純血のお願いごと
セティアナ・イリーアさんのいるグループは練習を終え、次は休憩の時間とされていた。
印の解読を頼みに行くなら今しかない。
グラウンドの出入場口を見つけた俺はここでセティアナ・イリーアさんを待つことにした。
練習を終えて出てくる生徒たちは練習科目の違いで汗をかく生徒、かかない生徒が分かれ、空飛ぶ絨毯で運ばれてくる傷だらけの生徒も数多くいた。
「練習でここまでになるのか……」
まだ午前中。
生徒たちが魔法や剣にまだ慣れておらず危険なものだとしても、あくまでまだ練習だ。
これが午後の実戦になったらどうなるのか。
そんなことを考えていると、その場の雰囲気が一瞬にして変わった。
セティアナ・イリーアさんが出てきたのだ。
同じグループらしき生徒は汗をかき、ぐったりしているのにもかかわらず彼女だけは汗どころか疲れた様子さえ見えない。
フリーンさんが有名人だと言っていた通り、何人かの取り巻きがいた。
しかし休憩をするためか別れを告げたようで、次々に人が彼女から離れていった。
「今しかない……!」
ポケットに印を書き写した紙が入っているのを確認してセティアナ・イリーアさんへ近づく。
「セティアナ・イリーアさん?」
振り向いた彼女は笑顔だった。
「はい。……あなたは……」
しかしその笑顔は一気に消え失せた。
ほんの一瞬、侮蔑するような、人を見るような眼ではない視線で睨まれる。
それもそのはず、彼女は俺が魔血を持っていないことを知っているのだ。
彼女にとって俺は今、この場にいる人間の中で一番知らない人だが、一番消したい人間だ。
それを考慮しながら無理も承知で聞いてみる。
「実はお願いしたいことがあるんです」
「何かしら」
眼は汚いものを見るようなままだが、全体を見れば笑顔に戻ったセティアナ・イリーアさんに意外と普通の反応を貰えた。
フリーンさんに教えてもらった使用人の使う言葉を混ぜて言葉を話す。
「ある印の解読を頼みたいのです。昨日、魔導書を読んでいたら謎の印を見つけたのですが、それは私には読めなくて」
「魔血のための読み物だからじゃないの?」
セティアナ・イリーアは冷たく言い放つ。
俺は場の状況を考えて首を横に振るだけにとどめた。
今の彼女の言葉も危なかったが、余計なことを言って周りに魔血を持たないことがバレるなんていうヘマはしたくない。
人が多く雑談の絶えないこの空間だが、万が一のことだってある。
何が不服だったのか、紙もまだ見せていないのにセティアナ・イリーアさんは急に顔をしかめて言った。
「悪いけど、あなたに協力はできない。それより後ろがつっかえてるのよ、どいてくれない?」
「申し訳ありません」
俺が退いた途端、セティアナ・イリーアさんは人波に流されるまま奥へと行ってしまい、印と共に俺は取り残された。
頼みの綱だった彼女に断られてしまった。
正直彼女が俺を嫌っていて受けてくれないのは分かっていたが、頼む前に断られると流石に心が痛む。
元々、他の人間には見えない印の解読を頼もうとするのが間違いだったのかもしれない。
取り敢えずこの場所にもう用はない、一旦使用人室に戻るとしよう。
「ちょっと! そこの使用人さん!」
呼ばれて振り返ると、長いベンチに腰掛けている青年生徒が汗を拭いながら俺に向かって手を招いていた。
手拭いを首にかけ、両手を合わせて頭を下げる。
「見た感じ暇そうだから頼まれてくれないか?」
「どのような頼み事でしょうか?」
「午後からの実戦練習のことなんだけど、五対五の時に僕らのチーム一人足りなくてさ……本当は生徒に頼んで補充しないといけないんだけど、生徒に見える君ならバレないように混ざってくれないかなって」
実戦って……魔法や剣を使う危険な練習じゃないか。
悪いがいくら俺が使用人だとしても、面倒ごとはごめんだ。
「……申し訳ありませ────」
「面白そうじゃないか?」
言いかけたところに、幼い女の子の声が割り込んだ。
俺の後方、低めに生徒たちの視線が集中して、場が凍りつく。
この声ってまさか……
俺に頼んだ青年がいきなり立ち上がって姿勢を正した。
「学園長! お言葉添えありがとうございます!」
振り返って絶望し、大きなため息を吐きそうになるのを必死に飲み込んで学園長に一礼……な、なぜここに学園長がいるんだ! おかしいだろ!
「五対五の実戦練習だ。一人いなくなるだけで、欠けた側の作戦や陣形が崩れて練習にならんだろう。ということで拒否権は認めない、使用人カイ・レグムウェル、シシディアのチームへ助っ人に入れ」
拒否権を認めない、ね。それを言うなならここに来た時から立場のせいで拒否なんて出来そうも無かった。
「分かりました……」
「カイ・レグムウェルっていうんだね」
差し出された手を握る。
「……シシディアさん、よろしくお願いします」
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部屋に戻ってフリーンさんに事情を説明し、準備室となったその部屋にシシディアさんのチーム三人を案内した。
……ん、三人?
「三人しかいないんですか? 五対五の実戦練習でしたよね?」
「後一人は用事があるみたいで、もう少し経ってから来るはずだよ」
「分かりました」
朝運んできた木の剣を五本と、実戦練習用の衣服を受け取り、使用人から話されるルールを聞く。
今回は俺が使用人として説明した。
──ルールはグラウンドを満遍なく使った五対五の実戦。
この試合中のみ生徒はグラウンド上での魔法や剣の使用を許可される。
魔法によって生み出した武器は、相手を即死させるもので無ければ使用と生成を許可する。
剣は破壊されてもしても構わないが、杖だけは破壊されてはいけない。
杖を破壊された生徒はその時点で失格となり退場。
リーダーの杖が破壊された場合、戦闘可能な生徒がいてもそのチームは敗北となる。
当然、杖のみ貸し借りは禁止。
魔法、剣を操り相手チームの五人を戦闘不能にさせたチームが勝利となるが、上記の通りリーダーには条件がある。
魔法を使うにあたって相手を傷つけることはあったとしても死亡させてはいけない。
他にも細かいルールはあるが、それらは相手に敬意を払いましょうだとか、怪我人の救護を手伝いましょうとか、あまり気にしなくてもいいような内容だった。
ルールの説明を終え、チームは本格的に実戦の準備を始めることにしたようだ。
まずは自己紹介をするらしい。
「シシディア・クローグだ、よろしく」
シシディアさんは緑の柔らかそうな髪がトレードマークの優しげな青年。
魔法についてはリーダーの次に上手いらしく、学園の成績も良いらしい。
学園の成績は別に、教えてくれなくてもよかったのだが。
「私はマリアナ・キティ」
マリアナさんは茶色のショートヘアに身長の高さがトレードマークで、魔法は使えるようだが、剣も得意らしい。
今ここにいないもう一人に剣を教えているらしく、そこそこの自信はあるみたいだ。
「僕はロア・クローグ、名前の通りシシディアの双子の兄だ。弟の方が優秀ってことで覚えてくれればいいかな」
少し消極的なイメージを醸し出すロアさんは弟シシディアさんとおなじく綺麗な緑の髪を持っている。
剣が苦手で弟に抜かされた魔法分野を絶賛練習、勉強中だと言っている。
「カイ君は得意な魔法があるの?」
「魔法より剣が得意です」
「珍しいことを言うね……分かった、君はマリアナと共に前衛に出て僕たちの援護を受けながら戦ってくれ」
「分かりました……後ろ三人に魔法使いを配置するんですね?」
「そう、僕たちのチームは魔法を正確に狙い撃ち出来るっていうのがアピールポイントなんだ。だから、開始と同時に散らばって別々の方向から攻めてもらう。君たち二人に身体能力強化の魔法をかけて、後は後方支援に徹するよ」
「マリアナさん、よろしくお願いします。ところで、質問があるのですが、マリアナさんが自分に身体能力強化をかければいいと思います、何かそこにも作戦があるんですか?」
「ごめんなさい、私自分に向けて魔法を使うのがなんだか苦手で……攻撃ならいくらでもしてあげるんだけどね、剣も得意だからそっちの方がいいかな? って」
「なるほど」
「それと、よろしくカイ君。一人減るのは相当痛手だったから、助かったわ」
「痛手とは言いますけど、実戦練習に勝つと何か起こるんですか?」
マリアナさんは驚いた顔で俺を見る。
「知らないの? トーナメント形式の実戦練習に勝つことで、魔法や剣の扱いが優秀であると認められ、次からレベルの高い授業を受けられるのよ」
ただ危険に身を晒すだけでなく、報酬がしっかりと用意されているものだったのか。
ペナルティは無いようだが、報酬があるということは俺は足を引っ張ることが出来ないということ。
……相手のレベルにもよるが、魔法も使えず、後方支援と剣技だけで足を引っ張らないように戦うなんて、三回死んでも無理な話だろう。
「私たち一年はこれが初めてだからレベルが高くなると言っても……全学年が参加するこの試合で十位以内に入らないとそこまで大きくは変わらないわね」
「ちなみに何位を目指しているんですか?」
シシディアさんがマリアナさんと兄のロアさんの肩を両腕で抱えて言う。
「初めての参加だからね。僕らのリーダー、セティアナ・イリーアがいると言っても上級生はそう簡単に負けてはくれないと思うんだ。でもせめて、十位前後には入りたいかな……!」
「確かに上級生は強いでしょうね…………って、え?」
は? 今なんて?
「え?」
突然、準備室のドアが開かれて一人の女生徒が姿を現した。
「みんな待たせちゃってごめんなさい! 今から準備するわ…………ね?」
目が合い、彼女の姿を確認して呆然とした。
まさか一人遅れてくるチームメイトって……
ドアの前に立っていたのは紛れもなく金の髪を携えた月のように美しく成績優秀な女生徒。
ついさっき、俺の頼みを聞く前に拒否した女。
「せ、セティアナ・イリーア…………さん」