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#3 彼女と友達、彼と後輩(Yside)

 最近、時計の針が意地悪だと思う。

 もっと正確に言うと時間が意地悪だ。

 なんでって聞かれたら具体的な根拠はないけど、なんだか毎日がとても早く過ぎていく感じがするからだ。

 ………なんかもう気づけばいつも時間に文句を言っている私である。

 それはともかく、地球の自転周期どうなっちゃってるの! と、誰に向けていいかもわからない叫びは胸のうちにしまっておく。あんなに芽吹いては舞い散っていた桜は最近では葉桜としてまだまだ皆の胸中に残っている。

 私の胸の内といえば、一人の男の子がなおも満開の桜のように、あの都会の夜空でも特別輝く満月のように、常に輝き居続けてた。…………もちろん友人たちもいる。当たり前だよ。忘れてない忘れてない。

「忘れられる!」

 大きな声でわーわーと叫んでいる私の親友、葵日向(あおいひな)だ。

「忘れないって。ほら、どうどう」

「嘘だー! きっとこのまま私をおいて二人は遠いところへ行っちゃうんだー!」

 さっきから暴れ馬のような勢いで騒ぐ原因は、私ともうひとりの私の親友、満朋美(みちるともみ)にあった。

 どうもこの頃、私達二人は用事続きで全く日向にかまってあげられていなく、ついに日向のフラストレーションが爆発したようだった。

 しかし、ただ会えないだけならここまでにはならない。もっとも、彼女をこんなに幼児退行のように変形させたのは。

「うるさいなー、そんな事言うなら日向も彼氏を作ればいいじゃん」

 そう、二人の予定の殆どは彼氏関連のことだったのだ。

 今の日向には容赦のない言葉を朋美に言われ、日向はうつむきプルプルと震えている。そして、更に勢いをあげ彼女は嘆き出した。

「あぁぁぁぁあ! 言った! 取り返しのならない言葉を言っちゃった! 彼氏なんて作れたら今にでも作っとるわ! ゆっき〜、ともが意地悪する〜!」

 思っきし抱きついてきた。

 こんな日向を見れるのは私達二人の特権だ。普段は男勝りというか、かっこいい感じなので、こういった弱った姿はなんともかわいい。これがギャップ萌え……! なんでこんなに使い方うまくて武器も多いのに彼氏ができないのか。この世界の七不思議に数えられてもおかしくはない。

 そんなことを考えていると彼女に察しられたのか、なおも喚く。

「今! 今ゆっきーが失礼なこと思ってた! なんで彼氏できないんだろうって思ってた! 私に仲間なんていなかったんだ〜!」

 なぜ分かったんだ……。それもこれも、親友だからなのかな。

 都合のいいように解釈したが、こんなことを言い合えるのは彼女たちしかいない。二人も多分そう。そう思うとなんだか胸の内が暖かくなって、思わず頬が緩む。

「あー! なんかゆっきーが怪しげな笑みを! きっと一人だけ彼氏のできない私のことを蔑んでいるんだ。絶対そうだ!」

「うっさい! そんなこと思ってないわ!」

 それからもずっとわんわん言っているので仕方なく今日の放課後にパフェを食べに行くことにした。そこでおごってやると付け加えたところ、「……じゃあ、プレミアショートケーキと新作カプチーノで許す」と全く遠慮ない一言を言われた。

 こいつ……とんだ狡猾野郎だな。そんなんだから……っとこの先は言わないでおこう。



 放課後になり、私達一行はカフェへ向かう。

 店内は落ち着いた雰囲気がよく似合う木組みをベースとした内装だ。レジのところのショーケースには様々見るからに美味しそうなスイーツが並べられている。

 どれにしようか迷うところなのだが、この詐欺師(日向)にまんまとはめられ高いケーキとドリンクをかわされる事になったため、私は比較的安めのホットココアだけにした。

 まあ、意地悪をしてしまったのはこっちだからと多少の諦めはあるも、なんかいまいち納得しない。ていうか、朋美はなんで何もお咎めがないんだ……。

 本人曰く、そういった話に切り込んだら負け。だそうだ。

 各々飲み物やらを持って四人がけの席に座る。

「それで?」

 腰掛けそうそうに日向が話を振ってきた。学校のときがウソなんじゃないかと思うほど彼女はいつもどうりだ。やっぱりあの駄々っ子はお芝居だったのだろうか。

「それでって?」

 聞き返すと、日向はニヤついた。

「やだなあ。二人の進展についてですよ〜」

「日向ってMなのか」

 朋美が切り込むも、なぜか日向はかえって自慢げに胸を叩く。

「やだなー、打たれ強いって言ってよ。それに、人の恋愛話ほどご飯がすすむものってないよね!」

 何だこいつ……。斜め前を見ると明らかに朋美が引いてる。たぶん朋美と私、今一緒のこと思ってた。

 ただまあ、本人が聞きたいと言っているのだ。聞かせてやろうではないか。私の最近の、主に自慢話を! そう思って、ココアを一口啜った。ほんのり……いや、だいぶ甘いと感じた。



 意気込んだものの、大して進展があったわけではなかった。初放課後デート経て、帰れる日は一緒に帰って、休日に何度か遊びに行った。

 大きな変化というわけではないけど、基本REINでの会話が多くなったように思う。いや、ほんとにスマホって偉大だって思った。話したいときに話せるし、聞きたいときに声を聞ける。

 もちろん彼からメールが来ることはあんまりないけど……ここはまあ、今後の課題ってことで。

 この間で一ヶ月くらいになったわけだけど、彼についても少しずつ分かることが増えてきた。

 彼、つまり水森綾人(みなもりあやと)くんは機械が下手。既読からの返信が数十秒位かかる。本人は、「あまりこれまで返信することとかなかったし……そもそも、スマホ自体あんまし使ってこなかったから」と言っていた。

 確かに綾人くん、ずっと本読んでるイメージだもんな……。

 でも、最近は時折席を立って戻ってくるとき、なんかスマホをカタカタ打っているのを見かける。早く打つ練習でもしてるのかな?

 それからそれから……



「ちょっと待って」

 乗ってきたところで日向が話を止めた。

 もう、まだまだ話足りないんだけど!

「え、疑わないの? 大丈夫なの?」

「疑うって、何を?」

 日向は急にわけもわからない事を言う。決して私の理解力不足ではない……と思う。

「浮気とか」

 日向に言われて、思わずぽかんとしてしまった。それから吹き出しそうになるのをこらえ、小刻みに体を揺らした。

「何がおかしいんだよ。私、ゆっきーのためにいってあげてるのに」

 ムスッとした日向に慌てて言い訳をする。

「あ、ごめんごめん。でもさ、あの綾人くんだよ? そんなことしないと思うんだよね。」

 そう、私は信じている。綾人くんのことを、そして何より一年のときの片思いしてきた自分のことを。

 浮気なんてするようなやつを私はここまで好きにはならないだろうし、綾人くんがそういったところはしっかりしているって今まで彼を私が保証できる。それに……。

「それに?」

「この前、綾人くんに誰かとREINしてるの?って聞いたら、わざわざトーク履歴見してくれたから」

 その時の私も流石に驚いた。トーク履歴見せてくれるんだ……って。まあ、疑うつもりはなかったけど結果オーライだった。

 なーんだと日向は胸を撫で下ろす。なんだかんだ、いいやつだなあこいつは。

 そっと、日向に心のなかで感謝を伝えた。

「恋したんならそいつのことは信じないとな。ま、日向は信じられるような相手見つけてないんだから分かんないよな」

「ぐわ!」

 またも日向にクリティカルヒット与えている。朋美……恐ろしい子……!

 もう明らかにヒットポイントが瀕死状態まで追い込まれている日向。ぐぐぐ……と歴戦の勇者ばりに立ち向かおうと顔も上げる。そしてターンは回ってきた。

「ともはどうなのさ!」

 今まで安全圏にいて攻撃を逃れていたものの、ここに来て日向が満を持して出陣。当の朋美は反応がいまいち顔に出なくて読みにくい。

 少しして、淡々と語り始めた。

「私達のことなんて、火野水森ペアと比べたら面白みなんてないようなもんだよ」

 なんだその卓球の男女ペアのような呼び名は。

「まあ、話すことなら……とうとうこの間の休みにしちゃって……」

「待て、冒頭のパンチが効きすぎる」

 少し頬を赤らめながら恥じらいを見せた表情のともの話をそうそうに打ち切った日向。彼女の方も湯気が出てしまうんじゃないかってくらいに赤くなっていた。この子、意外とピュアなのです。

 しかし、ここで私は気づく。待て……! それは罠だ!

 遅かったようで、ともはいやらしい笑みを向けてきた。

「おやおや、むっつりさん。私がしたのは彼氏とゲームだよ。おやおや」

 なんて典型的な罠なんだ……! と思ったものの自分も引っかかってたので何も言い返せない。

 日向はというと、自分の失態に気づいたようで口をパクパク金魚にさせていた。

「彼氏と……ゲーム………いったい、どんなプレイを……」

 どうやら刺激が強すぎたようで、頭の思考回路がショートしてしまったらしい。どうすんのよ、これ……と目線を朋美に送る。彼女は諦めたのか、気にせずスマホをいじっていた。

 全回復までは行かないものの、かろうじて意識が戻ってきた日向。誰か、この子に癒やしを与えてあげて……。

 色々と話しては笑ったりダメージ受けたり、楽しいと思える時間はどんどん過ぎてゆく。そういえば、こうやって三人で集まることは前までは結構多かった。高一のときなんて、どうやって綾人くんを落とすかとか、勉強しにとか、くだらない理由をつけては毎日のように遊んでたっけ。

 形あるものいつか壊れるだなんていうけれど、この関係は未来永劫、絶やさずにいたいものだ。

 それはもちろん、綾人くんとも……。



「本屋寄ってくわ」

 朋美が一方的にこのあとの予定を決めて一行、近場の本屋についた。そういえばここの本屋、綾人くんとの初デートのところだ。

 思い出すだけで顔がにやけてしまうのを頑張ってこらえる。

「ゆっきー、顔かお」

 どうやらだめだったようだ。

 本屋おすすめコーナーには相変わらずあの高校生作家の本が置かれていた。なんか増えてる……。どうやらその人の二作目の本が出たらしい。

 すごいな。と素直に感心してしまう。

 物語を書く人ってなんであんなに話を思いつくのだろう。私なんか中学の弁論とか、遡れば小学校の読書感想文だって原稿用紙一枚書くだけで軽めの運動したんじゃないかってくらいカロリー使うのに。一時期、書き続けてれば痩せれるんじゃ……! とか思い至って頑張った弁論文がそこそこの賞もらったっけ。リバウンド激しくなるからその一回でやめたけど。

 なにか楽して痩せる方法はないものか………。

 およそ全人類の夢について考えていたが、親友との買い物中だと思い出して一旦終了させた。

「ともー、何買うん?」

「んーとね、あ、あった」

 そう言って手にしたのはあの高校生作家の待望の二作目だった。

 そういえば朋美はこの人の本読んでたんだっけ。

「この綾守水斗(あやもりみなと)先生の新作……しかも、前作ではファンタジーだったにもかかわらずまさかの現代ラブコメ。これは、波乱の予感……!」

 一人すごいテンション上がっているのを日向と二人、優しく見守っていた。

 それはさておき、せっかくだから私もなにか買おうかと当たりをキョロキョロ見回していると、ふと何やら視線を感じた。

 視線をたどった先にはには可愛らしい女の子がいた。

 めっちゃ見られとる……というよりはなんだかおどおどしてる感じでこちらになにか言いたげな感じだった。

 その理由にはすぐさま気づいた。

「ちょいちょいふたりとも。他にも見て回ろうよ」

 そう言って彼女たちをここから引き離す。女の子もそれに気づいたようで、ペコリと一礼して私達のいたコーナーへと向かっていった。

 


 一通り本を探して結局、朋美のだけを買い、帰ろうかと話を持ちかけようとした。

「よーっし、次はそのへん散策だー!」

 何にテンションが上がっているのか知らないが、どうやら今日はまだまだ続くようだ。ま、久々だもんね、こうして遊ぶのも。

 はいはいと、テキトーに返事を返すも、私達の足は一つの方向に向いていた。目的地は分からない。ただぶらりと気の向くまま歩いて歩いて、ちょっと立ち止まって。また歩いて。いつしか時間も忘れていく。永遠の時のように感じる。

 そんな三人の時間も、離れていた時間もいつだか勝手に動き出して、やがて終わる。そして、また動き出す。

 気になった雑貨店に足を踏み入れてはいい感じのインテリアやら装飾品を漁る。宝探しをしている気分だ。

 あ、この猫のヘアピンかわいい………ね、値段は可愛くないね、きみ……。あ、こっちはおしゃれ! 値段も着飾ってんなぁ……。

 やがて疲れて丁度いいベンチに腰をおろした。

 程よく冷えた缶ジュースを喉に流し込む。

「ゆっきー、水森になにか買ってかないのー」

「んんっ! ごほっ、おほっ」

 急に変なこと言い出すからジュースが気管に入り咳き込んでしまった。

 今日で何回目だろうか、彼女に遊ばれるのは。

「……べっ別に、いつでも来れる距離なんだし、わざわざあげることなんてしないよ!」

 実際、この間も来たし!

「えーつまんなーい。そんなんじゃ横からかっさらわれるよ」

「うぐっ! ……そ、そんなことないもん!」

 疲れているのか思ったよりも日向の言葉が効く。

 こんの……っ、彼氏いないくせに………!

「ゆっきー? それは禁句、だよ……?」

 日向は広角だけ上げて私に言う。それは笑みではなかった。

「心を読むな……」

 まだ言ってないから禁句でもなんでもないもん。煽るのが悪いんだもん。

「あー綾人くんだー」

 情緒のない声で朋美が言う。朋美よ、騙すならせめてもっと工夫を入れよう、感情とか。

「あれ、隣の子誰だろ。ねえゆっきー、水森の横に女の子が」

 日向も乗らないでいいから。演技に熱入れなくていいから。

「まだそのネタ続けるか……いい加減あきるよそれ」

「いやいや、ネタじゃないって! 見てみなよ、ほれ」

 そうして日向の指の指す方向を見た。そこに、視界に写ったのは……。

 うそ、綾人くん……。

 スタイリッシュに着こなす彼がたしかにいた。こんなにも彼が遠くに見えるのはたぶん、見ている位置が普段よりも遠いからで、そのいつもの位置にはたしかに女の子がいた。

 二人は時々うなずき、笑いあい。

 胸が苦しいどころではない。止まっているのに視界は狭く、呼吸は荒い。どこかの道を全速力で走っている気分だ。気のせいか周囲の音はフィルターに阻まれているようにくぐもって聞こえる。

「――きー」

 遠くで誰かの声がしている。

「―――ゆっきー! しっかりしろよ」

 はっと視界がクリアになる。

 私の横には日向と朋美がいる。

 とりあえず気持ちを落ち着かせる。

「おーい水森」

「ちょっ!」

 ちょっと! まだ落ち着けてないよ! そんなことを言う暇もなく、日向は勢いよく綾人くんを呼んだ。

 私はうつむいてしまう。彼の顔を見れない。弱い子だ。

「満に葵に……由紀?」

「余計なことはいい。その子は誰かな。ねえ、だーれ」

 日向怖い。私のためとはいえ怖いよ。

 数秒の間が……なかった。

 彼はあっさりと答える。

「ああ、彼女は東風花。うちの学校の一年」

「よ、よろしくおねがいします」

 可愛らしい声だった。おどおどしてる感があるけど、下の子って感じの印象。声だけだけど。

 日向は聞きたかったことと違ったので若干苛ついているのか、少し口調が早くなっている。

「その後輩ちゃんとなんであんたがここにいるわけ」

 綾人くんはなおもひょうひょうと答える。

「買い物に……付き合っていたってのと……」

「それはだめだろ!」

 綾人くんの答えを遮るようにして日向は口調を荒げた。

 明らかに張り詰めた空気が、肌を刺激する。無意識のうちに目をぎゅっと瞑っていることが分かった。

「………なんで?」

 心底不思議そうに聞く綾人くん。

 それくらい……分かってよ。

「それくらい分かれよ! あんたは、もうひとりじゃないの! 寄り添うべき相手がいるの! 履き違えたらだめなんだよ!」

 すごい怒号だ。

 すこし離れたところでひそひそと聞こえてくる。ちょっと、声張りすぎだよ。

 その後の沈黙はまるで酸素とか、窒素とか、空気をどんどん沈めて、やがて呼吸ができなくなりそうだった。

 この空気のなか、切り込んだのは綾人くんだった。

「だから、履き違えるとか意味分かんないんだけど。もっとかんたんに言ってくれないかな」

「彼女持ちなのに女子と二人で買い物に来るなってことだよ」

 その声はもう少し離れたところから聞こえた。

 思わず顔を上げる。そこにいたのは綾人くんの友人、柿山氷矢くんだった。

 彼はニコニコしていた。いや、にやにやかもしれない。イケメンだからにやにやでも、ニコニコに見えるのかもしれない。

 どちらでも、この場にとっては場違いな雰囲気を放つ。

 そして、その空気に流される。

「かき、遅い」

「ごめん、トイレ混んでて」

 そしてのんきに綾人くんと氷矢くんは話し始めた。

 しばしあっけに囚われていたが、思考がクリアになると同時に、私達は勘違いをしていたと気づいた。



「では改めて、一年一組の東風花です。よろしくおねがいします!」

 一旦、そこらへんのカフェに逃げ込もうという話になり、飲み物をひとしきり頼み終えたあと風花ちゃんの挨拶が始まった。

「えっと、私、柿山先輩と水森先輩とは中学が一緒で今日は久々に三人で遊びに行こうということになりまして……」

 大体の事情を把握して、思い切り自分を蔑みたくなった。

 私はなんて勘違いを……。付き合ったんだもん。相手のことは信じなくちゃね。キラリ。みたいに思っていた数時間前の私をぶん殴ってやりたい。ああ、穴があったら入りたい………。

 隣も近い気持ちだったのだろうか。日向は耳まで真っ赤にしている。

「……それで俺がさー、ちょっとトイレに行くから待っててもらってたのに、いつの間にかいなくなってて二人で先に行っちゃったのかって思っちゃったよ」

「まさか。おいてくわけ無いだろ」

「綾人………それでこそ親友だな!」

 二人の茶番を見ていると、もう一方から朋美が私の袖をクイクイと引っぱった。可愛いかよ……。なかなか懐かない猫ってこんな感じなのかな。ほんわかしてしまう。

 しかし、彼女の目だけは獲物を見つけた肉食獣のようだった。

「ね、ねえ、あの二人ってもしかしてできてるんじゃ……」

「なわけあるかい」

 綾人くんとできてるのは私だもん! と自信を持って言いたいのだが、まだまだ度胸が足りないようだ。

 それはともかく、あの二人ができてるだなんて……。ないない………ない、よね? これから争う相手がまさかの男って。うーんて感じ。

 でもたぶん大丈夫だと、自分に言い聞かせる。それにしても朋美、オタクのみならず腐女子も持ち合わせているとは……キャラ濃くない? 大丈夫? 私薄くない?

 ぼちぼち時間だということもあり、今日はこのままみんなで帰ろうという話になった。

 私の隣はなぜか風花ちゃん。彼女は可愛い笑顔のまま、まっすぐ前を見ていた。

 そして、私に声をかけた。

「そういえば、先程はありがとうございました。私、どうしてもあの本欲しくて」

「いやー、まあ、あれは私達が占領してたのが悪いから。それより、あの本好きなんだね」

 あの本、高校生作家の本。タイトルは長かったから覚えてないけど、略称はたしか……。

「はい! あのてんさいシリーズ好きなんです」

 そうだ、たしか”天”に”賽”で、てんさいシリーズ。なんかすごいインパクトだった。忘れてたけど。

「それね、朋美も好きみたいなんだよ。で、今回はラブコメだからどうのこうのって言ってた」

「そうなんですよ! 今までファンタジーだったのに急に路線変更で現代もののラブコメにいくとか……ほんと、意味分かんないですよ……」

 食いつきっぷりには驚きだが、朋美の時とは違い、あんまり乗り気じゃなさそうだ。同じものが好きでも、差異は少なからずあるのだろう。……こんな可愛い子でもオタクなんだな………。

 まあ、最近では私も綾人くんの影響でだいぶそっちの方面に手を出してきて染まりつつある。彼氏の影響で変わっちゃう女の子ってこんな感じなんだなあ。

 考えながら歩いていると、風花ちゃんが今度は何やらさっきよりかしおらしく少し頬を赤らめながら聞いてきた。可愛いかよ……。

「あの……そのー……。も、もしかして水森先輩と付き合ってたりするんですか!?」

 思わず吹き出しそうになった。

「な、なんで急に!」

「い、いやなんとなく……確認、というか」

 付き合ってる感出ちゃってたかな……。恥ずかしい! なんか恥ずかしい!

 頬にたまった熱を下げたくて、あとは今の顔を見られたくなくて、手のひらで覆い隠す。

 指の間から見えた風花ちゃんは、真剣にその答えを待っているようだった。

 何度か息を吸って吐いてを繰り返す。

「う、うん……付き合ってる、よ……」

 なんとも端切れが悪くなってしまった。

 風花ちゃんは、ぼーっとしていた。それから綾人くんの方を向いた。その目は彼を捉えてはいたものの、感情が見えてこなかった。

 「風花ちゃん?」と声をかけると彼女は、はっと我に戻ったみたいだ。

「すいません。どうしました?」

「え、あ、いやなんでも……あ、あんまり固くなりすぎなくてもいいからね」

 じっと見ていた事を隠すために適当に言ったが、彼女は「はい!」と元気に答えてくれた。



 私は日向と朋美とは別方向で、綾人くん含めた三人とも別方向と、ここでお別れとなった。

「じゃ、綾人くんも」

 氷矢くんが綾人くんの背中を押す。氷矢くんナイス! というわけで、私と彼とで帰る事になった。

 綾人くんは帰りが別方向だからどんどん遠ざかってるんだけど……。それでもちゃんと送ってくれるところはほんとに………。

 うっかり惚れそうになったのを(現在進行形で惚れてるんだけど)頑張ってこらえる。

 二人だけの帰り道は静かだった。

 とはいえ気まずくはない。

 思えばいつもこうだった。たまたま帰りが重なった時、あまり喋らないのに心地よく感じた。

 彼は前をみていた。私と目合うことは少なかったけど、その歩調はいつも私をとらえてくれていた。

 今だってそうだ。前よりか全然柔らかくなったけど、その歩くスピードは変わらないままだ。

 ちらり、彼を見る。

 その時ちょうど、彼は口を開いた。

「あー……その、今日はごめん。変に心配かけちゃって」

 気恥ずかしそうに彼は言った。

 その顔がなんだかとても愛おしく思える。

 けど、たまにはちょっと意地悪しても、いい、かな。

「ほんとだよ、心配させないでよ」

 少し、強く言ってみた。

 綾人くんはうっ……と言葉に詰まっている。ちょっと言い過ぎたかな……うぅ……違うのっ、ちょっとからかいたかっただけだから! そんなしゅん、としないでよ……。

 どうやってこの空気感を終えようかと迷っていると彼が突然手を握ってきた。えっ、や、ちょ、綾人くんいきなり大胆……!

「ほんとに、ごめん。それから、これ」

 握られた彼の手は、私の手よりも冷たかった。そして彼のもう一方の手には何やら包装された袋が。

 ゆっくりと、彼の手が離れていく。

「これって……?」

「開けてみて」

 丁寧に開けて中身を出す。それは先程回った雑貨店で見つけたかわいい猫のヘアピンだった。

「見つけたときに、由紀が好きそうだなって思って。こんなときに渡たすとか、狙ってるとか思われるかもしれないけどタイミングが分からなくて」

 彼はたどたどしくも、恥じらいながらも私に伝えた。

 狙ったな、とか、思ってないよ。

 タイミングはもうちょっと勉強してほしいかも。

 やっぱり綾人くんはすごいよ、私の好きなもの当てちゃうんだもん。

 どうでも、よくはないけど表面の気持ちばかりを汲み取る。

 ああ、だめだ。自覚はしてた。付き合っているから当たり前のような気もする。だけど、だから。

 やがて上澄みだけとはいかなくなって、もっと深く、深く根付いた感情が炭酸の泡のように、火山の噴火のように、溢れてきてしまう。

 ああ、やっぱり、好きだな。

 好き。

 抑えなくていいのは分かっているけど、それでも普段はこっ恥ずかしくて、ちょろいと思われたくなくて飲み込んできた。

 でも今日は、変に心が揺さぶられてたぶん、リミットが壊れていたんだろう。

 気づいたときには、彼の名前を呼んでいた。

 そして、彼を笑顔で迎えた。

 そして。


「やっぱり君が好き」


 口に出したのは初めてだった。



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