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#2 彼女と彼と星空と(Aside)

 一つ言明をしておくことがある。

 たとえ俺がラノベ作家でしかもラブコメを書くからといって、しかも体験とかしないと書けないとか言っているからといって決して俺は―――女子風呂を覗くことはしない。

 だいたい、そんな設定すら加えない。どう考えたって古いだろう。そんなテンプレ中のテンプレを許されるのは今どき丸メガネをかけた頭の弱い小学生くらいだ。そういうやつは異次元空間を利用して女の子の一人入浴に出くわした挙げ句ありえんくらいに大量のお湯をかけられるオチ。

 そんなオチは御免だし、俺は小学生ではなく高校生。立派に犯罪としてカウントされる歳だ。

 無論そういったことに興味がないかと聞かれれば口をつむぐしかない。いや、仕方ないんですよ。恋愛感情は持ったことはなくとも普通に健全な男の子なんですよ。

 人間の三大欲求なのだから仕方ない。だからといって法を侵すのはだめ。両方の同意なしに犯すのもだめ。

 まあ、結論から言えばそういったイベントは期待しないほうがいい。

「じゃあ行くか」

「どこにだよ」

「もちろん……女子風呂を覗きにだよ!」

 ………前言撤回。嫌な予感しかしない。

 かきは「何を当たり前なことを言っているんだ?」といった顔で俺を見る。当たり前だと思ってんのはお前だけだ。

 しかしこれは止めないと。俺はちゃんと理性を保てる人間なんだ。

 友人が道を踏み間違える前に止めようとしたら、かきはふっと笑った。

「………なんてね。するわけないよな高校生にもなって」

 冗談だったみたいだ。………いやお前ならやりかねないから怖いわ。有言実行できるのがかきのいいところ。今は悪いところだが。

「かき、俺は裁判でもお前をかばうつもりはないからな」

「おい、真顔で言うな真顔で。やらないっつってんだろ」

 今俺たちは浴場に来ている。道中なぜかスリリングな体験をさせられ、そのせいで彼女といい感じになり、なんやかんやありこんな秘湯に着いたわけだ。

 秘湯と聞くとこじんまりとしていて動物たちと一緒に入るみたいな感じだが、来ているのは普通の銭湯みたいな外見に、きっちりと入場料を取られて、きれいな着替え場、そして室内風呂と露天風呂。

 正直こんなところまで来なくても良かったのでは? とか思ってしまった。いやいや、わざわざこんなところに構えたわけはその源泉を引くため。効能とかはよく詳しくはないがきっといいことがある。

 かきとともに、まずはじっくりと湯船に浸かる。室内はちょうどよい温度に保たれていて、ガラス張りから見える外の景観が熱めな湯と相乗効果を生んでいた。

「はぁ〜〜〜」

 疲れが息とともに溢れる。全身から溶け出す。

 気持ちええ。

「いい湯だな」

「ああ。疲れが取れるよ」

「社会人みたいなこと言うな」

「一応社会人でもあるからな」

 作家として一定以上のお金はもらっている。前回のが売れてくれたので、最近はそれなりに貯金が貯まっている。

「そうでしたね先生」

 かきがからかうように言う。

「やめてくれ。本当に追っかけてきそうで怖いんだよ」

 楓さんの顔を思い浮かべると背筋がゾワッとした。ここの温泉って意外とぬるいのかな?

「なに? 間に合ってないのか?」

 言いにくい。もし言ったら聞きつけて缶詰にされそう。だからすこーし言いにくそうに小声で言う。

「いや、高校生らしく、しかも男女で遊んでるっていうことで、ほら、彼女独り身だろ」

「あー……若さを求めてんのかね」

 何かを察したように、かきは遠くの夜空を見つめる。

「かきに迫ってくるぞ」

「ふっ、年上は……全然行ける。大歓迎だな楓さん美人だし」

 脅したつもりだったのだが効果はない。

 そう言えばこいつ、年上好きだったな。

「……今度楓さんに伝えとくよ。脈アリって」

「おう、よろしく頼む」

 何回か伝えているが、楓さんの方はかきにあまり関心がないらしい。顔が良くてもタイプのうちに入るかはまた別問題なのだそうだ。

「それで、新作の方はどうなってんだよ、先生」

「だからそれやめろって。……別に、今のところは大丈夫。順調だよ」

「ふーん、ま、綾人なら大丈夫だろうな」

 かきは俺のことをたぶん一番見てくれている。綾守水斗も、水森綾人も。綾守であれば、楓さんといい勝負か。

「てことは、お前ら二人の関係も申し分なしってことか」

 そう言われて思わず口を紡いだ。

「おいおい、まさかもう破局とか、やめてくれよ? 向こうはその気なさそうだからいいが」

 俺を見る。かきには話していないがどうやらお見通しらしい。

「………気づいてたのか」

「当たり前だろ。親友だぞ? それに恋愛はそんなに単純じゃあないんだよ」

 かきの言い方はだいぶ悟っているように思えた。まるで経験があるように。

「それでも、楽しそうに見えたけどな」

「なにが」

「お前と由紀だよ」

 それは俺が悩むべきものの一つだった。

 恋愛。その言葉には無数のカタチがあるとは思っている。楽しかったり、馬が合ったり、合わなかったり、喧嘩したり、犬猿の仲でも気づけば一緒に居たり。国、あるいは性別の垣根さえ超えられる。

 要するに自由度の高さとそれらを一つに集約する一粒のなにかがあればカタチとして成る。というのが持論。

 楽しそうに見えた。というだけでは恋愛にはならない。もしなるとしたら全人類、万物に常に恋愛をしていることになりえない。

 それをなくするものが一粒のなにか。対象とそれ以外を一線を画するなにか。

 それが俺には分からない。

「………楽しそうだからなんだって話だ。そんなの友達と変わらない」

「まあな」

 温度が上がっているのか、熱気は身体を内から外から温め、それに当てられて頭はぼーっとしてくる。

「最近さ、変なこと考えるんだよね」

「なに……エロいこと?」

 かきは常時のぼせてるみたいだ。

「違くて。なんか、このままがいつまで続くんだろ的な」

 結局、俺と彼女は偽りの関係。彼女を欺いて利用しているに過ぎない。後ろめたさは感じる。批難されることも請け合いだろう。

 だからいつか打たれる終止符が気になっている。

「なに、日和ったの?」

「……そういうわけじゃないよ」

 苦し紛れにそう言った。

 彼は見透かしているように俺の顔を伺うように

「……そうか」

 空を見上げると、都会では見慣れない満天の星が輝いて見える。あの星星は一つひとつが輝きをもらって輝いている。太陽の光を、恒星の光を反射して俺たちの目に届いている。

 そんな星を見上げている俺は熱いの熱気に溶けてゆく。立ち消える湯気が空まで上って消えた。消えるときは何も認知されることなく、いつの間にか消えていた。

「俺が消えるときもこんな感じか」

 ボソリと呟いた。その言葉も湯気に乗せて霧散した。

「なにか言ったか?」

「……かきが女湯覗いてあわよくば全員から罵られないかなぁって言った」

「ひでぇ」

 かきがケラケラ笑った。

「………ところで綾人くん」

 途端にかきが真剣な表情をした。

「なんだよ」

「右を向いてもらいたい」

 言われたとおりに右を向く。あるのは某漫画作品に出てくる巨人をも防ぎそうな高い壁。ただし素材は竹。といか柵なんだが。

「そこにあるのはなんだ?」

「柵だろ?」

 何を当然のことを言っているのだ。しかし、そう答える俺を何も分かっていないというようにふっと嘲る。

「まだまだだね」

 なに? テニスするの? それとも王子様なの? 顔は王子のそれに匹敵するかもわからない。

「俺が言っているのは……あの向こうに何があるかということだ!」

 そう言ってかきはビシッと指をその柵へと向けた。

 柵とはこちらと向こうを分け隔てるために存在しているのであって、当然、この向こうは我々にとって聖域とまでされる、そう……女子風呂だった。

「あいにく、むしろ好都合というべきか今男湯には俺ら以外は誰も居ない……!」

「ああ……まあな」

「つまり、だ」

 かきは腕を組んで

「向こうにどれだけ人がいるかと言われるとわからないが……男湯の状況を鑑みても向こうも俺たちと同じ状況という可能性が高い。そして、この柵、竹は滑りやすいが横に伸びる板。あれが多少の出っ張りを持っていてる。つまり足場にするために存在している」

 いや、普通に並んだ竹を止めるためのものだが。

「ほら、耳をすませば聞こえてくるだろ……向こうで水の滴る音に身体と水の織りなす和音」

「いや、それは普通にキモい」

 流石にそれは俺でもドン引く。

「ふっ、冗談に決まっているだろ? 耳を澄ませど聞こえてくるのはお前の声だけさ」

「それも普通にキモい」

 こんなやつだったけなーとか思いつつ、ふと壁を眺める。

「………やっぱり、綾人も気にはなるんだろ?」

「ば、ばっかお前! これはあれだよ、その……そう! こういうイベントはラノベとか漫画のテンプレだなーって思ってただけだわ!」

「取って付けたような言い方だったことは置いといて、テンプレだって良いものだからテンプレなんだろ?」

 かきはたまに鋭いこというからたちが悪いんだよな。確かにテンプレである理由は一定以上の評価がくだり続けるからテンプレだ。

「テンプレでも天ぷらでもどっちでもいい」

「おいおい、仮にも作家だろ? 大事なんじゃねえのか内容」

「一巻目から女子の裸を拝めると思うなよ」

「何を訳分かんないこと言ってんだよ。……しゃーない、お前も彼女のそれは他の男に見せたくはないだろう。今回は見逃してやるよ」

 何だこいつ……。

「何だこいつ……」

「心の声漏れてるぞ」

 ともあれ、これでテンプレ展開は回避成功。頑張った。いやー頑張った。

「よっこらせっと」

 年寄りみたいな掛け声を出しながらかきが湯船から上がる。そしてなぜかストレッチを始めた。

 こいつは風呂場でストレッチをする家系なのか。連れション家系よりも珍しいだろ。

「おーい、誰も居ないからってルーティーン的なことすんなよ。ここは公共施設だぞ。あと前隠せ」

「あ? ルーティーン? 何いってんだよ。家でこんなことをするわけ無いだろ」

「じゃあなんで今やるんだよ」

 かきは屈伸しながら答える。

「いやー、一応この柵、登れるかくらいは試してもいいんじゃないかなって思ってな!」

 全然見逃してないじゃないか……。

 急いで止めようと、かきの腕を掴みにかかるも間に合わず、少し助走をつけてかきはその柵へと向かった。

「うるっさい!」

 突如、その柵は壊された……いや、壊されはしなかったものの明らかにしなりはした。

 その声の主は、たぶん日向だろう。怒号とともに柵をもしならせるとは彼女は絶対に的には回したくない。

「あんたたちね聞こえてんのよ! さっきから何度も何度も……」

 いやあ、俺も入れられるのは実に不服といいますか、むしろかきの暴走を止めようとしていた良いヤツという認識であってほしいのですが。

「まあまあそんなにかっかすんなって」

 かきがなだめるように言うが、それは火に油を注いでいるようなもんだ。

 高温の保脳というのは青く静かに燃え上がる。爆発的なものよりもよりヤバさは増す。

「………二人共、後で二人のところ行くから。……逃げんなよ」

「はい……」

 今日が最期の日になるかもと思いつつ、夜空が輝る中、天を仰いだ。



 なんとか絶命は免れて、しかし散々日向にはしごかれた。 

 あの人ほんと怖い……この前勝手に一人で勘違いして激怒してたときとか怖すぎたわ。心の中は怖すぎて泣いてた。

 本当に、あの人は敵にしたくはなかった。彼女もその根底にはやはり優しさがあるんだろう。その使い方と表現の仕方、守り方が怖いんだよなぁ。

 愛のムチというものだろうか。そんなもの俺は望んでいなければ、性癖にも響かない。

 とはいえ俺はわりかし易しめであったことは隣のかきと比べれば分かることで。

 あれはもう愛のムチとか言うレベルではない。マシンガンくらいの威力はあった。それコンプライアンス的にどうなの? みたいなことを言われそうな感じ。

「……大丈夫か?」

 これは流石にかきでも反省したと見て、うつむいているかきに声をかけるも返事はない。

「………」

「あ、全面的にかきが悪いんだけどな。聞いてるのか?」

「………はあ」

 落ち込んでいるのか? 言ってはなんだが、こんなで凹むのも珍しいなとは思った。だが、ため息まで出して、今回はだいぶ懲りたのだろうか。

「……はあ、つらい」

「まあそんなに落ち込むなよ」

「こんなことなら静かにやればよかった」

 全く反省してなかった。

「………今度警察行こか。ついてってあげるから」

「警察って……”おんなけいさつ”と”おんなけいかん”てどっちエロいと思う?」

 こいつは………。と落胆の息をこぼす。

 心底残念なやつだなと思う。顔は良くて、頭も悪くはなくて、外見的、肉体的特徴は何一つかけることなく完成されているようなやつだというのに。

 性格が、というか精神的に、ちょっと……いやだいぶ? 異性に好かれなさそうなタイプであることが彼の唯一にして最大の残念なところだ。

 俗に言う、黙ってればイケメン。みたいなやつだ。

 だが当然、いいやつではある。そこだけは覚えて帰ってあげてくださいお願いします。この子、いい子なんです。

 こんなに彼を養護するのはやはり一番親しい仲だからだろうか。

 かきと出会ったのは………とその頃の記憶を呼び覚まし、回想ターンに持っていこうかと思ったが、かきが言ったことが頭から離れなかったため諦めた。ちなみに”おんなけいかん”のほうがエロいと感じました。

 このままかきと二人で男子トークを続けるのも良かったのだが、それはそうと少し夜風に当たりたくなり、かきを残して外に出ることにした。

 これから夏が来るとは思えないほど、風の冷たさは冬をまだ連想させる。

 山の中だからというのもあるだろうが、上着を着込まないと寒すぎる。

 時刻は九時を過ぎたあたり。夜はまだ続くが、街頭などあるはずもないここは深夜くらいには暗く、静かだった。

「河川敷あたりに行ってみるか」

 一人でやる肝試しほど、虚しく恐ろしいものはない。さっきの橋渡りとは明らかに怖さのベクトルが違っている。

 風が木々にあたっては轟々と、しかし凛とした音も聞こえる。地面を擦る音。どこからかガサゴソと音が聞こえた気がしたのは気の所為、もとい木のせいということにした。そして下の方では川の流れる音……なんだか尿意が………。

 うちから冷やされて思わず体がブルっと震える。別に怖いわけではない。

 程なくして道が開け、歩いてきた道よりも明るい景色が広がる。

 一歩。河川敷へと踏み込むとそこには。

「これは……圧巻だな」

 まず目に飛び込んできたのは天上に散らばる星々だった。歩いているときは木々が邪魔をして屋根のようになっていたが、そんな箱から解き放たれたかのように一気に色と明かりが広がる。

 その星の輝きは流れる水面に反射していた。もしかしたら月光が流れる水に反射して所々にできた”星”なのかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。

 星がこんなに明るくて多いということを初めて知った。もちろんいくらでも写真やイラストなんかでも見たことはあるが、どこか現実味を帯びていなかった。

 ため息が出るくらいに幻想的な光景に見入っていると、遠方から俺を呼ぶ声が聞こえる。

「綾人くん?」

 振り返っていたのは白の長袖Tシャツにジャージ姿の由紀だった。

 なんでこんな夜中に……と思ったが、俺も同じ状況だということに気づいて何も言えなかった。

 彼女はごろついた石をえいえいと両手でバランスを取りながら降りてゆく。そうして俺のもとまで歩み寄った。

「綾人くんも抜け出してきたの?」

「うん。男二人でも退屈だからな」

 由紀たちは先生のところに行っていたはずだ。

 彼女は「そっかあ」とにこにこしながら言う。明らかに嬉しさがこぼれているのが見て取れる。

 どんな顔をしてもらえるのは彼氏冥利に尽きると思った。と同時に俺も彼女に会えて嬉しかった。

「わあ、すごいね」

 一面の光景を彼女も目を輝かせて感想をこぼした。

 俺も、うん。とだけ言ってもう一度、今度は彼女とこの光景に目をやる。

 相変わらずきれいな光景に、隣には彼女がいるという事実。同じ景色を世界でたった二人だけで共有している感覚。

「なんか、ロマンチック? だね」

 由紀が静かに言った。俺もまさにそう思った。

「うん」

 川のせせらぎがまるでBGMの役割を果たしている。

 比較的に平らなところに移動して、横並びに二人座る。彼女は体育座りのように足を抱えている。大きめのジャージが彼女の可愛さを引き立てる。だが、Tシャツにはたしかにその膨らみはあり、同時に艶めかしさというか、美しさをまとわせていた。

 夜。星空。静かな音楽(川のせせらぎ)男女。という揃ってしまえば答えは一つというような状況に陥っていることに気づいたのはいつだろうか。

 彼女は気づいているだろうか。

 空から視線を落とせば彼女と目があった。

 お互い、なんだか気まずくなってすぐに目をそらすが彼女は笑ってごまかす。

 彼女も気づいているみたいだ。

「夜ってやっぱりちょっと冷えるね」

 そういって腕をさする。もう少しで夏がやってくるとはいえ、山奥の水の近く。きれいな夜景が見えるのは空気が済んでいる証拠。夜は冷えるのだ。

 来ていたパーカーを渡すと少し驚いた顔をして「ありがとう」と、袖に手を通した。

「えへへ……ちょっと大きい」

「ま、まあ男用だし……」

 意図せず彼女の可愛さを上げてしまっている自分が怖い。はにかみながら笑う彼女はやっぱり嬉しそうにしている。その頬はさっきよりも赤くなっている。

 それからまた、静かな時間が続いた。

 流れは緩やかに、されど止まることはなく、ゆっくりと過ぎ去っていく。一度流れれば逆流することはなく、なにか大きな過ちを犯したとしても戻ることはできないで、ただ流れていけばその分、そこに大きな石があるみたいになにか引っかかっている感じがする。

 うまく流れない。過去は流せない。そんなことは分かっていると何度も言い聞かせては自戒を打ち。

 はたから見れば綺麗で思わず自分でもたまに勘違いをすることがあるけど。

 それはただの幻想なんだと。いつまでも誰かが言っていた。



 スマホが鳴ったのは、俺らがいつまでも座って星を眺めていたときだった。現実に引き戻されるブルーライトは、かきからのメッセージだった。

『お前、今どこにいんの?』

『佐倉先生が探してたぞ』

 いつの間にかだいぶ時間が過ぎていたようで、由紀にLEINを見せてそろそろ戻ることを提案すると、どうやら由紀の方にも同じような連絡が日向から来ていたようで、スマホを見せあい笑ってしまった。

「戻ろうか」

「うん」

 同時に歩き出す二人の影はくっついているようで縦一線。月の光が差している。

 手と手は触れるくらいに近かったが、それも触れることがないのは俺が無意識に距離を取っているからだろうか。自覚したら無意識とは言えないが。

「君たちどこ行ってたの!」

 ロッジに着くと佐倉先生がこっちに駆け寄ってきた。母性あふれる感じに強調された胸が暗闇でも揺れているのが分かる。

「もう、どこか行くならひと声かけてから行きなさい! 山の夜は危険なんだよ?」

「す、すいません……」

 由紀が先に謝る。たぶん反射で出てきた言葉だろう。

 俺も、「すいませんでした」と口にすると佐倉先生は、はあ。と安堵の息をこぼした。だいぶ心配を掛けたようで申し訳なくなってくる。

「二人とも、珍しい環境で気持ちが高まったっていたとしてももう少し節度をもって行動してね?」

 前言撤回。この人何いってんだ。

 由紀は特に分かっていないようで、頭にはてなマークを浮かべたまま「はーい?」と返事をする。意味わからないのに返事するのはやめようね。誤解を生むから。

 案の定、同じく由紀を心配してロッジから出ていた満と日向が俺を見て、なにやら意味ありげにニヤリとしたり、睨んだりしている。

「いや、二人で星を眺めていただけです」

 あらぬ誤解は早めに解くのが得策。もっとも、解けるかどうかは彼女たち理解に委ねられるのだが。

「まあいいわ……。もう遅いから、そろそろみんな就寝しましょう。私達はこれから女子会よ!」

 そう言って、佐倉先生は由紀の腕を掴んでずいずいと自分たちのロッジに戻る。

「先生は別では?」

「一人であの広さはちょっと……怖くてね。私もみんなのところに入れさせてもらうことにしたわ」

 それでいいのか教員……。とも思ったが、これこそが佐倉先生のいいところなんだろう。こういうところがより生徒に親しまれる所以なんだと、その大きくも小さい背中をみて思った。

 彼女たちを見送り、俺も自分のロッジへ入る。

「おーおかえり」

 中ではかきが一足先に寝袋を敷いてその上でスマホをいじっていた。

「………ただいま」

 自宅でもないのに、ただいま。というのは何やら不自然な感じもする。

 俺も寝支度をするべく、寝袋を敷き、歯を磨き出す。

「どうだったよ」

「あにが?」

 唐突にかきがスマホを見たまま話を振ってきた。

「のゆきちゃんと居たんだろ? 楽しかったか?」

 さっきのことを思い返す。

 思い返しながら言葉を紡いだ。

「ふぇつに、ふぉもひほいほとはかなっはへふぉ(別に、面白いことはなかったけど)」

 歯磨き中に話すことじゃないだろ。

 わざとっぽいがあえて口に歯ブラシを入れながら聞こえづらく話す。

「そっか……まあお前はいつもそうだからなー」

 え、なんで今の聞き取れたの?

 こいつは実はエスパーなのかもしれない。だとしたらこいつの家にはたぬきのような動物がいるのだろうか。でもあれって犬なんだよね……。

「じゃあ……なんか面白いことあった? ()()

 それは水守綾人ではなく、綾森水斗に向けられた言葉だった。

 歯磨きで忙しいふりをして、余計にシャコシャコと歯ブラシを動かす。

 確かにさっきのシーンはとても作品として取り入れるには良いイベントだったのではないだろうか。会話こそ少なかったけれど、それはそれで夜空と自然に身を任せる二人の姿をより際立たせるし、時間の流れも忘れさせるようなゆったりとしたイベントだった。

 とても価値がある。間違いなく俺はこれをどこかの話で取り入れるだろう。

 ただ、そんなことをかきに言ってもしょうがない。言うならせめて楓さんだろう。

 しかし、たしかに何か心のどこかに残っている、得体のしれないなにか。例えばそれに罪悪感なんて言葉をつけたらきれいにまとまって消化する術も分かるだろう。だが、違う。それだけで収まるはずもないものを抱えながら俺は本当に書けるだろうか。

 答えは出ないが、その塊も一緒に水に流れろと思いながら歯磨きを終えた。

 かきはそれ以上何も聞いてこなかった。

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