第1話 こんな所で死んでたまるかよ!
同時に掲載している『狐娘は魔法剣士?』の数年前の物語です。作風が全く違いますが、あちらも宜しくお願いします。
女神ノルンの加護を受け繁栄を続けるアルフォートと呼ばれる世界が存在する。
その多種多様な生物が生きるアルフォートにおいて、その頂点に立ったのは人間族だった。
彼らは僅かな数の巨人族や小人族、好戦的な獣人族、更には他の亜人種の追従を許さぬ程の勢力を持つ。
エルフやドワーフなど元は妖精界の住人達も存在するが森の奥深くや地下迷宮に住む事で多種族との接触を避けるようにして暮らしていた。
そしてアルフォートで最大の広さを誇るのがグランバニア大陸だ。
グランバニア大陸の各地に勃興した国々はやがて大陸の覇権を賭けて争い始め、北方の小国だったグラン王国が初の大陸統一と言う偉業を成し遂げた。
広大な大陸を制覇したグラン王国は神聖グランディーヌ帝国と名乗り、強大な軍事力を背景に中央集権国家として体制を整えている。
そして小さな反乱が度々あったとは言えど大陸の支配は概ね順調で、それなりに安寧な一時代を築く事が出来たと言えるだろう。
だが平和な治世は長くは続かず己の野心から皇位簒奪を図る者が現れたり、賄賂や汚職が蔓延する腐敗した政治体制が長く続いた事ため民の暮らしは次第に困窮を極め不満は高まって行った。
そして今…… 帝国の建国から百年が過ぎようとしている。
「どうやら勝敗は決したみてぇだな。 だから俺は負け戦さだって分かってるような依頼は断れって言ったんだよ」
打倒帝国を旗印に掲げて集まった反帝国連合国軍との決戦を挑む神聖グランディーヌ帝国が巨万の富を背景に雇ったのが数多くの傭兵団だ。
その内の一つが俺の所属するローズウッド傭兵団なんだが相次ぐ負け戦さで頼りになる奴はみんな死んじまったからな。
代わりに見習いに近い奴らを率いて戦場に向かう俺の身にもなってくれよ。
ローズウッド傭兵団も昔はそれなりに名の売れた存在だったんだが去年マルクス団長が死んじまってからは、どうも雲行きが怪しくなっている。
団長の一人娘になるルシェーラが跡を継いでからは報酬が良い戦場ばかり選びやがるから戦死者が後を絶たねぇ始末だ。
報酬が良いって事はそれだけ戦況が厳しいって事になる。
それを理解しているならば俺達傭兵の命を使い捨ての道具とでも思っているに違いねぇ。
「ヴァン隊長、もう団の者達も残り僅かになりました…… このまま俺達も死ぬって事ですか?」
不安そうな問い掛けにチラッと背後を見渡せば俺の部隊でも生き残っているのは今回が初陣になるカーズ、ダイン、ウェルチの三人だけかよ…… ずっと他の部隊の誰が死んだとか怪我をしたって報告ばかりだったが、これでローズウッド傭兵団も解散だな。
ルシェーラは戦力外として、もう団には怪我人のタイトンと引退して御者になったリーデル爺さんしか残ってねぇしよ。
「むざむざ死にたくはねぇだろ? こうなったら俺達だけでも生き残ってやろうじゃねぇか」
安心させてやるつもりで声を掛けて来たカーズの頭をポンっと軽く叩いておく。
引き攣ったような表情でいたカーズの口元が僅かに緩んだのを見て俺も幾分か気が楽になった気がするぜ。
帝国側も無傷の近衛騎士団をまだ戦線に投入してねぇからな。
この戦いで負ければ帝都まで敵の進軍を許す事になるから流石に何処かで投入する筈だ。
奴らが戦わずに撤退でもすりゃあ、その瞬間に味方は総崩れになるだろうよ。
「また新手が攻めて来やがるぞ。 俺が奴らを蹴散らすからウェルチは隙があったら敵の指揮官を弓で狙い射て。 カーズとダインは無防備になるウェルチの援護だ」
「はい! やってみます」
「「了解です!」」
俺は大剣を肩に担ぐと迫り来る騎馬の群れに突っ込んで行き、先頭の奴を騎馬諸共斬り捨てると辺り構わず大剣を振り回すと辺りには血飛沫と断末魔が飛び交い始める。
ただ目の前にいる奴を斬り裂くだけの血に飢えた一匹の獣に変わって行くのを感じていた。
「た、退却だ! 一旦後方の防壁ぃっ……」
戦意を挫かれた敵の指揮官が動揺しながら退却の判断を下した一瞬の隙を逃さず、狙い澄まして放たれた一本の矢に眉間を貫かれて落馬する。
お手柄だったのは弓使いの少女ウェルチだ。
指揮官を失った事で敵は統率力を失い混乱したまま我れ先にと逃げ出して行き、不幸にも俺の目に止まった者は斬り裂かれて只の肉片へと変わる。
暫くすると辺りには敵の気配が完全に無くなり、俺は一人荒い息を吐く。
「ヴァン隊長! ウェルチが見事に敵の指揮官を討ちましたよ」
ダインの奴、随分と嬉しそうだな。
手にした槍を振りながら俺に知らせてやがる。
彼奴らは幼馴染だそうだし家族みたいなもんなんだろうよ。
全く…… 天涯孤独の俺とは大違いだ。
「ウェルチ、良くやったな! お前ならやってくれると思ってたぜ」
俺はウェルチを褒めながらゆっくりと歩み寄ると頭を撫ぜてやろうと伸ばした手を慌てて引っ込める。
敵を殺しまくって血塗れだったからだ。
そんな俺の引っ込めた手に視線を送るウェルチが何だか残念そうなんだが、その綺麗な髪を血塗れにしたくはねぇだろうよ。
「おっ、どうやら動き出したようだぜ。 近衛騎士団の奴らが劣勢の戦局を覆せりゃあ俺達も助かるが…… まぁ、難しいだろうな」
後方の高台に陣取って不動の姿勢を貫いていた近衛騎士団が砂煙を上げながら丘を駆け下りて来たのに気付く。
丁度良い…… この機会に少し後方へと退かせて貰うとするか。
ローズウッド傭兵団にまともな戦力は残ってねぇからな。
俺個人で戦局を覆せる訳もねぇさ。
「そろそろ退き際だ、まずは後方に退がるぞ!」
黙って頷く三人にしろ今回が初陣だ。
体力的にも精神的にも疲労は限界だろうからな。
それにしても高台から戦況を見てやがった近衛騎士団の奴らが負け戦さが決まったような時になっての突撃とは一体何を考えているのか俺には分からない。
そうこう考えている内に白銀の鎧を身に纏った近衛騎士団の連中が俺達の横を馬に乗って駆け抜けて行く。
その先頭にいるのが騎士団長なんだろうな。
すれ違った際、偶然にも俺と目が合ったんだが何やら苦笑いを浮かべてやがる。
そうか…… 奴は死ぬ気なんだな。
俺はその苦笑いから察しちまった。
最前線で戦っていた俺達に対して今更で済まないって事だろうよ。
「近衛騎士団が参戦した所で既に勝敗は決まったようなもんだ。 そうなりゃあ暫くしたら掃討戦に移る事になる。 このまま後方に退がったら、味方の馬を奪ってでも戦場を離れるぞ」
敵前逃亡は極刑と決まっているからな。
味方が怪我をしたから一旦後方に退がっているような芝居をして、なるべく前線から離れて行く。
さっきまで近衛騎士団が陣を敷いていた高台まで退いた俺が振り返ってみれば、やっぱり戦況は芳しくねぇな。
近衛騎士団による決死の突撃は敵の勢いを一度は削いだようだ。
それも僅かな間だったみてぇだな、今は退路も断たれて完全に包囲されてやがる。
「貴様ら一体何をしておる! 前線では我が軍が今も死力を尽くし戦っているのだぞ!」
俺達の動きに気付いた一人の騎士が怒鳴り声をあげながら近寄って来やがった。
そう言う偉そうな騎士様は味方が死力を尽くしてる最中に安全な後方で何をしてるんだよ。
良く見れば傷も見当たらない随分と綺麗な馬に鎧だぜ…… 前線とかには出た事も無さそうだな。
ああ、こいつは戦功の確認や軍規違反を見張る軍監って奴か?
「俺達は怪我をして退がって来たんだ。 済まねぇが軍医は何処にいる?」
言っておくが嘘じゃないぜ、四人とも少なからず怪我を負っているからな。
「貴様ら傭兵などを帝国軍医が診るものか、今すぐ前線に駆け戻り傭兵は傭兵らしく死ぬまで戦うが良いわ!」
こんな奴らのために俺達は戦っていたのか?
どれだけの仲間を失ったと思ってやがる……
やるせない虚しさを感じた俺の手が自然な流れで剣に届く。
「汚ねぇだろうが、そんなに唾を飛ばすんじゃねぇよ……」
真っ赤な顔で唾を飛ばしながら叫く騎士の口に大剣の切っ先を突っ込んで永遠に黙らせてやる。
そのまま押し込むように頭を斬り落とすと残った身体も馬から崩れ落ちて行った。
「まずは一頭確保したぞ。 出来れば四頭欲しいが時間がねぇ。 ウェルチ、馬には乗れるか?」
「い、いいえ。 馬には乗る機会も無くて……」
今の傭兵団では経費のかかる乗馬の訓練などはしていない。
だから遊牧民でも無ければ平民が馬に乗る機会もねぇよな。
「カーズとダインもか?」
「俺は少しなら扱えます。 荷馬車の御者ですが前に手伝った事があるので」
荷馬車か…… 全くの初心者よりはマシだな。
「ならダインが手綱を握ってカーズが後ろに乗るんだ。 俺は身体がデカイからお前らと乗って早駆けしたら馬が早くに潰れちまう。 そうなると体重の軽いウェルチと俺が乗るのがベストな選択だ」
近衛騎士団が全滅する前に馬を手に入れなきゃならねぇんだが…… 敗走してからだと味方同士で馬の奪い合いになるかも知れねぇからな。
辺りを見渡してもそんな都合良く馬がいる訳もねぇか。
どうやらウェルチも限界が近いな。
今にも座り込みそうな感じだぜ。
「仕方ねぇ、今は少しでも戦場から離れたい。 ウェルチ、俺は大剣を背負っているから背負えねぇんだ。 だから前で我慢してくれ!」
「えっ? えぇ〜っ!」
いわゆるお姫様抱っこって奴だな。
流石にウェルチの奴も恥ずかしいらしく顔を手で覆ってやがる。
「もう足に来てるみてぇだから馬を手に入れるまでは我慢して貰うしかねぇな。 カーズもダインの馬に乗ったら落ちないようにしっかり腰に掴まっておけ」
俺はカーズが馬に乗るのを待たずに走り出す。
馬ならすぐに追い付くだろうからな。
とにかく今は逃げ延びる事が先決だ!
「こんな所で死んでたまるかよ!」
こうして俺達が運命的な出会いに向けて走り出していた事に今はまだ気付く由も無かった。
楽しんで貰えたら嬉しいです。