表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純血の魔法使い見習い 〜魔血から忌み嫌われる純血が魔法使いを目指す〜  作者: 蒼木 空
第0章 世界樹ユグドラシル大森林地下「ファヴール魔法学園」
3/16

純血の図書室清掃

 

「──と、いうことだ。フリーン、こいつを頼む」


 学園に隣接する使用人専用施設に来ていたユミールは上質な縄で縛られた青年を、掃除用具を持ち扉の前で待ち構えているフリーンという名の女に投げ渡した。


 ユミールの背後の赤い夕陽の色を吸収したような緋眼と、それを片方隠す白銀の短髪。

 均衡の取れた鼻の下を小さく裂く薄紅の唇。

 この学園の教師専用使用人だが、その華麗な容姿、行動に生徒からは色々な意味で愛されている。

 しかしそれが原因で、ここでの使用人としての毎日の仕事の大半は生徒から彼女自身に向けられた手紙読みとなってしまっている。

 そんな彼女の右上腕には使用人長を示す、真紅の腕章。

 ファヴール学園の制服の色と同じ赤みを帯びた黒の使用人長は、魔血を持たぬ青年を見て困惑の表情を浮かべる。


「分かったけどー、この子なんで縛られてるの?」


 この使用人長の学園長への態度は通常ならあり得ないものだが、古くからの友人同士である彼女たちの間だけは許されている。

 使用人の質問にカイが焦った顔をするのを横目にユミールは淡々と告げた。


「言ったろう、学園長室に無断で入った間抜けだからだ。罰として使用人生活をしてもらう」


 カイが呆然とユミールを見ると視線が合い、その目から伝わってくる。


 ──我々信用を得たいのならそれに足りる仕事をしてみろ、そうすれば考えてやらないでもない。


「ありがとうございます」


 カイの口からぽろりと出た言葉に使用人長は一瞬首を傾げたので怪しまれないようユミールが間髪を入れずに言う。


「フリーン、昔からの仲ということで後は頼んだ。一応ソレから目を離すなよ」


「あ、うん」


 杖を振り転移陣を描き、青い光となって流れていった旧友を見て使用人長はため息をつく。


「あのロリババ……じゃなかった。学園長は私に仕事を押し付けないと気が済まないのかな?」


 持っていた掃除用具を置き、杖で石のように硬かったカイの縄を解いてやると、変な声を上げて硬直した。

 それもそのはず、縛られていた部分にいきなり血液が流れ込むのは普通の人間には耐えられない激痛だ。


「それにしても君、学園長室に忍び込むなんてとんでもないことしたわねー」


 縄をゴミを入れるための麻袋に詰めながらフリーンは人ごとのように言った。

 痛みの残る腕や肩を回しながらカイは怪しまれないような回答を考え、尋ねる。


「そ、そんなに悪いことだったんですか?」


「まず常識的に人の部屋に忍び込むのはダメでしょ。でもあの学園長室は特別この街の中でも特に警備が厳しいのよね。下手したら処刑よ。理由は知らないけれど!」


「そうだったんですか……」


「まぁ、入学初日だろうし間違いは誰にでもあるわよ! それで、私はフリーン・ミリガリアっていうの。この学園の使用人長をしているわ、よろしく!」


 差し出された手をカイは握る。


「俺はカイ・レグムウェルです、よろしくお願いします」


「よし! じゃあ掃除行くわよ!」


 悪い人ではなさそうだ、彼は安堵した。







 #####





 早くもカイは使用人長フリーンの性格を知ることになる。


 その一つが、忘れていた! と一旦使用人施設に連れ戻された出来事から分かる、頭の残念さ。

 男用の使用人服を貰って着替えたカイは、学園内のとある部屋へフリーンに連れられるまま辿り着いた。


「ここが私たちの掃除場所よ。まあ正確には私はファンレター読まなきゃいけないからあなただけの、だけど」


「ファ、ファンレター?」


「私、人気らしいの」


 もじもじと照れながら言うフリーンにカイは微笑を送る。


 ──二つ目、彼女には自分の容姿に自信があり謙遜はしない。


「そうですか。それにしてもここ、暗いですね……」


 人も光も無い広さも分からない暗闇に連れてこられたカイはぱたぱたと手を振って壁を探そうとする。


「壁は……ここか?」


 その様子を静かに面白がりながら、杖を振って部屋の明かりを一度に全て灯した。

 照らされて現れた円型の図書室の高い壁には、びっしりと様々な厚さ時代の本が並んでいた。


「この街に二つある魔導書保管庫の一つよ。その中でもここはファヴール学園に関わる者だけが使える図書室。でかいのよ、ここ」


「…………」


 後ろを振り向いた彼は驚いた。


 大量の本がひとりでに棚に入ったり、別の場所の本が出てきて飛んで行ったりしているのだ。

 おまけに二人がこれからやろうとしている図書室の掃除も水に濡れたモップがひとりで動いて拭いている。

 振り返った彼が言わんとすることを汲み取ったフリーンは答える。


「図書室長は人が良すぎるの。私たちが掃除をするといってもその前に遠隔魔法である程度の掃除はしてくれているのよ。……なら何故ここの掃除のしなければいけないかというと──」


 言いながらフリーンはモップをバケツの水に浸し、本棚と本棚の中間へ行くとそこでカイを手招きした。


 その人一人が入れそうな隙間を指差す。


「端っこまでは魔法でも届かないというか、大まかにしか出来ないの。だから細かい部分を綺麗にするために私たちがいるわけ。ということで説明終わり! はい、これモップね。あ、本は濡らさないように!」


 カイはモップを押し付けられ、まずは壁に敷き詰められた本棚の隙間の清掃を始めた。

 フリーンはというと、最上階三階から丸く吹き抜けになっている中央一階部分に並べられた机の上に載る大量の手紙を読み始めた。

 掃除をしていないわけでは無いようで、時々隣を通り過ぎる無人モップに杖を振っていた。


「意外と楽かも……」


 図書室の見た目はとても広く、最初はこれを全部掃除するのかと首を落としそうになったが、いざ始めると本棚の隙間の埃を取るだけ。


 彼にとってこれまでの苦労を考えれば正直楽な仕事だ。


「と、思うじゃろ?」


「わっ!」


 後ろの気配にカイは飛び上がった。

 振り向くと、真っ白なローブに包まれた木の棒のような老人が立っていた。

 右手には杖、左手にはモップを持っている。


「君がそうなのかの?」


「は、はい?」


「君が学園長室に忍び込んで罰を受けとる使用人かのぉ?」


「あ、はい! カイ・レグムウェルです……ってちょっと!」


 それだけ質問して、老人はそうかそうかと言いながら歩いて行ってしまった。


 この時間に生徒はいないし、モップを持っているところを見ると、使用人長が言っていた図書室長だろうか……と考えながらも彼は手を動かし続けた。




 ──二時間くらい経ち、手紙を全て読み終えたフリーンは座ったまま背を伸ばす。


 ちょうどその時、反対側の階段三階から降りてくるカイを見つけた。

 フリーンは両手を口に当て、声を張って言う。


「終わったー?!」


 同じように彼も返す。


「終わりましたー!」


 合流して二人は掃除用具をまとめた。


「三階どうだった?」


「なんだか、一、二階と比べて古そうな本がたくさんありました」


「あれね、全部魔導書なんだよ。読んで理解すれば魔法を使えるようになる。要は教科書みたいなものかなー」


 カイがそうなんですかと言うのを聞いてフリーンは驚く。


「え? 知らないの?」


「え? い、いや! お、俺の家は貧しくて本とかは、あまり……」


「ちょっと危機感抱いた方がいいかもよ?」


「どうしてですか?」


「三階にある魔導書は確か……千百十二冊くらいだけど、この学園に通っている生徒の全員が全巻読んで理解している人たちだからね」


 カイは目の前にいきなり立ち塞がった壁にがっくしと肩を落とした。

 彼がちらっと見た何冊かだけでも、一冊あたり三週間は読むのにかかってしまいそうな量だった。




「……まだ一冊も読んでません」


「私も!」


 慌てて口を押さえたカイの危うい発言を冗談だと思った彼女は同じように冗談で返して続けた。


「でも君にも特権があるの! 図書室の掃除は夜にしかしないから、図書室長の許可さえあれば昼間の自由時間は少しでも読んでいてもいいからね? 目指せ読破!」


「分かりました……そうさせてもらいます」


 二人は図書室を後にした。





 完全に外は暗くなっていた。


 夜虫が鳴く無風の使用人専用施設までの道を二人は歩きながら話す。


「君、初めてにしては結構手際良かったね」


「そうですか? というか見てたんですか?」


「まあ学園長が目を離すなって言ってたからねー。しかも手際が良いのに加えて……」


「な、なんですか」


 フリーンはカイの横顔を凝視していた。

 一瞬それが真面目な顔になったので彼は驚き立ち止まる。


「可愛らしい顔してる」


 真面目な顔から放たれた言葉にズッコケそうになりながらも堪えたカイは、軽く怒りを滲ませる声で言った。


「そ、う、で、す、か」


「あー! 怒らないで怒らないで! ごめんって!」


 人を面白がって揶揄い怒られて慌てるその姿が可愛らしく思え、それが多くの生徒から愛される理由であり、三つ目だ、と間近で見ていた彼は感じた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ