エメレーンのキス
セラフィーナの足は翌日には痛みも引いたので、いつもどおりに行動しようとしたが皆に止められてしまった。レオナルドが異国の本を持ってきてくれたので、部屋で大人しくしつつそれを読み漁っている。
パーティーが終わった二日後、エメレーンがサイプレスに帰るので一同挨拶することになった。
セラフィーナを動かさないために、わざわざエメレーンがセラフィーナの部屋まで来てくれるという。
なんて優しいんだ。
ちなみにエメレーンには正体がばれているので、セラフィーナは偽装せずそのままの姿だ。
部屋にやってきたエメレーンは来たときと同じように男装の麗人になっており、素晴らしく凛々しい姿にセラフィーナは目を輝かせた。
そのエメレーンにアレクセイが声をかける。
「エメ、色々世話になったな」
「アレク、ティアを泣かすなよ。ティア、アレクが嫌になったらいつでもサイプレスに戻っておいで」
「ふふふ。エメ様、ありがとうございます」
「そんなことにならないよう私は努力する!」
「まあ頑張れ」
「お前!言い方が雑すぎるぞ!」
セラフィーナはエメレーンの瞳に影がなくなっていることに気づいた。
ふっきれたのだろうか。それならそれでいい、エメレーンには幸せになってもらいたい。
ティターニアと微笑み合った後、エメレーンはレオナルドに近づいた。
「レオ、世話になったな。宣言どおり頑張れよ。でなければ横槍を入れるぞ」
「やめろ。わかっている」
エメレーンが笑いながらレオナルドの肩に肘を乗せると、レオナルドは嫌そうに振り払った。
二人が何を話しているのかわからないが、エメレーンが楽しそうで何よりだ。
エメレーンは一人ずつ順に声を掛けていく。
ユーリアスには「レオのおもりは大変だろうが頑張れよ」と軽く背中を叩き、ユーリアスを恐縮させていた。
ロイズには「そなたの仏頂面が見れなくなるのは名残惜しいな」とからかった。ロイズは無言でくいっとメガネを上げた。
リンカには優しい微笑みで一言「励めよ、リンカ」その言葉でリンカは目を赤くし、何度も頷いた。
最後に、椅子に腰を掛けているセラフィーナの前にきてくれた。
「フィーナ、そなたにも世話になった」
「いいえ、エ、エメ様」
エメと呼んでよいと言われたので呼んでみたのだが恥ずかしい。もじもじしているとエメレーンはクスクス笑った。
「またいつかサイプレスにも来てくれ」
「もちろんです!サイプレスの時計塔に登るのが夢なのです!」
「ほう、それはいいな。そのときは私も登ってみるか」
「はい!ぜひ!」
笑顔で会話をしていたが、エメレーンがゆっくり腰を屈ませた。そして左手でセラフィーナの顎を掴み、持ち上げる。
びっくりするセラフィーナにエメレーンは目を細め、惚れ惚れするような笑みを浮かべた。
「そなたに会えてよかった」
エメレーンはセラフィーナの左頬に、ゆっくりとキスを落とした。
「は?」
「まあ!」
「………」
「え!?」
「っこの!」
セラフィーナは目を見開いて固まった。
左頬にエメレーンの柔らかい唇を感じたのだ。
徐々に顔に熱が集まるセラフィーナは、信じられない思いでキスをされた左頬に手をそえて、エメレーンをじっと見つめる。
真っ赤な顔と潤んだ瞳のセラフィーナを見て、エメレーンは嬉しそうに笑った。セラフィーナの頭を優しく撫でた後、さっと扉に向かっていく。
心得たようにエメレーンの従者が扉を開き、エメレーンはその前で立ち止まりパッと振り返った。
「皆、またな!」
まばゆい笑顔を残して立ち去って行った。
エメレーンが去った扉をぼうっと見つめるセラフィーナだったが、ティターニアが肩に触れて気付いた。
「フィーナ、大丈夫?」
「は、はい。ティア様。わ、私。エメ様にキ、キ、キスされました」
「ええ、見ていたわ。ふふふ。とても熱烈ね」
「ティア様。私、エメ様のキ、キスが忘れられません。ふわふわしています。こ、これが恋というものなのでしょうか…?」
わなわなしていたレオナルドが吠える。
「そんなわけあるか!」
一刀両断するレオナルドとぼうっとするセラフィーナ。
なんともいえない空気になった。




