近づく二人の距離?
その夜、レオナルドがセラフィーナの部屋にやってきた。
「今日は頑張ったな」
「もう!見世物みたいで恥ずかしかったのですからね!」
「そういう割にまんざらでもない顔をしていただろうが」
「ぐっ。そうですけど」
偽装を褒められて喜んでいたことはレオナルドに気づかれていたようだ。
「叔父上が褒めていたぞ。一介の伯爵令嬢の知識量じゃないとな。部下にほしいと言っていた」
「本当ですか?もし婚約解消されたら雇ってくれそうですか?」
「ダメだ。部下になるのなら私の下だ。いいな」
「レオナルド様の下だと、行った先々で残念令嬢を披露しないといけなさそうですけど」
「それいいな!驚きと笑いで相手の心を掴む。外交にピッタリだな」
「やりませんからね!」
レオナルドは笑いながらセラフィーナの手を引いて、部屋の奥の出窓の縁に腰掛けた。
一番奥の出窓は灯りが届きにくく、テラスで色を褒められて以来、時々こうして窓辺に二人で腰掛けるようになった。お行儀はよろしくないが、月の光がセラフィーナの髪に当たるのが良いとレオナルドが言ったからだ。
レオナルドはあれからも一番好きな色だと何度も言ってくれた。だから大切にしろ、と。
そうすると自然にそう思えてくる。なんとも思っていなかった髪と瞳が、セラフィーナの中で特別なもののようになってきていた。
縁に腰掛けたレオナルドがふと思い出したようにセラフィーナに話す。
「そういえばお前、リンカにクレイズ語を教えているそうだな」
「はい。あの、まずかったですか?」
「いいや。兄上が喜んでいた。あれなら引き離さなくてもよくなるとな」
「リンカの頑張りのおかげです。でもよかった。婚約披露までには何とか形にしたくて。あの二人の絆はとても強いので、引き離されるのだけは避けたかったのです」
「もちろん本人の努力もあるが。お前が手を貸してやったおかげだ。頑張ったな」
はにかむセラフィーナにレオナルドは目を細めて頭をポンポンと撫でた。
それから真剣な顔つきになってセラフィーナを真っ直ぐ見る。
「明日から婚約披露が終わるまで忙しくてここには来れない。だから今日言っておくぞ」
「はい、何でしょう」
「まずエメレーンのことだ。お前の詳細について知らせていない。だからきっとエメレーンはお前に対して友好的ではないだろう。だがそれはエメレーンが兄上と義姉上を心配してのことだ。お前が気に病む必要はないからな」
得体のしれない貴族令嬢が側にいれば何事かと思うだろう。レオナルドの言葉に納得する。
「はい、わかりました。もし冷たい態度だったとしても気にしません」
「ああ。そのぐらいの心構えでいてくれ。次は妃候補だった者達だ。今日の話にも出たがマケドニーとペドラには気をつけろ。表向きお前は義姉上の従姉妹なんだ。何かしてくるかもしれない。叔父上から離れるなよ」
「わかりました。もし閣下がお忙しいようでしたら、偶然を装ってフィリアの元にいきます」
「そうだな、それがいい」
レオナルドはふぅっと息を吐いた。
「最後はサライエの第三王子だ。あいつは本当にやっかいなんだ」
「それほどですか?」
「ああ。兄上は毎度困り果てている。やつは女々しい上に利己主義だ。私が絡まれることはあまりない。誰にでも爽やかな貴公子だからな」
「ふふ。自分で言っちゃうんですね」
「もちろんだ。お前と一緒で作り込んでいるからな。第三王子は婚約披露の時も兄上か義姉上に絡むだろう。さらにあいつは女好きだ。近寄ってきても相手するなよ」
「私なんて目に入らないと思いますけど」
「はあ、これだ。だから心配なんだ」
レオナルドは肩を落とし思案顔になった。
その後セラフィーナをじっと見て、言い聞かせるように話す。
「いいか、第三王子だけじゃない。他にもたくさんの男がいる。すべて敵だと思え」
「て、敵ですか?」
「そうだ。よく考えろ。ゆくゆくは王妃となられる義姉上に近づきたい者は多いだろう。しかも他国の方なのだから付け入る隙は多分にある。だが義姉上は兄上が鉄壁のガードで守っている。ならばどうする?」
「…コクーンから一緒に来ている私を懐柔しようとします」
「そうだ。お前と義姉上の関係は?」
「従姉妹です。私が懐柔されれば、ティア様にも容易に近づけると思われます」
「正解だ。だから知らないやつはすべて敵だと思え。残念令嬢のときのように無表情で相手を論破しろ。これは義姉上を守るためだ。できるな?」
「なるほど!ティア様を守るため、知らない方はテディ様だと思えばいいのですね!それならできそうです!」
こぶしを作ったセラフィーナに、レオナルドは安心したようだった。
そして再度セラフィーナの頭の上に手を置いた。
「私はお前のそばにいることができない。だから自分の身は自分で守るんだ」
そうして頭の上に置いた手を髪にそって滑らせ肩のあたりで一房取った。
優しい瞳をして、レオナルドはダークブルーの髪を指に巻き付ける。ゆっくり、丁寧に。
セラフィーナは恥ずかしくなってきた。こんなふうに触られるのはテラスの時以来だ。
顔に熱が集まってくる。恥ずかしくて逃げたいような、そのまま触っていてほしいような……
「セラフィーナ」
「は、はい!」
「こんなふうに他の男に触れさせるな」
「は、はい。わ、わかりました」
レオナルドは髪をくるくると指で絡ませていた手を離した。そしてその手を今度はセラフィーナの片方の頬に滑らせ、そっと包み込んだ。
その瞬間、セラフィーナの胸の奥でドキンと音が鳴った。
顔が一気に火照ったのがわかった。レオナルドと目が合う。まっすぐ見つめてくるレオナルドに、どうしていいかわからない。緊張と恥ずかしさで鼓動が早くなる。
「あ、あの。レ、レオナルド様!」
「本当にわかっているのか?」
「わ、わかっています!」
「お前に触れることができるのは私だけだ。いいな?」
「は、はい!誰にも、ふ、触れさせません!」
恥ずかしさのあまりぎゅっと目を閉じたセラフィーナにレオナルドはクスッと笑い、頬から手を離して自分の金髪を掻き上げた。
そしてもう一度セラフィーナの頭の上に手を置き、ポンポンと優しく撫でた。
「今日私が言ったこと忘れるなよ。じゃあな。早く寝ろよ」
そう言ってレオナルドは部屋から出て行った。
顔を真っ赤にさせたまま、残されたセラフィーナは思った。
眠れるわけないじゃないかぁ!




