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第三話 遺跡

予想外の事態というものは、文字通り、こちらの警戒の外から不意打ってくれるものだ。

いつ起こるかも、何が起こるかも判らない。

そんな想像の埒外らちがいにある状況をこそ、予想外と言うべきだろう。

今まさに、僕はそんな状態に置かれている。


「いやいや。

 嬢ちゃんから話を聞いた時はスキル・アイテムを使わない縛りプレイヤーなんてどんなモンかと思ったが、

 なかなかどうしてやるじゃねえか」


耳に届くのは渋味の利いた重低音。続く豪快な笑い声の後で、肩に手を置かれた。

左肩を包む鎧のパーツを、確かめるように撫でられる。


「スキル無しだとすると装備の差かね。

 頭は暗黒のかぶとだが・・・・・・他は古神竜シリーズか。豪勢なモンだな。ここまで揃ってんのは、生だと初めて見るぜ」


「他人の装備を許可なく弄り回すのはマナー違反ですよ? ガフさん。彼が困っています」


「おおっとすまねえ」


金属に覆われた手が、涼やかな声にたしなめられて引っ込んだ。

内心の安堵あんどを吐息にして漏らす。と、目が合った女性が微笑みかけてくる。

彫りの深い、西洋的な顔立ちに浮かぶ柔和な表情。

すっと線の通った顔だけに、崩された相好そうごうは見栄えした。

現実世界リアルで同じ容姿なら100人が振り返るに違いない。

身に纏った神官衣装と抱えた魔法杖ワンド、波打つ金髪を出た尖り(エルフ)耳が無ければ、だが。

ネカマの可能性は考えないでおく。


「悪いな。癖みたいなモンでよ、良い装備を見るとつい触りたくなっちまう。これも種族病かねえ」


言いながら、頭の後ろに金属の槌(ウォーハンマー)を置いた男が彼女の横に立った。

と言っても並ぶと表現するには身長が足りず、彼の頭部は彼女の胸よりも下にある。

彼女が女性タイプにしては長身としても、随分な短躯だ。

口には剛性の強そうなひげをたっぷりと蓄え、全身を覆う重厚な鎧の隙間からは、濃い体毛が自己主張をしている。

小さな体に壮年の姿と長大なハンマーという、かなりアンバランスな外見だった。


「このゲームの設定上、そんなものはありませんがね。病気だとしたら単にアナタの頭の問題ですよ、ガレフ」


「なんだとう」


皮肉を利かせた声に、男が横を向く。視線の先には9割方が黒色の塊。

伝統的オーソドックスな魔術師の格好をした少年が、漆黒の魔術師帽から銀髪を零しつつ歩いて来る。

中性的な顔にはめこまれた真紅のが、静かにガレフを見詰めていた。


「言うじゃねーかウィル坊。喧嘩売ってんのか?」


「まさか。近接職相手に、この距離で売る喧嘩は持ち合わせがありませんよ。

 あと、略称と坊呼ばわりはいい加減に止めてくれませんかね」


首元で鳴らされる、黒水晶のネックレス。

微かな怒気の込められた質問を、少年がすくめた肩で流す。

外気を遮断するローブの横、握られた杖のかしらで黒曜が光った。

身に纏う衣装、首に巻く飾り、武器の装飾。

闇のように暗い装いの中で、匂わせる空気だけが軽い。


「けっ。相変わらず可愛くねえ奴」


「そういうキャラですので」


ガレフが鼻を鳴らして視線を外す。


「まあまあ」


3人の中で唯一の女性が割って入った。困ったような笑顔という、複雑な表情で空気の改善を促す。


「今日は彼が見ているのですからその辺で。

 2人がその調子では、彼もギルドに入る気がなくなってしまいますよ?」


ちらりと、碧眼が僕を見た。


「ボクは構いませんけどね。

 理由まで詮索する気はありませんが、この状況で好んで縛りプレイをしているような酔狂人、ギルドに入れている余裕はありませんよ。

 レリティアさんの頼みだからついて来ましたが、実態を見れば団長も許可はしないでしょう」


「お前は一言多いんだよウィラード。っても、言ってることにはオレも賛成だがな。

 いくらなんでもスキル無しじゃあ、遺跡の攻略は荷が重い。

 嬢ちゃんが推薦して団長の許可が出たんなら文句はねえがな。お前さんも意見は同じだろ? リィーリア」


「それは・・・・・・ええと」


女性────────リィーリアの顔から笑みの比率が消えた。

僕の反応次第で言葉を選ぶつもりなのか、金髪碧眼を揃ってこちらに向ける。

心中の動きを代表して揺れる長耳。

ガレフとウィラードも彼女にならって視線を寄越す。こちらの黒瞳を見遣る、茶・碧・真紅の3人の瞳孔。

三色六つもの瞳に無遠慮に見詰められるのは、正直言って心地()いものではない。


それにしても。どいつもこいつも、随分と好き勝手に言ってくれるな。


昨晩。

泊まっている宿場にリティが来たかと思えば、今日の朝に遺跡に発つことが決まり、

地下30階程度からの攻略かと思って行けば、見えた彼女のそばには見知らぬ3人。

聞けば、


『ギルドのメンバーで、いつもお世話になっている人達です。

 今日はこちらの3人と一緒に遺跡に潜ります。スタートは40階から』


ときた。

男性のドワーフであり、有数の攻防力を備えた重戦士であるガレフ。

女性のエルフであり、高レベルの支援能力を備えた聖女であるリィーリア。

少年の翼人族であり、広域で大火力を発揮する魔導師であるウィラード。

キャラ作成キャラクター・メイキングで、揃いも揃って“亜人種”を選んだ3人である。

同時に、リティと同じ【あかつき銀弓ぎんきゅう】のギルド構成員メンバーでもあるらしいが。

とすると、あの女は部外者に対して身内ギルメン4人が固まっている所に加われ、と言ったことになる。

これも勧誘の一環なのだろうが、それにしても酷く逆効果だ。おまけにフォローをするべき当人が傍にいない。

どういう了見なのだろうか。横っ面を叩き逃げされた気分である。


「・・・・・・あ! そ、そろそろリティさんの方も終わりますよ!」


振られた質問への答にきゅうしたか。

リィーリアの声からは誤魔化す気配が隠せていないが、反射的に視線を追ってしまった。

そこそこの幅を持つ道と高い石壁が幾つもの角を経てどこまでも続いて行く、遺跡の地下40階の迷宮型フロア。

滑らせた視界に一点、他と異なる光景が映る。

距離にして約20m。絶壁と評すべき壁面を、両脇に配する迷宮の通路。

彼女はそこで舞っていた。






鋼に包まれたかかとが石壁を叩く。


「ヴオオオオオオオオッ!」


「はっ!」


白のスカートをはためかせながら跳んだのは、青金の鎧に銀の兜を纏った彼女。

壁面を蹴った五体が迫る刃を避け、モンスターへと肉薄した。

左右に剣を握った両腕が閃き、肉体の舞う軌跡に剣閃を刻む。


「ヴォッ!?」


浮かばせる血管を斬られた肉体が震えた。飛び跳ねた彼女の直下、剣撃を受けたモンスターが怯む。

所々に黒い焦げ痕を負った体が微かに揺れた。


「ゴォォオオオオッッ!!」


「しっ!」


返礼を期した咆哮と反撃。

痛みを怒りに変換して放たれた長大な戦斧は、しかし触れることなく空を切る。

相手の体を足場にした彼女は更なる跳躍を経て飛び去り、残像の遥か後を刃がいだ。


「求めるは黒雲、轟かすは雷鳴、下すは稲妻。我、雷神にこいねがう。

 猛き雷を我が手に降ろし給え。代償は誓約。授かりし権能、ほとばしる雷火を以て、我ここに四方を統べん。

 立ちふさがる者尽ことごとく、紫電の裁きに穿うがたれよ────────ライトニングボルト、装填セット


紡がれるは魔法の詠唱、宿されるは雷の輝き。

高速で流れる起動詞キーワードが淀みなくシステムに挿し込まれ、双剣の一本が光を帯びた。

唱え上げる間にも襲い来る連撃を時に跳ね、時に走り、時に止まり、フィールドの石壁をも利用して避け続けている。

かわした斬撃による石片や土砂で若干のダメージこそ負うものの、致命の攻撃そのものはかすりもしない。

どころか、呪文スペルの合間に攻撃する余裕さえあった。

詠唱完了までに交わされた刃の数、実に10以上。結果はひとえに技量差と言える。

壁も加えた3つの足場を活用した三次元的な動きに、相手を務める化物は明らかに遅れていた。

だが攻撃を緩めることも、膝を屈することもない。

猛牛の頭に乗った目玉がぐるぐると回り、口から雄叫びと涎を零しながら、膨張した腕でバトルアックスを振るっている。


牛の頭に人の上半身と馬の体を併せ持つモンスター、ミノケンタウロス。

かの牛頭人体の迷宮の魔物(ミノタウロス)に、

人の上半身と馬の首から下を足した神話の怪物(ケンタウロス)の姿を融合させた、高名な遺跡の化物ダンジョンエネミーだ。


繰り返される接敵と斬撃ヒット・アンド・アウェイに、当たらない反撃。

数分前に遭遇したモンスター群の最後の一体は、そうして緩やかに死期へと近付いていた。

本来なら高位ダンジョンの要警戒レベルの敵と言える。

実際、最終的にウィラードの魔法で焼き払われた集団の中で、唯一立ち上がっただけのことはあった。

が、大幅に生命力を減じ、“火傷”の状態ステータス異常を負った現状で廃人リティの相手は厳しいらしい。

現に、直撃すれば身を固めた重戦士さえ吹き飛ばす攻撃は目に見えて速度が衰え、乗せた威力を伝えられずにいる。

代名詞的に言われる耐久力タフネスは流石だったが、自慢の体力も既に残滓だけ。直に底を突くのは明白だ。


「ヴォアアアアアア!」


プログラムの存在でこそあるが、人工知能が同様の判断を得たのだろう。

詠唱を終えた彼女を前に、ミノケンタウロスが高く高く、巨腕を掲げる。

血ではなく土に塗れた戦斧が真っ直ぐに天を向き、鈍く光を反射した。

動作の最中さなかに斬られることさえいとわず、急所に迫る刃だけを最低限に凌いでいる。

ダメージ覚悟の予備動作。

そうまでして放つ攻撃となれば、予想される選択は一つだ。

元々がプレイヤーを超える筋力に、高度による加速と遠心力を加算した一撃。

ミノケンタウロス必殺のスキル、〈アースブレイク〉。

判断の瞬間、三種の生命を掛け合わせた肉体から赤黒い光が立ち昇り、推測が肯定された。


「────────────────」


「────────────────ォッ!」


数瞬の沈黙。

相手の賭けを覚った双剣士が集中の段階とギアを上げ、彼女だけが歩を刻む無言が場を覆った。

先に仕掛けたのは、厳密にはどちらだったか。


「ヴォァアァアァアァアァアァアァアアアアーーッッ!!」


咆哮が大気を押しのけ、生まれた空白を刃が駆けた。

いななく馬のように前脚を上げたミノケンタウロスが、腕力と背筋力、

人に馬体を足した重量を合わせ、数mの高さから戦斧を振り下ろす。

生まれた衝撃は爆撃と同等。三日月を描いた一撃は始動の段階で彼女を捉え、轟音を伴って遺跡を揺らした。

思わず、息を呑む。


「「・・・・・・・・・・・・」」


引き伸ばされ無音を経て、巻き上げられた土砂が落ちた。


「・・・・・・・・・ヴォ」


晴れた視界には、割れた大地に巨刃の先を埋めた敵。


「もらいました」


その後ろに彼女がいた。

今まさに倒さんとしているモンスターが持つ、馬の後ろ足の一歩後、隙だらけの背後で左右の剣を構えている。

ダメージを負った様子は微塵もなく、完全に相手の必殺を躱していた。

おそらくは攻撃される瞬間、後方に跳ぶでも左右に動くでもなく、前方に突っ込んで巨体の下を潜り抜けたのだろう。

通常は出来ることではない。戦斧に次ぐミノケンタウロスの攻撃方法は、強靭な馬脚での蹴りなのだから。

だが、上段から繰り出す必殺への集中、上半身に全力を傾注する動作がほんの一時、その下を無防備にした。

直線ではなく、弧を描いて繰り出されるスキルも彼女の味方だ。

戦術も狙いも外した怪物が、逃がした獲物に気付いて視線を巡らせようとするが、時既に遅い。

相手に放つ最強の一撃は、同時に最高の隙を相手に与える。


「飛燕────────八連っ!」


必殺の好機を前に彼女の選択した姿勢は、印象だけなら弓と言うのが最も近い。

片足を後方へ下げて前傾となり、背を垂直から斜めに、両肘を強く引き、引き絞るように双剣を構える。

満たされた張力に全身を緊張させながら、瞳だけは前へ。

直後、彼女の全身から輝きが舞った。






New World Onlineにおいて、あらゆるスキルはプレイヤーの願望に忠実に作られている。

派手な攻撃。派手な魔法。派手な演出エフェクト

それらを兼ね揃えたスキルだからこそ、使いこなすのは難しい。

MSSモーション・サポート・システムと呼ばれるスキル動作・詠唱補助システムに従い、

既定量の生命力ライフ魔法力マナを代償にすれば、一応はそれなりの形で発動は出来る。

だが所詮はそれなりであってそれ以上ではなく、唯々諾々(いいだくだく)とシステムに従い、研鑽を積まないうちは熟練の域に到れない。

New World Online────────新世界オンラインにおいても、ある種のリアルさは変わらないのだ。


誰かより巧く在りたいなら、誰かより先へ。

誰よりも強くなりたいなら、誰よりも前へ。

困難へ、冒険へ、自ら進まなければならない。


そうして乗り越えた、幾多の試練の先。

何時いつしか積み上げた、数多の練磨の後。

たゆまぬ努力を経て磨き抜き、鍛え上げた時に初めて、スキルは独自の形を描く。

それは誰にも真似できない固有の軌跡であり、決して重ならない冒険の歴史だ。






弓の体勢から射出された剣の矢は、迅速に高速を超えて目標へと達した。

剣術系双剣用スキル<飛燕八連ひえんはちれん>。通常攻撃の5割増しの速度で繰り出される高速八連刺突。

生命力その物であるLPライフポイントを代償にした発動を示す光の中、八羽の飛ぶ鳥の軌跡が一箇所へと収束する。

反撃の暇も反応の隙もない。目にした経験があるからこそ解る。

手数で勝り威力で劣る双剣を武器とした彼女が持つのは、自らの長所を活かす風属性の刃、威力を犠牲に風の後押しを得たつるぎ

飛び立つツバメは追い風を受けて更なる加速を得、コンマ一秒以下で終速へ到達した剣は八つの閃きを空間に刻んだ。

レベル100。通常の飛燕が高速ならば、頂に達した彼女のそれは超高速に届く。

処理が間に合わずに吹き散らされたエフェクトが飛ぶ中、

八つの基点から伸びた光は倒すべき敵の背後へと伸び、八本の光線が一点で爆発した。


「はあああああああああっ!」


本来の真っ直ぐに立った構えからとは異なる、彼女オリジナルの攻撃軌道の先。

目を焼く閃光の終局で、一本の剣が化物へと突き立つ。


「ヴオオオオオッ!?」


位置もタイミングも、最高の条件を揃えた背後攻撃バックアタック

2m半ばを超える巨体が吹き飛ばされ、流され、四足を地に着けてなおかしぐ。

痛みではなく、純粋な衝撃で巨躯が持ち上げられていた。


しかし────倒れない。


「オ、オ、オ・・・・・・・・・オォッ!」


体格差や体重差は、この仮想世界でも重要な要素となる。

彼女とミノケンタウロスとでは、元々の重量が違い過ぎた。

数倍の重さの相手を吹き飛ばすには、仕留め切るには、双剣という武器は軽過ぎる。

足りなかった威力はギリギリだろう。しかし追撃は許されない。

己が必殺を耐え切られれば反撃を受けるのは、彼女自身が示した事実だ。

スキルの使用は多かれ少なかれ隙を作り、強力なスキル発動に伴う硬直はシステム上、どう足掻いても解けはしない。

ミノケンタウロスの攻撃力は、レベル100のプレイヤーにも通じる。

剣士より軽装備が主となる双剣士ならば────────ここから繋げられるスキルがなければ、相応の重傷は必死。

そして、<飛燕八連>の後に連撃コンボとなるスキルは存在しない。


「オオオオォォォォォォォオオオオーーーッ!」


浮いた足を地につけ、振り向いたミノケンタウロスが咆哮を上げる。戦斧の刃が、赫怒かくど雄叫おたびに続いた。

駆け出しざま、質量を具現化した武器があぎとを開く。


「────────ライトニングボルト、解放リリース


刹那。スキル発動後も輝きを失わずに刺さっていた剣が、雷鳴を発した。


「ギャアアアアアアアアアアアッ!?!?」


刃に装填されていた風属性雷系魔法中位、<ライトニングボルト>の開放。

弾ける雷光と荒れ狂う紫電が顕現し、石壁に囲まれた遺跡の通路を絶叫と白光が塗り潰す。

絡みつく電撃が化物の体表を這い回り、内外を問わずに肉体を蹂躙じゅうりんした。

肉を焦がし、神経を焼きながら侵撃する雷火。

雷撃の起点、発光の中心に痙攣けいれんする影が浮かぶ。


「・・・・・・」


稲妻の裂いた暗闇がい戻った頃、光が収まった後には、戦斧を構えたままの怪物が立っていた。

静まり返った空間に、彼女の呼吸音だけが緩く広がる。

ミノケンタウロスは動かない。


「・・・・・・ふぅ」


風と言うには及ばない、緊張を解くための脱力の吐息。その呼気に押されたかのように影が傾ぐ。

固く握られていた武器が落ちた。鈍い音が響き、巨体が遅れて後を追う。

地を伝う振動。残響の間に、モンスターは輝きと化した。




人族、“魔法戦士”の“双剣使い”レリティア。彼女の勝利である。






魔法戦士、或いは魔法剣士。

ファンタジーにありがちなこの職業は、しかし知名度に反して扱い難い。

その理由にして特徴は、有りていに言えば中途半端、となる。

固定砲台と同義の魔術師とは異なり、移動しながらの魔法の使用を可能とした代わりに威力は半減。

物理攻撃が主体の剣士と違って魔法の習得に才能を割くため、本職に比べれば剣技や体力の面で劣る。

魔法と物理両面の防御力においてもそれぞれの本職に叶わないのは言うまでもない。

リティの場合、主武装メインウェポンが双剣であるために通常の剣士より三割ほど物理攻撃力が落ち、

魔法戦士となったことでそこを基準に、更に三割ほどの下降補正ダウンがかかる。

魔法攻撃力に関しては三割減だが、

杖を武装としないリティは武器による知力インテリジェンス補正が無いため、結果として魔法の威力も低い。

防御面に関しても同様だ。

とどめとして、魔法戦士は戦士系と魔法系を半分ずつ修めた形であるために、各上位職のスキルを習得出来ない。

必然的に奥義マスター級の攻撃方法を持てないので、一撃の威力、MAXの攻撃力という意味では余計に差が開く。


良いとこ取りではなく器用貧乏。あくまで万能オールマイティではなく平均的アベレージ

近距離も遠距離もこなせる反面、どれもが一点特化した職業には劣るのが魔法戦士だ。

多くのプレイヤーがそうであるように実用という観点からは選ばない職業であり、廃人の中においては言うに及ばない。

強くなる。有名になる。

動機は何であれVRMMORPGオンラインゲームという空間で戦闘を志すなら、突出した性能こそが肝要。

パーティー戦やギルド戦を考えた場合、

万能を誇る人材よりはそれぞれに特化した連中を集めて作った円の方が、広く大きい。

何でも出来るということは、何にでもなれるということを意味しない。頂点になれない事実を示すだけだ。

それでも魔法戦士という職業を極めようとするならば、

中途半端な物理と魔法の両方を最大限上手く併用出来る、優れた応用力が求められるだろう。


その点で言えば彼女は強い。


元より攻撃力では勝てない純正の剣士に対し、手数で補うという発想。

手数という双剣の利点を最大限に活かすために選択した、速度特化の風属性武器の使用。

一撃の威力に欠ける武装を補うための、速度に加えて“麻痺”や“火傷”等の状態異常付加に秀でた、風属性雷系魔法の習熟。

ただ魔法を放つのではなく、武器と合わせて確実に当てる一撃とするのでもなく、

武器に込めた魔法をあえて手放した後に炸裂させることで可能となった、ほぼ同時の物理・魔法の二段スキル攻撃。

魔法の封入自体は通常の魔法戦士でも可能だが、1つしかない武器を手放せない彼らでは、大威力の魔法で同じことが出来ない。

物理スキルを当てた直後に高威力、特に範囲系の魔法を至近距離で放てば自分にもダメージが来る。

仕留め切れなかった場合や1対多数の戦闘の場合を考えれば、

自滅を避けながら両方のスキルを叩き込むためにたった一つの武器を手放す選択は、彼らには不可能だろう。

例外は弓手と魔術士の複合であるマジックアーチャーくらいであり、

あくまでも武器を一つ残せる双剣の使い手だから選べた戦い方だ。


双剣の選択までは偶然だったのかもしれないが、その後は十分に戦略を練ったのだろう。

あの使い方なら〈投擲とうてき〉スキルとの併用も可能に違いない。

100万を単位とする全プレイヤーの中から選ばれた、1000人の内の1人。

このデスゲームに招待された廃人は例外なくそうだが、今の状態で彼女と戦えと言われても気は進まないな。

双子の剣を手に踊り、天に属する風雷の魔法を扱う者────────【双魔天剣】。

この世界でのあざなは名乗ったところで認められるモノではなく、実力で認めさせるモノだ。

廃プレには当たり前の持ち物だが、異名自体が容易く得られる代物ではない。

彼女が誇る、確かな実力の賜物たまものと言えるだろう。


もっとも。

その彼女がこんな所で勧誘作業リクルートに精を出しているのだから、ギルドの戦力としては二線級と考えられる。

仮にも異名持ちが下位戦力とは。頭の痛くなる話だ。






「待たせました」


軽快な納刀の音が重なった。

臨戦の構えを解き、ミノケンタウロスのいた場所からカードを拾い上げたリティが、きびすを返して向かって来る。


「“本”を」


剣の柄を握っていた指が、手にしたカードを差し出してきた。


『牛馬人のバトルアックス』


カード下の欄にはそう書かれている。


「いいのかな?」


ミノケンタウロス戦というのは、一対一だと結構な労力を要求される。

パーティーで得たアイテムは喪失のリスクと共に分散するのが基本とは言え、

奮戦の果てに彼女が獲得したアイテムを、軽々しく受け取っていいものか。


「今の取り分だとこんなものでしょう」


言われてみれば、今のところ僕への割り当ては僅かに少ない。

スキル不使用の縛り(スタイル)からくる戦果の低さが理由だが、確かにそれで均衡バランスは取れるか。

どの道アイテムの分散は一時的なもので、パーティー解散前に正式な分配や交換(トレード)をするのが通例だ。

後ろ髪を引かれる思いが無いでもないが。この場は有り難く頂戴するか。


「分かった・・・・・・コール!」


声と共に開いた手の上で光が舞った。

中空で踊る輝きが凝集し、やがてある物の輪郭りんかくを形作る。

程なく一冊の本がてのひらへと落ちて来た。純白の装丁を開くと、金属質のページが姿を見せる。

9×2の18。左右のページにはそれぞれ九箇所のくぼみがあった。






New World Onlineを特徴付ける機能システムの一つ、カードシステム。

ゲーム内に存在するアイテムは基本的にカードの形状を取り、

『コール』の声に従って現れる“本”に収めて運搬・管理をするのがルールだ。

本のページにある九つの窪みにはそれぞれ一種類5枚までのカードを保管することが出来、ページは一定数まで増設が可能。

入手したカードは『マテリアライズ』と言えばアイテムの形状を取り、『リバース』の声で戻る。

よって、アイテムの使用に際しては予め本からカードを抜いてマテリアライズと口にする必要があり、

このことからアイテムを使用することを『抜く』とも表現している。

リオが僕に付けたあざな、“不技不抜”もこれに由来していた。


個人的には、適度にゲーム性と利便さを両立させたシステムだと思っている。

まさか常にアイテムを抱えて移動する訳にはいかないし、詳細を確かめたい時はアイテム化すればいい。

武装の類はアイテム化された際に持ち主に合わせたサイズになるから非常に便利だ。

現れる“本”自体もページ数の増加や、食材・料理カードの劣化防止機能の追加といった拡張が可能で、様々な遊び心がある。

運営側としては、カードという形式を取ることでコレクション性を高めたかったというのもあるだろう。

実際、倒したモンスターが極稀にドロップするモンスターカード専用の収納ページもあり、未だにコンプリートを目指しているプレイヤーも多い。

モンスターカードは各モンスターの特徴を記している他に、

“スロット”という専用スペースに収めることで特殊効果を生むから、基本的に非常に高価レアだ。

僕も彼女も、それぞれの選んだカードを“スロット”に挿している。

また、金銭的なやり取りの際にも、

“本”の巻末にあるページに金額を打ち込めば指定分が持ち金から引かれてカード化され、

マネーカードと呼ばれるそれで様々な取り引きをするのだから、なかなか応用に富んだシステムと言えた。


他にプレイヤー側の利点としては、アイテムの使用手順(プロセス)が複雑化することで生まれる、アイテム使用の戦略性もあるだろう。

カードシステム自体は初心者にはとっつき難いが、逆に上級プレイヤーには喜ばれることになった理由がそこだ。

『コール』して“本”を出し、カードを抜き、『マテリアライズ』でアイテム化し、それを使用する。

この一連の動作にかかる時間はタイムラグを縮めて“ラグ”と呼ばれているが、この時間差により、

下級プレイヤーがアイテムの大量投入で上級者に勝つという、金銭リアルマネーに任せたゴリ押しが不可能となっている。

費やした時間と努力、本人の経験やセンスがより反映される形だ。

ゲーム内通貨と現金リアルマネーのトレードを認めている新世界オンラインだから、運営はそこまで計算したのかもしれない。

通貨であるnewニューと現金との交換比率は現在まで一貫して1000:1だが、

例えば現実での富豪が何かの切欠きっかけでゲームにはまる、ということは十分にあり得る。

その時、ひたすら現金を投入してアイテムを買い漁り快進撃を果たすという事態が起きれば、

先発の既存プレイヤーにとっては興醒めもはなはだしいだろう。

それを示す様に、newの現金化は原則として自由な一方、newの購入には月々の上限がある。

今時、金を出すだけで勝てるオンラインゲームなど見向きもされない。下手をすると侮蔑の対象でさえある。

努力が大きく反映される世界だからこそ上級者には自負と畏怖が生まれ、初級者は憧れと向上心を持つのだから。






「これでよし」


カードを一枚増やして閉じられた“本”が姿を消す。


「どうですか。大人数でのパーティー戦も、悪くはないでしょう?」


その先に見えたのは随分と得意気な顔。


「まあね」


否定はしない。教えていないから勘違いしているのだろうが、僕とて昔はパーティープレイが主体だった。

過去に戻ることはあり得ないが。それでも、誰かと力を合わせる楽しさは知っている。


「では行きましょう。攻略はこれからです」


返答に満足してくれたのか。

踏み出された一歩は軽く、向けられた背に気負いはない。

このゲームを脱するために指定されたエンディング条件、僕らが立っているこの遺跡の攻略クリア

その難易度を知っていて言えるのは、仲間の存在があるせいだろうか。

ガレフ、リィーリア、ウィラードの3人が脇を抜けて彼女に続く。

特に言葉もなく、注意を促すこともない。

お互いの実力を知り尽くしているのだろう。付き合いの長さは知らないが、きずなの糸は太いと見える。




ギルド【暁の銀弓】────────認識を改める必要があるかもしれないな。




もう少し、近付いてみる甲斐かいはありそうだ。











第参話 遺跡(ダンジョン)











遺跡。

その場所は言葉から連想されるイメージよりも遥かに深く、加えて広い。危険性に関しては言うに及ばず。

地下に10階層下りる度に様式を変えるフロア。内部を徘徊し、何度倒しても現れるモンスター。

他にも予期せぬトラップやプレイヤー同士での競争等々、内部に渦巻く死の香りは濃い。

現在、遺跡の攻略は日に1階層進められれば良い方だと言われている。

当初は日に2階層だったはずだが、深度を増すにつれて敵が強くなる上、

プレイヤー側が技量の成長と装備の向上でしか強くなれないのが大きかった。

レベル100。

一つの頂点に達したプレイヤー達だからこそ死と隣り合わせのゲームに招待された訳だが、

同時にそれ以上の上昇を望めないステータスは一つの足枷に違いない。

一辺が最低でも数キロ単位のフロアに、階層によって異なる構造。襲って来るモンスターや、位置の不明な次の階への移動ポイント。

有限のアイテムや魔法力、精神的な疲労も考慮すれば、

地下60階近くを行く先行組が日にワンフロアを攻略するのは、むしろ驚異的と言える。


New World Onlineこと新世界オンライン────と言うよりも今のMMORPG────では休息が要する時間は多い。

昔のゲームと異なり、五感から時間の感覚まで現実リアルと変わらない今では、

アイテム(ポーション)一つですぐ回復とはいかないからだ。

MMORPGの歴史ではその進化に伴い、アイテムや休息による回復の効率は下がってきたと言われている。

人口増加や途上国の発展に伴うプレイ人口の激増による、レベル上昇までの時間と難易度の調整もあったのだろう。

マウス式やキー式の頃と違ってチャットが無くなった分、

動かずに回復する時間を置くことで交流コミュニケーションの機会が生まれるようにした、という事情もあるかもしれない。


今では数分や十数分座っていればほぼ全快というオンラインゲームは無い。

先人達の模索の結果、現在では程々に現実的な回復率と程々のモンスターとの遭遇(エンカウント)率がベストとされている。

例に漏れない新世界オンラインでも、休息の重要性と必要な時間の長さは同じだ。

休息が占める比率が大きくなれば、全体の時間もより多く必要になる。

ダンジョンから外に戻るには降りてきた側の移動ポイントを用いねばならず、

フロアを攻略する程にそこから離れるのだとすれば、途中で引き返せざるを得なくなった時に備えたアイテムの節約も必須。

休息に適した場所の発見と安全確保も入れると、全体の数分の一はそれに割かねばならないだろう。

消耗の度合いにもよるが、具体的には平均で3時間前後。多ければ5時間近くにも及ぶ。

最終的には回復に当てる時間がかなりの割合を占めるようになり、

難易度の高いダンジョンであればある程に休息の必要性も高まる。

本来なら専用のアイテムを使用することで、起動に相応の時間を要するものの、ダンジョンからの脱出は容易に出来た。

いつ、どこからでも一瞬で。現在は不可能だ。

あくまで遺跡限定の話だが、プレイヤーのログアウトやエリア外への移動と同様、生憎とあの老人に封じられている。

それだけに回復の占める時間と重要性は大きく、アイテムや戦力を温存する必要性は高い。

たまにいる猪突猛進の馬鹿などは、戦力として以上に戦略の点から足を引っ張る存在だ。

流石に現存するプレイヤーではそう見かけない人種だが。

仮に攻略組にいたとしても大方は死んでいるいるだろう。遺跡とは難所中の難所なのだから。

現在、僕らがいる地下40階から20階も下りれば遭遇するモンスターは相応の強さになる。

最前線フロントラインを切り拓く彼らに比べれば、後を進む僕らは楽に違いない。






「カカカカカッ!」


半身の腐り落ちた馬とその背に乗った甲冑────────ヘルナイトの突撃をかわし様に斬り付ける。


「はっ!」


「カッ!」


攻防の境目に生まれる剣戟けんげきと衝撃。

打ち込んだ刃は馬上からの槍に防がれ、数瞬斬り結ぶに終わった。

押し切れず、乗せられた突撃の威力を斜めに流した剣の横を駆け抜ける人馬。

振り返る頃には地を駆けた姿は追える位置に無く、舌打ちをしようとして、転じた背中を不意打たれる。


「ぁぐっ!?」


「ロロロロロロロ」


円状に蛇を生やした目玉の化物、イービルアイ。

宙に浮く邪眼が飛び掛ってきたかと思うと間合いの手前まで離れ、特大の目を見開く。

100以上と言われる蛇の群が続いて開眼し、牙をいてにらんできた。

総数200を超える瞳の全てに光が灯り、咄嗟に剣の腹で視界を遮る。


「ジャッ!」


刃の脇を通り抜ける真紅の閃光。

目玉という弱点その物の姿を持つイービルアイ唯一の脅威、石化の邪眼が赤光を放つ。


「キィィイイイイッ!?」


磨き抜かれた刃で邪眼の光を反射された目玉が、叫びながら飛び退った。

今度の追撃は容易だ。

視界を閉じた状態での後退に加え、イービルアイの速さは僕等プレイヤーに劣る。

全力で駆け寄り、袈裟懸けさがけに両断。

断ち切られる寸前で目を開いたイービルアイは、断末魔もなく消え去った。


息を吐こうとして、気配。

余韻に浸る間も無く、方向転換を終えたヘルナイトがチャージを掛けて来る。


「カカッ!」


走り来るゾンビの馬がいななき、馬上の甲冑が槍を振り上げた。

眼窩がんかに光をたたえた人骨が、兜の隙間から垣間かいま見える。

彼我の距離、おおよそ10m。


「ヒヒーーーーンンッ!」


人外の能力を持つプレイヤーとモンスターにとって、加速の果ての距離など無きに等しい。

瞬く間にひづめの快音が五月蝿くなり、半ば腐乱した馬顔が大きくなった。

接近する敵に迎撃を思うが、一方で攻めあぐねる。

回避の後に斬りつけても避けると斬るの二動作では、移動を馬に任せた騎士の一動作を凌駕りょうが出来ない。

さっきの繰り返しになるだけだ。

かと言って避けるだけでもジリ貧。

組み合わされた行動パターンに従い、意識というズレを持たない2体は、まさしく人馬一体と言える。

攻撃に主眼をおいて半端な回避をすれば瞬間に吹き飛ばされ、

かと言ってスキル無しで纏めて倒し切る攻撃力は無い。

ならばどうするか。


「カカアアアアッッ!!」


「ああああああっっ!!」


解答は、回避を選ばないことだろう。攻防が両立出来ないなら片方を放棄する他ない。

単純な取捨選択。加えて戦闘で勝つには、相手を倒すには攻撃こそが必須。

ここは突撃あるのみだ。


土を踏む。

出した足の先で大地を押し蹴り、指先に力を込め、踵を跳ね上げ、真っ直ぐに加速する。

攻撃を避けないのだから左右にブレる必要は無い。

防御もしないのだから攻防の予測に思考を割くことも無い。

肉体も意識も真っ直ぐに。

自分自身を一点へ束ねて尖らせる。

しくも、愛用の剣よりは相手の槍に似ているか。

銀に光る馬上槍を掲げたヘルナイトが近付いてくる。

残る距離は互いに数歩。

交錯を否定し、防御を捨て去り、正面からの衝突に向けて満身で突っ込む。

視界の両端が刹那だけ引き伸ばされた。

全体重を乗せた踏み込みの最中、騎士の甲冑が馬の首に隠れる。


風が吹き抜けた。


「カ・・・・・・?」


「────────はあっ!」


衝撃は襲って来ない。

一瞬で首を断たれたゾンビ馬が、輝きとなって僕の体を撫で去った。落下と、金属の噛み合う音が続く。

見下げれば上向きに剣を振り切った僕の下、強制的に落馬させられた甲冑の頭が、呆然と天を見上げていた。

馬を射った後に将を逃すことも無い。かえした刃で兜を突き刺す。

遅れて動こうとした腕が力を失い、装備ごと粒子になって地表に散った。


「やれやれ。梃子摺てこずった」


ようやく終わりだ。

剣は納めないままに数度、緩く呼吸する。取り入れる酸素が美味い。

斬ったばかりのイービルアイに加え、先に倒したクレイジードールを足してこれで3体。

打倒の証としてカードが残ったが、拾っている暇が無いのが残念だ。

短い休息を追え、反転して駆け出す。

移した視界、距離の置かれた場所に人の姿が三つ。

リティ、リィーリア、ウィラード。ほぼ固まっている3人の上を、黄色の雲が覆っていた。


キラービー・クイーン。

強力な毒と人間大の巨躯を誇り、どこからともなく配下のキラービーを呼び寄せる蜂型モンスター。

パーティープレイが効率的であるように、集団とはそれだけで一つの力になる。

見ればリティが奮戦しているものの、

二十もの手下を引き連れて現れた女王は、部下が駆逐されるそばから翅を震わせていた。

人の子供並に大きな蜂が空中を飛び交っているのは、何と言うか、見るに堪えない嫌悪をもよおす。


「ヴヴ、ヴヴヴ」


「ヴ、ヴヴヴ」


「ヴヴヴヴヴヴ」


当初より数こそ減っているが、急降下と上昇を繰り返す蜂は、まだ10匹以上が飛び交っている。

指をくわえて見ている道理もない。

駆け寄り、座っている後衛職2人の上に下りて来た1匹を切り捨てた。


「すまない、遅れた」


見れば、リィーリアとウィラードの周囲にはピラミッド状の防壁。

僧侶系最高職の聖女であるリィーリア、彼女の持つ対モンスター用結界スキル<聖域>だ。

リオがミノケンタウロスを倒した後に二度の戦闘を経て魔法力を消耗した2人は、しばらく回復に努める必要がある。

2人ともただ座っているのではなく、魔法力マナの回復に効果がある<瞑想めいそう>の体勢。

張り巡らせた壁が消えるか破られるか、

しくはリティが危機に陥らない限り、動くことはないだろう。


僕を当てにしたとも思えない。

<聖域>は一定時間で消えるが魔法力の消費は発動時のみで、広域攻撃魔法に比べれば最終的な消耗は少ない。

防壁の消失までは回復に努めつつ、かつ護衛の必要を無くすことでリティの負担を減らせる。

キラービーの攻撃力で<聖域>が破られることはないから、実に妥当な判断だ。

2人と同じく先の戦闘で魔法スキルを連発したリティは、温存のために蜂の群を一掃出来ていないのだろう。

掃討に手間取っているのは相手が飛行タイプのモンスターであるせいか。

対空スキルは持っているはずだが、流石に数が多過ぎて容易に撃てなかったと見える。

仕方が無い。キラービーの攻撃は毒性が強力だ。

一撃で殲滅可能な保証がない限り、群を相手に物理攻撃スキルの使用はハイリスク。

ただでさえHPと同義の生命力を消費するのだから、発動後の硬直に“麻痺”でもかけられたら堪らない。

単独で、という条件付なら消耗覚悟でゆっくりと削るのが最善だ。


「こんな時でもスキルは使わないのですね」


だからこそ、僕がこうして駆けつけたというのに。随分と嫌なことを言ってくれる。

向けてくる威圧が、君が細切れにしているキラービーに対するよりも強いのは、果たして気のせいかな。


「許してくれ。それなりの事情がある」


「でも、それを説明してはくれないのでしょう?」


肯く。話せない訳ではないが、話さない理由は限りなくそれに近い。

少なくとも、この程度の状況で縛りを解けないのは確かだ。


「・・・・・・まあ、いいでしょう。責めるのは後にしてあげますから、しばらくここは任せます」


会話の合間にも蜂共は増えながら攻撃を仕掛けてくる。2人、同時に1匹ずつ切り裂いた。

振り切った剣を構え直すと女王目指して3匹、新たに兵隊蜂キラービーが現れる。

状況は余り旨くない。ペース的には相手のジリ貧とは言え、やはり持久戦は消耗が大きい。

生命力や魔法力は温存出来ても精神力はそうもいかない。打開する手があるなら有難いことだが。


「何か手があるのかな?」


「少し惜しいですが、アイテムを使います。黙って集中して下さい」


酷いことを言う上に、しかめた表情に見向きもしない。

言い捨てて手を止め、コール、と小さく唇を動かすだけだ。

剣を納めた手で現出した“本”を開き、素早くページをめくる。


その間にも降下する殺人蜂が2匹。

増えた人数を警戒してか攻撃を当て難い8の字の軌道が描かれ、

予測した交差点を薙ぎ払うも、片方ははねを斬るだけに終わった。

彼女の傍に落ちた羽虫────と言うには些か大きいが────の象徴さえ失ったモンスターを踏み潰す。

そもそも数頼みで単体の脅威は滅法低い。鳴き声ごと潰れた蜂は光になった。


「マテリアライズ────────ハイパーフレアボム」


ここまで精々が数秒。

隣を見れば、既にアイテム化した球状の爆弾を握っている。

よく初心者がお世話になるボム系アイテムの大幅強化版、

燃え盛る髑髏どくろマークが描かれた、見るからに危険な一品だ。

上部に『押すなよ!? 絶対に押すなよ!?』と言わんばかりのくぼみがある。


彼女の頭上に迫った1匹を刺突で貫く。


「ふう、勿体無い。本当は一段下の物でも事足りるのですけど」


爆弾のない手に握られる“本”が閉じられ、役目を終えたシステムは早々に存在を解いた。


「持ち合わせがないのでは仕方がありません。これも投資と思いましょう」


僕に聞かせているセリフは殊更に当て付けがましいが、原因を思うと藪はつつけない。

黙って害虫駆除に専念するとしよう。既にその必要も無いが。


「では行きますよ」


呼び掛けがかかり、上空、黄色の壁を彼女が凝視した。

護衛達の後ろ、悠然と飛行する女王の姿を瞳が捉える。

兜を載せた頭が後ろへ下がって炎色の毛先を零し、たおやかな背が反らされた。

同時に鳴らされるスイッチ音。


「3」


球に見立てた爆弾を持った腕が、上向きの投球フォームで反動を蓄える。


「2」


しっかりと定められた狙い。砲弾の進路を目標に合わせた眼が、女王蜂を射抜いた。


「1」


曲げた背中に圧迫された肺から、溜め込まれていた呼気が漏れる。

直後、彼女の細腕を砲台に、放たれた弾丸が重力を食い千切った。


「0」


風を纏って打ち上げられる炸薬の種子。

飛翔の勢いで地を離れた兵器は、対象を前に秘められた威力を展開、

高速で大気を叩きながら中途で裂け、炎の花弁かべんを咲き誇らせる。

貪欲に酸素を食らい、空に赤々と花開いてゆく劫火の蕾。

標的との中間で炸裂した爆炎は、投擲の軌跡で尾を引きながら広がり、赤色の翼となって敵を焼いた。

本来なら起爆した地点から放射状に破壊を撒き散らす道具が、速度に押されて半ば変形した効果を見せる。

黄色の雲霞うんかを貫通した爆弾は遥かな高みで散り、置き去りにされた紅蓮が進路上を蹂躙した。

爆ぜ上がり、散りながら空間を染めて行く火片かへん花弁はなびら

燃え猛る焔に包まれた虫達が翅を焼かれて群れ落ち、或いは爆風で押し出される。

彼らの中心、守るべき女王の傍から。


「キチキチキチキチキ────────ギッ!?」


見上げれば広がる花火の中、他の蜂とは異なる高音の悲鳴が響いた。

発した内容は新たな兵の召致のためだったのか、焼かれた護衛の統率のためだったのか。

いずれにせよ、炎のカーテンが両端を伸ばす空で、それは己の居場所を彼女に教えた。


天の大輪を目指し、地上から流星が昇る。


カウントを要さない第二の投擲までは刹那。

熱気を裂いて放たれた双剣の片割れは、赤い輝きに照らされながら真っ直ぐに、王に代わるクイーンをチェックメイトした。

赤花を背に貫かれる女王。

穿たれた標本を固定する台座はなく、灼熱を纏いながら集団の頭が墜ちる。


「ヴ、ヴヴッヴ!?」


「ヴヴヴッ!」


あふれた光の内にカードが現れる頃にようやく始まる、女王亡き後の兵の交信。

残るは援軍のない兵士を叩くだけの迎撃戦であり、2人でかかるには楽なものだ。


「後は任せます。アイテムを使わせた分の働きは期待していますから」


「・・・・・・何だって?」


刃を1つ欠いた双剣士が、言の葉を向ける。

赤熱の下で照り映える横顔。

振り向けば、降りかかる光の中、影を作った表情がこちらを見ていた。

薄く炎の匂いが香り始めた地上、僕の隣で赤々とした輝きを共に受ける彼女。

夕日より濃い色彩を浴び、なお紅く炎髪が揺れる。


「手伝っては────────いや、分かった」


反応し、落とした視界の端には影が2つ。

突然の光と音に驚いたのか、“聖域”に護られた2人が、目を開いて上空を眺めている。

彼等に戦いぶりを見せろ、と言っているのだろう。今更、その程度で抱かれる印象が変わるとも思えないが。

失わせたカードの分は働かねばならないか。


「願わくば全力の行使を」


「それは聞けないね」


刺される釘を苦笑で躱す。この期に及んで油断も隙も無いと言うか。

もしやキラービー・クイーンの相手を買って出た時点から、全てが計算だったのか。

だとしたら妙な所で執念深い。面倒な相手だ。


「・・・・・・・・・なら、精々頑張ってください。無理のない程度に」


翻った赤髪が彼我の間に舞い、向けられた背中が遠ざかる。

遅れて溜息が聞こえた気がして、耳を澄ますと、代わって羽音が響き始めた。

頭上。

炎の消え始めた空から、キラービー達が降りてくる。

一部が燃え落ちた翅と焼け焦げた節足。

火の粉を伴った大蜂が数匹、虚空で円陣を組んだ。


「了解」


剣閃で熱気を裂く。翅に伝う風斬り音が、敵の注意を引き寄せた。

敵意を集めた刀身に、離れ行くリティの姿が映る。


「それじゃあ僕が相手だ。かかって来いよ、虫けら共」


声は高く。

挑発を受け、居並ぶ複眼が獲物を定めた。


「ヴッ、ヴヴヴヴ」

「ヴヴヴヴヴッ」

「ヴヴッヴ」


統率を欠いた兵が、それでも連携を見せて飛行する。

絡み合うような軌道。

先陣を切った3匹が迫り、間近で顎を鳴らした。不気味に動く脚の下、黄色の腹から毒針が突き出る。


「せあっ!」


上空から斜め向きにこちらを目指すモンスターを、先頭の1匹に肉薄して両断する。

毒々しい色彩の体に斜線が刻まれ、左右に分かれながら分解が始まった。

流れる輝きの裏から残る2匹が飛び出す。

真っ直ぐに迫る2本の毒針。

顔面を目指すもりのような突起を頭を下げて回避し、縦に動く体に腰のひねりを加えて横回転。

背後で飛び去ろうと唸る翅を、耳を頼りに薙ぎ払う。

剣先が微かな感触を捉え、次いで飛び上がる2匹が視界に入った。


「くっ」


掠っただけか。

上空へ避難した敵の片方、光を通す薄翅の一枚が小さく裂けている。だがそれだけ。

出来ればもう1匹落としたかったが、とてもダメージを与えたとは言えない。

武器の違いはあるにせよ、リティなら仕留めただろうな。


「ヴッヴヴッヴ」


「ヴヴ」


「ヴヴヴッヴ」


「ヴヴヴヴヴヴ」


初めに降りてきた数から1匹を引いて4匹。

残るキラービーが円陣を組み直し、思案するかのように回りながら交信する。

数百数千にも及ぶだろう瞳、複数の複眼が僕を見詰めていた。


「来るなら早く来い」


数と飛行のアドバンテージがあるにせよ、キラービー如きに時間を掛けてはいられない。

元より女王蜂キラービー・クイーンがこの階層のモンスターなのであって、兵隊キラービー自体は更に格下の相手だ。

単体の脅威としては、精々が地下20階相当(ユニコーンラビット)のレベル。

無理をしてリティの仲間にアピールすることはないが、かと言って無様を晒すのは論外。

後々を考えても、悪評は出来るだけ避けねばならない。ここで梃子摺るのはマイナスだ。


「・・・・・・」


気のせいか、感覚する視線の中に冷たいものがある。

おそらくは攻めあぐねる僕を見て、リティが『不甲斐ない』とでも言いたげな目をしているのだろう。

僕と彼女には対空スキルの有無という違いがあるが、それを知っているのはこちらだけ。

あちらからすれば実力が無いか、出し惜しみしているかの二択。

出し惜しみして苦戦していると映れば、むしろ判断力に難ありとして更に評価を下げるはず。

それは御免だ。

最低限、『雑魚を攻めきれずに長引いた』という印象だけは免れる必要がある。


「はあ」


仕方が無い。

上空の敵を攻撃する手段は無いが、相手の攻めを待つ受身の姿勢で終わった、という結果は避けよう。

剣の切っ先を下げ、構えを解いて脱力する。


「ヴヴッ!?」


「ヴヴヴヴ」


「ヴッヴ!」


こちらから見て雑魚とは言え、仮にも遺跡に出現するモンスターなら相応の戦闘ルーチンを備えている。

相手の体勢を、隙があるかどうかで判断する位は可能なはずだ。

ならば、こちらから攻められずとも、あちらを誘って攻めさせる程度のことは出来る。

今の僕よりは強いリティがこいつ等に梃子摺っていたのは、温存を図っていたのもあるが、

何よりも相手が押し寄せず、常に数匹単位で降下しては倒され、

倒されては呼び寄せられ、というのを繰り返していたのが大きい。

纏めて倒しきれないのであれば必然、時間は掛かる。

群れた状態のモンスターは警戒心が弱い傾向もあるし、ここは敢えて隙を見せ、一気に叩いた方が良いだろう。


「ヴヴヴヴヴヴヴヴ」


「ヴヴッヴヴ」


「ヴッヴ! ヴヴヴ!」


臨戦態勢を解いた僕を下に降りてくる蜂共。

1匹を先頭に、残る3匹がその背後でぐるぐると、同じ姿で遠近を狂わせるように円を描いて襲ってくる。

計画通りだ。

数は増えたが、タイミングが読めた分だけやり易い。

敵の出方を起点に戦術をシミュレート、出来得る限り最良の動作を算出する。






踏み台となる相手には申し訳ないが、こんな所で止まっている訳にはいかない。

遺跡地下40階程度では駄目だ。

死のゲームが始まって既に一月、最前線の攻略組は60階を突破した。

そろそろ『僕等』全体のためにも、更に速く、更に深く進む必要がある。

この程度で手間取ってはいられない。

ロスト如きで戸惑ってはいられない。

更に先へ。更に前へ。更に奥へ。

出来ればプレイヤーでも有数の位置へ、可能ならば誰よりもこのゲームの中枢へ、近付かねばならない。

そのためにも。

こいつ等に、時間を掛けてはいられない。






「っはああああ!!」


接近した毒針の上、先頭のキラービーの腹を左手で掴み、敵陣へと投げ返す。


「ヴヴヴヴヴヴ!?」


驚愕した後列の3匹が、組んでいた円を崩した。

咄嗟にぶつかるのだけは避けようと散開、陣形も何も無くバラバラになる。

しかし急降下の勢いは止められず、3匹ともが僅かな時間だが地上近くを飛行、

減速しながら弧の軌道で上昇を試みた。


「たあっ!」


減速により、蜂が低空に止まる時間が増える。

それを利用して、先ずは降りてくる中の1匹を両断、続いて飛び上がる1匹を撫で斬りに出来た。

さっきは落と(ドロップ)されなかったカードが2枚、光の中から落下する。


「ヴヴッ・・・ヴ!?」


「ヴゥゥヴヴヴ」


投げられた蜂と残る1匹が、舞い上がった空で合流する。

早速何かしらの意思を交わすが、数が減ったせいか、やはり勢いが無い。

ここまで数を減らせば楽なものだ。

プレイヤー側にとって、パーティーのメンバーが1人抜けただけでも、戦力低下は著しい。

固体の力が弱い、群方のモンスターにおいては言うに及ばず。

稀にしかないことだが、逃げるならよし、抗戦してもよし。

既にどちらでも大差は無い。


「これで、多少はどうにかなったかな・・・・・・?」


今度はしっかりと愛剣を構える。握り慣れてきた柄の感触が、掌に広がった。

逃がすか殲滅かの違いはあっても勝利自体は揺ぎ無い。

相手が飛行タイプのモンスターと考えれば、手間取った方とも言えないだろう。

十分に及第点だ。あとは、他の連中が如何に評価するか。

意識の片隅を上空の蜂から振り分け、向けられる視線を探る。






注がれていた視線は、ほんの少し和らいだ気がした。












今晩は、天宿 晴雨です。第三話を更新致しました。

今回、某所に投稿している分とは幾らか違いがあります。


>残るは援軍のない兵士を叩くだけの迎撃戦であり、2人でかかるには楽なものだ。


これが、だった、で終わっていたのを、第二話と比べまして量的に物足りない気がしましたので加筆。

急造ですので、荒くなっていなければいいのですが。

完成しているストックが残り一話。次回の投稿は来月を予定しております。

多少でも拙作をお待ちいただければ幸い。


ここまでご覧になった読者の皆様に感謝を。有り難うございました。


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