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純血の奮闘

 何も見えない。


 ただ、ぼんやりした妖艶な拍動が俺を包んでいるのは分かる。


「カイ……カイ……?」


 探るように、大人びた声が俺に近づいてくる。


「……可愛い、カイ……」


 ねっとりと、纏わり付くような声。


「…………」


 静かに、その声を聞く。


「私は……いつもあなたと……一緒にいる……」


 彼女の甘いとろけてしまいそうな気に呑まれそうになる。


「……もう、行っちゃうのね……でも……いいわ、いつでも‥…会えるから」


 フェードアウトしていく妖しい気配を静かに、見送った。






  目を覚ますと知ってる天井……よりも前にシシディアさんが見えた。


「あ、起きた。おはようカイ君。良かったよ、僕の治癒魔法がちゃんと成功したみたいだ」


 俺は確か……試合中に気を失ったんだったか。

 マリアナさんがその場面を話してくれるようだ。


「相手が最後の一人になったところで焦ったのかしら、飛び出した瞬間思いっきり地雷魔法に引っかかって宙を舞ってた。あの時は死んだかと思ったわよ?」


「ちゅ、宙を舞って……?! そ、そうだったんですか……」


「あまりその場面は思い出さない方がいいかも……」


 マリアナさんが嫌な記憶を語るように言うので、急に怖くなってきた。


 俺の四肢、しっかり付いているよな?


 シシディアさんが俺に水を差し出す。

 受け取って飲み始めると喉が渇いていたことに気づき、あっという間に飲み干してしまった。


「吹き飛んだ割に傷一つないですね」


「僕は小さい頃から治癒魔法専門でやってきたから、こういうのは得意なんだ」


「なるほど、通りで宙を舞った俺も無傷なんですね」


 殺さなければ怪我をさせても失格にはならない、これはシシディアさんが使ってくれたような治癒魔法がこの地下にはあるからなのか。


 少し話を聞くと、チームはその後難なく勝ったみたいだ。


 シシディアさんがやられたのは相手の不意打ちをくらったことによるらしい。

 すぐにマリアナさんが下がって対処したという。


 考えるに、というか確実にいけると油断してしまったのと、焦ったのが原因だと思う。

 ……しかし、油断したのは俺のせいだが、焦ったのはセティアナ・イリーアさんにも原因がある気がする。


 今ここで殺されそうなので言わないでおくが。


「な、何見てるのよ」


 部屋の隅にいるセティアナ・イリーアさんは試合以外では使わないはずの杖を持ち、腕を組んでいた。

 どこか落ち着かない様子だ。


「い、いえ何でもありません」


「気をつけなさいよ、次からの相手はさっきのようにいかないはずよ」


 意外と心配してくれている……んですよね?


「頑張ります……それにしても、このシシディアさんの治癒魔法凄いですね。傷はもちろん前よりも良い気分です」


「そう? 照れるね」


「一番最初にリタイアした奴の魔法とは思えないってよ」


 ロアさんが茶々を入れ、シシディアさんはその頬をつねる。

 まずは一試合を勝利することができて、緊張が解れたようだ。


「に、い、さ、ん……はあ。それよりカイ君さ、敬語やめないか? 同年代なんだろうし。()()付けも禁止でいこうよ」


 四人を見ると(相変わらずセティアナ・イリーアには睨まれたが)、頷いてくれた。


「ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて。よろしくみんな」


「いいね! 堅苦しいのが取れて気楽になったよ! これで次の試合はリタイアしないでいけそうだ!」


「「はいはい」」


 すかさずマリアナとセティアナ・イリーアさんが同時に言って、二人で顔を見合わせて笑った。


 彼女の笑顔を見て、なぜか鼓動が早くなった。


 ……セティアナ・イリーアさんも笑っていれば綺麗な人なのに。

 俺の方を見るときはいつもしかめっ面だ。

 折角の美人が俺のせいで無駄になっている。


 正直俺はそんな顔見たくないし、させたくない。


 しかしどうしようもない、これは俺が魔血を持っていないのが原因なのだ。


 魔血を持たない人間に、殺したいほどの相当な恨みがあるのかもしれない。


 そう思うと急に、俺の体に流れる暖かい血が憎らしく思えてきた。


 何が純血だ……俺にも魔血が流れていれば……





「カイ?」


「……え? あ、何です‥‥じゃなくて、何?」


 ふっ、と悩んでいたものが一旦胸の底にしまわれた気がした。


「いや、ぼーっとしてたからさ。一位になるまで後六試合あるから気を引き締めていかないと」


「本気で一位になる気なんだな、分かった。俺も精一杯頑張るよ」


 差し出されたシシディアの手を取って、ベンチから起き上がった。


 最初はいいところまで行ければいいという雰囲気だったが、一度勝利を手にしたことで一位になることを目指すことにしたようだ。


 そんな不可能に近いことを真剣に言える彼とリーダー、そしてついて行く二人を俺は尊敬したい。


 グラウンドで今行われている試合を見ようと窓を見たと同時に扉が開いた。

 フリーンさんだった。


「あ、カイ君起きた? 丁度よかった、ティアナちゃんのチーム次試合だから移動しておいてね!」


「もうですか?!」


 六百五十人いるトーナメントでもう次の番が回ってきたのか。


「上級生だよ。僕たちの試合は運良く一年同士の試合だったから時間かかったけど、上級生が絡む試合になると一瞬で決着が付くようになるんだ。先輩が言ってた」


 十分ほどで決着が着くらしい。

 それが上級生による魔法を使った戦いなのか。

 まだ次は二試合目だが、次はどうやらその上級生と戦うらしく、魔法を使えない俺にとっての大きな壁になるだろう。


 気を引き締めなければ。


「俺はもう大丈夫、行けるよ」


「よし。みんな、行こう!」


 #####



 一試合目と同じようにグラウンドに出る。

 今回はあまり緊張はしないのが幸いだ。


 グラウンドの向こう側、俺たちの眺める先にに並んだ五人の上級生。

 遠くても分かる体格差や風格そして眼つきなど、全てがこちらを威圧してくる。

 一瞬で勝負をつけようとするだろう、お手柔らかに頼みたいところだ。


 俺たちの試合が一巡してきて二試合目の最初なので、グラウンドが姿を変える。


 次は……密林だ。

 フリーンさんが再現した擬似的な森だが、一瞬で木やその葉で相手チームとの視線が切られ、足元が木の根ばかりになった。

 気を抜けば転んでしまいそうだ。

 だが、俺にとって密林なんてものはあって無いようなものだ。

 自慢するような話ではないが、真夜中の密林で魔法使いセティアナ・イリーアさん相手に何時間も逃げた経験が俺にはある。

 木の根の蔓延る大地なんて、エルフの里はもっと凸凹していた。


「始め!」


 始まった。

 初戦と同じように駆け出し、シシディアが俺に身体能力強化をかける。


 今回はあまり進みすぎないようにチームが俺を確認できる近場に身を潜めた。


 息を潜めて集中。


 ……


 ……誰も来ない?


 マリアナやロアが向かった方では木の倒れる音や燃える音が聞こえるが、俺のいる場所では足音どころか音がしない。


 もう一度耳を澄ます。


 ……


 ……いない。


 ────叫び声。


 後ろから。

 一瞬だがセティアナ・イリーアさんの声だった。


 まさか……!


 もう一度相手が来ていないかを聞いてから、全速力でスタート地点へ戻った。


 すぐに身を隠す。


 覗くと、二人の上級生がセティアナ・イリーアに炎の球や電撃をぶつけている最中だった。

 その足元にはシシディアが横たわっている。


 二対一の劣勢に追い込まれている彼女だが、二人から勢いよくぶつけられる魔法を次々に杖で受け流している。


 上級生相手にここまでできるのか……なんて感心している場合じゃない!


 すぐさま飛び出して助けようとしたその時、セティアナ・イリーアさんがふとこちらを睨んだような気がしたので押し止まる。


 怖気付いたのではなく!

 何か彼女の視線に意図がある気がしたのだ。


 するとすぐにその答えが分かった。

 彼女は少しずつ横に歩き、徐々に上級生二人の背中を俺に向けさせたのだ。


 今の彼女にそんな余裕まであるのか。


 そしてセティアナ・イリーアは攻撃を突然受け流すのではなく、上級生二人の足元に跳ね返して土煙をたてた。


 しかし俺はまだ出ない。


 セティアナ・イリーアさんが一試合目に俺にかけてくれたような、風魔法の防御を張られていたら俺の攻撃は無駄となり最悪魔法の使えない俺は一瞬でリタイアさせられるだろう。


 もう宙を舞うのはゴメンだ。


 土煙のせいで相手の攻撃が止んだ瞬間、彼女は目を瞑り、肩で息を吸って一定のリズムで()()()


「叡智と魔術を司る神オージンよ────」


 まさか、魔法を詠唱するのか?!

 会場の空気が変わり、どよめく。


「ムニンが持ちし魔術の原初、ルーンの記憶の断片を────」


 彼女の周りに謎の文字の刻まれた黄金の円環が無数に現出し、それらは土煙の中の二人に向かって並んだ。


 学園長が前に俺の記憶を読んだ時に出したものと全く同じで、一片の濁りもなく綺麗な円環。


 やがて土煙が晴れて、相手の二人は標的にされていることを知り、すかさず杖を振る。


 回避など無駄だと思ったのだろう、全身にあった防御魔法を体の前面に全て回したようだ。

 それは俺でも分かる……が相手にしてる後ろに俺もいる!!


「我の手に……!」


 俺ごと消すつもりか?!




 ────そんなことはないようで、セティアナ・イリーアとまた目が合った。




 なるほど、ここか。


 茂みから飛び出し、後ろの防御がおざなりになった二人を木の剣で打ち払う。


「「がッ……?!」」


 何が起きたのかも分からずに二人は地に伏せった。

 セティアナ・イリーアさんはそれを見届ける前にすぐに魔法を解除した。


 会場中から安堵の声が聞こえる。

 それほどとんでもない魔法を放とうとしていたのか……?


 ともかく、この上級生二人は木の剣で殴られたとは言え、身体能力強化をした人間が生身の部分を思い切り殴ったらただでは済まない。

 試合中には起き上がらないだろう。

 一気に二人、セティアナ・イリーアさんとの連携で仕留めることが出来て少し気分が高揚する。


「やりましたね」


「まだ三人いるわよ、シシディアはまたリタイアしたから……作戦解除してマリアナ、ロアと合流するわ、付いてきて」


 多分最後まで気を抜かないセティアナ・イリーアさんは仲間の元に走った。


「はい、分かりました!」


 ぱっ、と彼女が振り向いた。

 怪訝そうな顔で俺を見ている。

 何か言いたいのか、口を開きかける。


「……?」


「……何でもないわ。早く付いてきて」


 しかしすぐ向き直って走り出した。



 どうしたのだろう?




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