わかってないな(レオナルド視点)
昨夜はセラフィーナの部屋で寛いでしまった。
菓子をうまそうに食べるセラフィーナに心が緩んだ。素だと令嬢らしからぬ言動も多い。それが王族として生まれたレオナルドにとっては居心地よく感じた。
帰り際、つい頭を撫でてしまった。
シスコン気味のユーリアスには内緒にしておこう。
将来外交官のトップに立つことが決まっているレオナルドは、ユーリアスが他国語を解すことができると知った時点で側に置くことにした。頭の回転が速くなんでもそつなくこなし、レオナルドの意図を汲み取ることに長けているユーリアスを、レオナルドは重宝している。
そのユーリアスに優秀な妹がいることはわかっていた。セラフィーナのあの姿は学園でもかなり目立つ。時々遠目ながらに見かけるとユーリアスが「はぁ、セラフィ……」と呟いているので、どんだけ妹好きなんだと笑ったものだ。
女性外交官はまだまだ成り手がいないが必要な人材だ。だから今回ちょうど良い機会だとセラフィーナを引っ張り上げることにした。
初日に態度を崩したのはただの気まぐれだ。
いや、テディ・モルガンに手を上げられそうになったとき、口元にうっすら笑みを浮かべたのを見てセラフィーナに興味が湧いたからだ。
普段本心を隠しているレオナルドだからわかるが、姿形だろうと本来の自分を偽るのはかなり図太くないと無理だ。コクーン語で話し掛けてみても冷静に対応している。どのような者か知りたくなった。
第二王子であるレオナルドは見目の良い女性など見慣れている。だがアレクセイの執務室で初めてセラフィーナの素顔を見たとき、つい見惚れてしまった。
深い青色の大きな瞳に惹き付けられた。
目が離せなかった。
その後体型も変えていると聞いてやりすぎだと大笑いした。たかが令嬢の偽装と軽く考えていたが、あまりの変わりように舌を巻いたのも事実だし、やることがあっぱれすぎると笑いが止まらなかった。
それだけではなく、次の日ドレス姿で会ったセラフィーナのスタイルの良さに心底驚いた。
父王ガイルとの謁見前に全身を初めて見たときは思わず「綺麗だ」なんて呟いてしまったぐらいだ。
執務室で偽装させたが、容姿よりも偽装の質の高さを褒められることを喜んでいる。セラフィーナは自分の見た目の良さをあまりわかっていないようだ。
だからこそドレスを選ぶ時もマーメイドラインなんて勧められても反応が鈍い。あの顔であのスタイルで、マーメイドなど着たら男がわんさか寄ってきてしまう。それをまったくわかっていない。
それよりもフィーナとしてどうなのかと考えていることが手を取るようにわかった。とっさに思い付いた言い訳で回避できたが、後ろでユーリアスもひやひやしていたことだろう。
その後も鈍そうなセラフィーナが押しに負けて、胸のあいたドレスを作らされていないかと気になってつい何度も見に行ってしまった。だがそれは正解で、テーブルの上には胸の谷間を強調したデザイン画ばかり並んでいる。
仕方がないのでデザイナーを廊下に呼び出し「賓客に対してもう少し上品なドレスは作れませんか?」と笑っていない目で言うことで、ようやく落ち着いたドレスになった。
今日は疲れただろうからと菓子でも届けてやろうと思った。そもそもそんなことをする自分に少々驚いてもいるのだが。
「私だ」
そう言うと扉を少し開けたセラフィーナがビクビクしている。貴族令嬢らしからぬ言動が楽しくて、ついからかいすぎてしまったか。
「お菓子ですか?ありがとうございます!どうぞお入りください!」
部屋に入れだと?!
いや待て、どうせセラフィーナのことだ。自分が男からどういう対象に見られるかなんて何もわかっていないだろう。
「わかっていますよ。今はフィーナ・ガレントです。付け込まれるなってことですよね」
やっぱりわかってない。
執務室でユーリアスと二人になったレオナルドは、机に向かって黙々と作業をしているユーリアスに声をかける。
「昨夜セラフィーナに菓子を持っていったんだが」
「ありがとうございます。セラフィは甘いものが好きですから喜んだでしょう」
「部屋に入れと言われたぞ」
ユーリアスが目を剥いてガバッと立ち上がった。
「ま、まさか!殿下!」
「勘違いするな。茶はもらったがな。だが私が男女二人きりになるのはまずいと言うと、あいつなんて言ったと思う?」
「な、なんでしょう?」
「“殿下はお兄様も信頼しているから問題ない”だ」
ユーリアスは頭を抱えた。
「気持ちはよくわかるぞ。警戒心を持てと伝えたが理解しているとは思えん。自己評価が低すぎる」
ユーリアスは溜め息をつき、神妙な顔つきになった。
「幼少期にテディに言われ続けたことが心の奥に残っているのでしょう」
「そんなに酷かったのか?」
「会う度に陰気臭い、気持ち悪いと髪を引っ張られて泣いていました。帽子がないと外に出かけることができなくなるほどでした」
子供は残酷だ。
特にテディは今でもあの傲慢さだ。幼いセラフィーナの心には大きな傷が残ったのだろう。
レオナルドが見惚れるほど綺麗な色だというのに。
「その後は異国を回っていたので立ち直りました。ですがセラフィの周りにいたのはダウナー商会と取引先です。可愛がってもらっていましたが、外見を褒められるのは身内だからと思っていたようです」
「なるほどな」
「そして学園にはあの姿で入学しているので当たり前ですが敬遠されています。セラフィは自分の見た目の良さをあまり理解できずに、ここまできてしまいました……」
ユーリアスは肩を落とした。
「なぜお前はあの偽装を止めなかったんだ?」
「それは!私が学園に入学してからあなたと行動を共にし、忙しくて帰れなかったせいです!諌める相手がおらず、気付いたら自信満々であの格好をするようになっていたのです!」
珍しく食ってかかるユーリアスにレオナルドはたじろいだ。
「そ、それはすまなかったな」
「それに、あの姿を努力の結晶だと楽しそうに話すセラフィに、私は何も言えません……」
「確かに昨日も楽しそうに話していたな。皆が助けてくれたと言っていた」
「結局私がセラフィのそばにいても役に立たなかったでしょう。モルガン家との婚約を解消する方法を思いつかなかったのですから」
セラフィーナがなぜ見た目に無頓着なのかレオナルドは理解した。
自分で言い出したことだが、かつらをかぶりメガネをしろと言っても素直に受け入れていた。普通の貴族令嬢ならまず拒否するだろう。
現状を受け入れ前を向く。素晴らしいことだが、素の美しさを理解していないのは問題だ。
じめじめしているユーリアスに、レオナルドは髪を掻き上げ不敵な笑みを浮かべた。
「そう嘆くな。モルガンとの婚約解消に向けて本格的に動くぞ」




