純血の実戦
俺の姿を見たセティアナ・イリーアさんは唖然とした様子で俺を指差す。
「ちょっ……ちょっと待って、なんでアンタがここにいるのよ?!」
まさかとは思っていていたが、それはこっちのセリフだ。
「俺は脅さ……頼まれたからここにいるんですよ、何か悪いことでもありましたか?」
「使用人が俺なんて言葉使うのね……いやそんなことより! シシディア、よりによってなんでアイツを誘ったのよ?!」
シシディアさんはまあまあ、となだめて言う。
「他のチームがわざわざ自分らの戦力を他のチームに渡すわけがないじゃないか……そこで、暇そうで同じくらいの年齢の使用人を見つけたからヘルプを出したわけ。学園長からも許可は受けているから心配しなくてもいいよ」
「ユミール学園長が?! あの人は一体何を……?!」
セティアナ・イリーアさんはそこで黙り込んだ。
そして敵意のこもったジト目で俺を見ながら、大きなため息をついた。
妙に苛つく態度だ。
「分かったわよ、ただシシディア、あなたが責任持って彼の身体強化をしてから後方支援に移ってもらうわよ」
「せ、責任? あ、ああその辺はもう作戦をたてておいたよ、リーダー。ロア兄さんにはマリアナをサポートしてもらってリーダーには砲台になってもらう」
シシディアさんの作戦を考えているのか、手を顎に当ててうーんと唸るセティアナ・イリーアさんは真剣な眼差しだ。
部屋から見えるグラウンドを一度見てから頷いた。
「うん、いけると思う、いやいけるわ! あとはグラウンドの変形に戸惑わなければ上級生でさえもへっちゃらよ!」
「グラウンドの変形とは何ですか?」
聞いただけで彼女に睨まれた。
真剣な眼差しと相まって俺の背中を凍らせる。
魔血を持っていない人がそんなに嫌なのか。
「聞いてないの? 今は平坦な地形だけど、実戦になると教師がグラウンドを変形させて森や市街地を再現した状態で試合することになるのよ。そのくらい自分で調べて」
「ありがとうございます」
マリアナさんやロアさん、シシディアさんは試合に備えて心を落ち着かせるため黙り込んでいるように見えるが、絶対巻き込まれたくないだけだ。
少しは助けようとしてくれたっていいだろう……
この空気を重く沈みに沈み切らせた張本人が俺を見た、かと思うと分配されていた剣を一本、俺に乱暴に投げ渡した。
「アンタ、剣はどれくらいできるの?」
「基本的な練習はしているつもりですが、実戦経験はあまりありませんね」
「ふーん」
実戦経験は少ない、しかもそれは魔法の無い地上での話だ。
魔法が絡んでくるここでは話が違う。
まず、身体強化をかけられるというのは、自分の体を動かすタイミングや疲れるタイミング、限界などが大きく変わるということと考えていいだろう。
さらに俺に魔法をかけるのはついさっき出会ったばかりの他人。
これまでよりもさらに繊細に身体動作を行う必要があるかもしれない。
相手ももちろんのこと魔法を使い、牽制や攻撃や防御などしてくるだろう。
地上でしてきた単純な戦いとは打って変わって、俺にとってイレギュラーが多く入り混じる戦いとなる。
その中を掻い潜って相手を斬るなど至難の技だ。
俺のような魔法すら初心者な人間がチームに入って貢献など、到底できるわけがない。
かと言って逃げ場もないのだ。
しかしここまで来てしまった。
こうなったらやってやるしかない。
「役に立てるか分かりませんが、頑張ります」
俺の言葉にセティアナ・イリーアさん以外が笑顔で答えた。
試合の時が近づき、フリーンさんがチームを呼び出しに来たので各々武器を持ち部屋から出た。
グラウンドに行く途中、横を歩くシシディアさんが心配を口にした。
「緊張するね……! 全校生徒に囲まれて試合するなんて初めてだ」
「俺もです。全校生徒が参加するトーナメントですか……どんな戦術を使ってくるんですかね?」
というか、全校生徒が五人チームにまとまってトーナメント形式で試合するとしても、今日中には終わらないのではないか……?
「大抵は僕たちと同じ、もしくは剣士を一人にした構成が多いかもしれない。とにかく焦らず初戦をしっかりものにしよう」
「はい!」
魔法学園なのだから、魔法を使う方が勝率が上がると考えるのだろう。
もしかしたら、剣使いは一瞬でやられる囮の役目なのかもしれない。
緊張していると時間の進みが早く、長いグラウンドまでの道をあっという間に歩き切っていた。
目の前のアーチを一歩でも踏み出せばグラウンド。
既に大きな歓声が聞こえる。
入り混じる歓声にシシディアさんは拳を震わせているのが見えた。
皆同じように緊張しているようだ。
「初戦、行くわよ」
セティアナ・イリーアさんがそれだけ言って、歩き出した。
俺を含む四人も続く。
──歓声が大きくなった。
「とんでもないですね……!」
確かに発したはずの言葉が、歓声の波にかき消される。
どこを見てもグラウンドか観客しか見えない、そんな空間に俺たち五人は立っている。
向こう側にも五人、同じく緊張した様子で歩いてくる生徒がいた。
グラウンドの中央で俺たち五人と相手チーム五人が平行に並ぶ。
この試合が午後になってから最初の実戦のため、フリーンさんは俺が先ほど説明したルールを簡略化してもう一度両チームに告げる。
グラウンドの両端に両チームが移動し、フリーンさんがグラウンドの地形を凸凹に変化させる。
「両者、杖か剣を構え…………」
さっ、と会場が鎮まった。
「始め!!」
フリーンさんの合図と共に走り出した俺に向けて、シシディアさんは身体強化の魔法を放った。
「──体が、軽い!」
地面を踏むと数倍の力で跳ね返ってくるようだ。
無風のグラウンドで頬を切る風が重い。
そして雑巾一枚よりも軽く感じる木の剣。
走る速度が速くなって見えにくくなっているはずの視界も、身体能力強化のおかげがはっきり見える。
その他にも聴覚や嗅覚、そして剣を触れている手のひらの感覚である触覚も強化されているようだ。
歓声も普段よりはっきり聞こえている。
頑張れば一人一人何を言っているか聞き取れるかもしれないが、今するべきことはそんことではない。
グラウンドの中央付近の大きな障害物に来たところで身を隠し、息をつく。
耳を澄ますと、しゃりしゃりと音を立てないようにグラウンドを忍足で近づいてくる足音。
相手も俺と同じような身体能力強化をされているなら、間抜けにも走って来た俺のことはバレているかもしれない。
近づいて来ている足音の死角を縫うように障害物を移動すると、元の障害物が粉々に吹き飛ばされた。
「うっ……」
ウッソだろ?! と声が出そうになるのを堪えたが、そうもいかず、足音が今度はこちらに向かって来るのが聞こえた。
忍足ではなく普通に歩いて来ているようだ。
別の障害物に移ろうとしたのだが、今ここから動いたら確実に相手に見えてしまう。
しかし移動しなくてもここにいることは知られているはずなので破壊されるのも時間の問題だ。
どうする……?!
「……右に…‥避けなさい!」
「……ッ?!」
俺の隠れていた障害物がまた粉々に吹き飛んだ……が身体能力強化のおかげで、声が聞こえた瞬間に体が動いていた。
後ろを振り返る。
なぜかシシディアさんが倒れており、彼のそばにセティアナ・イリーアさんが膝をついて杖を俺の方向へ向けていた。
「シシディアがやられたわ! こっちはなんとかするから前を見なさ────」
「よそ見はいけない!」
俺の背後から男の声と、風を切る音。
剣だ。
身体能力強化のおかげでなんとか振り返り、頭を割ろうとする一撃を受け流した。
手の痺れはすぐに回復した。
すかさず距離を取る。
しかし相手は杖を振り、俺の背後に土壁を出して退路と後方支援を絶った。
魔法の発動が速すぎる。
息をつく暇はなかった。
ワンステップで距離を詰められ、横薙ぎの剣が飛んでくる。
背中壁をに擦って下に避けた。
相手の剣が予想外か、土壁で跳ね返されて手から吹き飛ぶ。
杖に持ち替えようとするが、俺はその隙を見逃さない。
持ち変えられかけた右手の杖を蹴り飛ばし、すぐさま相手の鳩尾を思い切り丸い剣先で突いた。
相手は気を失い、俺にもたれかかった。
元々上がっていた歓声の中から、少しだけ俺に向けての歓声が上がったのが聞こえた。
そこで初めて相手の顔を見た。
鳩尾を強く突きすぎてどこか折れてしまったのではないかと心配してしまうほどの細身で、濃い青髪を携える男。
「まず一人だ」
────しゃがむ。
頭上を土の塊が通り過ぎた。
当たっていたら意識は飛び、骨が粉砕するレベルのものだ。
「身体能力強化便利だな……!」
一瞬立って、飛んできた方向を見る。
誰もいない。
一体どこから?!
────横に飛ぶ。
元いた場所に、先程と同じような土の塊が降ってきた。
「……苦労してるみたいね」
「セティアナ・イリーアさん?!」
振り返ると、彼女の方にも飛んできている土の塊を、魔法を使って澄ました顔で弾き飛ばすセティアナ・イリーアさんがいた。
マリアナさんとロアさんが二人でまだ頑張っているのだろう、シシディアさんがやられて俺の支援をする者がいなくなりセティアナ・イリーアが俺の支援をすることになったみたいだ。
何を察したのか、彼女は俺に杖を振って魔法をかけながら言う。
「言っとくけど、チームのためだから」
やはりそうですよね。
苦笑していると、土の塊が飛んできているのに気づかず当たってしまった。
しかし傷もなんともない。
「風魔法。アンタの周りに強い風を纏わせていたわ。いっ────」
彼女は杖から炎を噴射して土の塊をサラサラの粉に変えた。
発動は速く、精度も高い。
もういっそ、セティアナ・イリーアさんに相手チームのいる方向を一気に焼き払ってもらった方が良いのでは?
「一回限りなのよ。今アンタ、バカみたいに相手の攻撃に当たっちゃったから効果が切れちゃったわよ」
「助けてくれてありがとうございます」
「……ちなみに向こう側のマリアナとロアはもう二人倒してるわよ」
……この女。
「が、頑張らせていただきます。支援は任せました」
俺は地面を蹴り、グラウンドをくまなく探した。
強化された視覚、聴覚、嗅覚、触覚を使って遠くからチクチク土塊を放ってくる生徒を探す。
すると相手チームのスタート位置の障害物から一瞬、顔を出てきた。
俺と目が合ってしまう。
アイツだ。
「……いた」
一気に距離を詰める、なんて馬鹿はしない。
俺と相手を結ぶ直線上の障害物を上手く利用しながら距離を詰める。
相手には俺が近づいて来ているのが分かって魔法を構えているだろう、しかし相手が顔を出す前に、障害物のすぐ近くにできた土壁に身を隠した。
その場所で一度息を吐いて後方を確認すると、丁度マリアナさんが相手チームの三人目の杖を破壊したところだった。
「あと一人か……!」
相手の位置からもそれは見えているはずだ。
相手は焦っているだろう。
いける!
俺は障害物から飛び出して──
──意識を失った。