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第五話 竜殺し

今回は前半部のみの投稿です。




閃光の矢が地上を刺す。

幾条もの光が迷宮の床に突き立ち、貫き、抉り抜いて爆砕する。

舞い上がる粉塵を切り裂き、巻き起こる悲鳴を飲み込み、逃げ惑う僕等を蹂躙し────────光の中、竜のいななきが響き渡る。


「ルウゥラァアァアァアァアァアアア!」


爆撃の轟音に紛れ、微かに羽音が聞こえた。空へ上る煙の合間に、刹那だけのぞく金剛の両翼つばさ

双翼を広げ、増大した面積で光線を束ねる竜の満身が瞬く度、新たな輝きが撒き散らされる。

分かたれた閃光が、片端から地上を押し潰した。

流星と化した光矢の、光柱の、光弾の群。

降り注ぐ星々の煌きが、あまねく地表を消し去っていく。


「くそったれが・・・・・・!」


舞い上がった破片の雨中うちゅうに混じる、聖女リィーリアを抱えた重戦士ガレフの怒声。

続く爆音と悲鳴の後、間隙かんげきの沈黙を魔導師ウィラードの詠唱が破り、地上から蒼白の火線が伸びた。

視界の晴れた部分を、竜へと走る超温の炎。

翼を折ったドラゴンが避けるも片羽にかすり、火片を散らしながら体勢を崩す。

直後に、彼女が跳んだ。


「<四旋八刻しせんはっこく>ッ!」


高く立ち昇る粉塵の内側。

棚引く帯の一つを抜け、髪の紅と煙の白、二色の線を引いて肉薄する。

構えた双剣が金剛の輝きを弾き、代わりと、貪欲に主の生命ライフを食らった。

鮮烈な光を零しながら、突き出した牙が横を向く。

水平に並んだ刃が2つ、体の両端で闘志を灯した。

『戦乙女』の名を冠した防具の隙間。兜の奥に、彼女の悲壮な表情ユウキが見える。


「あぁあぁあぁああああああーーーーーっっっ!!!!」


絶叫と共に、双剣の容量を超えた輝きが拡散、総身から発される光明が薄幕を張った。

右から左へ。左から右へ。

始動だけはゆっくりと、回転を始める双剣士レリティアの体。

形成されたとばりを切り裂き、躍り出た刃が所有者にならう。

足場の無い空中での、全身を巻き込む回転動作ターニング

絶え間なく左右を入れ替える五体は動き始めと対照に、数瞬の内に霞み出した。

大気を薙ぐかの如く、横にまわる風車。


遠心力ベクトルを掌握し、

回転を内へと集束し、

剣閃を円形に集中し、

必殺の威力を集注し、

回転を重ねて加速する肢体。


光を返しながら周回する刃が回帰する度、描かれる円環が圧力をいや増す。

跳ね上がる速度ギアと薄れ行く輪郭、光芒と共に浮かび上がる双剣の軌跡。

双剣用剣術スキル<四旋八刻>。

高速の回転を展開する技は瞬時に終速へ到り────────接触を以て終息を始める。

半秒で現出した光の竜巻(トルネード)

その両端に備えられた刃は、程なく竜へと触れた。


「アアァァガアァァアアアアァアッッ!?」


耐え難い高音が鳴り響く。

目指した竜の首の表層、金剛の鱗を切削する斬撃の嵐。

左右一対、夫婦めおとの両剣の連撃に間断は無い。

一回転の一撃目で斬り込み、続く二撃目で斬り進み、二回転の一撃目で斬り抉り、続く二撃目で斬り飛ばし。

迫り、押し込み、突き進み────────まばたきの一コマに一点をさらう剣撃の津波。

時まで細切れにしたかのように、彼女の姿だけが高速で流れる。

レベル100の能力ステータスとそこに到った技量を持つ彼女に、決して劣らない性能を誇る名剣が2本。

およそ最高の組み合わせが可能とした怒涛の連撃、都合4回転の計8撃。


「ギァ・・・・・・ッ!?」


全てが最良の剣筋で叩き込まれ、しかし断つには至らず、弾かれたドラゴンの首が『く』の字に折れた。

頭部までの中間に位置する鱗を斬り、鉱物の肉を裂き、亀裂と見紛みまがう裂傷が一筋、細く深く刻まれている。


見事、と言う他ない。

彼女自身も、

彼女の必殺を確実にするために、

護衛なしでこの状況下において魔法の発動までぎ着けたウィラードも、掛け値なしに賞賛できる腕前だろう。

並の相手なら瞬殺可能な実力とコンビネーションは、心から素晴らしいと評せる。

だが。残念ながら。

今は遥かに力不足だ。


「まだ────────っ!?」


「ルゥオオア!」


剣の翻った刹那、揺らされた竜頭ドラゴンヘッドに赤光が灯る。

痛撃の余韻を引き裂いて広がる羽翼。

畳んだ前肢を強引に開いた竜が咆号ほうごうに合わせて羽ばたき、猛烈な気流が吹き荒れた。


「きゃっ・・・!?」


近接した両者の狭間で巻き起こる烈風。

スキルの連発コンボのための予備動作、双剣を振り被った瞬間に突風を浴びせられ、彼女の細身が虚空を舞う。

剣の届かない間合いで、それでも動かそうとした四肢が固まっていた。

スキルの発動は、たとえキャンセルされたとしても反動を伴う。

慈悲の無いシステムに従い、硬直を解けない双剣士の体。

いずれ墜落する哀れな小躯を、しかし巨竜は待たなかった。


「ォオアッ!」


己を傷付けた人間の蛮勇に応え、落下する彼女をドラゴンが鞭打つ。

中空を走った金剛の尾が、蝿でも払うかの如くリティを薙いだ。

硬度と重量を揃えた打撃に高度が合わされ、羽虫の抵抗で戦士が墜ちる。

重力に引かれ、星のように落ちて来る彼女。


「間に合え・・・・・・っ!」


蹴り出していた足の後ろで、ひび割れた床が小さく鳴った。

予感から予測へ。準備から行動へ。

高速で、しかし力無く向かってくる肉体を目指して駆ける。

幸いにして方向はこちら側、足場も『戦場にしては』悪くない。

肉体の進路を曲げながら接触点の予想をずらして調整し、決行の直前に確認、久しく無い汚れを纏った鎧を見据える。

迫る前衛仲間に動きは無い。

頷きの中で気を引き締め、走行中リアルタイムの修正をかけて決定した場所へと跳躍。

未だ握られる双剣に注意して手を伸ばし、衝撃を殺しながら確保キャッチした。

全力走と落下の勢いが相殺され、不恰好ながらも着地を決める。


「つ・・・・・・ぁ・・・・・・・・・? ああ。ミナセ、ですか」


流石に、と言うべきか。

受け止めた彼女は衝撃に細めていた目を開くと、こちらの姿を流し、定まらないままに上空へと視線を這わせた。

大空を行く猛威が遠方で双翼を広げているのを見て一息を吐き、ようやく僕に気付いて一声を零す。

一方で、目に光が戻ると痛みを受ける神経に筋肉が引きつり、表情は固く、耐える様に眉が寄った。


今の新世界オンラインでは打撃・衝撃の類による震動────肉体、特に頭部の揺れ────が、

プレイヤーの分身(キャラクター)やそれと繋がったプレイヤーの精神に与える影響も甚大だ。

無防備な体勢で受けた物理系のダメージに、意識が飛びかけていたのだろう。

それでも持ち直し、助けられるのに従って自分から立つ。が、背を伸ばすと幾らかフラついた。

ダメージが大きいのと、それが抜け切っていないせいか。

通常、並一通りのボスを相手にしても、廃人がこうまで手傷を負うことは無いのだが。




ダイヤモンドドラゴン。何と厄介な敵だろうか。




先程から。

上空よりほぼ一方的にこちらを攻撃され、反撃は大部分が距離に殺されて躱され、振り撒かれる光弾のおかげで迎撃もままならない。

飛ぶ事によってかブレスも直線、放射に加えて散弾等のパターンが生まれた。

遠距離攻撃の技能スキルを持つ連中が奮戦こそしているが、空間を三次元的に飛び回る相手に命中は困難。

既にリティやガレフと共に担っていた前線、

どころかパーティーの戦列その物まで崩壊して抵抗も散発的となり、竜の歯牙にもかけられていない。

兎に角、相手の戦闘に関する自由度が高いのだ。高過ぎる程に。

死角の代表である頭上を取られ、地上という平面でしか逃げられず、対して相手は好きな方へと縦横無尽に飛び回る。

おまけに、此処はただでさえ地上の移動が制限される迷宮フロア。

相手が空を行く以上、一時の撤退でさえも望めない。

何度シミュレートしても、現状では敗北の未来しか見えなかった。


ダイヤモンドドラゴン。

地形故に飛ぶことが出来ない出現ダンジョンでは、回数制限が無い代わりに出会える確率そのものが低く、

確実に会うことが出来るクエスト版は、それ自体が回数制限ありの超上位に指定され、かつ相手は飛行可能に設定されている化物。

両者の違いの理由が窺える。

飛行可能なの巨竜。

とてもじゃないが、十分な時間をかけた、入念な対策無しに挑める相手ではない。

せめて、相手が飛ばなければ勝機もあるものを。

とは言え、<逆鱗>を発動し、更に痛撃を食らって強力化して飛び始めた竜。

こうなると、相手が地上に降りるのは期待できない。


<飛行>能力スキルはプレイヤー側も種族次第で取得可能なスキルだが、この技能は生命力ライフの消費が無いのが特徴だ。

<飛行>による消耗は全て体力パワーポイント────────PP的なものとして計算される。

通常は走る、泳ぐ等の『動作』によって減少する体力の数値ステータス

普段は表示されることがなく、だが確実に存在する裏的な数値として設定されている数字。

このポイントが尽きると、ゲーム内では大抵の行動が取れない。

制限がかかると言うより、実際に体力が無くなったことになるからだ。

システムが脳に、『自分はそういう状態だ』と認識させるのである。


生命力ライフポイントを肉体の耐久力とするなら、体力パワーポイントは持久力。

ライフがあれば敵の攻撃やスキルの使用による肉体の負荷には耐えられるが、肉体そのものを動かすには別の力が必要な道理ルール

ドラゴン系のモンスターは特にこの数値が高く、一度の戦闘で尽きることは先ず無いと言われる。

今も羽ばたき(フライト)を続ける巨竜に疲れる様子は微塵もなく、ライフの使用に伴う光も見えない。

先のブレスも物理攻撃スキルとしての発光を伴わなかったが、

それはブレス系の攻撃が体力のみを代償とする技能にされているため。

プレイヤーが強力な攻撃に相応の消耗を強いられるのに対し、

竜に属する敵はステータス的な減少なく、無尽蔵に必殺の吐息を放ってくる。

ドラゴン系が戴く『最高』の王冠と居座っている『最強』の玉座────────その遠因の一つだ。


つまり。


相手が翼が畳まなければ勝機自体が生まれないが、その仮定からして絶望的にあり得ない。

手詰まりも手詰まり(まさにチェックメイト)だ。

天空を支配したドラゴンに、人の身では届きようがない現実。


「そうだが。無事かい?」


単なる事実として存在し、それ故に否定できない差が、天地の境として横たわる。

戦闘の開始から戦場の空気に紛れて漂い、刻一刻と重さを増していくモノの正体は、決して緊張ではない。

敗北の予感。迫るロストへの恐怖。それを避け得ない絶望。

序盤の攻勢で一時は軽くなった負の感情は、

それだけに巨竜が羽ばたきを始めて以降、落差の分をも加えて濃さを増した。

心に這う闇が広がって行く。

まだ余裕のある僕でさえこれでは、後が無い他の連中はどうなのか。

背中にやすりを添えられているようで、会話の声にも余裕を持てない。


「お蔭様かげさまで何とか。ですが余計なっ・・・・・・!?」


交わしていられる言葉は少なく、上をぎる巨体と発光に注意を向ける。

開いた双翼より一条ずつ、左右に放たれた光耀こうようの帯が一本、飛び退いた僕等の間を撫でた。

断ち割られた床が両側に弾け、爆風に乗った粉塵の中で破片を浴びる。

煙の幕が晴れた後、加えられた痛みにか抜け切らないダメージにか、再び体勢を崩すリティが見えた。

攻撃を受けた後遺症で、集中が保てない証拠だ。

案の定、ライフとは別の意味で肉体が回復していない。

僕が受けた時は一応の防御はしたが、ダイヤモンドドラゴンの尾、直撃すればここまでの威力か。

益々(ますます)、勝てる気も逃げられる希望も持てはしない。











やはり。

戦闘の幕開け、金剛の竜が自ら吐息を以て口火を切った時に、そもそも反撃など試みるべきではなかったのか。

いや。

ダイヤモンドドラゴン級の敵からは、逃走でさえ容易ではない。

まして戦場が入り組んだ通路と上空の開けた迷宮フロアで、相手は地形に左右されない<飛行>持ち。

逃げるなら逃げるなりに体勢を整え、相手を追撃不可能な体勢まで追い込んでからが妥当だった。

既に叶わない願いではあるが。

元々からして消耗し、不備のあったパーティーの状態。

唯一のチャンスは竜の姿を視認した時点、戻れない過去だ。


あの時。

全員が仲間を見捨てて1人で(バラバラに)逃げ出していれば、半分程度は外に辿り着けただろう。

ドラゴンの標的に選ばれた1人が真っ先に死に、更にはもう1人、

後衛職がモンスターに遭遇すれば追加で1人から2人の、計2人から4人は死んだだろうが。

それでも、最低1人は生き残った計算になる。

自分以外の全員を犠牲にしても生き残る。そういった意味の覚悟も、新世界オンライン(このゲーム)には必要だ。

全員で闘って全滅するよりは、1人でも逃げ延びて戦利品アイテムを残す方がいい。

100か0かの賭けなど、ヒロイズムを勘違いした馬鹿のすること。

1人でも多く生き残るように努めるのがパーティーの在り方であり、規則にして原則にして鉄則である廃人ぼくらの理論。

全員が分散して出口を目指せば自分が狙われる確率は減り、加えて『誰か』が追撃を逃れる確率も増える。

全滅覚悟で臨むよりは遥かに生存が望めるのだ。

ましてやこの場にいるのは歴戦を経た最高位、レベル上限100のプレイヤー達。

相手が相手、逃げ出したところで咎められることは無かっただろう。




これが今までと同じゲームだったなら、だが。




八神老人の言葉が思い出される。


『君達のキャラクター、つまりゲーム内での君達が死亡した場合、

 送信に用いられてる装置の出力が制御を振り切って君達の脳を焼くことになる。

 運が良ければ死なずには済むだろうが、脳を損傷して待つ結果は似たようなものだな』


新世界ニューワールドオンライン。この世界ゲームの創造主の一人はそう言った。

デスペナルティを引き換えにした最大3度の復活、その前提は崩れたのだと。

僕等の操作する自らの分身、キャクターの蘇生さえ可能ならば何も問題はない。

死んでも甦るのだから。

敗北し、或いは一時的に消滅ロストしてもまたすぐに会うことが出来、

再会し、笑い合い、敗因を探って次に活かすことも出来るのだから。

しかし。

今はそれがない。

死人ロストプレイヤーが戻って来ることは、もうない。

1000人もの人間がこの世界に囚われて一ヶ月余り。それが僕等の、全員が出した結論だ。


死ねば死ぬ。死ねば消える。死ねばもう戻れない。

現実なら当たり前の事実が、今は果てしなく重い。


今までなら、ダイヤモンドドラゴンなどと遭遇した時点で逃げ出すべきだった。

誰もがそうして来たし、誰もがそれを責めなかった。

逃亡という行為が絶望的に成立しない魔法職でさえ、文句を言うことはない。

誰かが犠牲になることを含んだ上での逃走、それが最も効率良い方法プレイだったのだから。


だが────────今はもう、出来ない。


キャラクターが消えれば、実在のプレイヤーまで死にかねないのだから。

ほんの一瞬前、ついさっきまで側に居た誰かの姿が、命と共に消えてしまう可能性。

全体のための個の犠牲。個が生き延びるための全体での危険の分散。

そんな効率のいいプレイで捨てられるのは、自分と同じ生きている人間の人生。

仲間を捨てて逃げることが、生き残るための最善が意味を変えてしまった。

このゲームが誰も死なない世界から誰もが死に得る世界へと変わり、

誰かを見捨てることが誰かを見殺しにすることになってから、『犠牲』の意味が変わってしまった。

これはもう、ゲームではない。

他人の生死にまで自分の行動が関係する世界など、ゲームとは呼べない。

余りにも重たい、現実だ。目を背けられない圧倒的な現実こそが、彼等の足を竦ませた。


自分のために誰かの命が消える。

自分が生きるために誰かを見殺しにする。

自分が生き残るために、今、自分と同じ恐怖を感じている誰かを生贄する。

誰もがそれを考え、恐怖したのだろう。


この場にいる、僕以外の4人は。


現れた竜を前に、自分以上に自分以外を案じたに違いない。

廃人になるまで捨てて来た様々な普通の価値観に、もう一つのそれを加えるのを恐れたに違いない。

お優しいことだ。

命の危機が現実にあり得るからこそ、逆に誰を犠牲にしてでも生き残りたいという考え方も生まれる。

実際に自身の命が危ないのなら、通常のゲーム以上に生存を図るのも当然の答えだ。

自分が生きるための最善を尽くすことは、全ての存在に許された権利であり、あらゆる生物に刻まれた本能。

神にさえそれは否定できない。

それでもなお逃げなかった、自分が逃げ出した時に訪れる誰かの未来を思って足を止め、

流れるように反撃へと転じた彼女らは、一体何を以てその理由としたのだろうか。


友情か。愛情か。罪悪感か。はたまた自己犠牲のヒロイズムか。


いずれにせよ面白い。

リティと初めて会った────────彼女をレリティアと呼んだ日のことが思い出される。

ギルド【暁の銀弓】。

やはり、もう少し近付くべき素材だ。単純な利害以外でも。

実に興味深い。彼女等なら或いは。

『僕等の敵』にはならない芽もあり得る。

確信が持てるまで、僅かでも心を許すつもりはないが。

判断が確定するまでは側に居てもいい。

である以上、こんな所で彼女に死なれるのも困るな。











竜の薄影が過ぎたことを確認し、身を揺らした双剣士に駆け寄る。


「そうだね」


彼女に死なれるのは、別にもう少し後でもいい。見定めてからでも遅くはないし、駄目なら(・・・・)その時はその時だ(・・・・・・・・)

このデスゲームの開始から、これまで一月以上が経過した。

ならば。

いずれにせよ、多少『動く』のも悪くない時期だろう。


「リティ、聞いて欲しい話がある。上手くすればこの状況を────っ!?」


そう思い、伸ばした手が叩き落された。

何事か。

上向いた兜の下、見下ろす彼女の瞳に睨まれる。


「何をしているのですかっ、貴方は・・・・・・!」


髪のそれとは異なる、僕と同様の黒。

絶望の色とも言える彩りの中に強く、しかし揺れる光が灯っていた。





























第五話 竜殺し(ドラゴンスレイ)





















私が新世界オンライン(このせかい)に最初に覚えたモノは、焼けるような憎しみでした。











この私の存在と精神が、レリティアとしての側面を持つ以前の記憶。

もう遠い日の様にさえ思える過去。

在りし日の囚われた生活。

そこそこに上流の家庭に生まれ、悪くない家格と血統を持ち、

富に教育に環境に恵まれながらも────────それ故の過不足にさいなまれていた日々。

思い出しても一握の感動すら無く、砂を含んだような不快感だけがあります。


数代前に成り上がったばかりの、一般には旧く、逆に真の上流からすれば新参も甚だしい、豪商の家。

そんな、世界のどちらの端にも付けぬ半端な位置にあった生家において、だからこそ父は絶対者で、母は支配者でした。

最も古い記憶にある父と母の声は、肌を震わされる怒号と、耳の奥まで深く這入はいる高笑い。

商売の相手である庶民も、機嫌を伺わねばならぬ貴人も居ない家内では、それだけに2人の振る舞いは傍若無人で。

誰しもが脅え、恐れていたのを憶えています。

1人、また1人と、時間と共に皆が逃げていく中で、家族である私だけは、狭まっていく輪から抜け出せなかったから。


家族だから、逃げられなくて。

長女だから、逃がされなくて。


そんな中で私は、両親が持っていた期待という名の重石おもしを、一身に課せられながら育ちました。


上流を維持するための習い事。下流を突き放すための習い物。

下流にならないための覚え事。上流をより上るための稽古事。


過ぎた躾は涙の通る頬を腫らし、足りない自由へのかつえは日毎に募り。

今にして思えば。

飴よりも多く鞭を取る両親の期待に答え、

泣き暮れる自身の心を誤魔化しながら生きる内、私は私が私であること(・・・・・・・・)を失っていったのでしょう。


鞭の裏には優しさが、稽古の後にはささやかな自由が欲しかったのに。

それだけで、私はそれ以上の厳しさにも自分から向かっていけたのに。

結局、それ等が与えられることはなく。

両親に命ぜられるまま、毎日を学校での授業と、寄り道もせず帰宅してからの稽古に明け暮れ、

何時しか子供心に感じていた寂しさも不満も、疑問も、恐怖さえも抱くことを忘れ去って。

誰のために生きるのかも、何のためにあるのかも分からない、無味乾燥で茫漠とした日々に沈みながら。

私は行っていたのでしょう。両親の望む何処かに。

砂のように乾きながら、枯木のように朽ち行きながら。零すだけのなみだも無く、自分わたしのモノなど何一つ無く。




それでも。それだからこそ。

私がこの世界ゲームに出会えたことは、敢えて気取った言い方をするならば、運命であったのだと思います。




New World Online。

この世界の存在を私が知ったのは、ある日、

教養のためにと時間からチャンネルまで指定されて見せられていたテレビの、

あるニュース番組の中で、社会現象を起こしている物として取り上げられていたからでした。


現実に即していない世界デジタルで、

現実に縛されていない世界ヴァーチャルで、

何もかもが自由で、何よりも自由な、夢のようで夢でない世界リアル


『いま巷で熱い! 我が国発!! 世界初の全体感型VRMMORPG!!!』


そんなフレーズの下に流されていく特集を見る内に、何時の間にか、私の中では何かが決まっていました。

所々で挿入されるプレイヤーへのインタビュー。快活な受け答えと、満面に浮かべられた歓喜。

彼等の遊ぶ(すむ)世界が如何に現実より自由で、素晴らしく、魅力的であるかを語る人々。

一時間にも満たない放送の、更に一特集の中で目まぐるしく流れていく情報。

その全てに目を通し、耳を傾け、自身の中で統合した頃には多分、私は少し前の私とは別の私だったのでしょう。

感情が枯れ果て、砂漠染みていた心には、気付けば赤い雨が降っていました。


憎い(・・)

私は、現実の中で自由を得ることさえ叶わないのに。

現実で自由に生きる人を羨みながら生きて来たのに。

彼等は、その現実にさえも束縛されずに生きていて。

何故どうして何故どうして何故どうして何故どうして何故どうして何故どうして────────私だけが(・・・・)


思えば、厳しく絶対的な両親の元、常に一方的な力に晒されてきた当時の私には、何かに怒るという経験がなく。

だからこそ、初めての始まりには制御が利かなくて。

私は、何時の間にか恐ろしかったはずの両親を相手に頼み込み、

拝み倒し、鬼気までも以て2人を説き伏せ、このゲームを手にしていました。


そこからは早いものです。


筐体ハードゲーム(ソフト)が届く前に必要な情報を調べ上げ、

今までの何よりも熱心に覚えこみ、真剣に検討し、思考の中で試行錯誤して。

実際にプレイしたその日の内には、私はスタート地点の敵を殺し尽くしていました。

そうしないと、目に付くプレイヤーを片端からPK(ころ)してしましそうで。

フィールドを駆け巡り、戦い、育ち。

新たな土地へと踏み込み、踏破して先へ、

もっとずっと先へ、今よりも遠い何処かへ進まなければ、

私より自由だった人達への憎しみと、初めて味わう自由への歓喜に、気が狂ってしまいそうで。

知らず踏み込んだ一段上の狩場、不意のロストに意識が途切れる瞬間まで、私は殺戮を繰り広げました。


あとは成り行きのまま。


私は、初めて味わった自由の喜びを手放したくなくて。

覚えてしまった狂喜を、少しでも長く感じていたくて。

自分でもどこか意識の変化を感じながら、瞬く間に、新世界オンライン(このせかい)へと溺れました。

それを仮想と知りながら、空虚な幻想と気付きながら、それでも夢想した自由を得るために、

毎日(くりかえし)毎日(くりかえし)毎朝(いつまでも)毎夜(どこまでも)

私の望んだ世界(げんじつ)潜って(プレイして)遊んで(プレイして)溺れて(プレイして)沈んで(プレイして)戻れなくなって(プレイして)


引き返せなくなった境界の線引きは、一体どこからが正しかったのか。

欲した自由のままに自由を求め、

発した狂気のままに狂喜を求め、

何時の間にか父の怒声も母の平手も、

最も恐れていたはずの父の拳さえ気に止めなくなった私は、振り返れば『廃人』と呼ばれる存在になっていました。


仮初かりそめの友人しか居なかった学業を止め(すて)

一時の師から教わっていた学芸を止め(すて)

口にされる心配と言う名の恐れを振り切り、

娘から距離を置き始めた両親を振り返らず、ひたすらに架空ゲーム現実せかいへと耽溺するだけの日々。

正直に言えば、堪らない愉悦だったと、そう思います。


非現実ゲームに身を埋めるほど、色褪せていた人生げんじつは色付き。

非現実に縛られるほど、現実の様々な拘束はほどかれて。

それが、かつての自分わたしを殺していくようで。

まるで、大嫌いな家庭せかいを壊していくようで。


皮肉にも、『心を破壊する』と言われたゲームによって感情こころを取り戻した私に、もはや躊躇ためらいはなく。

憎しみを交えた愉悦は濃く、どす黒い色彩で私の心を覆っていました。


そうして。

ふと気が付いてみれば、幼少の頃より成長した私を前に父は老い、母は小さく。

恐れず、引かず、2人を相手にたたかってたたかってたたかって、

勝ち取った『自由』を貪り始めた私には、既に戻る道など無かったのでしょう。




だから、それは必然。




夢の世界(ゲーム)本当げんじつに、幻想ヴァーチャル現実リアルにしてしまった私が、

私の願った夢(せかい)の中で夢破れたのは、当然の帰結だったのでしょう。


『あの日』。


周囲からも一目置かれるプレイヤーへと成長し、現実のことなどうの昔にどうでもよくなり、

どの世界にも抱いていた憎しみも忘れ去って、心底から新世界オンライン(このせかい)を楽しんでいた頃。

まるで現実のように不意に、悪夢の如く理不尽に(あっさりと)、最も大切な『友達』を奪われたあの日。

私にとって最も身近な“モンス狩り”────あの忌まわしき魔女狩り────の犠牲者が出た、あの時。




『あの子』を失った瞬間の絶望と怒りは、忘れられません。




だから、あの日から私は。

だからこそあの日から、私は強くなったのに。

幾つもの死線を越え、数多のアイテムを集め、無数の経験を積み上げて。

あの“最終戦争(ラストデイズ)”さえも生き抜いて、強くなれたはずなのに。


また、護れないのでしょうか。

大切な友達を、掛け替えのない仲間を、巻き込んでしまった『彼』さえも。

あの子のように護りきれずに死なせると。私は無力だと、いうのでしょうか。

ダイヤモンドドラゴン。

この竜を前に。あの子のような、もう戻らない犠牲者が出るのを、認めなければならないのでしょうか。






(いいえ)






たとえ何があろうとも、それだけは否定しなければなりません。


自由を願って現実の世界を否定して。

自由を望んで幻想の世界を肯定して。


私が求めたこの世界で、そんな現実は許さない。

あの老人の手で理不尽な死を設定され、唐突に始まってしまったデスゲーム。

あの時のように、力のある者だけが生き残り、力のある者だけが正義とされ、そして戻らない犠牲者が出てしまう今。

たとえ間違っていたのだとしても、私にとって理想だった新世界オンライン(このせかい)で、そんな現実を認めるくらいなら。




それならば、私は。

レリティアとしてのこの私は────────────────。

































先ず、ここまでご覧になった全ての読者の方に謝罪をさせて頂きます。

申し訳ありませんでした。

次回更新は八月中、と感想にて述べさせていただいた更新が延びに延び、しかも今回は前半部のみの投稿となります。

重ね重ね申し訳ありません。


後ほど、後半部を追投稿してから纏めて五話とさせていただく予定です。

現在、後半部の書き溜めが3割ほど。

リニューアルされた「小説家へなろう」へのシステム把握、微調整等もありますので、

長ければ本日より一週間はかかると見ております。

今しばらくお待ちいただければ、作者としては何よりの幸い。


今回の遅れでの作者へのそれも含め、ご感想・ご指摘・ご質問などがありましたら、

どうかご遠慮なきようお願い申し上げます。

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