第4話 いつから聞いてやがったんだよ……
「寝てしまわれましたね、皇女様。 こうして寝顔だけ眺めていると年相応の女の子にしか見えないので余計不憫に思えてなりません」
柔らかくもねぇだろうに俺の膝枕で寝ちまった皇女様を眺めながらウェルチが複雑な思いでいるようだ。
「こうして助けちまったのも何かの縁だろうよ。 俺は皇女様が望むなら傍に居てやりたいと思い始めてちまってるんだぜ? まだ会ったばかりなのに。 そんなの何だか変だよな……」
そんな俺の言葉にウェルチがクスッと笑う。
「私も同じ気持ちでしたから……」
「そうだよな、皇女様は人を惹きつける何かを持っているのかも知れねぇ」
皇女って言う星の下に生まれたからなのか?
いや、皇女様の人柄なんだろうな。
「ふふっ、違いますよ。 私はヴァン隊長と同じだと言ったんです」
そっと俺の左腕に寄り添って来たウェルチの行動に俺は思わず硬直する。
「ダインやカーズにとってヴァン隊長は憧れの英雄なんです。 それは私にとっても同じ…… でも二人とは違う事があります。 私が女としてヴァン隊長を好きだと言う事です」
おいおい、これって愛の告白って奴か?
緊張しちまうだろうが……
上目遣いに俺を見るウェルチの顔は赤く、寄り添う身体は微かに震えていた。
勇気を出して思いの丈を伝えてくれたのなら、正直に答えてやらなきゃならねぇよな。
「俺にとって三人は部下と言うより大切な弟や妹みたいに思ってる。 ましてやウェルチは16歳だろ? ダインとカーズは18歳だったよな」
そのダインとカーズの二人は街道の見張りと炭焼き小屋の周辺の探索に出ている。
何か異変があれば知らせてくれるだろうよ。
炭焼き小屋に可愛らしい少女と二人っきりで、その柔らかな身体を預けられていると言う今の状況に困惑するしかない俺。
まぁ、二人っきりと言うには御幣があるか…… 俺の膝枕で皇女様が熟睡しているからな。
「歳の差なんて関係ありません。 私にとってヴァン隊長は初めて会った時から気になる男性でしたよ。 それから恋い焦がれる存在になるまでにも時間はかかりませんでした……」
俗に言う一目惚れって奴か?
こうしてウェルチと二人っきりになる機会なんて殆ど無かったし、正直言って俺は鈍いからな。
だから俺は彼女の思いには全く気付かずにいた。
「それにしても俺なんかを好きとは随分と物好きだと思うが…… 勇気を出して伝えてくれたんだろ? それを嬉しくは思うが、悪いがウェルチの思いには全く気付かなかったような男だぞ」
「そんな人だから黙って見ていたんです。 いつか気付いてくれるかも知れないって思っていたから。 でも今は伝えておかないと皇女様にヴァン隊長を取られてしまうような気がして…… だから黙っていて後悔するより思いを伝えて後悔したいって思ったんです」
確かに皇女様が俺の前に現れた新しい女性には間違いないが…… まだ10歳の子供だぞ!
ちなみに俺は28歳だから手を出したら犯罪だろ。
そもそも反逆罪で極刑は免れんぞ。
幼かろうが女は女、恋のライバルになりえるって言う事か…… 本当に女心は複雑だぜ。
「返事は少し待ってくれねぇか? 今はこんな状況だからな。 皇女様の事を始め、今後の身の振り方まで色々と考えなきゃならねぇ事が多過ぎるんだよ。 落ち着いたら必ず返事をするからさ」
「はい、勿論です。 色々な選択肢の中に私の事も含まれるのが今は何より嬉しいんです」
そうだな…… 俺の決断一つでウェルチの事も考慮に入れた選択肢も出て来る事になるだろうぜ。
どちらにしろ悲しませたくは無いのは確かだ。
「そろそろダインやカーズも戻って来るかも知れませんね。 少し外の様子を見て来ます」
「お、おう……」
少し気持ちが落ち着いて恥ずかしくなったのか慌ただしく小屋から出て行くウェルチ。
長い金髪を紐で結わいているから尻尾のように揺れていた。
そして静かになった小屋の中には突然の出来事に動揺しまくりな俺と可愛らしい眠り姫が取り残される。
「ウェルチか……」
まだあどけなさは残っているが数年したらあれはきっと美人になるぜ。
厳しい訓練にも耐えた丈夫な身体だし、あれなら適度に引き締まった良いプロポーションになるのも間違いないな。
文句のつけようもねぇんだが……
「どうしたもんかね…… 普通なら喜ぶべき出来事なんだろうけどな」
「随分と健気な娘じゃな。 答えを保留した事から考えるにヴァンもウェルチとやらを大切に思っておる証拠であろう」
うおっ、何だと! まさかの狸寝入りかよ。
「皇女様、起きてたのか! おいおい、いつから聞いてやがったんだよ……」
全て聞かれていたのかと焦る俺を余所に皇女様は呆れたように深い溜め息を吐く。
「折角の機会だと踏んで其方に思いの丈を告げたのであろう。 ならば妾が起きてしまう訳にも行くまい」
き、気が利くじゃねぇか…… 子供のくせに。
皇女様の旦那になる奴は大変だろうな。
馬鹿じゃ釣り合わねぇだろうよ。
「そりゃあ、そうだな。 なんか済まねぇ」
「戦いにおいては鬼神のような戦いぶりを見せる其方が、どうやら異性の事には随分と情けないのじゃな」
要するに絶対的な経験不足なんだよ…… ずっと大剣を振り回してばかりの人生だったんだぜ。
「妾の傍に居れば色々と教えてやろう。 悪いようにはせぬぞ」
自信ありげな表情で俺を見上げる皇女様。
一体何を教えてくれるんだよ…… もう言ってる事が完全に10歳じゃねぇだろうが!
楽しんで貰えたら嬉しいです。