王族の皆様に素顔を見せたら
「ではお嬢様、ご案内いたします」
アレクセイから声をかけられたゾーラと呼ばれた年配のメイドが、セラフィーナをどこかに連れだそうとしてくる。
セラフィーナは焦った。
色々ありすぎて頭がうまく回っていないが、授業後そのまま王宮に向かったため今は残念令嬢のままだ。このまま連れていかれたらおかしなことになるのではないか。そもそも王族を前にして姿形を偽っているのは何かの罪に問われるのでは?!
どうしていいか分からずレオナルドに目をやると、貴公子の仮面が剥がれてにやにやしている。
完全に楽しんでる!
「お、お兄様……」
セラフィーナは隣に座るユーリアスの服を掴んで半泣きで助けを求めた。
ユーリアスはふうっと息を吐き、セラフィーナの頭をポンポンと撫でる。
「セラフィ、部屋を借りてあげるから元に戻しておいで。アレクセイ殿下、申し訳ありませんがそちらの続き間をお借りできませんか。それからゾーラ、タオルを用意してほしい」
「あ、ああ。別に構わないが……」
アレクセイは困惑気味ながらもユーリアスのいうとおりに部屋を準備させ、ゾーラもタオルを用意してくれた。
セラフィーナはお礼を言い、渡されたタオルを片手に一人続き間へと移動した。
奥の部屋は重厚な執務室とは違い、私室に近い部屋だった。仮眠ができるようベッドがあり、身を整えるための大きな鏡もある。執務の間に利用できるようにしてあるようだ。
その鏡の前でセラフィーナは白いテープを取り、洗面室を借りて化粧を落とした。三つ編みをほどき、顔を隠すために伸ばした前と横の髪を後ろに流しハーフアップにしてピンで止める。
さらしやタオルを取ろうとすると着替える必要があるので、とりあえずこのままでもよいだろうか。
落ち着こうとするものの、なんだか色々ありすぎて考えがまとまらない。だがいつまでも高貴な方々を待たせるわけにはいかない。
意を決して皆が待つ部屋の扉を開ける。
「お待たせいたしました」
「ああ、セラフィーナ嬢。詳しい話は今ユーリから聞いたとこ………」
こちらを見たアレクセイが固まった。
というより、ユーリアスを除いた全員が口をポカンと開けてセラフィーナを凝視している。セラフィーナが偽装していることを知っているはずのレオナルドもだ。
『ま、まあ!まあ!セラフィーナ!あなたとても美しいわ!そのダークブルーの瞳もとても素敵よ!』
ティターニアが両手を胸の前で合わせ目を輝かせた。
ティターニア殿下、とても光栄ですが興奮しすぎてコクーン語になっています。
レオナルド殿下、あなた偽装していたことを知っていたくせに、何皆さんと一緒になって固まっているのですか!!
テディとの婚約解消のために頑張ったセラフィーナだったが、これはこれでいたたまれない。
「あの……」
「はっ!あ、いや。セラフィーナ嬢、まるで別人だな。し、少々驚きが隠せないぞ。な、なあロイズ」
「そ、そうですね。先ほどユーリアスから事情を聞きましたが…まさかこれほどとは思いませんでした」
動揺して、どもるアレクセイとメガネをくいっとあげるロイズ。
「ですから言ったではありませんか。セラフィはとても綺麗ですよと」
「そうなのだが兄の贔屓目かと思っていた」
「でもセラフィーナはとても綺麗です。ユーリアスの言ったとおりね」
少しずつ和やかな雰囲気になってきたところで、セラフィーナは思い切って聞いてみる。
「あ、あの!私のこれは何か罪になるのでしょうか?」
「…そうだな。本来なら王宮で姿を偽るのは偽証罪、不敬罪などに当たる。だがこちらの事情で出向いてもらっているし、理由が婚約者に嫌われるためなのだからな。今回は特別に罪には問わない」
「ありがとうございます!」
王太子のアレクセイが承知してくれたなら問題ないだろう。よかった。
頭を下げたセラフィーナはホッとしてユーリアスを見ると優しく頷いてくれた。
「しかしこれなら侍女服さえ用意させれば問題ないだろう」
「そのことですが、よろしいでしょうか」
「なんだゾーラ。言ってみろ」
戸惑う様子をみせたゾーラだが、セラフィーナに視線を向けた。
「お嬢様、お体にも何かされていませんか?」
「ん?それはどういう意味だ?」
「はい、アレクセイ殿下。こちらにお越しになった時から思っておりましたが、お嬢様のお体に少々違和感がありまして。先ほどユーリアス様のお話を伺ってもしやと思ったのです」
「なんだそれは。セラフィーナ嬢、どうなんだ?」
セラフィーナはギクリとした。
さすが古参のメイドだ。セラフィーナの偽りの体型を見抜いたのだろう。しかし今さら隠しても意味がない。かなり恥ずかしいが仕方ない。
「はい、そのとおりです。あの、その……。実はさらしを巻いて胸をつぶし、腰回りにタオルを巻いています」
場がシーンとなった。
セラフィーナはいたたまれない。
今日は何度この思いをすればよいのだろう。
すると、今までずっと黙っていたレオナルドが急に笑い出した。
「ぷ、くくく、ははは、ははははは!セラフィーナ、お前やりすぎだ!」
「レオ、崩れているぞ」
「しかし兄上、貴族令嬢が捨て身すぎるだろう!はははは!」
「まあ確かに…」
「やりすぎではありますね……」
一人大笑いしているレオナルド、目をパチパチさせているティターニア、呆れ顔のアレクセイとロイズ。その呆れ顔は地を出したレオナルドに対してか、それともセラフィーナなのか…。
大笑いしていたレオナルドだったが、金の髪を掻き上げ顔を上げた。どうやら収まったようだ。
「はあ、笑わせてもらったぞ。ならば兄上、これを活用しない手はないだろう」
「候補対策か」
「はい」
別にレオナルドを笑わせるために偽装していたわけではないのだが。それより候補対策とは?
意味のわからないセラフィーナにレオナルドが説明する。
「国内であがっていた兄上の妃候補達のことだ。今回の婚姻は議会ですでに承認を得ているから周知の事実だというのに、未だに理解の悪い者達がいる。
一介の伯爵令嬢にすぎないお前を侍女にあげると、妃候補だった者達が兄上に近づくために我も側にと言い出すだろう。その対策が練られていたのだが。せっかくだからお前のその偽装を役に立ててもらおう」
なんだか嫌な予感のするセラフィーナに、レオナルドはニヤリと笑う。
「侍女はやめだ。お前には別人になってもらう。さすがに素顔を晒すのは後々面倒になるが、かつらをかぶってメガネでもかければ誰もセラフィーナとは気付かないだろう。何せ元を知らないのだからな!ははははは!」
どうやらセラフィーナの偽装には第二弾があるようだ……
お読みいただきありがとうございます!
次話から第三章王宮編、ようやく恋も始まります!




