二通の手紙
それからもセラフィーナの手首が治るまで、夜はレオナルドに食べさせられる日々が続いた。
恥ずかしくて狼狽えていたセラフィーナだったが三日もすれば慣れてくる。
「ほら、セラフィーナ」
「……また人参」
「そうか?まあ細かいことは気にするな」
「………もしかして、気づいてます?」
「さあ知らんな。お前が人参嫌いなことなど」
「やっぱり!意地悪!」
レオナルドは楽しそうに笑っている。からかわれながらも和む雰囲気になりつつあった。
だが突然レオナルドはやらかしてくれる。
「そう怒るな。口のまわりにソースがついているぞ」
そう言ってセラフィーナの唇に親指を軽く押し当て、ゆっくりと拭う。そしてその指を、レオナルドは自分の舌でペロッと絡め取った。
一瞬思考が停止したセラフィーナだが次の瞬間カッと体が熱くなる。
「レオナルド様!!」
「なんだ?ソースを取っただけだ。どうした?」
「~~~~!!な、なんでもありません!!」
セラフィーナは自分の口を押さえた。
やっと慣れてきたのになんでこんな!恥ずかしい!
真っ赤になってぎゅっと目を瞑り、手で口を塞いだセラフィーナを、レオナルドは楽しくて仕方がないといった表情で見ている。
「ククク。さあ手をどけろ。次は何がいい?」
「………人参以外でお願いします」
レオナルドの笑い声が部屋に響いた。
食事が終わるとレオナルドはいつもは執務室に戻るのだが、今日は二通の手紙を差し出してきた。
一通はローレン、もう一通はセディからのものだった。セディには王宮にいることだけ伝えていたが、フィーナの偽装もあるのでやり取りはしていなかった。今回はユーリアス経由で届けられたようだ。
「私はまだ少し時間がある。どうする?一人で読めるか?」
眉間に皺を寄せるレオナルドは心配してくれているようだ。それがセラフィーナには心地よい。
「お時間あるなら一緒にいてもらっていいですか?」
「わかった。ソファに移動しよう」
レオナルドはセラフィーナの痛めていない方の手を取りソファに座らせ、その隣に自分も腰掛けた。片手しか使えないセラフィーナのためにレオナルドが開封する。
セラフィーナは一息つき、まずはローレンからの手紙に目を通すことにした。
ローレンの手紙には、婚約解消の手続きが無事に終わったことが書いてあった。モルガン夫妻からテディの所業を謝られ、セラフィーナに会わせてほしいとお願いされたこと。だが夫人がテディを擁護する発言が多いことを理由に断ったこと。長く苦しめてすまなかったと謝罪の言葉などが書き綴られていた。
セディの手紙にはまず、怪我をさせてしまったことへの詫びが書かれており、モルガン家の様子が綴られていた。
王家から接近禁止令が出されたことでテディは怒りを爆発させた。使用人に当たり散らしていたが、さすがにモルガン侯爵が諌めたらしい。夫人は憔悴しているものの、セラフィーナに会って接近禁止令を解いてもらおうとしているので気をつけてほしいともあった。
そして婚約解消できたことへの祝いの言葉と、これからは関係がなくなるので手紙は控えること、最後に“諦めていた僕だけどセラフィ姉さんに勇気をもらった。ありがとう”と締め括られていた。
読み終えたセラフィーナはほうっと息をついた。
セディとは、テディに色々面倒をかけられてきた仲間だ。モルガン家とは疎遠にしたいが、セディとはまたいつか会いたい。
隣で気遣わしげな表情をしているレオナルドに、二通とも手紙を差し出す。
「よければ直接お読みになってください」
「いいのか?」
「はい。レオナルド様であれば構いません」
レオナルドは手紙を受け取りさっと目を通した。そして感心したような表情になる。
「モルガン家の嫡男はどうしようもないが、次男は問題なさそうだな」
「はい。セディはまだ12歳ですがテディ様を反面教師にしていて、幼いころからしっかりしています。ですがモルガン家に一人取り残されるセディがちょっと心配で……」
「そうだな。ユーリに気にかけるよう伝えておこう。これなら最悪の場合、次男が跡を継げばモルガン家は大丈夫だろう」
よかった。
婚約が解消された以上直接やり取りすることは憚られるが、完全にセディと縁が切れてしまうのは寂しすぎる。
「この夫人の話だが、セラフィーナに謁見希望を出していたら私が直々に対応にあたる」
「いいんですか?」
「問題ない。それからお前の父親のことだが、無理しなくてよい」
「え?」
レオナルドはセラフィーナの頭をゆっくり撫でた。
「長い間お前は苦しんできた。わだかまりができるのは当然だ。いつかきっと時間が解決する。だから今は自然な気持ちでいればいい」
「……気づいていましたか?」
「当たり前だろう。私を誰だと思っている?」
「ふふ。腹黒レオナルド様です。ふふふ。ありがとうございます」
レオナルドに撫でられているところが気持ちよい。自然と笑みが漏れる。
かわいらしい笑顔でレオナルドを見上げるセラフィーナに、レオナルドは目を細めた。
「では私は行く。ゆっくり休めよ」
レオナルドは最後にセラフィーナの頭をポンポンと撫で、部屋から出て行った。
一人残ったセラフィーナはふふっと笑みが溢れる。
またレオナルドに慰めてもらった。
ローレンの謝罪を受け入れているが、心を傾けることができないセラフィーナの気持ちをわかってくれている。
ふと、レオナルドに触られることに慣れている自分がいることに気づいた。
恥ずかしいけど嬉しい。心が温かくなる。
それは、兄のユーリアスとはまた違う感情のような気がした。




