純血の発見
使用人生活の朝は早い。
起きてすぐに下っ端の俺が使用人全員分の朝食を作り、昨日溜められた汚れ物を洗って干す。
フリーンさんを叩き起こし、生まれつき魔法が使えないことにした俺の替わりに魔法で洗濯物を乾かしてもらう。
叩き起こしても尚まだ半分寝ているフリーンさんを使用人専用食堂へ連れて行き朝食を食べさせる。
同時に俺も朝食を取り、食堂の食器を全て片付けて洗う。
その後は……夕方まで自由時間だ。
今日も魔導書を読むぞ! と言いたいところだが、今日はセティアナ・イリーアさんを探して印の解読を頼まなければいけない。
フリーンさんの情報を頼りに、いつものように図書室へ行こうと使用人施設ロビーから出ようと扉に手をかけると、すっかり目が覚めた様子のフリーンさんに呼び止められた。
「何ですか?」
「ティアナちゃん探しに行くんでしょ? 今日は図書室にはいないよ」
「ティアナ?」
「セティアナちゃんのこと」
どこにいるんですかと聞かれるのを待たず、フリーンさんは俺の手を引いて外に出る。
何気に初めてフリーンさんの手に触れた。
細くて折れてしまいそうだが、暖かくしなやかで柔らかい。
っと、なにを考えているんだ俺は。
これではまるで変態じゃないか……
「ほら見てあそこ、総合場があるの分かる?」
「え? あ、ああ! あの図書室を外から見たような円形丸天井の建物ですか?」
図書室みたいだが規模が全く違い、大きい。
図書室へ向かう時に、必ず視界に入る校舎の隣の建物で何のためなのか気になっていたところだ。
「そう! 今日から三日間は剣術とか魔法の実技科目を学ぶから、あそこに全生徒がいるの。今から行くでしょ? ちょっと待っててね、私も仕事であそこ行かなきゃいけないから」
「何の仕事ですか?」
「向こうに着いてからのお楽しみだね」
「待ってた方がいいですか?」
「待っていなくてもいいけど……もしかして一緒に行くの恥ずかしい?」
フリーンさんがニヤニヤしながら言うのでムッとなり反撃をする。
「いえ、別に。むしろ嬉しいです」
「う、嬉しい?! そ、それはち、ちょっと恥ずかしいかなー! あははー!」
フリーンさんは顔を赤くしながら脱兎の如く部屋へ戻って行く。
可愛らしい人だが……どこか抜けている。
数分後、フリーンさんはその腕の長さと同じくらいの箱を空中に浮かばせながら外へ出てきた。
「箱……ですか?」
「時間もまだあるし、中身見てみる?」
箱を開けると、上質な絹の布に包まれた棒のようなものが何本も入っていた。
「何ですかこれ……剣みたいだ」
「あったりー! あ! 触らないでね、これ全部これから使う剣だから……いや、でも見るだけならいいか!」
フリーンさんは、箱の中から綺麗に他の剣と接触しないように並べられた剣を一本取り出し、絹の布を取って見せてくれた。
直剣で刃と先が丸く加工されている、剣というよりは持ち手にガードの付いた細い棒だ。
「練習用は総合場に何本もあるけど、実戦、つまり軽めの決闘をする時はこうやって生徒が剣への細工が出来ないように使用人が管理しておいた物を出すの」
「決闘? 剣の練習なんてするんですか?」
実用的な魔法は無詠唱で発動出来るのだから十分だろうに。
「体力増強と保険だって学園長が言ってたわ。今の時代、秒を刻むような戦いで使う魔法は無詠唱で隙を晒すことはほぼ無いけれど、それは魔法使い同士の戦いの話だからって」
「それって……」
それはすなわち魔血を持たない人間、剣や弓を使う地上の純血たちと戦うため、ということなのか?
まさかここの学園長は純血と戦争を起こそうって言うんじゃないだろうな。
……まさかな。
俺の不安が顔に出ていたのか、フリーンさんは剣を箱にしまい、俺の肩を優しく叩いて笑った。
「保険よ、保険」
「ですよね!」
「そろそろ行こうか! 総合場へ!」
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フリーンさんの言った通り、大勢の生徒が総合場の周りで準備運動や柔軟を行なっていた。
「ここにいる……確か六百五十人が全学年を合わせた全学園生徒よ」
ここまで多い人数を見るのは初めてだ。
すぐにフリーンさんを見失って……
いや、それは無さそうだ。
ただでさえ数が多い総合場前で、さらに人が密集している場所がある。
しかも先程見た剣の入った箱がその人集りの中央に浮いている。
人並みに揉まれるフリーンさんの周りをよく見るとそれを構成するのは意外にも男だけでなく女も同じ割合で、その全ての手に手紙が握られている。
他人事で悪いが、大変だろうな……
時間ギリギリになると、生徒たちは総合場の中へ吸い込まれるように入って行った。
「ふぅー、お待たせ! カイ君」
手紙の束を抱えて俺の元へ来たフリーンさんが俺のことをそんな感じで呼ぶものだから、総合場に入って行くフリーンさんのファン生徒が俺に殺気を向けてくる。
控えめに言って怖すぎる!
「やっぱり待たない方が良かったです」
「え?! あー、もしかして嫉妬してる?」
「違いますよ! 俺の命の話です、早く中に行きましょう」
総合場に入ると、総合場を一周ぐるっと巻くような形だと聞く廊下に出た。
廊下の内側に点在する扉を開けると中心の楕円形の広い地面を見下ろすために置かれた、いわば観客席区画に出た。
生徒はその席に次々と座っていくが、俺とフリーンさんは違う。
観客席の下へ続く階段を降り、扉に「準備室」と書かれた部屋に入る。
「準備室とは書いてあるけど、午前中の練習時間はここが使用人専用の部屋。たまに怪我人の手当てとかもするよ。午後から最終日までは実戦前の準備場所になるんだけど……」
フリーンさんは分厚い窓から見えるグラウンドの丁度反対側になる場所を指差して続ける。
「ほら、向こうにこの部屋と同じような窓があるでしょ、あそこも使用人専用部屋で、相手側になる生徒が使う部屋でもあるから覚えておいてね」
「はい」
俺が返事をすると同時に、大勢の生徒たちがグラウンドに姿を現した。
「凄いですね、全校生徒がグラウンドに入ってもまだ空いていますよ」
「ファヴールは土地だけはあるのよ、地下だけど……」
すぐに地響きが鳴り始め、生徒たちがバラバラになったかと思うと、今度は三十人程度のグループができた。
それぞれがまとまると教師のような人物が一人現れ、グループごとに行動を始めた。
剣を使うところもあれば魔法を使うグループもあり、さらには規則的に走り回っているグループもある。
「時間ごとにやることを変えて、午後から三日間の実戦に備えるのよ。カイ君も入学したらやるのよ? 辛いと思うけど、タメにはなるはず」
「頑張ります、体力には自信がありますから!」
「それは良かった。じゃあ私、手紙読んでるから何かあったら呼んでね!」
「……はい。そういえば、あの中にセティアナ・イリーアさんはいますか?」
「いると思うよ……ほら! あそこ!」
フリーンさんの指差した先、幸いにも俺のいる部屋に一番近くで練習しているグループの中にいるみたいだ。
「ほら、あの若干茶色の混じった金色のロングヘアーの女の子! ……ツーサイドアップって言うんだっけ、あの髪型」
──見つけた、が。
「あっ……あの女は……!」
「え? 何? カイ君知り合い?」
グラウンドに立つ金髪のツーサイドアップの可憐な女。
周りの生徒の中から浮き出るほど際立つ美しさ。
あの女は俺が初めてここに来たときに追ってきた奴じゃないか……!
「カイ君?」
「え?! あ! いや、知り合いかなと思ったら違ったみたいです!」
「そうなの? ティアナちゃん綺麗で目立つし、知り合い多いから違うこともないんじゃない?」
ま、まあ。
知り合いではないといえば嘘になるが、どういう関係なのかと聞かれるとキツいものがある。
「あの子ほんっとに綺麗なのよねー……嫉妬しちゃうよ。まあ、私には敵わないかな! それと努力家だし、剣以外はこの学園に敵がいないと言われるくらい強いし」
「そんなに強いんですか……剣以外?」
「私の綺麗さはスルーなのね。そうなの、相当努力はしているらしいけど、あの子どうしても剣は苦手みたい。でも、いざ実戦となると魔法で圧倒しちゃうからあんまり関係ないみたいね」
フリーンさんによると、今彼女のグループが行っているのは火から水、大地から火、つまり不利属性への魔力転換速度向上練習のようだが見ている俺にはさっぱり分からない。
──しかし、セティアナ・イリーアという人物がどれほどの努力家の魔法使いなのかは、魔力転換速度などを気にする領域を遥かに超えているレベルの圧倒的な魔法を目の前で見せられて十分に分かった。