#エピローグ 彼女と彼と始まり
今日も空は嫌味なくらいに青い。
夏の空は遠くに見えて、世界の広さを知る。
長かった学校も今日でひとまず終わり。明日から夏休みだ。
今年は去年までに比べて早すぎる三ヶ月だった。
これが青春、華の高校生活二年目の強さか……。
改めて自分の持ちうるステータスを確認した上で、元気に今日も登校中!
歩く最中、夏特有の生ぬるい風が私の右手に優しく触れる。
私の隣は依然として空席だ。
けど、不思議と虚しさとか悲しさとかはないし、そこまで求めてもいない。
まだ、深くすれば考え込んでしまいそうと思い、今は歩くことに集中する。
曲がり角が見えた。
頭に流れた、曲がり角から始まる恋。ありきりたりな妄想。
求めてないとか言っておきながらしっかり昨日少女漫画を読んだせいで、起こるはずのない想像が私の心を躍らせる。
パンを咥えながら走って、曲がり角でまさかの衝突。しかもそれがイケメンだった! ひとまず謝って再び走って学校に向かい、なんとかホームルームに間に合ったところ、転入生が来ると突然の報告。ドアを開けてきたのは今朝、曲がり角でぶつかった彼だった〜〜⁉
………起こるわけ無いやろ。
最大限のレスを頭の中で言ってやる。
それでも、そんな奇跡ともいえる偶然が常に私たちにときめきと高揚感を分けてくれる。
今更分けられても困るんだけど。
「よっと……」
ガードレールのところに腰を掛けスマホを取り出す。太陽の日差しに照らされてお尻にじんわり熱が伝わる。
待ち合わせている人にLEINをする。既読はすぐについてもうすぐ着くとスタンプが送られてきた。
何人も学校へ向かう人が通り過ぎていく。
この季節、じっとしているのは歩くよりも数倍は暑い。
せめてと思って望んだ風も、身体にまとわりつく生ぬるさが逆に不快さを増す。
白いシャツが汗ばんで、下着が見えていないかが心配だ。
私含めて、みんなすっかり制服を夏仕様にしている。
とはいえ、暑いものはやはり暑い。
「おーい」
遠くから聞き馴染んだ声がした。
焦って来る様子もなく、今日も彼女たちはマイペースに歩いている。
「おそーい」
「時間通りじゃん!」
こんなに暑くても日向はいつもどおり元気だ。
隣をだるそうに歩く朋美は手持ちの扇風機で首元を必死で冷やしている。
「………日本、暑い。溶ける」
語彙力がすでに溶け切っていた。
「それで、明日からもう夏休みなわけじゃん? またどっか行こうぜー」
「いいねぇ」
日向は私たちより一歩前を後ろ向きに歩いて私たちに話しかける。
彼女の提案はいつも楽しいことばかりだ。
「どこ行く? この前は山だったし、やっぱり次は海じゃない? 由紀の水着、拝みたいなぁ」
「セクハラですわよ、日向おじさん」
じろじろ胸を見るのはやめて。
隣は依然ぐったりとしている。
朋美は夏が苦手だから、この話もあまり乗り気じゃないのかも知れない。
しかし、そんなことはお構いなしなのが日向という女の子だ。
「ともはどっか行きたいとこある?」
「家」
朋美も朋美でこういったところは強い。
思考が弱まっているのか、単語でしか会話を成り立たせる気がないらしい。
だけど私は。
「朋美、きっと外も楽しいよ。みんなでいれば絶対楽しいよ! だからさ?」
ちょっと恥ずかしかったけど思いの丈を伝えれば、朋美は少し微笑んで
「……ゆっきー、そういうとこずるくなったなぁ」
「えへへ……そうかな?」
朋美はこの三ヶ月の私の経緯を知っている数少ない一人だ。
彼女から見れば、私は少しずるくなったみたい。なんだか嬉しい。
二人で通じ合ったように顔を見合わせれば、ぐずりだしたもう一人の親友が
「な〜に二人でイチャコラしてんだ〜〜〜! 私も混ぜろ〜〜〜‼」
「はいはい」
今日もいつもの日常が幕を開けた。
「―――で、あるからしてあるからするに……」
話が長い。
最近の高校は先生の話は長くないんじゃなかったのか!
校長先生のありがた〜いお言葉に、生活指導の先生からの夏休みの過ごし方。小学生の頃から今にかけて言われていることは大して変わらないのに、毎回真剣に聞けと言わんばかりに先生方は声を張り上げる。
もう、耳だこだよ……。正直多少の文言なら覚えてしまった。
立っているのも限界に近い。
私の付近でもさっきから軸足がコロコロ変わっていたり、こそこそとお喋りに華を咲かせていたりと集中力が切れている人たちが大勢だ。
「そして、君らは高校生で段々と大人になるわけだが、普段と違った環境や、イベントも多いわけで。毎年夏場は男女間でのトラブルが後をたたない。君等もそういったことを……」
そこだけ聞き流していた耳が音を拾った。
彼の姿を無意識に探す。だめだ、クラスが離れてるからどこにいるか見当がつかない。
確かに夏は私たちをそういった気分にさせるかも知れない。
イベントだってたくさんあるだろう。
日向と朋美と計画しているものだってそのうちの一つだ。
そんなイベントを通して私たちも……とそんな妄想はどうだっていいか。私は頭を軽く振った。
この夏も私は一人の時間が多いだろう。ずっと日向や朋美といるわけでもないし、ましてや綾人くんといられる時間なんて数えるほどしかないだろう。
でも。
「決めたんだもんね……頑張らないと」
先生には悪いが、私はイベントや環境だって十分に使ってやろうという気でいる。
それくらいの覚悟。
私は拳を密かに握った。
終業式を終えて、自分たちの教室に戻る。
今日はこの後ホームルームをすれば終わり。はれて夏休みが始まる。
「旅行にはやっぱあの二人も連れてく?」
日向が私に聞いてきた。
二人とは綾人くんと氷矢くん。私のこともあるから彼女は少し乗り気ではないみたい。
確認を取ってくれるところがやっぱり優しい。
しかし、今の私にはそんな気遣いはいらないよ。
「うん、もちろん。あのメンバーで行きたいから」
私が言うと日向は「そっかー」と口を尖らせて言った。やっぱりかわいい。
「それにほら、私」
私は彼女の前に出た。
「ん?」
「もう一回頑張るって決めたんだもん。だから、後ろばかり見ていられないよ」
まっすぐ前を見て日向に言ってやった。
誰がなんと言おうが私が決めたことだ。
もう、後悔しないように。私のために。
「ゆっきー……」
「綾人くんなんてすぐに落としてみせるもん!」
ちょっと背伸びをして大きく出て宣言する。ほんとは、どれだけ時間をかけるかも分からないのに。
だけど、意思表明としては良かったようで、
「よっしゃ、その意気や! あの水森とかいういけす感やつにひと泡吹かせたれ!」
日向が私の背中を押した。なんでエセ関西弁?
意外と強くてちょっとよろけたけど、嬉しさでカバー。
それから朋美と目が合う。
彼女は私にいつものように薄い表情で
「………頑張れ」
「……うん!」
そうしてまた談笑してあっという間にホームルームがすぎる。
帰りがけは人がごった返していた。
人混みに揉まれるのは好きじゃないから、できるだけ隙間を縫って進んでいく。
前方、アメフト部の団体。左によります! あ、サッカー部が不規則に移動、警戒態勢!
人の流れは川ほどきれいではない。行ったり来たり止まったり、それでもなんとか前に進みたい。
二人とはいつの間にかはぐれてしまったが、どうせ外に出れば合流するから私だけでも先に進もう。
前へと踏み出す。
ふと、視線の先。
これだけ人がいるのになぜか彼はすぐに見つけられた。
偶然、彼も私を見つけてくれた。
彼はまだどこか気まずそうだけど、目はできるだけそらさないようにしてくれている。
今度は私の番だよ。
そう意気込んで、私は彼に向けて手を振った。
胸の周り、小さくだけどはっきりと。周りに気づかれないように、彼だけ伝わるように。
そうすればきっと応えてくれる。
気づけば胸の奥はキュってなって、体の底から熱いものが込み上げてくる。
この正体は何?
夏風が気持ち良く感じる頃、きっと私はまたこの正体不明の何かを澄みきった青に投げている。
いつも、いつまでも。
季節の移ろいを感じながら。
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