残念令嬢卒業します!
執務室を出た三人は学園に戻るレオナルドのために玄関に向かった。
「あの、レオナルド様。接近禁止令なんてよかったのでしょうか?」
「ああ、問題ない。お前は安心して婚約解消できたことだけ喜んでいればいい」
不安そうにレオナルドを見上げるセラフィーナに、レオナルドは優しく笑い頭を撫でた。その優しさが嬉しくなり、セラフィーナがふふっと笑顔を見せるとレオナルドは目を細めた。
「お前は本来なら今日は寮で過ごし、明日王宮に戻る予定だっただろう。どうしたい?」
「あの、できたら私も王宮に戻りたいです」
婚約解消は素直に嬉しい。本当に嬉しい。
だがローレンの涙を見ても冷静だった自分になんだか嫌気が差す。
早く王宮に戻りたい。レオナルドがいて、ティターニアがいて、温かい皆がいる王宮へ。
「わかった。私は一度学園に戻る。迎えの馬車を寄越すからユーリと一緒に王宮に戻ってこい。ユーリ、お前はセラフィーナについていてやれ」
「殿下。セラフィのこと、色々とありがとうございます」
ユーリアスはレオナルドに深く頭を下げた。
レオナルドはユーリアスの肩に手を置きぽんぽんと叩いた。大丈夫だ、気にするなと言わんばかりだ。
そんな二人の姿にほっこりしていたセラフィーナだったが、レオナルドはセラフィーナを見てニヤリと笑った。
「これでもう残念令嬢は卒業だな。残りの時間、太ったお化けを楽しむんだぞ」
「もう!レオナルド様ったら台無し!」
「ははは!」
レオナルドと別れ、迎えの馬車が来るまではセラフィーナの部屋で待つことにする。侍女のカリナがセラフィーナの手首を見て、目を真っ赤にさせながらお茶の準備をしてくれた。
カリナに下がってもらい、二人になったセラフィーナはユーリアスに笑いかける。
「ねえ、お兄様。テディ様の報告書なんてあったのね」
「あれは殿下がセラフィの婚約解消のために準備してくれたものなんだよ」
「え?どういう意味?」
「そうだね。ちゃんと説明しておこうか」
ティターニアの側にあがる際、レオナルドはセラフィーナに婚約解消を褒美にしてやろうと言った。それを有言実行すべく、テディの身辺調査を開始した。
テディの傲慢さは筋金入りだった。特に使用人への扱いが酷い。学園での評判、成績、マリエラとの仲など様々な報告が上がった。
だがそれだけに収まらず、テディはいかがわしい店に出入りするようになっていた。モルガン夫人がかなりの額をテディに渡していたらしい。
金払いのよいテディは店にとって大事な客だ。店側は傲慢なテディを持ち上げ、おだて、囃し立てた。気をよくしたテディは休日のたびに入り浸り、女性を侍らせかなりの大金を賭け事に費やしたりもしていたらしい。
セラフィーナは唖然とした。まだ学生の身でそこまで愚かなまねを仕出かしているとは思っていなかった。
「貴族の婚約に王家が横槍を入れることは普通しないのだけどね。でもテディの素行不良とセラフィの表向きの立場があれば、婚約を解消できると殿下は踏んだんだ。第二王子の側近の私とその補佐をしているセラフィ、その縁続きになる人物としては不合格だとね。あとは解消した後にセラフィの外聞が悪くならないよう根回しをしていたんだよ。早ければこの長期休暇中に、モルガン家とダウナー家に婚約解消を突きつけるところまで進んでいたんだ」
知らなかった。
通常の公務だけでも忙しいのに、婚約披露パーティーの準備と一緒にそこまで進めてくれていたなんて。
学園に顔を出したとも言っていた。夜だってよくお菓子を持って様子を見に来てくれていた。
「だから殿下は苛立っていたんだよ。あとほんの少し早ければ、今日のようなことにはならなかった。セラフィに怪我をさせずに済んだ。きっと悔しい思いをしていらっしゃるよ」
「でもレオナルド様がテディ様の素行調査をしてくれたおかげで、お父様も納得してくれたわ」
「私もそう思うよ。殿下はとてもセラフィのことを大切にしてくれている。セラフィも殿下を信頼しているだろう?」
「そうねお兄様!レオナルド殿下は腹黒で私をからかってばかりだけど、優しい方だわ!」
「ははは。確かに殿下は腹黒だね」
ユーリアスはセラフィーナをいつも以上に優しい瞳で見つめた。
「セラフィ。念願の婚約解消、本当におめでとう」
その言葉にセラフィーナは満面の笑みを見せる。
「ありがとう!お兄様!」
嬉しくなって思わず抱きついたセラフィーナを、ユーリアスは笑顔で受けとめ頭を撫でた。
迎えの馬車に乗って王宮に戻ったセラフィーナは、いつものメンバーに出迎えられた。
すでに状況を把握していたアレクセイが早急に接近禁止令の手続きを進めてくれると言ってくれた。ティターニアとリンカはセラフィーナが戻ってきたことを喜び、怪我を心配した。ターニャに残念令嬢は卒業だと伝えたら寂しそうに眉を下げた。ゾーラは医師や食事の手配など色々してくれるそうだ。ロイズには、フィリアにとてもお世話になったこと、手紙を書きたいができないのでお礼と状況を伝えてほしいというと、普段無表情なロイズが笑顔で頷いてくれた。
そして皆が婚約解消を喜んでくれる。
最後だからと残念令嬢姿のセラフィーナを囲んで、お茶会をすることになった。
学園から戻ったレオナルドが伝えたらしく、なんとその場に国王ガイルと王妃レイチェル、王弟レザールと宰相までもがひょっこり現れた。
セラフィーナは恐縮したが、レオナルドからローレンに“太ったお化け”と言われたことを全員にバラされ、またも大笑いされた。
セラフィーナは長い長い戦いに、やっと終止符を打つことができた。
色々大変な思いもしたが、この姿の自分に笑顔を向けてくれる人達がいて、頑張ってきてよかったと心から思った。
この日を最後に、セラフィーナのひとつめの偽装は幕を閉じたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次話、テディ家の様子です。




