第3話 もう無理しなくてもいいんじゃねぇか?
山賊団が乗っていた馬を頂戴した俺達が目指すのは城塞都市ベルーナだ。
俺達の故郷、自由都市マリアナから更に西へと進んだ先にある都市だが俺は訪れた事が無かった。
先を急ぐからダインだけでなくカーズとウェルチにも馬に乗って貰ったが、初めてにしては中々に上手いじゃねぇかよ。
まぁ、まだおっかなびっくりだけどな。
そして当然ながら俺の馬には皇女ヘンリエッタ・ヴァン・グランディーヌ様が同乗している。
街道から少し離れた高台に炭焼き小屋があるのに気付いた俺達は馬を休めるために、その場所で一旦休憩を取る事にした。
「ラスティ平原の戦いにも敗れたとなれば、帝国の滅亡は免れぬであろうな……」
見晴らしの良い高台に立ち、帝都がある方向を眺めながら誰に語るでも無く皇女様が呟いた。
「次は帝都グランディア攻防戦って所だが…… 勢いに乗る反帝国連合国軍には到底勝てねぇだろうな。 城塞都市ベルーナに向かう皇女様の判断は間違っちゃいねぇと思うぜ。 帝国と運命を共にするって言うのなら別だがな」
帝国軍はラスティ平原の戦いに全戦力を投入してたからな。
残るは退役した老人とかの予備兵力のみ…… どう考えても勝てる訳がねぇ。
「戯けた事を申すで無いわ。 妾が戻った所で己の保身しか考えぬ重臣達の手により敵へと差し出された挙句、敵には鬱憤を晴らすが如く首を刎ねられるのが落ちであろう。 それを見越して離宮へと極秘裏に落ち延びさせられたにも関わらず、山賊団までも利用して攫われたのじゃぞ」
そうか…… 離宮を襲って金品を奪うだけなら皇女様を攫うのは変だよな。 邪魔なら殺しちまえばいいんだから利用価値があったって事になる。
「こうなったからにはベルーナまでは送ってやるが、その後はどうするんだ?」
「状況次第じゃが妾に考えがある。 逆に問わせて貰うがヴァン達はどうするのじゃ? 傭兵団に所属しておるのだったな」
今回の件でローズウッド傭兵団にも愛想が尽きたからな。
どう考えてルシェーラには傭兵団を率いる才覚はねぇよ。
幸いにも馬車と御者、用心棒が一人残っているから運送屋でも始めた方が似合ってるぜ。
「そうだな…… もう傭兵家業は引退だ。 気ままな冒険者とかになるのもいいかもしれねぇな」
依頼を受けて魔物を倒したり地下迷宮に潜ったりする日々も悪くねぇだろ。
「ヴァンの部下達はどうするのじゃ? ヴァンの居ない傭兵団に戻るつもりもあるまい」
チラッと三人を見ればコッチを向いて頷いてやがる。
それなら四人で冒険者になるのも悪くねぇな。
「ならば其方達、妾に仕えぬか? そうじゃな…… 妾の直属の近衛騎士と言うのも悪くあるまい。 考えてみてはくれぬだろうか」
突然の申し出に困惑する俺達。
そんな俺の頭を過ぎったのは苦笑いを浮かべながら死地へと向かった近衛騎士団の男の顔だった。
「俺に近衛騎士なんて務まるかよ。 礼儀作法とは無縁の生き方をして来たんだぜ。 それに俺達は四人揃って平民の出だからな」
平民が近衛騎士になるなんて話を俺は聞いた事がねぇ。
皇女様も帝国が滅びれば一人の少女として生きて行く道もあるんじゃねぇのか?
それとも帝国再興とかを目指すつもりなんだろうか?
そんな事を考えていた俺の予想は大きく覆される事になる。
皇女様の考えは俺の予想を遥かに超えていたからだ。
「妾が新たに作る国では出自などは一切問わん。 実力のある者なら人間では無く獣人でも良い。 彼らが望むのならドワーフやエルフにも国政に携わって貰いたいのじゃ」
「ちょっと待て、新たに作るだと! 帝国再興じゃねぇのか?」
しかも何処の国でも人間至上主義だって言うのに他の種族にも国政に参加させるとか信じられねぇが、この皇女様が言うと妙に説得力があるな。
「腐り切った帝国を再興しても意味は無かろう。 実力が無いにも関わらず己の利益と保身しか考えぬ奴らばかりじゃからな。 それらを一度全て断ち切るのならば新たに国を興すしかあるまい」
今更ながら皇女様は本当に子供なんだよな? 口調は年寄り臭いし、思考まで老獪な為政者みてぇだぞ。
「一つ教えて欲しいんだが皇女様は一体何歳なんだ?」
「妾か? 10歳になったばかりじゃ。 先月に帝都で盛大な生誕祭があったのを知らぬのか?」
う〜ん、全く記憶にもねぇな……
「そりゃあ済まかった。 先月は戦さ支度に追われてたからな。 新人達の訓練に毎日明け暮れていた頃だろうぜ」
俺も三人と一緒になって体力の限界まで身体を動かしていたからな。
「ダイン、カーズ、ウェルチと言ったな。 ヴァンの訓練は厳しかったか?」
俺の話に何か思い付いたのか皇女様が立ち尽くしていた三人へと問い掛ける。
「はい…… 正直言って毎日生きた心地がしませんでした……」
「夜中に何度逃げ出そうと思った事か……」
「俺は今でも夢に見る事があります」
おいおい、随分な感想だな。
俺が若かった頃は戦場に出る前に死ぬんじゃねぇかと思う程の厳しい訓練を毎日受けてたんだぞ。
「それだけ其方達に死んで欲しく無かったと言う事じゃろう。 ヴァンは優しいのだな」
皇女様の言葉に三人は頷いていた。
優しいのかよ…… 俺。
「新しい国と皇女様は言うが、まだ帝国は滅亡しちゃいないぜ。 窮鼠猫を噛むって言うからな。 もしかしたら戦況をひっくり返すなんて事もあるかも知れねぇと俺は思うんだが……」
「それは無いと断言しよう。 近衛騎士団すら前線に出した最終決戦に敗れたのだ。 団長のバルド・ガンディーヌも既にこの世にはおるまい。 ならば皇帝陛下の命運も尽きたと考えるのが妥当じゃ」
皇帝陛下って言えば皇女様の父親だろうよ。
まるで他人事みてぇに聞こえるんだが…… 俺の気のせいか?
「皇女様は父親が死んで悲しくはないのか? 何やらそんな気がしてならねぇんだが……」
「父である現皇帝カーティスは妾が憎いのじゃ。 最愛の妻、皇妃ユリアを奪った存在だと何度言われたか分からん。 母の面影のある妾の顔を見たくもないとも言っておったわ。 ……妾は家族の情など知らぬ」
「俺は戦災孤児だった。 だから両親の事は何一つ知らねぇ、子供心に寂しくなかったなんて言えば嘘になるが、皇女様のように親が居ても寂しかったりするんだな」
「ふっ、寂しいなどあるものか…… 妾は栄えある神聖グランディーヌ帝国の皇女として泣き言など言える筈も無かろう」
一人で辛かったろうによ…… 今よりも小さかった皇女様は離宮で孤独に耐えて来たのか。
「もう無理しなくてもいいんじゃねぇか? その帝国も無くなるんだぜ」
俺は何を言うつもりだ…… だが皇女様を見ていると放っておけねぇって思っちまう。
これ以上、厄介ごとに巻き込まれる訳にもいかねぇのは分かってる筈なんだがな。
「ならばヴァンよ、妾の我儘を一つだけ聞いてくれぬか? 妾の傍に居るのじゃ…… もう妾を一人にするでない……」
皇女様が瞳いっぱいに涙を浮かべながら、まるで心の奥底から絞り出すかのように漸く弱音を吐く姿は…… 年相応の小さな女の子にしか見えねぇよ。
その可愛らしい我儘を俺は受け止めてやらなきゃならねぇと考え始めていた。
楽しんで貰えたら嬉しいです。