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俺のスキルは【異界釣り】② ~ 愛妻弁当を作ってくれる異世界嫁は何処(いずこ)に!? ~

作者: 葛城遊歩

 本作は、2019年10月19日に投稿しました『俺のスキルは【異界釣り】 ~ そろそろ妻をめとって『愛妻弁当』というものを食いたいのだが…… ~』(https://ncode.syosetu.com/n8999fu/ )の続編となります。


 なお、前作を読まなくても大丈夫だと思います。


2020.6.22タイトルの誤字修正

①…嫁を娶って… → …妻を娶って…


 釣りとは、千変万化する大自然との戦いだ。


 釣り人は、釣竿の先から垂らした釣り糸を通して大自然と語らっているのだ。


 また狙った獲物を釣り上げるには、釣り人の創意工夫や忍耐が試される自己との戦いでもあるだろう。


 それは俺こと難波翔太(なんばしょうた)の保有するチートスキルである【異界釣り】でも同様だ。


 不幸にして夭折(ようせつ)した異世界美少女の魂魄(こんぱく)を思念の糸に(から)め捕り、釣り上げた魂魄に受肉・蘇生させることによって『異世界転移』を為す【異界釣り】というチートスキルを、俺は持っている。


 いつもは生業(なりわい)としている人材コーディネーター|(奴隷商)の商材となる外見重視の異世界美少女ばかりを釣っていたが、俺の嫁となり愛妻弁当を作ってくれそうな異世界美少女とは、どんな存在なのか!?


 今日も今日とて、俺は釣り堀に見立てた魔法陣に思念の糸を垂らすのみだ。




「旦那様、コンビニ弁当をお持ちしました。電子レンジで温めておりますので、冷めないうちにお召し上がりください」


瀬場巣(セバス)、いつも済まないな。ついでに簡易トイレに溜まった汚物を処分しておいてくれ」


「承知いたしました」


 俺が【異界釣り】で嫁となる異世界美少女を探し始めて早一週間が過ぎていた。


 探索している異世界は、通称『なろう銀河』と呼ばれている数多(あまた)の異世界群からなる大銀河である。


 『なろう銀河』には、付随した小銀河の『ノクターン銀河』、『ムーンライト銀河』及び『ミッドナイト銀河』という特異な異世界群も存在するが、それぞれに(くせ)が強いので今回の嫁探し探査では候補から除外していた。


 何せ『なろう銀河』だけでも、七十万個を超える異世界群を内包しているらしいのだ。


 それは【異界釣り】の探査能力でも調査しきれない程に、広大な大銀河なのだから。


 その中で見つけた美少女魔王のアナスターシャは、容姿、性格、そして料理好きという三拍子が揃った逸材だった。


 しかしながら、俺の垂らした思念の糸がアナスターシャに届く前に、彼女の魂魄(こんぱく)は地獄へと落ちていった。


 自称勇者の奴め、なんて気の利かないクズ野郎なのか。


 奴がアナスターシャに止めを刺すのがもう少し遅ければ、彼女の魂魄を釣り上げられたというのに……。


 『逃がした魚は大きい』というのは、普通の釣りでも【異界釣り】でも同じようだ。


 そして次に目を付けたのは、ラシャール・ハスハ・ド・リッチェルというとある異世界に暮らす侯爵家令嬢だった。


 ラシャールは『なろう銀河』の中でも人気な『乙女ゲーム』を模したテンプレ異世界の住人であり、彼女の役柄は『悪役令嬢』だった。


 そしてラシャールは、前世の記憶を持つ『異世界転生者』でもあったのだ。


 『異世界転生者』は余計な知識を持つので、積極的には釣り上げたくない対象でもあった。


 だが俺の勿体(もったい)ぶった思考とは裏腹に、ラシャールの抜きん出た美貌は俺の(ハート)を射抜きつつあったらしい。


 だからこそ俺は、ラシャールの人となりを精査せねばならないと考えた。


 (ゆえ)に俺は、慎重に事態の推移を見守りつつ、気に入れば釣り上げようか程度に考えていた。


 近頃の『悪役令嬢』は、婚約者である王太子の断罪から華麗に(のが)れたり、雌伏の時を経た後に(くだん)の王太子やNTR(ねとり)ヒロインに『ざまぁ』する者が大半であったりしていたから楽観視していたのだが……。


 ところが予想に反して、ラシャールの『中の人』は存外に素直な性格だったらしく、あっさりとNTR(ねとり)ヒロインの罠に(はま)り、断罪されて火刑台へと送られ、俺が慌てて釣ろうとする前に火が放たれてしまったのだ。


 そして思念の糸が到達する前にラシャールは絶命し、直ちに魂魄は昇天してしまった。


 これは『覆水盆に返らず』ということだろうか。


 ラシャールの場合、俺の気持ちひとつで釣り上げられる異世界美少女だったのだが……、『異世界転移者』であるという色眼鏡から躊躇(ちゅうちょ)してしまったのが敗因だ。


 その他にも数十人の異世界美少女が俎上(そじょう)に載ったのだが、結局のところ釣り上げるには至っていない。


 何気に商材となる異世界美少女よりも、俺の嫁となる異世界美少女の方が釣るのが難しい。


 ところで俺が住む屋敷には、俺以外に雑用を(こな)外道(げどう)瀬場巣(セバス)という初老の使用人がいるだけだ。


 瀬場巣(セバス)は、俺の垂らした思念の糸に気付いて向こうから獅噛(しがみ)み付いた『異世界転移者』でもあった。


 因みに、先日までは【異界釣り】によって釣り上げた商材である異世界美少女のミィーシャ・クランベットが居たのだが、彼女は日ノ本にも慣れ、容姿も日ノ本人への変化(へんげ)が完了したことから、名前を大道寺(だいどうじ)美夜(みや)と改め、華族の養女となり同格の売却先に嫁ぐばかりだ。


 ということで、今現在、広大な屋敷に居るのは俺と瀬場巣(セバス)の二人だけだった。


 瀬場巣(セバス)も良くやってくれるが、『男(やもめ)(うじ)が湧く』とも云うので、異世界嫁を得ることは俺の住環境を守るためにも必要なことである。


 『なろう銀河』を形成する異世界群の大部分は、現実世界の欧州(ヨーロッパ)の中世に似ていることから『ナーロッパ』と揶揄(やゆ)されているようだ。


 そして『ナーロッパ』世界では、王侯貴族や平民に奴隷などの身分差が存在し、魔王を筆頭とする魔王軍と配下の魔族や使役する魔獣などが居ることが多い。


 対する正義の味方としては勇者や聖女などが居るが、同時に魔獣を倒して生計を立てている冒険者たちが居ることも普通である。


 それらの異世界群では、魔法といった独自の技術体系が開花しており、エルフ族や獣人族という亜人族も暮らしていることが普通だった。


 俺の持つ【異界釣り】では、不幸にして亡くなり肉体から離れた魂魄(こんぱく)を思念の糸に絡めて釣り上げるため、受肉・蘇生される年齢は亡くなった年齢のままである。


 つまり嫁となる適齢期の異世界美少女を釣り上げるには、若くして亡くなった薄幸の美少女の存在が必要不可欠ということでもある。


 だがしかし、星の数程に存在する『ナーロッパ』では、日々、様々なタイプの異世界美少女が夭折していた。


 ところで亡くなった異世界美少女に関して、容姿や性格の面では問題ないものの、俺のために愛妻弁当を作ってくれるという条件に焦点を合わせると、中々に厳しいものがあるというのが正直なところだ。


 まず嫁候補として挙げられるのは政争の果てに暗殺されたり、病を得て(はかな)くなったりする王女や貴族令嬢たちであるが、素晴らしい素養と礼儀作法に華やかな美貌と美点は多いものの、料理作りを(たしな)む者は稀だった。


 更に侍女に(はべ)られたり(かしず)かれたりしている生活をしている関係から、着衣を一人で着ることすら(まま)ならない者も多かった。


 彼女たちを釣り上げても、料理作りを仕込むまでに教え込むハードルが高すぎる。


 次に候補としたのは、美貌の女冒険者であった。


 年若く、経験不足な彼女たちも予期せぬ強敵に破れたり、仲間の冒険者に襲われたりして亡くなることがある。


 だがしかし、彼女たちの食生活は押しなべて単調かつ質素だった。


 特に冒険に出た際の食事は、干し肉に固焼きパンなどであり、弁当というレベルの料理を作った経験のある者は(ほとん)ど居ない。


 そんな中、料理作りが趣味の異世界美少女が登場する『スローライフ』な異世界も散見されるようになってきた。


 そのような異世界では、俺の狙っている料理作りが上手な異世界美少女が確かに存在するのだが、概して彼女たちは亡くなることが稀である。


 つまり俺は、指を(くわ)えて観ているだけということに終始してしまう訳だ。


 思念の糸を通じて送られてくる情報は頭の中で再生されるのだが、伝達経路が長いからか不鮮明であった。


 だからこそ、釣り上げられた魂魄が受肉・蘇生する場面は感動的である。


 そう言えば、『ナーロッパ』な異世界の東方には、日ノ本にそっくりな島国が存在することが多い。


 だが、その島国を含む『東方世界』なのだが、何故か人々の想いが俺に伝わることが少ないのだ。


 何となれば、思念の糸に引っ掛かる強い想いを発する異世界美少女の大半は、『ナーロッパ』に住んでいることが多かったからだ。


 東方世界から遥々(はるばる)と『ナーロッパ』までやって来る黒髪の異世界美少女も居るが、彼女たちもまた若くして亡くなることは滅多にない。


 となれば……俺の嫁となってくれる異世界美少女は何処(どこ)に居るのか!?


 ならば『ナーロッパ』で、モブながら料理作りが上手な異世界美少女を探すべきなのか。


 ただ、彼女たちも亡くなる場合はあるものの、亡くなる際に発する断末魔の想いが弱いことが多く、亡くなったという事実に気付かぬことが多かった。


 だから俺は、出会いを求めて一週間もの長きに(わた)り、思念の糸を垂らしていたのだ。




 そんなある日、俺は現実の日ノ本に近い『ローファンタジー』な異世界を発見した。


 しかも住んでいる住人の発する想いは、『ナーロッパ』のそれに匹敵するものであった。


 これは調査をする価値があるだろう。


 時代的には平安時代を彷彿とさせる異世界だが、『ナーロッパ』よりも嫁候補がいる気がした。


 思念の糸を垂らし、本格的にこの異世界の状況を把握してゆく。


 この異世界には悪鬼や妖怪の類が存在し、陰陽師(おんみょうじ)が対抗している世界観のようだ。


 狩衣(かりぎぬ)姿の陰陽師は、とても神秘的な存在である。


 ただ、基本的に陰陽師は男性であり、俺の探す異世界嫁の姿はない。


 そんな時、若手陰陽師筆頭の八神孔明(やがみこうめい)が強い鬼に破れて深手を負った。


 それでも孔明の大きな存在感から、非凡な才能が(うかが)われた。


 彼が破れたのは、(ひとえ)に敵の鬼がラスボス格だったからに他ならない。


 恐らく、彼がこの異世界の主人公を務める重要人物ではないかと思う。


 多分、現在は『(うつ)展開』の最中なのだろうか?


 それとも強敵に打ち勝つための必然的な負け展開なのか!?


「お兄様、何というお(いたわ)しい姿に……。私が必ずや仇を討ちますから!」


「……すまない凛華(りんか)。ドジを踏んじまった。だがお前は見習いなのだから戦っては駄目だ。奴が相手では手に余る。それに奴は俺の獲物だ」


「……はい、お兄様。凛華はお兄様の命があるだけで嬉しゅう御座います」


「そうか……世話を掛けるな」


「この世でたった二人の兄妹なのですから……そんな他人行儀な事は言わないで」


 そして戸板に乗せられて家に運ばれた孔明だが、異世界美少女な妹との二人暮らしだった。


 このシスコン野郎め!


 この際、怪我人の孔明など関係ない。


 俺の思念の糸は、異世界美少女な妹に釘付けとなった。


 (つや)やかな黒髪は背中へと流され、神秘的な光を湛えた力強い黒瞳は勝気さを秘めている。


 ちょっと太めの眉に、きりりと引き結ばれた小振りな口許も良い。


 間違いなく八神(やがみ)凛華(りんか)は高嶺の花であった。


 質素な着物に身を包んでいるが、美少女であることを損なうものではなかった。


 『馬子にも衣裳』という(ことわざ)があるが、どんな衣装を着ていても真の美少女は美少女であるらしい。


 そして彼女も陰陽師であるらしかったが、兄孔明の口調から見習いであることが判明した。


 だが孔明の奴め、何という……羨ましい野郎なのか!


 寝床で()せる孔明に対して、甲斐甲斐(かいがい)しく世話を焼く凛華は料理上手のようであった。


 昔ながらの(かまど)(まき)を入れて火を(おこ)し、ご飯を炊いて味噌汁を作る。


 七輪に金網を置き、じっくりと焼いている(イワシ)美味(おい)しそうだ。


 決して贅沢な食事ではなかったが、凛華の愛情が(こも)っているようだ。


 かと思えば、看病のために血の(にじ)んだサラシを交換して洗濯したり、(しも)の世話までしていたりするじゃないか。


 何という慈愛に満ちた存在なのか。


 少々気の強いところはあるが、前向きに看病するための(かて)としているようだ。


「俺の理想の嫁がいる! しかし……凛華が死ぬ展開はないだろうな……」


 それでも俺は未練たらしく思念の糸を八神家に固定して、凛華を調査することにした。


 委細漏らさず、凛華の全てが知りたい。


 これは、もしかして恋心というものなのか!?


 脳裏に浮かぶ凛華は、遥か彼方(かなた)の異世界の住人だ。


 そして八神凛華は、名前通りに凛とした中にも華やかな雰囲気のある、日ノ本人好みの和風美少女である。


 俺が気に入るのも道理に適っている。


 ところが孔明の傷が粗方癒えた夜、凛華は陰陽師の狩衣姿となると、夜の街へと飛び出した。


「やはり……お兄様を痛めつけた鬼は(ゆる)せません。私の手で退治しないと……」


 何やら死亡フラグを立てた凛華は、兄の仇を求めて夜の街へと繰り出したのだ。


「これだけ探しても雑魚妖怪すら見ないとは……。それに何だか(うなじ)の辺りがチリチリするのよね」


 そして敵を求めて方々(ほうぼう)を探す凛華であったが、(くだん)の鬼の姿はどこにもない。


 だが敏感な性質(たち)らしい凛華の身体は、何かを感じているようなのだが……。


「何としても今夜中に始末を付けるんだから!」


 経験不足により勇み足な凛華は、知らず死地へと向かっていた。


 そして、とうとう……街に跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)する魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)の類が群れをなす百鬼夜行に遭遇したのだ。


「そ、そんな……。お、お兄様……た、助け……て……」


 戦うどころか余りの恐ろしさに身が(すく)んで動けず、悪辣(あくらつ)な子鬼どもに取り囲まれる凛華。


 行き成りの絶体絶命だ。


 あれだけ多くの妖怪や小鬼に、陰陽師の見習いに過ぎない凛華に対処できるはずがない。


「こ、これは! どうやら凛華の役処は『悲劇のヒロイン』ということなのか?」


 俺は固唾を飲んで、凛華の最期を見守った。


 俺の思念の糸で手助け出来れば良いのだが……。


 残念ながら、思念の糸では異世界の運命に干渉することは出来ない。


 それでも符術にて使役される式神を呼び出す凛華だが、多勢に無勢で気付いた時には逃げ場はなく、(よだれ)を垂らす子鬼などに取り囲まれていた。


 因みに凛華を襲っている小鬼だが、『ナーロッパ』で良く見かけるゴブリンではなく、腹が異様に膨れた餓鬼であった。


 小鬼どもはニタニタと嗤いながら凛華を取り囲んだ包囲網を狭め、一斉に飛び掛かった。


 良く考えると、陰陽師というのは冒険者パーティーでは後衛職に相当する。


 そんな後衛職の凛華が、前衛陣を連れずに危険な街へと飛び出したのは、無謀な行動であったのだ。


 そして凛華は、無謀な行動のつけを支払わされようとしていたのだ。


「きゃあぁぁぁぁ……ぁぁ……ぁ……っ……」


 悲鳴が木霊(こだま)し……、凛華の姿は見えなくなった。


 そして地面に紅いものが広がっていく。


 俺は、その凄惨な現場に思念の糸を近付けた。


 (かす)かに凛華の断末魔の声が聞こえ、彼女の肉体を(むさぼ)咀嚼(そしゃく)する(おぞ)ましい音もする。


 生きたいか!?


 俺は無駄だと思いながらも、思念の糸を通じて瀕死の凛華に問いかけた。


 生きたい!! こ、こんなとこ……ろで……死にた……く……


 すると半ば死人であるからか、魂魄から発せられる思念のようなものが聞こえた。


 しかしながら凛華の望みが叶うことはなく、程なく魂魄が肉体の(くびき)から解き放たれた。


 その時には、俺の垂らした思念の糸が凛華の間近にあり、絶望的な状況下で生へと足掻いた彼女の魂魄を搦め捕ったというか、絡み付かれた恰好(かっこう)だ。


「凛華の魂魄を保護したぞ!」


 俺は異世界に垂らしていた思念の糸を引き上げた。


 気持ちは(はや)るが、焦っては(ろく)なことがない。


 そして程なくして凛華の魂魄が、屋敷の地下室にある魔法陣の上へと釣り上がったのだ。


 釣り上がった魂魄は魚のように飛び跳ねることはないが、魔法陣によって霧散することを防いでいる。


 それでも八神凛華の魂魄からは、凛々しい気配が漏れているような気がした。


「よし! 何とか釣り上げたぞ!!」


 その時、魔法陣から聖なる光が(あふ)れ出し、続いてエクトプラズムの如き(もや)が生じ、凛華の魂魄を核として次第に凝集していった。


 それから徐々に人体へと変化してゆく。


 胴体が形成され、頭部に手足が創られ、各部位の形状が緻密化されてゆく。


 徐々に女体(にょたい)(てい)を成し、マネキンの如き造形を経て、リアルで肉感的な乙女の裸体となった。


 凛華の胸は予想外に豊かだったらしい。


 伸びやかな手足は、成長盛りの乙女のものだ。


 そして腰の(くび)れは、臀部が安産型だからだろうか?


 魔法陣から発する聖光と(もや)が次第に晴れて、鮮明に目視できることとなった。


 俺は言葉を発することも忘れて見入っていた。


 俺の嫁となる予定の凛華は、なんと(たお)やかな乙女なのだ。


 それでいて、芯の強さを内包している。


 その上、家庭的なところもあるのだ。


 そして魔法陣から聖なる光が消失した時、一糸(まと)わぬ状態の凛華がそこに居た。


 ただ凛華は、微塵(みじん)身動(みじろ)ぐことなく、美しい彫像のようだ。


 とくん


 その次の瞬間、凛華の心臓が鼓動を始めたようだ。


 だがしかし、凛華の意識が覚醒することはない。


 新たに創られた仮初(かりそめ)の肉体に、魂魄が馴染む時間が必要なのだ。


 目覚めるのは二十四時間くらい後となる。


「さて、俺の嫁を彼女の寝室へと(いざな)おうか」


 準備してあった毛布で裸身の凛華を包むと、(うやうや)しく持ち上げ、お姫様抱っこの状態で、彼女の寝室となるべき部屋へと運んだ。


 そして準備してあった寝台(ベッド)へと横たえたのだ。


 今から凛華が目覚める時が楽しみだ。


 ただ、行き成り押し倒すことは、厳に(つつし)まねばならない。


 凛華の肉体は、創られたばかりの仮初(かりそめ)の肉体なのだ。


 この状態で情交(えっち)に及ぶと、仮初の肉体が(ほど)けて凛華の魂魄は輪廻の輪に向かってしまう。


 因みに仮初の肉体が定着するには、約一年が必要となる。


 その間に凛華は、この日ノ本の常識を身に着けることだろう。


 そして彼女の場合は該当しないが、日ノ本人と異なる部位は徐々に退化して、最終的には日ノ本人の肉体へと収斂(しゅうれん)するのであった。


 俺の嫁となるべき凛華との出会いは、どのように演出しようか。


「旦那様、()き嫁が得られたように御座いますな」


「ありがとう、瀬場巣(セバス)。これからの一年は彼女に捧げようと考えている」


「それがよう御座います。私も誠心誠意奥方様にお仕えいたす所存で御座います。それにしても利発そうなお方ですが、『愛妻弁当』の方は本当に大丈夫なのですか?」


「彼女には唯一の肉親の兄が居てね。彼のために愛情を()めた手弁当を作っていたよ」


「左様で御座いますか。旦那様におかれましては得難い奥方様を得られたこと、心よりお慶び申し上げます」


「改めてありがとう、瀬場巣(セバス)。それにしても凛華も早く目覚めれば良いのに待ち遠しいな」


 俺は瀬場巣(セバス)の祝福を受けつつ、今は昏々と眠る凛華の寝顔を見つめた。



    ◇  ◆  ◇



 ちゅん、ちゅん、ちゅん


「――……小鳥の……鳴き声が……する?」


 それから朝の気配というか、暖かな陽の光が届いている!?


 私は小鬼に襲われて死んだはずなのに!?


「……う……嘘!」


 意識が覚醒した私は、とても寝心地の良い布団の中で寝ているような!?


 小鬼に襲われたというのは夢だったというのかしら。


 でも……、こんな所で寝た記憶がないわ。


「八神凛華さん、目覚めたようですね」


「あ、貴男(あなた)は誰!?」


「俺の名前は難波翔太といいます。貴女の背の君となる者ですよ」


「背の君!? 私は結婚などしていませんが?」 


「あの時、貴女は願われたでしょう。生きたい……と」


「あの時とは?」


「小鬼に襲われて絶命した時ですよ」


「あ、あれは……本当にあったことなの!? い、嫌ぁあぁあぁぁ!!」


「大丈夫です。貴女は『異世界転移』することにより救われました。その交換条件として貴女は俺の妻になって下さい」


「わ、私……」


「では選択肢を差し上げましょう。このまま俺と結婚して妻になる道、それからもう一つは商材として売却される道です。所謂(いわゆる)、性奴隷という奴ですね」


「難波翔太様、何気に非道いことを仰るのですね」


「八神凛華さん、決めて下さい。俺の妻となるか性奴隷として売られるかの二択です」


「非道い方!」


 そして抗議のために上半身を起こしたところ、掛け布団が膝の上へと滑って落ちたのですが、私は全裸で、恥ずかしいくらいに膨れたお胸を見られてしまいました。


「きゃあぁあぁぁぁ~~。私のお胸を見ないでぇえぇぇ~~~」


「横に着替えがあるから」


 悲鳴を上げる私に対して翔太様は、横に着替えが置かれていることを教えて下さいました。


 でも初めてみる衣装に戸惑いながらも、必死で身に着けたのです。


「もう大丈夫ですか?」


「はい。お見苦しいところをお見せ致しました。でも乙女の柔肌(やわはだ)を見たのですから責任を取って下さいね」


「責任とは!?」


「私は貴男様に裸体を見られたのですから、もう他所(よそ)にはお嫁に行けません。ですから私を妻にする責任があると言うのです」


「そういう責任ですか。俺は最初から貴女を妻にすると言っていましたよ」


「そ、そう言えば……」


 そして私は、()し崩しで翔太様の妻となることにしました。


 でも祝言(しゅうげん)と、嬉し恥ずかしの初夜は、当面お預けらしいです。


 この日ノ本と呼ばれる世界の常識を覚えることから始めております。


 そして翔太様は、私に『愛妻弁当』というものを所望されました。


 腕によりをかけて翔太様の胃袋を掴まないと!


お読み下さり、ありがとうございます。


後日談

 凛華が『異世界転移』した一年後、仮初(かりそめ)の肉体が安定して翔太と凛華は『華燭の儀』とも称される祝言(しゅうげん)を挙げた。


 凛華の料理の腕はなかなかで、愛情の詰まった『愛妻弁当』が食べられるようになった翔太は幸せそうだ。


 と言うか、【異界釣り】のために地下室に籠っている時以外は、温かな手料理を食べていたのですが……。


 それから、お屋敷の庭の一角に(かまど)(しつら)えられた炊事小屋が造られていた。


 炊飯器で炊けば簡単なのだが、凛華は翔太のために美味しい竈炊きのご飯を食べさせたかったからである。


 そして今宵は……。


登場人物(新規分のみ)


八神凛華(やがみりんか) 17歳 私は……です

長い黒髪に、神秘的な黒瞳の異世界美少女にして陰陽師見習い。

両親は、とある妖怪に破れて他界しており、兄の孔明との二人暮らし。

その関係で家事仕事や家庭料理が上手である。

ある日、強い鬼に破れた孔明が()()うの(てい)で戸板に乗せられて帰り着いた。

孔明の傷が癒える直前、発作的に仇を取ろうと家を飛び出した凛華であったが、百鬼夜行に遭遇して(なぶ)り殺される。

所謂(いわゆる)、主人公を発奮させるための『悲劇の乙女』が役処。


難波凛華(なんばりんか) 18歳~

【異界釣り】にて日ノ本へと『異世界転移』を果たした凛華は、紆余曲折の後に翔太と結ばれて難波凛華となり、翔太のために『愛妻弁当』を作ることになりましたとさ。めでたし。めでたし。


八神孔明(やがみこうめい) 25歳 俺は……だ

若き天才陰陽師。ところが慢心からか、強い鬼に破れて重症を負った。

その仇を討つために陰陽師見習いにして妹の凛華が家を飛び出すが,百鬼夜行に遭遇して落命することになった。その背後には、(くだん)の鬼が暗躍していたのだ。

傷の癒えた孔明は、凛華への手向(たむ)けとして鬼の滅殺を誓うこととなる。


枚方(ひらかた)童子』とも称される鬼の頭目。

必殺技は『ひなキック』、『ヒナパンチ』、『運営固め』に奥義『垢BAN』と多彩な攻撃手段を繰り出す難敵である。


小鬼

所謂(いわゆる)、ゴブリンではなく、腹部が異様に膨れた餓鬼。


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― 新着の感想 ―
[一言] ノクターンでこの連載やってほしい
[良い点] 前作に続き異能の太公望、難波翔太くんによる「異世界釣り日記」第二幕ですね。 拝読させていだきます★ お江戸ファンタジーな世界観と、ナーロッパwなど 散りばめられた各種メタ要素満載の、スパ…
感想一覧
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