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純血の魔法使い見習い 〜魔血から忌み嫌われる純血が魔法使いを目指す〜  作者: 蒼木 空
第0章 世界樹ユグドラシル大森林地下「ファヴール魔法学園」
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純血の監視役

 ファヴール学園長室の中で一番豪勢な木の椅子に、少女が腰掛ける。


 机を挟んで少女の向かい側には女生徒が立った。


 目の前に座る小さな学園長を、水晶を模した孔雀青が捉えている。


 腰まで流れる黄金の長髪はツーサイドアップで纏め、下半分がゆるい雲のようにふわりとしていて、彼女が動くたびに一緒に踊る。


 学園長が嫉妬し、魔法で自らの若さを偽るほど白く透き通る肌に薄紅に照り輝く唇。


 入学一週間、すでに学園内では美人として知らない者はほとんどいなくなっていた。


 現にこの部屋に来るまでに彼女とすれ違った人は必ず振り返り、その美貌を確認しようと彼女が振り向いてくれるまでそこで立ち止まってしまうほど。


「それで、話とは何だティアナ、入学早々好きなヤツでもできたのか?」


「違いますよ!」


「冗談だ。まあ分かる、あの青年のことだろう?」


 あまりにもセナが不満たっぷりの顔で頷くので、フリーンは苦笑した。





 ──図書室で本を読むカイが小さくくしゃみをする。





「先にも伝えた通り、新魔法で彼の記憶は読んだ、改竄されていないかどうかもな。結果我々が困るような記憶、情報は持っていなかった……というか、ティアナがあいつを連れてきたんじゃないか、何が不満なんだ?」


「ちょっとした興味です、今は後悔しています。それより私は魔血を持たない人間が嫌なんですよ……ヤツらが私たちにしたことを覚えていますよね?」


「もちろん」


「なのに何故?」


「彼の眼を見て思い出したんだよ。過去に同じことを言って、魔血を持つ者と持たない者との和解を成立させようとしていた人間がいたことをな」


「せ…………」

 成功したんですか、と聞こうとしたティアナは口に出かかったそのセリフを飲み込んだ。


 答えは今この世界が静かに、残酷に述べている。


「それ誰なんですか?」


「内緒」


 そのユミールの人差し指を口に持ってきて言わないよ、という仕草が見た目だけ無垢な少女の可愛らしい内緒話のように見えてしまい、ティアナは目を擦る。


「……確かに学園長が大丈夫というなら大丈夫なんでしょうけど……」


「何か言いたげじゃないか……あぁ! ならこうすればいい」


 な、なんですか? とティアナは首を傾げた。


「そんなに彼が気になるなら監視役をティアナがやればいいんだ。はい決定」


 言いながら何処からか書き上げていた書類を取り出し、大きなハンコを押した。


 一瞬の後、ティアナは理解した。


「…………は?! え、いや、無理無理無理無理ですって! しかも勝手に決定しないでください!」


「気になるんだろう?」


「いやいや気になるってそういうことじゃないですから!」


「もう決定した」


 ユミールは書類を空で踊らせた。

 それを追いかけてウサギのようにぴょんぴょん跳ねる姿をユミールは笑う。

 怒ってすぐに体力が尽き、棒立ちになった女生徒に学園長は追い討ちをかけるように監視役任命書類を突きつけた。


「ちょ、ちょっと待ってください、私には授業や勉強があるんですよ?! 私の頭が悪くなったらどうするんですか?!」


「確かティアナにはあれを既に全巻読ませたはずだが?」


 あれ、とは図書室に保管されている千百十二冊の魔導書。


 ティアナは八年前、十歳の頃には既に成績優秀者としてファヴール魔法学園への立ち入りが許可されており、現学園長の勧めで図書室の魔導書を読み始めていた。


 当時は人形のような可愛らしい少女がファヴール魔法学園の魔導書を全巻読破しようとしているとして街を賑わせた。


 彼女の今の学園内の人気はこの話からも来ている。


 フリーンは当時のことを思い出し、一人微笑む。


「何笑ってるんですか? 学園長、この学園の授業は興味深いものばかりです。本を読んだだけでは分からなかったことも、それぞれの分野で魔法使いが研究したことも知ることができて……その時間が減るとなると困るんです!」


 フリーンはため息をついた。


「まあそう言うと思った。ならティアナ、授業の間の休憩時間は何している?」


「そ、そんなにやらせたいんですかっ?!」


「いいから、言ってみてくれ」


 頬を膨らませながらティアナはこの一週間続けている休憩時間のことを思い返す。


「図書室で魔導書をもう一周しようかと思ってまた読んでいます」


「よし、決定だ」


「はい?!」


「実は彼、フリーンから聞いたんだが夜は図書室の清掃をさせているそうだ。逆に昼はそれが無くて図書室で魔導書を読んでいるとか」


「それを私に、魔導書を読み勉強しながら監視しろと?」


「そうだ、休憩時間の間だけでいい。他の時間はフリーンや他の監視に任せる」


 向こうのペースに巻き込まれてはダメだ。


 彼女は打開策を考えながら、じわりと痛んだこめかみを抑える。


「学園長、休憩時間って言葉の意味を伺っても?」


 彼女が瀬戸際で思いついたのはこの質問だけだった。

 終わった、と確信するティアナにユミールは平然と答える。


「休憩(しながら学園長に言われたことを同時にやる)時間だろ? そんな言葉の意味くらい分かっている」


「何か今とんでもないことを聞いたような気が……」


「気のせいだろ。それにしてもティアナは頑固だな、学園長命令でやらせるぞ?」


「まさかの脅し?! わ、分かりましたやります! いやー! 今丁度やろうと思っていたんですよね!」


 ファヴール魔法学園での学園長命令は、絶対に遂行しなければいけない重要任務となる。


 サボれば罰が下るのだ。


「そうか、それは良かった」


 であれば命令にならないただの頼み事の今のうちに受けてしまえと思ったティアナは、その場返事をしてしまった直後に代理人をよこせば良かったこと、まず学園長室に行ったことを後悔した。




 #####




「……まったく、何で私がアイツの監視をしなきゃいけないのよ……」


 図書室三階、吹き抜けの穴に沿うように並べられた椅子に腰掛けているティアナは、立てた魔導書第六百七巻を読みながら監視をしている。


 対象は吹き抜けの穴を挟んだ向かい側で同じく魔導書を読んでいる男。


「一応真面目に読んでいるだけ……みたいね」


 カイは監視されているとも知らずに何故か魔導書の一番初めのページを長い時間見つめている。


「どの巻も最初のページには魔法は載っていないはずなんだけど」


 何を見ているんだろうか。

 まさか字すら読めないのではないか、彼女は横目で気にしながら古臭いページをめくる。


「カイ・レグムウェルって言ってたっけ……?」


 どこかで聞いたことのある名前な気がするが、単に魔血を持たないヤツだと見てしまえば醜い人間もどきの生き物だ。

 学園長の許可さえあれば今ここであの首を吹き飛ばしてやれるのに、と彼女は腰の杖を強く握り締める。


「…………!」


 ──ここで彼女に一つの案が浮かんだ。


 魔導書を机に立て、腰の杖を抜いて二、三振り。

 あっという間に机の上にはぼんやりと握り拳大の眩い光の玉が一つ浮かんだ。

 初歩的な魔法で、魔導書が痛むのを避けるため攻撃力は無いが、魔法を見たことがないヤツにとってはいいクスリになるはず。


 ティアナがカイに向かって杖をもう一度振ると、光の玉は真っ直ぐに進んでいった。


 直撃。


 カイは驚き机から本を落とす。


 重く硬い表紙を持つ魔導書の地面を叩く音は彼女にとっても想定外の大きさで図書室中に響き渡った。


 直後、元々静かだった図書室がさらに静まり返る。


「や、やりすぎたかっ……!」


 すかさず本に隠れながらティアナは、そっと彼の方を見る。

 見えたのは丁度、様子を見にきた図書室長が彼と何かを話しているところだった。

 注意されているのだろう、彼は何回か頷いた後、図書室長の転移を目の当たりにして驚き、魔導書を本棚に戻して図書室から出て行った。


 その後ろをさりげなく付いていく人影が二つ。


 あれが学園長の言っていた私以外の監視役なのか。

 遠目でもわかる、色落ちしたファヴールの制服を身につけているその姿はどう見ても新入生ではない。


 それどころか、あの二人の上腕に巻かれた純白の腕章は執行団を示すものだ。


「上級生、それも執行団のメンバーを監視役にするなんて、学園長、あんなこと言っておいてほとんど信用していないんじゃないの……?」


 ファヴール魔法学園生徒よりも上に位置する、学園教師補助の役割を分割して任された者達。


 魔法使いとして優れた成績を持つ生徒達だ。


 毎年入学式後に、二年生以上の成績優良者たちから学園長が直々に引き抜かれた生徒で構成された団。

 最初は学園内の行事の執行、監督補助を目的として組織された。

 しかし現在の実情は学園長曰く、執行団の()()()()は魔法の力によって生徒を半殺しにしてでも自分個人の言うことを聞かせる幼稚な団体成り果てているらしい。


 ティアナは、自分が学園長室に招かれた時は必ずこの話題の嘆きを聞いていたことを思い出した。



 ──鐘が鳴る。



「あ、次の時間間に合わない!」


 ばしん、といつの間にか背後にいた図書室長に頭叩かれて彼女の初めての監視任務、おまけの休憩時間は終わった。

ここでなんちゃって三人称の第0章は終わりです。

次回からは第1章、一人称で綴ります。

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