第8話 二人共喧嘩は後にしてくれねぇか
漆喰の白い壁に種類も分からねぇ緑色の蔦が幾重にも張り付いた建物の前に立つ俺達。
ここは小さな病院だが医療の腕は確かだからな。
「お〜い、ルーベンス先生はいるかい? ちょいと話があって来たんだが……」
「ヴァンさん! お帰りなさい」
入口のドアを開けて中に入ると受付のテーブルを乗り越えんばかりに身を乗り出して来る白衣の天使。
白衣の胸元から覗く自己主張の激しい胸元が嫌でも視界に入りやがる。
「おぅ、イリス! 何とか今回も生きて帰って来れたぜ。 チッ、ルーベンス先生は診察室にいないのか?」
チラッと見れば診察室のドアに往診中と書かれたプレートが吊り下げてあるからな。
ひっくり返せば裏側に書かれているのは診察中になっている。
「はい、父は本日の外来患者の診察も先程終わって、今は怪我を負って運び込まれて来た女性の病室に向かいました」
足早に俺の元へとやって来たかと思えば当たり前のように腕を絡ませて来るんだが、柔らかな胸をそんなに押し付けて来ないでくれ。
いくら可愛いと言ってもイリスはルーベンス先生が溺愛する一人娘だからな。
迂闊に手なんか出したら治療と称して殺されかねねぇよ。
「イリス、ヴァン隊長が困ってるから少し離れてよ!」
ムッとした表情のウェルチが俺の腕からイリスを強引に引き剥がす。
きゃっと言う可愛らしい声をあげてよろめくイリス。
その強引なウェルチの行動に一瞬驚いたようだったが、体勢を立て直すと力強く一歩前に出る。
「あら、ウェルチ。 生きて帰って来たの? それは本当にざ…… 良かったですね」
「ええ、お陰様でヴァン隊長と一緒に厳しい戦いを生き抜いて来たわ。 ふふっ、一緒にね」
おいおい、俺の聞き間違いじゃなければ残念とか言いそうになったろ。
ウェルチも俺と二人っきりで戦ったみたいに言うんじゃねぇよ。
この二人は本当に仲が悪いからな。
いつも互いに張り合ってばかりいやがる。
「恐ろしいのう、女同士の争いは…… 妾なら愛人の一人や二人おっても文句は言わぬぞ」
皇女様が何やらボソッと呟いてやがるが、それはそれで10歳の子供が言うセリフじゃねぇだろ。
「二人共喧嘩は後にしてくれねぇか。 俺達はルーベンス先生と言うよりも、その運び込まれた女騎士に用があるんだ。 悪いがイリス、その病室まで案内してくれよ」
本当に用があるのは皇女様だけどな。
「は、はい! 面会が可能かは父に聞かなければ分かりませんが、病室はこちらです」
先程のウェルチとのやり取りが嘘のように可愛らしい笑顔を見せたイリスが廊下の突き当たりにある病室の前へと俺達を案内してくれた。
「お父さん、ヴァンさんがお連れした方が運び込まれた患者さんへの面会を求めているのですが可能ですか?」
イリスが病室のドアをノックしてから扉越しに確認を取ってくれる。
「ヴァンの連れだと? ……今は怪我人に無理をさせたくは無い。 引き取って貰え!」
相変わらず機嫌が悪そうだぜ。
とにかく俺への態度は最悪だからな。
「くっ、構わん…… このライラ・レイモンド、例え手傷を負っていようが、栄えある帝国軍近衛騎士として相手になろう!」
扉越しに聞こえて来る女騎士の声。
そもそも何で戦う話になってんだよ……
「やはりライラであったか! 良くぞ生き延びてくれた。 妾の下へ落ち延びるようバルドに言われたのであろう」
やっぱり皇女様の知り合いだったか!
近衛騎士なら目通りの機会もあるだろうからな。
「そ、その声はヘンリエッタ様! ご無事でしたか…… ううっ、このライラ…… 心より喜び申し上げます」
ライラの嗚咽が聞こえる中、ゆっくりと扉が開いて行く。
奥に置かれたベッドの上に横たわる包帯だらけの女性。
ドアの側には信じられないと言った顔のルーベンス先生が立っていた。
まぁ、いきなり皇女様が現れれば誰だって驚くだろうけどよ。
「襲われていた離宮にヘンリエッタ様のご遺体が見当たらなかったため、落ち行く先はベルーナしか無いと思い、一途の望みを抱いて向かう途中でしたが……」
ライラも皇女様に対して非礼だと思ったのか、一度身体を起こそうとしたが、痛みで動けなかったらしく仕方なく首だけ向けて話始めた。
「離宮が山賊の襲撃を受けた後にヴァン達一行に命を救われての。 ヴァン達には妾の新たな家臣になって貰ったのじゃ」
「バルド団長から話は聞いています。 やはり皇女様が自ら新たな国を興すのですね…… 団長は自分の手で帝国の幕引きを引きをせねばならぬと言い、私には皇女様の力になれと…… 共に逝く事は絶対に許さぬと……」
涙を流すライラを見て俺は気付いちまった。
愛する男と一緒に逝きたかったんだと…… そして俺に苦笑いして見せたバルドと言う男は愛するライラに生きて欲しかったんだな。
「ライラよ、妾の目指す国には其方の力が必要不可欠なのじゃ。 一日も早く傷を癒し、妾に尽力せよ。 それがバルドの最期の命でもあろう」
「……承知。 必ずやヘンリエッタ様の下へ馳せ参じる所存です」
天井を見上げながら流す涙は死んだバルドって男を思ってか、必要とされた事への嬉しさなのか俺には分からなかった。
これで皇女様の家臣は五人になった訳だが……
いや、マグノリアとか言う可哀想な奴もいたか。
大陸全土を相手にするのに総勢六人とは心強いと言うしかねぇな
楽しんで貰えたら嬉しいです。