第2話 放っておいたら寝覚めが悪いだろうが!
恥ずかしそうに顔を赤らめた少女を抱えながら走る俺。
今は少しでも戦場から離れなきゃならねぇ。
勝敗が決まれば直ちに掃討戦が始まるからな。
あまり知られてないが実は戦場での死傷者数よりも掃討戦に移行してからの方が死傷者数の方が圧倒的に多い。
日頃の圧政に苦しんでいた領民が逃げて来る自国の敗残兵狩りに嬉々として参加するくらいだからな。
奴らにとってみればちょっとした臨時収入とでも言った所だろうぜ。
「おっと、前から騎馬集団が駆けて来るな。 ダイン、急いで馬を降りて林の中に隠せ。 敵の可能性もあるから一旦やり過ごすぞ」
曲がりくねった林道だから馬の姿は見えねぇが、いくつもの蹄の音が次第に近付いて来てやがる。
ある程度の集団が馬で駆けて来る証拠だ。
「了解です、ヴァン隊長」
俺達は林の中で息を潜めて騎馬集団が通り過ぎて行くの待つ。
例え味方だとしても厄介な目に遭いたくは無い。
ましてや向こうは傭兵などは味方とも思ってないからな。
「あれは正規兵じゃねぇな…… 何処かの傭兵団でもねぇぞ。 この辺りを根城にでもしている山賊団か?」
俺が言うのも何だが見た目や雰囲気からしても粗野な感じがするから間違いねぇ。
しかも衣服に血が付いてるのは一仕事終えて来たって証拠だろうぜ。
それにしても…… 奴ら何をして来たんだ?
俺達は帝都グランディアへと続く街道から既に傭兵団の拠点がある自由都市マリアナに繋がる街道へと進路を変えていた。
マリアナは帝国支配下にしては珍しい商人達の合議制で成り立っている。
早い話が平民による自治を認められている都市で、大きな港もあるから各地との交易も盛んだ。
「そう言えば…… この辺りに帝国の皇族が避暑地として使う離宮があると狩人をしていた祖父から聞いた事があります」
ウェルチの言葉に俺は察する。
奴ら帝国に見切りをつけて離宮を襲いやがったのか!
まぁ、今の俺達には関係のねぇ話だぜ。
戦争って言うのは非情だからな…… こんな世の中に生まれた己の運命を呪うしかねぇよ。
所詮弱い奴は生きて行けねぇのさ。
物音も立てずに目の前を走り抜けて行く奴らを眺めていた俺はある事に気付く。
「チッ…… 嫌なもんを見ちまったぜ。 放っておいたら寝覚めが悪いだろうが!」
「ヴァン隊長!」
ダインから馬の手綱を奪い取ると俺は飛び乗り走り出す。
そんな俺の行動に三人は戸惑っているようだが説明している暇はねぇ!
「お前ら待ちやがれ! 全く手間を掛けさせやがってよ」
馬の背に張り付くように姿勢を低くして馬を全力疾走させながら奴らに追い付き、そして抜き去ると行く手を遮るように踵を返す。
「何だテメエは! 俺達に用でもあるのか?」
「ヒッヒッヒ、死にたいんだな。 そうだろ?」
「まだ気分が高ぶって仕方ねぇよ、コイツも殺っちまおうぜ!」
ったく、絵に描いたような悪党だぜ……
「…………」
下卑た問いかけには何も答えず馬を降り、黙ったまま背負っている大剣の留め金を外す。
そして溜め息を吐きながらチラッと標的に目を向ける。
見た感じ7〜10歳と言った所か、その身に纏っている水色のドレスから察すれば女には違いない。
問題は少女と言うか…… どう見ても幼女を脇に抱き抱えてる奴が槍先にぶら下げているティアラだ。
襲われていたのが離宮で、そんな物を付ける人物とか…… どう考えても厄介だぜ。
まぁ、あれこれ考えても仕方ねぇだろ。
「お前ら全員、俺が地獄へ案内してやるから感謝しやがれ!」
俺は大剣を担いで敵の真ん中へと一気に突っ込むと、近くにいる奴から馬も一緒に躊躇する事無くぶった斬って行く。
「な、何だ…… コイツ!」
「ひっ、ひいぃ…… ば、化け物か?」
敵は皆殺しだ…… 殺らなきゃ殺られる…… 殺られる前に殺らなきゃならねぇんだ…… 殺れ……
また意識が黒く染まって行くのを感じて行く。
いや、今回は駄目だ! 闇に心を飲まれちまったら、あの少女まで斬り殺しちまうかも知れねぇだろ。
「今は飲まれちまう訳にはいかねぇんだよ!」
俺は一旦足を止めると頭を振って意識を強く持つように自分自身を叱咤する。
「ヴァン隊長! 女の子は無事ですよ!」
どうやらダイン達が上手くやってくれたようだ。
俺に気を取られている奴らの背後から奇襲を仕掛けてくれるとはな。
俺が声の方向へと視線を送ってみればウェルチが弓を構えたまま少し誇らしげに笑みを浮かべてやがる。
その先には後頭部を矢で貫かれた山賊が馬の背に揺られていた。
どうやら幼女も落下する前にカーズが受け止めてくれたようだし、ティアラもダインが槍に引っ掛けてちゃんと回収してやがる。
中々のコンビネーションじゃねぇか。
部下の成長に何やら嬉しさが込み上げて来やがるぜ。
「これで遠慮なくお前らを殺れるって事だな。 残りの奴も一人一撃で確実に逝かせてやるから安心して自分の順番を待っていやがれ!」
安心してリミッターをカットした俺は再び大剣を振るい暴れまわる。
何故か今回は闇に心を飲まれる感覚を感じなかったが理由は分からねぇ…… 心強い仲間達が支えてくれると言う安心感からだろうか?
山賊団を根絶やしにした俺は地面に大剣を突き刺すと深く息を吸い込み、それを一気に吐き出す。
「どうやら妾を助けてくれたのは其方か、此度の働き誠に大義である。 ほぅ、中々の偉丈夫じゃな。 其方、名前は何と言う?」
この場には不釣り合いとしか思えねぇ可愛らしい少女の声が辺りに響く。
それにしても随分と年寄り臭い口調だな……
不意を突かれた俺が驚いて振り返ってみれば可愛らしいふわっとした金髪に青い瞳の少女が立っていた。
しかも血塗れの死体が転がる場所に立っている俺の方へ躊躇ぜず真っ直ぐに向かって来やがるぞ。
ウェルチ達は慌てた様子で止めようとしてるが、その歩みは一向に止まらねぇ。
おいおい、どうなってやがる。
呆気に取られた俺は何も言葉が出なかった。
そうこうしている間に可愛らしい少女は俺の目の前へと辿り着く。
「そうじゃな…… 人に名を尋ねるのならば、妾が先に名乗らねば非礼に当たるか。 これは済まぬ事をした。 妾は神聖グランディーヌ帝国が皇女ヘンリエッタ・ヴァン・グランディーヌじゃ」
やっぱりじゃねぇか! 離宮から攫われたみたいだから身分の高い人物じゃねぇかと思っていたんだが、まさかの皇女様かよ!!
「ローズウッド傭兵団で隊長を務めているヴァンだ、いや…… です。 見ての通りの平民だから姓は無…… ありません」
クソッ、俺には敬語とか全く使えんぞ。
「ヴァンとな! 妾のミドルネームと一緒ではないか。 それは奇遇じゃのう」
そりゃあ、全くの偶然だろうが何やら随分と嬉しそうだな。
この皇女様は肝が座ってるのか血塗れの足元なんか気にもしてねぇぞ。
「どうやら其方は敬語などは苦手のようじゃな。 構わん、命の恩人へのせめてもの礼じゃ。 其方には妾に対して無礼講の待遇を与えてやろう。 何も気にせず話すが良い」
随分と愉しげに笑う娘だな。
ウェルチ達も小さな皇女に完全に飲まれちまってやがる。
「そりゃあ助かるが…… 皇女様、離宮で一体何があったんだ?」
まぁ、大体の予想は付くがな…… 一応聞いておく。
「其方達が倒した山賊団の襲撃を受けたのじゃ、警護に当たっていた近衛兵団も僅かな数を残して殆どが戦場に向かっておった。 彼らの善戦虚しく妾を残して執事や侍女達までもが皆殺しにされてしまったのじゃ。 それは酷い有り様であったわ…… 皆には妾のせいで済まぬ事をした」
皆が小さな皇女様を守るために戦ったって事か。
確かに其奴らの気持ちが分かる気がするぜ。
自分の命に代えても守ってやりたいって思わせる何かをこの皇女様は持ってやがる。
「そうか…… 出来れば其奴らを弔ってやりたいが今の俺達には時間がねぇ。 背後だけじゃなく、この先にだって敗残兵狩りの奴らがいるかも知れねぇからな」
一瞬だけ皇女様が悲しそうな表情を浮かべた気がしたが…… すぐ和かな笑みに表情が戻る。
流石は皇族だぜ、その年で既に感情のコントロールをする術を身に付けているのかよ。
もしかしたら足元の死体を全く気にしてない訳じゃなくて、極力見ないようにしてるのかも知れねぇな…… 正直むせ返るような血の匂いも酷いもんだぜ。
戦場になんか出た事の無い普通の人間なら、まず見た途端に吐いちまうだろうな。
「ならば是非も無い。 ヴァンよ、其方に頼みがある。 妾をアイゼン・クラウ辺境伯の元へと連れて行って貰えぬか?」
行き先は同じ方向って事か…… もしかすると次は俺達の町が戦場になるかも知れねぇって事だ。
俺は何か巨大な運命の渦に飲み込まれて行くような気がしていた。
楽しんで貰えたら嬉しいです。