変わらないテディにうんざり
侍女のカリナに支度を手伝ってもらいながら、セラフィーナは暗い顔をして溜息をついた。
「セラフィお嬢様、今日は婚約証書を交わす日なのですからもっと笑ってくださいな」
「無理よ、カリナ。昔からテディ様が苦手なの知っているでしょう?」
婚約の話を聞いて以来セラフィーナは憔悴している。憂鬱で仕方ないといったセラフィーナの様子に、カリナは元気付けようと試みた。
「もちろんです。ですがあれから五年も経ちますからね。人は成長します。セラフィお嬢様だってずいぶん変わられました」
「そうね。こんなに異国好きになるとは思わなかったわ」
「おっしゃるとおりです。生意気なお子様だったテディ様も大人になっているはずですよ」
「生意気なお子様だなんて!でもそのとおりだったわ!」
そうだ、あれから五年も経つのだ。傲慢だったテディも落ち着いたかもしれない。
二人で笑っていたらセラフィーナの憂鬱な気持ちも少しは晴れた気がした。
そしていよいよ対面の場となった。
「お久しぶりです。侯爵、夫人」
ダウナー家の客間で家族総出で出迎える。
メイリーには休んでいてほしかったが、娘の婚約のためと無理を押して席についていた。
対面にはモルガン侯爵夫妻とテディ、テディの四つ下の弟セディが座っている。
五年前はまだ一歳だったセディは印象に残っていないが、改めて見るとテディと同じ淡い蜂蜜色の髪をしていて顔立ちもよく似ている。
「本当に久しぶりね。子供の頃からかわいらしかったけど、とても綺麗になったわね。メイリーにそっくりよ!ふふふ、セラフィちゃんがうちの子になってくれるなんて嬉しいわ!」
「久しぶりだね、セラフィーナ。とても綺麗なお嬢さんになっていてびっくりしたよ。これからもよろしく」
セラフィーナにとっても侯爵夫妻はとても優しく昔から好きだった。
にこやかに迎え入れてくれる夫妻に、テディのことがなければ嬉しいのだけど、とセラフィーナは曖昧に微笑む。
その横には久しぶりに会うテディがいた。
昔はかわいらしい顔をしていたが少し大人びたようだ。
セラフィーナは意を決して声をかけた。
「お久しぶりです、テディ様」
「久しぶりだな、セラフィーナ。庭に行くぞ。伯爵、彼女をお借りします」
テディはセラフィーナの腕を掴んで引っ張っていく。この強引さに昔を思い出し、セラフィーナは嫌な予感がした。
そして庭に出たテディからの第一声。
「お前は相変わらず地味でみっともない色をしているが、まあ顔は悪くないからな。不服だが婚約は受けてやる。だがお前は僕の婚約者となったのだ!僕のいうことをちゃんと聞くんだ!わかったな!」
彼はまったく変わっていなかった。
あんなテディでは一緒にいられるわけがない。
メイリーの気持ちは嬉しいし、セラフィーナだって受け入れられるものならそうしたい。
だがイヤなものはイヤなのだ。
嘆いていても始まらないと、セラフィーナはユーリアスとガーレンを味方につけ、婚約解消に向けてローレンに直談判した。
しかし。
「メイリーはセラフィがモルガン家に嫁ぐことで安心しているんだ。私にはこれ以上メイリーの負担になるようなことは言えないよ。今はとにかくメイリーに心穏やかでいてほしいんだ」
愛する妻を失うことを心底恐れているローレンを誰も責めることはできない。
「あなたはモルガン家に嫁げば夫妻がかわいがってくださるわ。だから安心していいのよ」
弱々しい声で、でも安堵の表情を見せるメイリーに、とてもではないが嫌とは言えないままだった。
そして婚約から半年が過ぎたころ。
メイリーは優しい微笑みを浮かべたまま静かに瞳を閉じ、二度と開くことはなかった。
メイリーが亡くなり一年近くが経った。
ダウナー家では皆が嘆き悲しみ、ぽっかり穴が空いたような日々が続いていたが、徐々にメイリーがいない現実に慣れつつあった。
心配したガーレンや商会の面々が頻繁に顔を出してくれていたのも大きいだろう。
メイリーを愛していたローレンの落ち込みようは特に酷く、一時はまともに食事も摂れないほどだったが、最近はなんとか持ち直してきたようだった。
そんな中、テディからセラフィーナに手紙が届くようになる。内容はどれも“婚約者なのだから訪問しにこい”というものだった。
婚約してからメイリーの具合が悪いことを理由に、亡くなってからは喪に服すことを理由に、テディと会わないようにしてきたセラフィーナだったが、何度も催促されるようになってしまっては放っておくわけにもいかない。
気が重いのを無理やり抑え込み、嫌々ながらもモルガン家に訪問した。
「お久しぶりです、テディ様」
「まったく、何度この僕が手紙を書いたと思っているのだ!夫人が亡くなって気落ちしているからといっても限度があるぞ!それになんだその服装は!ただでさえお前は暗い色なのに辛気臭いやつだな!」
モルガン夫妻は外出しているらしく、出迎えたのはテディのみだったが会った途端これだ。
セラフィーナは呆れて言葉もでなかった。
辛気臭いと言われようとこれは喪服だ。親族がなくなった場合一年は喪に服すのが通常なのに、まもなく12歳になろうとしている侯爵家嫡男がそんな常識も知らないのか。
しかも母親が亡くなって気落ちしている娘に対してかける言葉がこれか。
セラフィーナはうんざりして、来たばかりだというのにもう帰りたくなった。
「ふん!そんな格好のやつは連れて歩けないな。今日はリドリー侯爵家の茶会に呼ばれているのだ。婚約者であるお前も連れていくつもりだったがそれでは駄目だな!僕が戻ってくるまでお前はここで大人しく待っていろ!」
まさか何の知らせもなく他家へ連れていこうとしていたのか、やることが雑すぎる。
一緒に行かなくて済むのはありがたいが、なぜ戻ってくるまで待たないといけないのか。
絶対いやだ。
セラフィーナは瞬時に断りを入れる。
「申し訳ありませんが、この後商会の面々が家に来る予定があります。私が出迎えなくてはなりませんので、これで失礼します」
何か言われる前にセラフィーナはその場から逃げ出した。後ろでテディの喚き声が聞こえたが無視だ。
思った以上に早く帰れることになったが、うろうろしているとまたテディに捕まるかもしれない。
セラフィーナはいったん中庭に隠れることにした。
中庭は昔テディが自慢していた表の庭より落ち着いた雰囲気で、テディは地味だと近寄らない。
鬱蒼と生い茂った木々の奥に古いベンチが一つだけあり、邸内からは死角になっている。
この屋敷に出入りしていた幼少時代、泣かされたセラフィーナがテディから逃げるために隠れていた場所でもある。
久しぶりに来てみたがやはり落ち着いた雰囲気で、セラフィーナは自然と肩の力が抜けた。
奥に進むとテディの弟のセディが一人でベンチに座り、静かに読書をしているのが見える。
気配に気付いたセディがふと顔を上げたので、目が合ってしまった。