ドレスを作ったらレオナルドがやってきた
今日はドレスを作る日だ。
朝食を済ませた後、セラフィーナはティターニアの部屋に向かった。
「おはようございます、ティア様」
「おはよう、フィーナ。今日はとても楽しみね!」
ティターニアが嬉しそうににこにこしている。
なんてかわいらしいのだろう。
「おはようございます、フィーナ様。今日、ドレス、楽しみです」
昨日セラフィーナに言われたように、リンカがたどたどしくもクレイズ語で話しかけてきた。
こちらはこちらでとても微笑ましい。
リンカにクレイズ語を教えているとお針子達がやってきた。
「お初にお目にかかります、私どもは王宮専属のお針子にございます。本日は一日どうぞよろしくお願いいたします」
「ティターニアよ。こちらが従姉妹のフィーナ。侍女のリンカよ。今日はよろしくお願いするわね」
微笑むティターニアに歓声が上がった。
一瞬で心を鷲掴みされたようだ。気持ちはよくわかる。
「ええ!ええ!もちろんでございます!なんて素晴らしいお姿でしょう!腕が鳴りますわ!」
まずは体中くまなく採寸される。
それが終わったころ、図ったようにアレクセイとロイズ、レオナルドとユーリアスが入ってきた。
「皆!今日は頼むぞ!ティアの素晴らしさを存分に引き出してほしい!もちろんティアが何を着ても似合うことはわかっている!だがこの清廉な空気をまとうティアの雰囲気を大事にしてほしいのだ!」
「もちろんでございます!この艶やかな黒髪に神秘的な瞳、清楚な佇まい、どれも生かしてご覧にいれますわ!」
「おお!さすがわかっているな!」
アレクセイ節にお針子達が便乗し盛り上がっている横で、微笑みを浮かべたレオナルドがセラフィーナに声をかけてきた。
「フィーナ嬢、昨晩はよく眠れましたか?」
「っ!え、ええ、お気遣いありがとうございます」
びっくりした。
何の冗談かと思ったが、彼は人前では爽やかな貴公子だった。だがたった二日で腹黒王子に慣れてしまったので違和感が半端ない。
「兄上はティターニア様のドレス作りのお手伝いされるようです。よければ私がフィーナ嬢のお手伝いをしましょう」
「ぜひお願いいたしますわ」
この申し出はとても助かる。
他国の侯爵令嬢で王太子婚約者の従姉妹として、どのぐらいのドレスにすればよいのか知識としてはわかる。だが自分に置き換えると途端に不安になるのだ。結局セラフィーナがただの伯爵令嬢だからだろう。
担当してもらうデザイナーとお針子から挨拶を受けた後、それぞれ席に着いた。
「それではお嬢様。まずは婚約披露パーティー用のドレスからになりますが、お色のご希望はございますか?」
「それでは水色でお願いできますかしら」
これはユーリアスの色だ。
パーティー中、ユーリアスとずっと一緒にいられるはずがない。ならせめて気持ちが落ち着く色を選びたい。
チラッと見るとユーリアスの目が優しく笑っている。いつもならきっと頭を撫でてくれたはず。
「ドレスのラインですが、お嬢様はお体にメリハリがあってとてもスタイルがよろしゅうございます。ぜひマーメイドラインをお薦めいたしますわ!マーメイドは美しく着こなすことがなかなか難しいのですが、お嬢様なら問題ありません!せっかくですからこの機会にお作りになってはいかがでしょう?」
目を光らせてぐいぐい迫ってくるデザイナーが少々怖い。
クレイズはふんわりラインが主流なのに、細身のマーメイドなんて着たらとても目立ってしまう。フィーナ・ガレントとして出席する以上それはあまりよろしくない気がする。それに言うほど似合うとも思えない。
曖昧な表情をしていると、横からレオナルドが助けてくれた。
「確かにフィーナ嬢に似合いそうですね。ですがパーティーにはエメレーン皇女も参加されます。皇女は確かマーメイドを非常に好まれていると記憶しているのですが」
「はっ!失念しておりましたわ!殿下のおっしゃるように皇女様とはラインを外した方がよろしいですね」
よかった。
ホッとしてレオナルドを見ると爽やかな貴公子でセラフィーナに微笑んでいる。
けどなんだろう、なぜか怖い気がする………
その後もドレスの細部の打ち合わせ、アクセサリーなどを順に決めていく。
レオナルド達は執務もあるので、ある程度決まったら席を外し、時々様子を見に来ていた。
だがティターニアの方はアレクセイが来るたびに盛り上がってしまい、なかなか進まないようだった。
セラフィーナは数着で終わったが、ティターニアは今後たくさんのドレスが必要になるのでさらに時間がかかる。
ドレス作りに慣れていないセラフィーナはぐったりしてしまい、先に部屋に戻らせてもらうことにした。
部屋に戻って湯浴みをした後はワンピースに着替えて食事を済ませる。
ターニャも下がり、お茶でも入れようかとソファで寛いでいるとノックが聞こえた。
「私だ」
え? レオナルド殿下?
突然の訪問にびっくりする。
また何かされるのだろうかと、恐々と扉を少しだけ開けた。
「何かご用でしょうか。まだ何かありましたか?」
「そうビクビクするな。今日は疲れただろうと思って菓子を持ってきただけだ」
「お菓子ですか?ありがとうございます!どうぞお入りください!」
「はあ?何を言っている」
お菓子と聞いて喜んで扉を開けるとレオナルドが目を見開いた。
なぜそんな顔をされるのかよくわからずきょとんとするセラフィーナに、レオナルドは溜め息をついて部屋に入ってきた。菓子が入った包みをテーブルに置き、ソファにどかっと座り足を組む。
「あのな。今のお前には侍女がいないんだ。こんな時間に男女が部屋で二人きりになるのはまずいだろう」
確かにそうだ。今のはセラフィーナが悪い。でもなぜかレオナルドなら気にならなかったのだ。
「で、でもレオナルド殿下はお兄様も信頼されている方ですし、問題ないですよね」
レオナルドの片方の眉が上がる。
「お前、まさかユーリと仲が良いヤツなら誰でも部屋に入れるんじゃないだろうな」
「そんなことしませんよ!何というか、レオナルド殿下には素を見せていただいていますし……」
どう言えばよいかわからず黙り込むセラフィーナに、レオナルドは金の髪を掻き上げ真剣な顔つきになった。
「お前は今、学園で偽装していたときとは違うんだ。もっと自覚を持て」
「はあ」
「なにが“はあ”だ。わかってないだろう。警戒心を持てと言っているんだ」
「わかってますよ。今はフィーナ・ガレントです。付け込まれるなということですよね」
「……いや、まあそうなのだが………」
レオナルドが眉間にしわを寄せている。
セラフィーナはお茶を出せば機嫌がよくなるかもしれないと思った。
「レオナルド殿下、お茶はいかがですか?紅茶とガムラム茶がありますが」
「ガムラムがあるのか。ちょうどいいな。菓子はギムロだ」
「え!ギムロですか!?私大好きなんです!」
ギムロというのはクレイズの南に隣接しているマチュア王国の菓子だ。
栽培されている葉を一度粉状にし、固めて甘味で煮込んだお菓子である。ガムラムもマチュア王国で採れるお茶の葉で、両者はとてもよく合う。
二人分のお茶をすぐさま用意しギムロにありつく。
ほくほく顔で食べるセラフィーナにレオナルドは笑った。
「ドレス選びで疲れた顔をしていたが、今は元気そうだな」
「それはギムロのおかげです。持ってきていただいてありがとうございます」
「ああ。またうまい菓子が手に入れば持ってきてやろう」
「本当ですか?お願いします!」
屈託なく笑うセラフィーナにレオナルドは目を細めた。
「でも今日は本当に疲れました。レオナルド殿下が気を回してくれてとても助かりました。今日初めて気づいたのですが、私はあまり着飾ることに興味がないようです」
令嬢としてはぶっちゃけた発言だが、レオナルドは何を今さらという顔をした。
「着飾ることが好きなら、まずあの格好をするはずないだろう」
「あの格好というのは残念令嬢のことですか?」
「はは!なるほど。確かにあれは残念な令嬢だな。しかしよく偽装を考えついたな」
そう言われて、セディの言葉がきっかけだったことを話した。
「それで顔も嫌われれば婚約解消できると思ったのです。デリ王国に行ったときに、歌劇団の皆様に表情を変えるテープを教えてもらったのです」
「デリの歌劇団というとサーリア歌劇団か」
「そうです!そこのお姉様方と仲良くなりまして!」
「あれはお姉様方ではなく、お兄様方だろう……」
「その頃は前髪を伸ばしてメガネをかけていただけだったんです。ですが事情を話したら協力してくれるっていってお化粧を教わりました!」
セラフィーナは得意そうに話を続ける。
「最初は顔だけだったのですが、フィリアと同室になりまして」
「フィリア?ああ、ロイズの婚約者か」
「そうです。フィリアが体型も隠した方がよいと教えてくれたんです!それで二人で試行錯誤した結果が、あの残念令嬢なんです!」
目を輝かせて話すセラフィーナに、レオナルドは若干引き気味だ。
「そ、そうか。頑張ったのだな」
「はい!皆様が協力してくれたおかげです!まだ婚約解消できていませんが、テディ様からも順調に嫌われているようですし、方向性は間違っていないはずです」
「あれが正解かはわからんが。ただ私は笑わせてもらったぞ。父上達もかなり楽しかったみたいでな。謁見の後も盛り上がって自分達もやってみたいなんて言い出してまいったぞ」
そこでレオナルドはニヤリと笑った。
「だから言ってやったんだ。そんなにやりたいならセラフィーナに手伝ってもらえってな」
「えええええ!!何てこと言ったんですかっ!」
レオナルドの笑い声が部屋に響いた。
その後も少し話したが、そろそろ退出しようとレオナルドが席を立つ。見送ろうと後ろに続いたセラフィーナだったが、レオナルドが扉の前で立ち止まった。そしてくるっと振り向き、セラフィーナの頭に手をおいた。
「いいか。私以外の男は絶対部屋に入れるなよ」
頭をポンポンと撫でて出て行った。
一人残ったセラフィーナは自分の頭に手をのせてみる。
大人になるにつれて家族以外の男性に頭を撫でられることなんてなくなった。貴族令嬢として頭を触られるなんて無いのが当たり前だ。
でも………
なんだろう、この気持ち。
なんだかくすぐったい。
そしてまたやってほしいと思ってしまった。
お読みいただきありがとうございます!
次話、レオナルド視点です!




