初めての王宮
数時間後、セラフィーナはユーリアスとともに城に向かっていた。
「急だが放課後迎えをやるからユーリと一緒に城に来い」
第二王女はすでに王宮にいるらしい。公布まで待てなかったアレクセイが数日前に極秘に入国させたそうで、少しでも早い対面がよいと言われたのだ。
フィリアにはあの後のことを簡単に説明し、帰りが遅くなるかもしれないと伝えておいた。
馬車に揺られながら、セラフィーナは疑問に思っていたことをユーリアスに聞いてみる。
「ねえお兄様。レオナルド殿下のあの変わりようは何なの?」
「ああ、あれが殿下の地だよ。普段は本心をみせないように取り繕っていらっしゃるんだ。でもあの様子はほんの一部の者しか知らないんだよ」
「そうなのね。爽やかな王子様だと思っていたのにあれでは詐欺みたいだわ」
呆れたように言うと、ユーリアスは笑ってセラフィーナの頬を突いた。
「それを言うならセラフィもじゃないか」
「もう!お兄様ったら!でもあまりに違いすぎてびっくりしたわ」
「そうだね。私も知ったのは少し経ってからだったかな。でもセラフィは殿下と初対面だろう?まさか素を出すとは思わなかったよ」
「そうなの?なぜ殿下は取り繕わなかったのかしら」
「うーん。もしかしたらセラフィに親近感を持ったのかもしれないね。同類なんて仰っていたし」
そんな話をしているうちに馬車が止まり、近衛騎士の制服をまとった大柄な男性が二人を出迎えた。
「お待ちしておりました、ダウナー様方。どうぞご案内いたします」
王宮の奥まで進むと案内してくれた近衛騎士は重厚な扉の前で立ち止まりノックをした。どうやらここが王太子の執務室のようだ。
セラフィーナは自分が緊張していくのを感じて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
中からくぐもった声が聞こえ、扉がゆっくり開かれる。
「ユーリアス・ダウナー様、セラフィーナ・ダウナー様をお連れしました」
セラフィーナが数歩進み出た先の正面に、重厚なソファに腰を掛けている王太子アレクセイの姿がある。
王族特有の煌やかな金髪に、レオナルドより少し落ち着いたグリーンの瞳。さすが王太子というべきか、覇気をまとっていて威圧感がある。
「ダウナー伯爵家長女セラフィーナ・ダウナーと申します」
「楽にしてくれ、セラフィーナ嬢。こちらが我が婚約者のティターニアだ」
学園の制服なので様にならないが、腰を深く落としカーテシーをするセラフィーナに、アレクセイは落ち着いた声で答えた。
アレクセイの隣に座る美少女が柔らかく微笑んだ。
その美しさに思わず息を飲む。
東大陸特有の黒髪は艶やかで、まっすぐ伸びて腰に届くほど。びっしりと睫毛に覆われている黒々とした大きな瞳は輝く黒真珠を思わせる。きめ細かい真っ白な肌がより黒い瞳を印象づけさせた。
ほんのり笑みをたたえているぽってりとした唇は可愛らしく、ほっそりとした身体にまとっているのは流れるような淡いピンクのドレスで、シンプルなラインがより一層ティターニアの見目の良さを際立たせている。
何より森の奥深くに迷い込んだかのような清廉な空気をまとっており、セラフィーナは感嘆した。
これが巫女姫の持つオーラなのか!
セラフィーナは足を揃えて姿勢を正し、胸の前に両手の平を合わせ、頭を深く下げた。
これは東大陸独特の巫女姫に対する礼だ。
『お初にお目にかかります。セラフィーナ・ダウナーと申します。どうぞセラフィーナとお呼びください。巫女姫様にお目にかかれて光栄に存じます』
『まあ!神殿の礼をご存じなのね、嬉しいわ!ね、リンカ』
『さようにございます』
ティターニアは微笑み、自国から連れてきたであろう濃い茶色に黒目を持つ侍女に同意を求めた。
東大陸の文化は独特だ。
大陸は四つの国で成り立っているが、どこの国でも女神神話が根強く残っており、各国にそれぞれ神殿がある。
王族、もしくはそれに準ずる娘が巫女姫に選ばれ、三年間神殿に身を寄せ礼拝する。その後は通常の生活にもどるが、年に一度ある豊穣の祭りを取り仕切るのが慣習となっている。
そしてコクーン国の今代巫女姫がティターニアだ。巫女姫はお役目柄、通常国から出ることがない。
その巫女姫にお会いすることができるなんてと、セラフィーナは目を輝かせた。
アレクセイに勧められて対面のソファにユーリアスと隣同士で座った。その斜めには爽やかな貴公子のレオナルドがいる。その優雅さは、昼間のは夢だったのかと思うほどだ。
アレクセイのすぐ後ろには側近のロイズ・レーベン公爵子息がいる。彼の父は現宰相、母は王妹でアレクセイとレオナルドの従兄弟にあたる。
白みがかった金髪にメガネをかけていて冷たい印象をしているが、実はロイズはフィリアの婚約者で、フィリアをとても大切にしているそうだ。
入り口付近には年配のメイドと若いメイドもいる。
そんな面々に囲まれたセラフィーナは改めてティターニアを見た。
母のメイリーも黒目黒髪で美人だったが、ティターニアは桁が違う。なんて神秘的だろう、華奢で儚げだからか。いや、まとっている空気感か。東大陸は黒目黒髪が多いというが、ティターニアの美しさは別格なのではないか。
そんなことをつらつら考えていたら、隣のユーリアスに肘で脇腹を突かれハッとした。
見ると周りから注目を集めている。
「申し訳ありません!ティターニア殿下の美しさについ見惚れてしまいまして!」
焦って思っていたことをつい口に出してしまったが、それを聞いたアレクセイは目を輝かせ生き生きしだした。
「そうだろう!そうだろう!ティアの美しさは素晴らしい!見惚れてしまうのも無理はない!」
「そ、それに清廉な空気をお持ちで」
「わかる!わかるぞセラフィーナ嬢!ティアのまとう空気はまるでティアの澄んだ心を映し出したかのように美しく清廉だ!ティアは今代の巫女姫だが女神といっても過言ではない!そしてこの艶やかな黒髪、印象的な大きな瞳、バラ色の唇、すべてがとても美しい!何者にも代えられない完成された美と言ってよいだろう!」
息もつかずにアレクセイが捲し立てる。言われているティターニアは頬をほんのり赤らめて目を潤ませた。
「ああ、ティア!駄目だ!その顔は私と二人きりのときだけにしてくれ!皆に見せてはならない!」
「あの、アレクセイ様。恥ずかしいのでどうかその辺りでお止めください」
「なにも恥ずかしがることはないぞ!ティアの美しさは誰もが」
「ウォホン、兄上。そろそろ本題に移られてはいかがでしょう」
丁寧な口調ではあるがレオナルドの目が笑っていない。デレデレしていたアレクセイだったが、ハッと我に返りキリッとした顔に戻った。
「ではセラフィーナ嬢、よいか」
「はい。お願いいたします」
落差が激しい。
そう思うものの、気を引き締める。
「レオナルドから聞いていると思うが、今回の婚約は予定になかったものだ。ティターニアにはかなり負担を強いることになる。そこで君にはティターニアの補佐をしていただきたい」
「はい。私にできることでしたら、何なりとお申し付けください」
真剣な面持ちでセラフィーナは返答した。
だがすぐに崩すことになる。
「うむ、心強いな。では予定どおりティアの侍女になってもらい、王宮に移り住んでもらおうか」
「…………え?」
「君はスキップできるほどの成績を修めているから休学しても問題ないと聞いている」
「……は」
「部屋はティアの隣だ。今日からよろしく頼むぞ」
ちょっと待って!
これって専属侍女になって、王宮に住むってこと?!しかも学園を休むの?本日からって何?!
糸目すぎてわからないだろうが、目を丸くしたセラフィーナがレオナルドを見ると、彼は爽やかな貴公子のまましれっと微笑んでいる。
ユーリアスを見ると残念そうに首を横に振った。
くっ!やられたわっ!
セラフィーナにはわざと隠していたのだろう。
王宮に住めなんて言うとビビると思ったのか。いいや、たぶんあれは面白がっての方だ。レオナルドの目の奥がそう言っている。
ティターニアのそばに置きたいとは言われたが、話し相手程度だと思い込んでいた。
それがまさかの専属侍女とは。
そんな戸惑いに気づいたのか、ティターニアが不安そうにセラフィーナを見ている。
ああ、この方にこんな顔をさせたくない。
そもそもどうせ断れない。
よしっと腹を括った。
「ティターニア殿下、至らないことも多いかと思いますがどうぞよろしくお願いいたします」
頭を下げたセラフィーナを見て、ティターニアは安堵したように笑顔になり、アレクセイも満足げに頷く。
「ええ、こちらこそよろしくお願いね。セラフィーナ」
「ではよろしく頼む。必要な物はすべてこちらで手配するので安心してくれ。だが…」
アレクセイは思案顔でセラフィーナを見た。
「女性にこんなことを言うのも失礼だが、セラフィーナ嬢はあまり見た目にこだわりがないようだな。だがティアの侍女となってもらう以上今のままではな。ゾーラ、少し身を整えてやってくれ」
「かしこまりました。ではお嬢様、よろしいでしょうか」
セラフィーナはさーーーっと血の気が引くのを感じた。




