はアレンの所業を重くみており、セラフィーナへの謝罪も込めて、侯爵の姪を推薦してきたそうだ。
「名をジュリアといいます。侯爵の弟が服飾店を経営しており、ジュリアはその手伝いをしていました。身辺調査の結果も問題ありません。後継に選ばれている従業員と婚約しており、非常に仲も良いようです。まずは見習いから始めてもらいましたが、ゾーラからも問題ないと評価を得ています」
ロイズがメガネをくいっとあげ、扉付近に立つゾーラに目をやると、ゾーラはしっかり頷いた。
「明日からティターニア様の専属メイドとして入っていただき、ゾーラの補助をしてもらいます」
そこでアレクセイが付け足す。
「ただしジュリアと情報を共有するつもりは今のところない。明かすとしても信頼関係ができてからだ。レオはどのみち態度を崩すことはないし、フィーナ嬢も偽装を悟られないよう注意してほしい。まあ、二人は偽装慣れしているので問題ないと思うが、ティア。君はうっかりしているところがあるので気をつけるように」
「はい、アレク様。十分気をつけるわ」
セラフィーナはおやっと思った。二人の仲が近づいた気がする。それなら喜ばしいことだ。
「まずは情報共有していない者が近くにいる環境に慣れてほしい。レオはあくまで爽やかな第二王子、フィーナ嬢はコクーンとクレイズ語が話せるティアの従姉妹の留学生だ。皆これを頭にしっかり入れておいてくれ」
「「「「「「はい」」」」」」
いよいよフィリアが王宮にくる日だ。うきうきしているセラフィーナにターニャが声をかける。
「フィーナ様、嬉しそうですね」
「ええ!フィリアとはとても仲がよかったの!それに残念令嬢の体型を作ってくれたのはフィリアなのよ」
「本日は精一杯努めさせていただきます!」
ターニャは目をキラキラと輝かせた。
もう偽装することはないが、相変わらず残念令嬢びいきのターニャにセラフィーナは笑った。
フィリアとはバラ園のテラス席でお茶会をすることにした。ティターニアと待っていると、フィリアが近衛騎士に案内されてやってきた。
「フィリア・ウィンストンと申します。ティターニア殿下におかれましては、このような機会を設けていただき光栄に存じます。どうぞフィリアとお呼びください」
さすが公爵令嬢、素晴らしいカーテシーだ。
一通り挨拶が済み、お茶を用意してもらった後ティターニアは周りに声を掛けた。
「皆下がってちょうだい」
新しいメイドのジュリア対策だ。
ジュリアは笑顔がかわいらしい物静かな娘だった。服飾店で手伝いをしていたためドレスの扱いが非常に上手い。それを褒めると顔を少し赤らめて喜んでいた。当初は緊張していたが、ティターニアの優しい人柄に触れ馴染んできたようだった。
「フィリア!待っていたわ!」
「ええ!わたくしも楽しみにしておりましたわ!怪我の具合はよくなりまして?」
「もう大丈夫よ、ありがとう。ティア様、私が食堂でテディ様に手首を掴まれてしまったとき、フィリアがレオナルド様とお兄様を連れてきてくれたのです」
「そうだったの。広い学園で大変だったでしょう?」
「レオナルド殿下は専用の談話室にいらっしゃるのではと思いましたの。向かう途中でちょうどお会いできてよかったですわ」
「ありがとう、フィリア。レオナルド様が来てくれたおかげでテディ様からも解放されたし、お父様の説得もしてくれたの」
首を傾げる二人に、レオナルドが婚約解消の手続きを進めてくれていたことを話した。
「テディ様の報告書を見て、お父様は愕然とされていたわ。それですんなり婚約解消できたの。それに、モルガン夫人が接近禁止令を解いてもらおうと私に謁見を申し込んできたのだけど、それもレオナルド様が対応してくれたの」
にこにこと笑顔で話すセラフィーナに、ティターニアとフィリアは微笑んだ。
「レオナルド殿下はセラフィのことをとても大切にしてくださっていますのね」
「そうね。でもからかってくることも多いのよ。この前はとても恥ずかしい思いをしたわ」
「恥ずかしい?」
「片手で食事が大変だからって食べさせてくれたのだけど。あのときは本当に恥ずかしかったわ」
それを聞いた二人は顔を見合わせた。
「それって……」
「いいえ、ティターニア殿下。セラフィは自分のことにとても鈍感ですわ。恐らく気づいていないでしょう」
「どうされたんです?お二人とも」
きょとんとするセラフィーナに、ティターニアは理解した。気づいていないのだろうと。
「ねえ、フィーナ。フィーナはレオナルド殿下のことをどう思っているの?」
「そうですね、腹黒だと思います。からかわれることも多いですし。でもとても信頼できて優しい方です。一緒にいると安心します」
ふふふ、と笑うセラフィーナに、二人は曖昧な笑みを浮かべた。
「それよりティア様にお聞きしたかったのです!アレクセイ殿下と前より距離が縮んだ気がします!」
二人は思った。なぜ他人の機微には敏感なのに、自分の気持ちは理解していないのだろう、と。
「ティターニア殿下。わたくし達は今、きっと同じ言葉を思い浮かべたと思いますわ」
「ふふふ、私もそう思うわ。ねえ、フィリア。私のことはティアと呼んでちょうだい。これから一緒にフィーナを見守っていきたいわ」
「まあ!フフ、光栄にございます。ティア様、ぜひお願いいたしますわ」
二人の会話についていけないセラフィーナが首を傾げる。
「お二人とも、何を話されているんですか?」
「何でもないわ。ふふふ、アレク様のことね?」
「はい!何かあったのですか?」
「そうね。フィーナは覚えている?エメ様とのお茶会のことを」
もちろんだ。今日と同じバラ園でせっかくエメレーンと楽しい時間を過ごしていたのに、ルードリッヒが乱入してきたのだ。その後アレクセイがティターニアを颯爽と守った。
「素敵なお話ですのね」
「ええ、とても嬉しかったわ。私はコクーンでは巫女姫として讃えられる存在だったし、サイプレスにいたときはエメ様が庇護してくれた。でもあんなふうに力強く誰かに守ってもらうのは初めてだったの。それからかしら。アレク様に対しての敬愛の気持ちが、徐々に惹かれるものに変わったのは。この方なら、安心してすべてを任せられるって思ったの」
「安心して、任せられる………」
「そうよ、フィーナ。それはとても大切なことだわ」
何かを考え込むように黙ったセラフィーナに期待した二人だったが、セラフィーナは目を輝かせて見当違いの言葉を発した。
「だから最近アレクセイ殿下が落ち着いてきたのですね!納得しました!」
そういえば最近アレクセイ節を見ていないと思っていたが、ティターニアからの気持ちを受け、アレクセイも落ち着きが出たのだろう。
一人納得するセラフィーナに、二人はガッカリする。
「フィリアはどうなの?ロイズ様とはとても仲がよさそうだけど」
「わたくしとロイズ様は政略で結ばれた婚約です。ただ子供のころからお会いしておりますので、兄と妹のような間柄でしたわ。ですが学園入学前にロイズ様が、政略関係なくわたくしと一生をともにしたいとおっしゃってくださいましたの」
「まあ!素敵だわ!」
「ええ!素敵なお話ね!」
「ありがとうございます。わたくしもとても嬉しかったのです。それから少しずつ距離が縮んでいきましたわ」
ふわりと微笑むフィリアはとても輝いていた。
「お二人とも、とても素敵なお話ですね。羨ましいです」
「あら、次はセラフィの番ですわよ」
「そうよ、フィーナ。せっかく婚約解消もできたのだし」
「ええ?私なんて無理ですよ!お二人みたいに綺麗ではないですし、将来は異国を回ります!またエメ様にお会いしたいですし!」
楽しそうに笑うセラフィーナに、ティターニアとフィリアは苦笑した。
「レオナルド殿下が離してくれないと思うわ」
「わたくしもそう思いますわ」
二人の呟きはセラフィーナの耳に届かない。
その後も三人で色々話し、バラ園は美しい令嬢達の軽やかな笑い声に包まれた。




