レオナルドとセラフィーナは同類?!
さて、助けてもらったというべきセラフィーナだったが内心は酷く落ち込んでいた。
テディが手をあげてくれれば決定的だったのに……あと一歩だった。
複雑な心境だがレオナルドにはお礼を言うべきだろう。
「あ、あの。セラフィーナ・ダウナーと申します。助けていただきありがとうございました」
「怪我はありませんか?」
「はい大丈夫です」
心配そうに窺うレオナルドの爽やかな貴公子ぶりに、自分の残念令嬢姿を思うといたたまれない。
さっさとフィリアの待つカフェテリアに行こう。
だがレオナルドが話し掛けてきた。
『君はユーリアスの妹君でしたね。彼にはいつも助けてもらっていますよ』
なぜか急にレオナルドは異国の言葉で話し出した。
これは東大陸のコクーン語?なぜ?
セラフィーナは不思議に思いながらも、コクーン語で返した。
『こちらこそ兄がお世話になっています』
『先ほどの彼はあなたの婚約者ですね?』
なぜコクーン語で?
疑問は続くがテディと恋愛関係なのかと誤解されるのは絶対嫌なので、そこはきっちり伝えなければ。
『おっしゃるとおりですが、両親が決めた婚約なので私の意志ではありません』
『課題の他にも彼に何かを強要されることはありますか?』
『以前はモルガン家の領地に関するものを頼まれていましたが、すべて断っています』
『彼はなかなかしぶといでしょう。どうやって断ったのですか?』
『最初は普通に断っていましたが、途中からは資料を受け取り、そのままモルガン侯爵に返していました』
なぜこんな尋問のようになっているのか不安になるが、とにかく冷静にと返答していたセラフィーナにレオナルドはクスッと笑った。
「実はセラフィーナ嬢にお話したいことがあるのです。私の談話室に来ていただきたいのですが、よろしいですか」
「は、はい。わかりました」
そう答えたものの、第二王子からのお話なんて…
不安になって隣を見上げると、ユーリアスはセラフィーナの頭を撫でながら微笑んだ。
「大丈夫だよ、セラフィ。私も一緒に行くから」
結局わけもわからないまま、談話室に着いてしまった。
「どうぞ」
勧められておずおず足を踏み入れたセラフィーナは周りを軽く見渡した。
王家、公爵家にはそれぞれ専用の談話室があり、ここはレオナルド専用だ。置いてある家具はとても高価なものだが、フィリアの談話室と比べるとずいぶん殺風景。
入り口で立っているとレオナルドが急にズカズカ入り込み、荒々しくドカッとソファに座った。
「おいユーリ、茶を入れてくれ」
レオナルドはうっとうしそうに胸元のネクタイを乱雑に緩め、少しだけ長めの前髪を掻き上げて足を組んだ。
え? このひと誰?
セラフィーナはビシリと固まった。
だがユーリアスは普通に話し出す。
「はいはい。まったく相変わらず人使いが荒いですね」
「そう言うな。お前の入れる茶はうまいからな」
「調子いいことを言っても課題はやりませんよ」
「ククク。兄妹そろって固いな」
気安い会話が繰り広げられている。
ユーリアスはレオナルドとそんなに仲が良いのか。
いやいや、そうじゃない。
「何をしている?座ればいいだろう」
レオナルドが怪訝そうにしているが、セラフィーナは微動だにできない。見かねたユーリアスが呆れたように答えた。
「殿下の様子が違いすぎてびっくりしているのですよ。急に態度を変えすぎです。かわいそうに、固まってしまったじゃないですか」
「ああ、なるほどな。だが私達は同類だろう。違うか?」
セラフィーナを見ながらレオナルドはニヤリと口の端を上げた。
……先ほどまでの爽やかなオーラをまとっていた貴公子はどこにいったのだろうか。今では背後に黒いものを感じる。しかも同類?何を言っているのか。
「あの、意味がわかりません」
混乱しているセラフィーナにレオナルドは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「私は態度を、お前は姿形を偽っているだろう。同類ではないか」
セラフィーナは糸目にしている目を限界まで開いた。
ちょっと待って!まさか知られている?!なぜ!!
焦ったセラフィーナが視線をさまよわせると、視界に入ったユーリアスがばつが悪そうに視線を逸らした。
「ま、まさか!お兄様!」
「っ!すまないセラフィ!」
「なっ!すまないってどういう意味なの!?認めるってことなのね!」
キッと睨み付けて詰め寄るセラフィーナとあたふたしているユーリアスを見て、レオナルドは楽しそうにしている。
「ククク。まあそう怒ってやるな。事情もあることだしな」
焦ってついさらけ出してしまったが、この態度は不敬だ。慌てて頭を下げようとすると手で制される。
「やめろ。かしこまる必要はない。まずは座れ。ユーリの入れた茶はうまいぞ」
そう言われてセラフィーナは向かいのソファに腰をかけ、紅茶を一口いただく。ユーリアスが紅茶を入れられるなんて知らなかったが確かに美味しい。
冷静さを取り戻したセラフィーナは思い切って聞いてみることにした。
「あの。事情とは何でしょう?」
「ああ、そうだな。私の兄上、この国の王太子の婚約についてだ。サイプレスのエメレーンとの婚約が白紙になったことは知っているな」
途端に国家間の話になり、セラフィーナは真剣な面持ちになった。
クレイズ王国王太子アレクセイと隣国サイプレス帝国皇女エメレーンは、友好強化のため幼い頃から婚約が決まっていた。
だが半年ほど前、エメレーンの兄でありサイプレスの皇太子が離宮に移された。表向きは不治の病に侵されたため継承権を返上したとされているが、真相は定かではない。
帝国には皇太子以外は姉妹ばかりで、中でも第一皇女エメレーンは圧倒的なカリスマ性があるという。
そこで両国間の話し合いの末、婚約を白紙にしてエメレーンが立太女されたのだった。
「婚約が白紙になったことで我が国から王太子妃を選出しようという声もあがったのだが、勢力関係を鑑みるとどうもな」
継承から外れた元皇太子は実は以前から評判があまりよくなく、問題視する声もあった。
クレイズ内でもサイプレスは将来エメレーンが継ぐのではないかと囁かれており、高位貴族の中には婚約者を持たず将来の王太子妃を狙っている令嬢もいた。
もちろんまともな貴族はそのようなことをしないので、候補にあがる令嬢達は芳しくないのだろう。
「だが今回縁談がまとまった。サイプレスの仲介だ」
仲介とはどういうことか。
確かサイプレス内にはエメレーンの代わりになれる目ぼしい令嬢はすでに婚約済みのはず。だからこそクレイズ国内でとの声もあがったのだが…。
考えを巡らせていたセラフィーナだったが、ハッと顔を上げた。
「まさか、コクーン国」
小さな呟きだったがレオナルドは満足そうに頷いた。
「察しがいいな、そのとおりだ。相手は現在サイプレスに留学している東大陸コクーン国第二王女だ。婚約を白紙にしてしまったサイプレスには何かしらの賠償が発生する。そこでこの婚約だ。クレイズとコクーンの縁談の橋渡しをすることで、仲介役を担ったサイプレスは面目が立つ。三国間の協力体制を強めることはそれぞれにも旨味がある。そういう意図でこの縁談は成立した。…表向きはな」
最後の言葉に身構えたセラフィーナに、レオナルドは苦笑した。
「そう構える話でもない。ただ単に兄上がコクーンの第二王女を見初めたというだけだ」
「見初めた?」
「ああ。兄上はサイプレスによく出向いていたからな。その際に留学中の第二王女に惚れたらしい。何なんだろうな、あれは。あれが恋に浮かれているというのか。わが兄ながら見ていて少々気味が悪い」
「殿下、それは駄目です」
眉を寄せたレオナルドに、壁にもたれて黙って聞いていたユーリアスが諌めた。
「だがユーリも思うだろう」
「まあ、楽しそうではありますね」
「だろう。あんな兄上は見たことがない。公務は完璧にこなしているから問題ないが。ともかく兄上とエメレーンは昔から戦友みたいな間柄でな。兄上の気持ちを知ったエメレーンが仲を取り持ってくれたというわけだ。そしてそこでお前の出番だ、セラフィーナ」
この話を聞いて思い当たるのはひとつしかない。
先ほどの尋問は試されていたのだとセラフィーナは理解した。
「通訳ですか?」
「そうだ。といってもただの通訳ではない。第二王女は留学するだけあってこちらの情勢も理解しているし、クレイズ語もほぼ問題ない。だが完璧とはとても言い難い。王太子妃、ひいては王妃となられるわけだから中途半端ではすまされない。ベタ惚れしている兄上はそれをひどく心配していて、コクーンの言葉も国柄にも理解がある者を、側におきたいと考えている。だが同世代の令嬢で該当する者は皆無だ」
それはそうだろうとセラフィーナも思った。
婚約関係のあったサイプレスならともかく、海を渡った東大陸に精通しているなんてまず無理だ。
貴族令嬢にもかかわらず異国を渡り歩いているセラフィーナが異質なのだから。
「王太子の婚約者に近づける者だからな。悪いがお前の身辺調査をさせてもらった。結果は合格だ。ただ外見が幼少期と比べると違和感があると報告を受けてな。ユーリを問い詰めたんだ」
面白そうにじっと見てくるレオナルドに、セラフィーナの目が泳ぐ。チラッとユーリアスを見ると彼も目を泳がせていた。
でもだから偽装を知っていたのかと納得した。
「経緯はわかりました。ですがダウナー家は歴史も浅いですし。私でよいのかどうか……」
他国を巡り勉強漬けの毎日だったセラフィーナだ。コクーン国のみならず語学にも知識にも自信はある。だがいきなり雲の上の存在だった王族の、しかも将来王妃となる方の近くにあがるとなると不安もある。
そんな心情を理解してか、レオナルドは意地悪そうな表情を浮かべた。
「今回の件はすでに決定事項だ。だが不安に感じる気持ちも分からないではない。そこでだ。今の時点ではっきりした期間は言えないが、ある程度問題が片付いた暁には褒美をやろう」
「褒美ですか?でも特に欲しいものはありませんが」
困惑気味なセラフィーナに、レオナルドは悪魔のように囁いた。
「あるだろう、一番欲しいものが。モルガン家嫡男との婚約解消だ」
聞いた瞬間セラフィーナの糸目が鋭く光る。
考えるまでもない。答えはひとつ。
レオナルドをまっすぐ見つめたセラフィーナは力強く宣言した。
「このお話、慎んでお受けいたしますっ!!」




