#1 彼女のラブコメと彼の秘密(Yside)
お時間あればぜひご覧ください!
今日はいつもよりも早く起きれた。最近、全然寝付けなかったのに。とはいえ、やっぱりまだ眠い。まどろんだ空気が、私の身体を包み込み再び夢の世界へ誘おうとしている。
だがしかし、今の私はこの現実世界をも夢の世界。昨日の事が嘘ではないのか不安になって、メッセージアプリのLEINの履歴トップをすかさず確認。そして、パッと目が覚める。
『おやすみ』
夢じゃない……
たった四文字。それだけなのに、私からすれば数百ものメッセージに勝るとも劣らない。
気分良く、顔を洗いに洗面所へ向かった。
身支度を一通り済ませると、いつものようにテーブルにはパンとサラダとベーコンと麦茶が綺麗に並べられていた。
「いただきまーす」
ベーコンと、サラダの中の葉物をパンに挟み口に持っていく。ジューシーなベーコンにシャキシャキとしたレタスが良く合う。
時間もあるので今日はゆっくり食べていると、皿洗いをしている母が話しかけてきた。
「今日は機嫌が良いわねぇ。何かあったの?」
「まぁ、ちょっとねー」
「何よー、あ、占い1位だったの?」
「いや、6位だった」
今日は空回りすることが多いかも。でも、一つくらいは良いことが起こる日。ってやってた。
ラッキーカラーは、青だそうで。今日の下着は決まったかな!
「そういえば由紀、あんた今日はいつになく食べるの遅いけど、もうそろそろ行かなくてもいいの?」
「大丈夫でしょ、だって今日は早く起きたんだし時間もまだよゆー………」
そう言って時計を見ると針は、7時と20分を指していた。
「やっば! 遅れる!」
結局、慌ててパンを口に放り込み、麦茶を流し込む。サラダを口でもぐもぐさせながら自室へバックを取りに向かった。
それにしても、付き合ったら何をすればいいんだろう?今まで恋愛経験なんてなかったからなぁ……。そうだ、日向と朋美に聞いてみよ。
うーん。学校に着いてもう昼だけど………全然会わない………。
「どうしたーゆっきー」
顔に出ていたのか、机をくっつけてご飯を一緒に食べているうちの一人。日向が声をかけてきた。
心配してくれているのかぁ。と思ったけど、その表情はニヤニヤしている。明らかにからかっている時の顔だ……!
まぁ、四日ほど前、彼女ともう一人、私の向かいで卵焼きを口に運んでいる朋美には付き合いだした事を報告したのだ。彼女たちには一年の時に彼関連で色々と、手伝ってもらったわけで報告は自然の流れだった。
「……そのにやけ顔やめい」
「はっ! まさか、はきょ―――」
「違うから!」
自分でも驚くぐらい大声だった。恥ずかしくなり、顔を下に向ける。私の顔、多分湯気出るくらいには赤いだろう。
何度かの深呼吸で顔の熱を冷ます。
やっとこさ落ち着いたので顔を上げると、朋美は相変わらず表情うっすいけど、日向はどこか温かい目でこちらを見ていた。
「まぁ、そんな訳ないよね。それで、どんな悩み?」
さっきとは違う。優しく包み込むような聞き方。出来る女だなぁと素直に感心して、それと同時に、いい奴だなぁと感動した。
さっきのはもしかたら私を勇気付けようとしてくれたとか?
ほんとに重い悩みだった時のために少しでも気を紛らわせようとしてくれたとか?
まぁ多分思い過ごしだろうけど。
そんなこんなで結局は頼れる友人に私は悩みを打ち明けた。
「実はさ、付き合う事になったのは良いんだけど、その、何したらいいのかなって」
「「惚気かよ」」
二人がはもってツッコミを入れてきた。
「いや、惚気じゃなくて、ほんとに悩んでるんだよー! ………だって、今まで付き合ったことなんて、なかったし、恋だってよくしたことなかったし……」
前半にあった勢いも、恥ずかしくなって口をゴニョゴニョさせる。ああ、また顔が紅潮しているだろう。
そして、断じて惚気てなどい………たかもしれないけども、まぁ悩んでいるのは本当だし。
私の相談に彼女たちは一度はツッコミを入れたものの、しっかり聞いてくれているようだ。
まず、朋美が口を開いた。
「何やるかって、そんなのナニじゃなく……んごっ」
「とも、あんたは黙ってなさい」
朋美の言葉を遮り、口を塞ぐ。しばし朋美はモゴモゴ喋っているようだったが全く聞こえなかった。
「こんなに純粋な火野由紀なんて滅多に見れないんだよ。絶対に私が汚させない!」
ぐっと拳をつくりそんな事を決意する日向。
日向、あんたも大概だよ……
「そうだなー、無難なところで放課後デートとか、どう」
日向が提案する。
「デ、デート⁉ いくらなんでも早すぎてじゃあ……」
「甘い! そんな甘々じゃ、さっき言いかけたことが現実になっちゃうのも時間の問題だよ!」
なっ、なんて事だ……い、いや、大丈夫だもん!破局なんてしないもん!
「それに、水森の性格分かるでしょ? こっちから仕掛けていかなきゃ」
「た、確かに」
水森綾人くん。それが私の彼氏の名前だ。
名は体を表すとは正にこのことだと思う。カッコいい名前に合うように、やはり彼はカッコいい。整った目鼻立ち。少し癖っ毛で、身長高くて。あまり話すタイプじゃないけど、こちらの話にはちゃんと返してくれるし、結構話してると面白かったりもする。
決して、彼女の贔屓目ということではなく、実は女子の中で密かに人気だったりもする。多分今も………。
でも、そんな彼女らと私は一線を画している。なんたって私は綾人くんの彼女だからね!
そんな彼、出来る奴なのは確かなのに自分から動いたりしないからなかなか。そのせいで高一の時めっちゃ苦労したんだけど。
だから私から動かなければ、というのはよく分かった。誘うよりも誘われたいんだけどな。という私の想いは一時、しまっておく。
「デート、か」
ぽそっと呟くと、なんだか不思議と力が出てきた。同時に恥ずかしさも襲ってきたが、なんとかなりそうだ。
よし、誘ってやる。絶対に!
決意強く拳を握る。
だけど決意したものの、難点が一つ。うちの学校、携帯電話の校内使用が認められてないんよね……。
そうなると、自分で誘いに行かないと。
時計を見ると、昼休みはあと二十分ほどだった。
まぁ、誘うだけだから少し余裕あるかな。
ご飯を食べる手を少し早める。日向は何を察してくれたのか、さっきから手も口も動かしてない割に口角は吊り上げて、あ、いじれるおもちゃはっけーん、見たいな顔で最大限ニヤニヤしている。ご飯食べなさい。冷めるわよ。
朋美は静かだなぁと思って目を移すと、目があったは良いものの、口をモゴモゴさせている。ゴクリと飲み込むと、ペットボトルのお茶を流し込み、それから私に向けて静かに言った。
「乙女、そういえばさっき、佐倉せんせが呼んでたよ。職員室こいって」
「それを先に言え!」
佐倉先生、ということは国語でなんかか。なんでそれ先言わんのよ、この子は。
マイペースだなぁと、相変わらず黙々ともぐもぐさせている朋美に向かってツッコミで返してやった。
弁当を食べ終え、職員室へ向かった。
この調子じゃ、昼は無理かなぁ。よし、放課後に昇降口で待ってやろう。……ちょっとくらい、ドキドキしてくれる、かな。
佐倉先生からの用件は国語の授業内で作った俳句か短歌か、まぁそんな感じのを作り、それを春休み中に勝手に選出されて勝手に入賞しちゃった報告だった。
……なんだそのアイドル応募で友達によって勝手にされて受かってました〜。見たいな展開は。
そんなこんなで「はい、賞状」と、かる〜く賞状を渡された。おいおい、もうちょっと丁寧に扱ってよ。
先生のデスク横には数枚、私のと同じようなものが見えた。
受賞者はどうやらまだ他にいるらしい。
その後はたわいない世間話(とういうか佐倉先生が一人で勝手に喋っていただけなのだけど)をしたら次授業の予鈴が鳴り、強制的に話が打ち切られた。
五限、六限と過ぎる時間は信じられないくらい遅く、授業の内容は入っては抜け、入っては抜け。
頭の中は誘い口文を考えるのでいっぱいだった。
ここは、普通に………
『ねぇ、これからデートしない?』
いや、少し上から………
『デートしてあげるよ』
逆にちょっと可愛い感じで………
『デート、したいな』
いやー、どれも捨てがたい。でも出来ないんだよなぁ、たぶん。告白の時の返事だって、理想を言えば、
『いいよ、付き合おっか私たち』
みたいに軽く、さも自然に彼よりも大人っぽくを目指していたのに。現実は一筋縄ではいかないみたいだ。
いや、でも待って、もしかしたら綾人くんの方から誘ってくれるパターンもあるんじゃ………どうしよう、長年の片想いのせいか、全然想像できない。
いや、でもやっぱり、だって綾人くんから告ってきたんだもん、デートくらい誘ってくれるはず!………はず?
頭の中で、大葛藤しているとポツンと私の名前を呼ぶ声がしてくる。
「………きさん」
うっさいなぁ。私は今脳内で今後に関わるであろう重大なミーティングをしているんだよ。
うんうんと唸っていると、今度ははっきりと、それも若干の怒声を交えた口調で聞こえてきて思わず身じろぐ。
「火野由紀さん、聞いてるの?」
「はっ、はい!」
先生からの言葉で、一気に現実へと引き戻された。
ようやく終礼のチャイムが鳴った。ガタッと席を立ち、急いで彼の元へ……と、思ったのだが。
おのれ、こば先生め……。授業を聞いていなかった分の書き取りを命じられ、しかもそれを今日中に提出だなんて。書き取りって! 小学生じゃないんだから。
なによりも、今は真っ先に彼の元に駆け込みたかった。なにそれ。その子ってちょっとデレ多すぎじゃない? まぁ私なんですけど。
がーっと、私にしては珍しく、普段は遅い動かす手も今だけは倍くらいには速いんじゃないかと思うほどひたすらにシャーペンを動かしていた。
それでも時間は刻々と、確かな悪意をもって過ぎ去ってゆく。
「お、終わった〜」
全身から、まるで栓をしていない風船のように空気を吐き出す。へにゃっと机へ倒れ込んだ。
静まった教室には時計の律動のみ響いていて、カチ、カチ、と秒針が動くたび、その音が私の耳からやがて全身へと伝え走っていた。
いつもなら心地いいとさえ感じるこの音、この静寂も今となっては不安の種でしかない。
綾人くん、もう帰っちゃったよね………。
残念だけど、悲しいけど、ちょっとは先生のこと恨むけど、今日は仕方ない。大丈夫! だって、まだ始まったばかりだから。
また明日、誘えばいい。
そう決めて、帰りの支度を始めた。
職員室にいるこば先生に書き取りを提出し、それから多少のお小言を軽く聞き流し、ようやく帰れると思いながら職員室を後にした。
昇降口へ向かう廊下はいつもより静かだった。
コツコツと響く靴の音。微かに聞こえる運動部の掛け声。たぶん上の階では吹奏楽部が練習しているのだろう、管楽器の弾んだ音。それから。
「……由紀」
それから私を呼ぶ声。あー……なんだろうか、私この声好きかもなぁ。
呑気に感想を述べていると、また、今度は先よりはっきりと聞こえて思わず振り返る。
「由紀」
「っ! 綾人くん⁉」
そこにいたのは私の彼、水森綾人くんだった。
思わぬ登場に、すっかり不意を突かれアワアワしてしまう。
「ど、どうしてここに⁉」
「いや、なんかさっきまで佐倉先生に呼び出されてて。なんか、コンクール? で入賞したとかなんとか」
へーと思ったが疑問が湧く。
「あれ? でも、職員室にいなかったよね?」
「あー、佐倉先生ってうちの担任だから。教室でね」
「そうだったんだ」
やばいやばい。嬉しい。そして突然過ぎて話す内容が飛んでしまう。
ぎこちなく生まれた静寂が、私の心拍数を加速させる。
彼はあまり、自分から話すタイプではない。
だから私がやってやるのだ。
大きく息を吐いた。
「あのさ、これからデート、しない?」
空は東から西へとグラデーションがかかっていて、春の澄んだ青空も、今は朱くなりつつあった。
その朱さ加減がちょうどよく私の頬の色を誤魔化してくれていた。
学校から駅へ向かう道はいつもと同じはずなのに、やけに視界が狭く感じる。
聞こえてくるのは近くの子供の遊び声でも、どこからか聞こえるはずのカラスの鳴き声でもない。
心音。ただただ、私の鼓動。
それは、隣の彼をチラチラと、伺うようにして見るほどに、無言が二人を支配するたびに加速して、どんどんうるさくなっていった。
誘ってみたはいいものの、放課後デートって一体なにをすればいいのかな。
一応あれから、詳しいことを日向に教えてもらった。
◇ ◇ ◇
「でも実際、放課後デートなんて言われてもなにをすればいいのやら……」
私は机に突っ伏しながらそうつぶやいた。
「だから、彼と一緒に歩いて歩き疲れた先に都合よくホテルがあっんがっ」
朋美が冷静に答える。それを日向が全力で阻止していた。漫才みたい……。
「んー、まぁ無難にショッピングとかかなぁ。やっぱり歩きながら気になったところとかに寄ってみるのが基本じゃない?」
日向が朋美の口を押さえながら言った。
「ほー、なるほど……寄り道しながら帰るってことか……」
◇ ◇ ◇
とりあえずまずは、なんか良さげなお店を探して入る!
キョロキョロと辺りを見回すと、ちょうどクレープ屋を発見。
よし! 早速行ってみようと、声をかけようかと思ったところ。
「あそこのクレープ屋に行こうか」
まさかの彼からのお誘い。
嬉しいことこの上ない。
嬉しすぎて、首を縦に振りすぎた。そのせいでクレープ大好きと思われていないか心配になってしまう。違うの、綾人くんから誘ってくれたことに対しての喜びだから!
心の中で必死に弁明するも、叶わずに、その優しい笑顔で「クレープ、好きなの?」と聞かれてしまった。
私はぎこちない笑顔で、うんと、うなずくだけだった。
あー、ここで「好きなのは、綾人くんとのデート、だよ?」とか言えていたら……。まぁ、無理だよね。てか、そんなこと出来る奴いないだろ! なんて、自分のボケにツッコみ入れちゃって。
そんなことを考える私に、我ながらバカだなーと、呆れて。
それでも彼の顔を見れば、なんかもう全部どうでもよくなった。
いちごのパフェは、当然のように美味しかった。
「次はどこに行こうか」
「うーん」
腹ごしらえも済み、続いて向かうべき場所はどこか。なんて考えていると、そういえば日向が続け様にデートプラン言ってくれてた事を思い出した。
◇ ◇ ◇
「他にはどんなとこがあるの?」
再び二人に問う。
「うーん、あ、彼の趣味というか、いつも行ってるところとかに行けばいい感じかな」
日向が答えた。しかしあまりピンときてはいない。
「へー………?」
それに気づいて彼女は補足してくれた。
「やっぱり共通のものとかって大切じゃん? だから彼のパーソナルに迫って距離感アップ! これで落ちない男など、いない!」
これだから日向ってば頼りになる!
心の中で感謝を伝えていると、横槍が彼女を刺した。
「で、日向彼氏いたことあったっけ」
「ぐわっ!」
あぁっ! 朋美が日向にクリティカル!
胸のところを押さえて、うぅ、と唸る日向にさらに追い討ちをかける。
「出来るといいな彼氏、そしたら三人とも彼氏持ちだから」
「あぁぁぁぁぁやめてぇぇぇえ!なかまに入れてぇぇぇえ」
朋美この子……容赦ないな。
日向が一番気にしている事をこうも軽々と、恐ろしや………。
それでもなんだかんだ一緒にいるし、私が付き合った事を一番に喜んでくれた二人は、やっぱり互いに大切な友人なんだろうな。
頭を抱えて現実を突きつけられたショックに嘆いている日向と、それを気にも留めずに黙々と本を読んでいる朋美を見て、そんな事を思った私なのでした。
◇ ◇ ◇
「綾人くんは、休みの日とかどこ行ったりしてるの?」
自然に聞けたのかな。綾人くんはどうやら世間話と思ってくれたようで、それでもしっかり考えてくれていた。
「えーと、本屋とか、かなぁ」
「あー、綾人くんいっつも本読んでたよね、高一の時」
「まぁ好きだからな、本」
好き、という単語を聞いてすこしドキリとした。
その言葉の向けられる方向が私であればいいのにと、なんと本にまで嫉妬してしまう私! このままヤンデレにでもなってしまうのだろうか。
別に心配をしつつ、駅近くにある本屋へ向かった。
あまり本を読まない私だが、これを機に読んでみるのもいいかもしれない。それで綾人くんと読んだ本についての話題で盛り上がる………悪くない。むしろあり!
良い計画を思いついたため、まずは綾人くんに本を進めてもらおうと声をかけた。
「おすすめの本とか教えてよ」
「おすすめ? うーん」
腕を組んで結構真剣に考えてくれている。
ただ答えを待つだけは何か悪い気がしたので、何かないかと探していると、店のおすすめのコーナーが目に入った。
「あ、ここら辺の本とかは? ほら! これって何でいうんだっけ、えーと、レイトノベル? みたいなの」
そう言って、一冊そこに置かれていたやけにタイトルの長くてなんだか絵が綺麗な本を一冊取り出した。
見ればこれ、新人賞受賞した高校生の作品なんだとか。
はえー、高校生でもう働いてるのか、すごいなぁと感心してしまった。
「ああ、ライトノベルね」
そうそう、ライトノベル。
そういえば、朋美これ読んでた気がする。女子にも人気なのかな。いや、朋美がオタク気質なだけかな。
友人のことを本を見つめながら考える。
その様子を見て、彼は少し微笑んでいた。
「じゃあ、そこのコーナーまで行こうか」
「うん、そうだね」
そう言って、元の位置に手に取っていた本を戻す。
本屋はちょくちょく行くのだが、目的のほとんどは文房具やらなのでライトノベルコーナーなんぞのところには初めて来た。
こういうのって何かオタク……って感じに思ってたけど、絵は綺麗だし周り見ても女の子とかもいるんだなぁ。
あ、さっきの本だ。やっぱり人気なんだ。
「ねぇ綾人くん」
「なに?」
「どこまでがタイトルなの? この本たちは」
見た感じタイトルと思しき文章が表紙に、はたまた背表紙に書かれているのだが、長い。
何これ、タイトルに見せかけたあらすじ紹介だったりするの……?
若干戸惑っている私に苦笑で返した彼からしたらそこは何というか、暗黙のルール的な?感じなのだろうか。
だから私もとりあえず微笑で返した。
「綾人くんは、どんなの読んでるの?」
よし! 自然に誘えた。
彼女として彼の事をしっかり知らなけれぱ。
「うーん、そうだなこういったライトノベルだったら恋愛モノとかかな。あまりファンタジーとかは読まないんだよね」
へー、意外。綾人くん、恋愛モノなんて想像つかなかったけど。まぁ高校生だしね。思春期だ。
じゃあ、と思い手に取った本を彼に見せて聞いた。
「この本とかは読んだことある?」
そこに書かれていたのは綺麗な女の子の絵と、たぶん主人公くんとの関係を表しているだろうタイトル。
「うん。面白いよ」
綾人くんは優しく微笑んで答えた。
「そっか! じゃあ買っちゃおうかな」
「え、まだ他にも見なくても良いの?」
驚いているようだ。
「まだ見るけど、とりあえずこれは買うの」
惹かれたものは手に入れる。
ちょっと傲慢な、私の一部。傲慢て、あまり良い意味じゃないかもだけどそのおかげで綾人くんとも付き合えたんだもん。悪いことばかりじゃないんだ。
彼は、優しく微笑んでくれていた。
それから一通り、本屋を回り結局、買ったのは最初に選んだ本。それから記念にということで一緒の栞を買った。
これが俗に言うペアルック……! やだ、彼氏彼女みたい!
本屋を出てもぽわぽわとしてしまっている私に、今度は彼から口を開いた。
「結構歩いたし、少し休憩しようか」
と言って、目線の先にある某カフェ店へと足を向けた。
店内は(といってもオープンスペースなのだけど)洒落た雰囲気を纏っている。ムードの良い音楽に、温かみを感じる木組み。所々に置かれているインテリアは、そこにあるのが正解みたいな配置だ。
「なにがいい?」
レジにあるメニュー表を一緒に見ながら、彼は聞いてきた。
うーん、悩む……なにが悩むってどの選択をすれば一番受けがいいか。って、ちょっとあざといかな。
そうなれば、やはりここは自分の好きなものを選ぶべきか……!
「じゃあ、キャラメル・マキアートにする」
「分かった。じゃあ、キャラメル・マキアートと、抹茶ラテどっちもショートで」
こなれて注文をしている綾人くん。
「お会計、790円です」
自分の分を出そうとすると、手を遮られた。
代わりにパッと出された。
「え、悪いよ」
「いいよ、かっこつけさせてよ」
いや、すでにかっこいいんですけど!
じゃあ、と彼に出してもらった。
「ありがと」
席について、まずはお礼をした。
何か世間体、付き合ったら大体のものは彼氏持ち。というのがルールみたいなケースが多いけど、私は好きじゃない。
だから、さっきの本も栞も自分で出した。
でも、彼にかっこつけさせてよ、なんて言われたらそりゃ出せないよね!
あー、大人っぽい。私の中の大人像が綾人くんのせいで美化されすぎてるのは気のせいか。いや、気のせいじゃないな。
思いを全部飲み込もうと、キャラメル・マキアートに手を伸ばす。
キャラメル・マキアートってこんなに甘かったっけ……。
「綾人くんて、バイト、とかしてるの?」
なんて事ない世間話も、今は有効に使う。
そう、日向に教えられたように。
◇ ◇ ◇
朋美の容赦ない猛攻から、なんとか復活した日向に、申し訳なく思いつつも話を続けさせてもらった。
「どんな事話したらいいのか?」
「うん。二人きりになって黙々と歩くとか何か、こそばゆいというか、気まずいというか……」
「うーん、まぁ普通に、世間話でもすればいいじゃん」
「まぁ、そうだよね」
でもそれができないんだなー! 二人と話してる時みたいな馬鹿話とか、何でか綾人くん相手だと出てこないんだよなー。
どうするか、考えていると何か察してくれたのか日向が提案をくれた。
「はぁ、乙女め。ここはやっぱり自分にとって有益になる話だよ」
「ユーエキになる」
思わず片言になってしまった。
「そう、例えば、好きな食べ物とかを話しの流れからさらっと聞き出せば弁当とか作ってあげる時便利ー! みたいな事だよ」
聞いて、唖然としてしまった。
「日向……ほんとに何で彼氏出来ないの……?」
「馬鹿め……それはこっちが知りたいんじゃ……」
日向は、力なく笑った。
◇ ◇ ◇
よし、これでバイトしていたら、今度おじゃましよ。
もしくは、一緒に働いたり……。
「してないけど」
グッバイ私の夢……。
「じゃあ、なおのことありがとうね。バイトしてないんじゃお金は大切に使わないと大変だろうし」
そうだ、困った時は一緒に働くという手段あるじゃん。やだ、私天才。
顔に出ていたのか、彼は申し訳なさそうに笑い
「バイトはやめろって言われててね」
グッバイ私の夢……。
二度も夢を打ち砕かれ、しょんぼりとしていると彼が慌てた様子でフォローを入れてくれた。
「あ、まぁでも、その分一緒に入れる時間は取れるわけだし……」
「そ、そうだよね! うん!」
綾人くん……。
嬉しさとちょっぴり恥ずかしさがブレンドされたキャラメル・マキアートはやっぱり甘々なのに、さらに甘さとほんのり温かみを感じた。
甘いものは太るとか言うけど、これはカロリーなんてない。むしろマイナスになるのでは。
いや、でも飲んでるのはキャラメル・マキアートなわけで………。
考えると、思考までマイナスになりそうだったので、今はその味と、彼とのこの空間でお腹も頭も満たした。
さてさて、休憩もできたことだし(肉体的にであって、精神的には全く休まらなかったが)デートを再開しよう。
と思ったのだが、スマホで時間を確認するとすでに19時を回っていた。
今日はここまでかな。
彼もたぶん同じことを思っていたようで、今日はもう帰ろうという話になった。
「ちょっと待ってて」
帰る前にお手洗いへ。
鏡の前でくしくしと髪を整え直し、いくつか深呼吸をしてからトイレを出た。
えっと、綾人くんは……。
辺りをキョロキョロ見回すと、ベンチのようなところに腰をかけてスマホをいじっている。何か打っているようだが特に気にはしなかった。というか、気にする余裕がなかった。
「君、高校生?今暇ならちょっと遊ぼうよ」
なんてこった。こんな典型的なナンパに合うなんて。どこのアニメか漫画だよ。
最後の最後で嫌な思いをした。と思いつつも、断るために口を開くが。
「………あぅ」
え、何で。何で声が出せないの?
それは、深層的に恐怖を抱いていたのだろう。声は出ないで、口をパクパクさせるだけ。身体も思ったように動かなかった。
やだ、何でよ。綾人くん。
必死に叫んでもそれは心の中だけで、思っていても声にはならずに。
「ねぇ、聞いてんの? あ、もしかして怖がらせちゃったかな。ごめんね、とりあえず向こうのカフェにでも行って話そうよ」
男はなおも優しげな口調で言う。もう一人の男はニタァ、と頬を吊り上げて笑っている。気持ち悪い。少しがたいがいい。そのせいで余計に威圧されて、怖い。
道ゆく人はチラリとこちらを見るも、関わりたくないのか気付いていないのか通り過ぎていくだけ。
怖い。やだ。誰か、助けて。綾人くん……。
痺れを切らし、男の腕が伸び私の左手首を掴む。力が強い。痛い。
「あの、やめて下さい」
それは、私の好きな声だった。
恐る恐る顔を上げると、そこに居たのはやっぱり私の好きな顔だった。
「彼女は俺の連れなので」
そう言って、彼は私の腕を掴んだ。優しかった。でも強かった。離さないって、言っているようだった。
彼に連れられるまま、ただ、歩いた。
怖さに恥ずかしさ。それで顔は上げられなかった。
私は滲んだ視界の中、彼の腕だけ見ていた。
私はベンチに座っていた。その間、ぼーっとしていたが、彼は隣に座っているだけだった。それが、ありがたかった。
だいぶ落ち着いて、お礼を言おうと彼の方を向く。
彼はこちらを見ずに言った。
「悪かった」
「なんで綾人くんが謝るの? 私の方がありがとうって言う立場でしょう」
あたりまえのことを言ったつもりだった。
「そんなことはない。もう少し早く行けたかもしれない、もう少し近くで待てばよかった。由紀を危ない目に合わせたことは、俺のせいでもある」
胸が、熱くなった。焼けそうなくらい、熱かった。
彼はこちらを見なかった。たぶんほんとに後悔してくれていて、合わせる顔がない的な感じ。
真面目だなぁ。と、若干思ったが……やばい。この鼓動の速さが彼に伝わってしまわないように、気をつけたいのだが無理そうだ。
あぁ本当に、本当に、なんで彼はこんな優しいんだろう。
そして、なんて自分勝手なんだろう。
その勝手さが、私を苦しめる。彼のする後悔が、私の喉につっかえて、呼吸が苦しい。
酷いやつなのかな、私。
だって、こんなに彼が私のために後悔してくれていることが、こんなにも嬉しいなんて。
改めて思う。やっぱり思う。どうしようもなく想ってしまう。
こんな彼と付き合えたこと、こんな彼を好きになれたこと、私は幸せ者なのだろうか。
どうであれ、彼にはしっかりと言わなければいけない。
「なんであれ、綾人くんが助けてくれたことに変わりはないよ。ありがとう……!」
せめて満面の笑みで。
彼はこちらを見て、驚いたような顔を見せたが、すぐにそっぽを向いてしまった。
『今日は楽しかった!ありがとう!』
そう打って、ふかふかクッションに顔を埋める。
あれから特に何かあったわけでもなく、お互いにまた通常運転に戻ったようにして帰った。
送ってくれた彼の顔はよく覚えていない。
だって、直視したら私どうなっていたことか……。
今日の一連を思い出しては、足をばたつかせ、クッションに向かって思い切り叫ぶ。
なんだあれ! かっこよすぎだろ! あーもう、綾人くん直視できない。………神様がもしいるのなら今日の出来事に感謝したい。もう二度とごめんだけど。
スマホが鳴り、急いで見ると日向からだった。
『どーだったー』
とりあえず、『やばかった』と打ち、それからざっくりと今日あったことを伝えた。
『のろけんな、乙女。』
『乙女ゆーな』
『のろけは認めんのかよ…』
『だいたい、日向の方が乙女だろ』
目が死んでるウサギが送られてきた。
そんなやりとりをしているとあることを思い出す。それから鞄の中をあさり、今日買った一枚の栞を取り出した。
えへへーおそろい……。
私は左を向いた猫の栞で、彼のは右を向いている。
眺めるたびに笑みが溢れてしまう。流石にきもいかなと思い始めたところでそれを机の上に置く。
母の夕飯を知らせる声が聞こえて、私はリビングへ向かった。
ご飯を食べながら今日の収益を整理した。本が好きで、抹茶が好きで、バイトはできないっぽいけどその分一緒にいられる。気が利いて、優しくて。………なんか非の打ち所がなさすぎて釣り合わなすぎる。
今度はどこか弱いところも見てみたいな。
食事そっちのけで妄想に精を出していると、母からのお叱りと、いつのまにか野菜がたんまりと増えていた。横を見れば、妹の皿はとても綺麗に野菜だけない。
犯人は後でたんまりと母の制裁が与えられていた。
寝る間際、LEINを開いて彼のアイコンをタップする。
気づけば、アイコンは今日買った猫の栞だった。
そんな彼がとても愛おしく思える。
可愛いとこもある。今日の発見追加だ!
『おやすみ』
そんな彼に送る四文字の言葉。
すぐさまぽん、と返事が返ってくる。
『おやすみ』
四文字。
それでも、やはり嬉しいものがある。
画面上表示されている二つのおやすみに彼と私を思い映しながら、そっと電源を切る。
なんだか今日は、いい夢がみれそうだ。
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