純血のさがしもの
新作です。
よろしくお願いします!
走っている。
俺は森の中を走っているんだ。
空に浮かぶ月は正円で、輪郭のあまりの鮮明さに本当に本物なのかと疑わせる。
その月明かりが細く溶ける暗い森の中を一人、青年が走っていた。
後ろからは重い石の擦れる音。
離れていくことはなく、徐々にその距離を縮めてきている。
音に違和感を感じて振り向き、追手が人間でないことを知る。
さらに先程から木々の小枝が意志を持って足首に絡み付こうとし、上空には光の玉が旋回している。
彼を捕らえようとしているのだ。
森の中の全てに追われている身でありながら、なぜか彼は満足感に満たされていた。
「岩を無造作に重ねたようなストーンゴーレム、動く木、光の玉……どれも噂通りだ……」
地上では見ることのない非現実な現象の数々。
これだけ見ればもう確信できる。
──俺はついに辿り着いたのだ。
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両親から、学校から、国から教えられる絶対がある。
この世界の人間は数百年前から「純血」と「魔血」の二種類に分けられている。
そして純血こそが真っ当な人間であり、魔血は絶滅すべきであると。
魔血が体に流れる者は人ではない。皆口を揃えて言った。
魔血は危険であり、人間の存在を脅かす。
──彼はそんなことを信じなかった。
魔血を持っているから、持たないから、と言っても外見は何一つ変わらないただの人間だ。
彼らが人間に害を及ぼした、あるいは事件を起こした、なんて彼の調べ尽くした歴史上には残っていない。
それなのに魔力以外何も変わらない人間は魔血を持つ人間を忌み嫌い、虐め、差別、さらには迫害まで行い、排除した挙げ句現在では魔血を奴隷として扱っている。
純血である彼は別に正義感が強すぎるとか、ヒーローになりたいとかではないし、純血と魔血に仲直りをさせようとしているでもなかった。
──彼には別の目的がある。
自分の目的のため、彼はその魔法使い達の暮らす国、純血である彼に魔法を教えてくれるであろう学校がどこかにあると信じ、大陸中を幼少期に一人で探し回った。
そしてやっと、家族は元より、金、友人、帰る場所など全てを捨てて見つけた場所。
それこそ、大陸の中心部から北西に五十キロメートルに位置するユグドラシル世界樹の立つ大森林地帯の地下に広がる魔法街ファヴールだったのだ。
「やっと、やっと見つけ……ッ!!」
濃紺の景色が反転する。
地べたに這いつくばる形になった彼の見た足首には蛇、ではなく木の根が絡み付いてあっという間に腰から胸へ腕へと巻きついた。
「くっ、離せッ!」
引きちぎっても引きちぎっても瞬く間に枝が伸びる。
「やっと、やっと見つけたのに……!」
「──やめた方がいいわよ」
「……!」
木の上からかけられた鳥のさえずりのような、しかし静かな怒気を感じさせる女の冷ややかな声。
声のする方向を見ると一人の人影が木の上に立ち、青年を見下ろしている。
青年は目を凝らすが、暗い夜では髪が長いことくらいしか分からなかった。
「…………」
抵抗は無駄だということは分かり、言われた通りに止めると枝が巻きつくのを止めた。
「良い判断ね、そのまま踠いていたらアナタ死んでいたわよ」
木の上から音も無く風のように降り立つ人影。
隣に石臼に岩の手足をくっつけたようなストーンゴーレムが並び、人影は青年に警戒を怠らずに近づいてくる。
──木々の間から照らす月光が追手を照らした。
青年はその美貌に目を奪われた。
上品な水晶を模したかのような孔雀青の双眸。
黄金色の腰まで流れる長髪はツーサイドアップで纏められ、下半分がゆるい雲のようにふわりと彼女が動くたびに一緒に踊り、まるで蜜を溶かした粉雪のように輝く。
月の輝きで放たれる美しく淡い白光をそのまま写し取ったかのような肌。
地上で出会うことのなかった、非現実をも思わせる綺麗な眩さに青年は見つめることしか出来なかった。
「な、なに見てるのよ……」
女はなぜ自分が見つめられているのか分からなかったが、とりあえず重すぎる右手の大きく分厚い本を左手に持ち替えた。
そして「気持ち悪い」と言いかける。
しかし、彼女も目の前の青年から目を離せないでいた。
逃げないように。とか、追い詰めてやる。という気持ちではなかった。
彼女に頭の中に、そして胸の中にうまく言葉にできない何かが生まれていた。
「なんなの……よ……」
変な気分に侵されている自分を無理やり振り払い、侵入者を規定通りに排除しようと杖を引き抜く。
そこで青年は自分の状況を理解した。
「まっ、待って!」
「何? 侵入者の言葉を聞くほど、私は暇じゃないの」
「俺を! 学園で学ばせてくれ!」
一瞬の静寂。
二人の間を夜風が静かに吹き抜ける。
「……は?」
予想もしていなかった一言に、後ろでストーンゴーレムが崩れた。
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