本編1-3
では魔力コントロールの方に問題はないのかと行き当たり、試しに失敗作の山を集めて、ごく小さい範囲で《大煉獄》を発動してみる。きちんとエクストラスキルである全域結界を部屋全体、家具から調度品、床、壁に至るまで総てに発動しておいたので、あわや失敗してからの大炎上も防げるだろう。……多分。
範囲をごく小さい場所に定め、失敗作の山だけを燃やせるように、魔力出力を調整する。指の先から少しだけ炎を出すイメージ。蛇口から、ぽたぽたと水が落ちるぐらいの、とても小さい力のイメージで。
ちり、と指先に熱が点ると、一瞬の後、失敗作の山が消し炭も残さず消える。
もちろん、他の場所に燃え移ったりもしていない。
「なんて……なんて、初歩的な……!」
思わず両手で顔を覆い、その場に膝をつきそうになる。
パニエがなければ、確実に膝を折っていただろう。
ちょっとばかし目尻に涙を浮かべた私は、染色は無し、ボタンは寄木細工をイメージした木の模様にして、襟の部分は芯のないブラウスをイメージしてもう一度《創造創生》を発動すると、今度はすんなり思っていた通りのブラウスが出来上がった。色は素材の色を生かしたままの白。ボタンも、寄木細工の特徴を生かす幾何学模様になっている。
その後も同様の手順でズボン……と言うより、7部丈のトラウザーズと、上着は腰の部分から切り替えしてタックプリーツを施し、一応帯剣出来るように両側に切り込みを入れた膝上のダブルブレスト、膝丈のソックスを創生する。色は総て白。
せめて単色染めでも良いから、何か色が欲しい所だ。
出来れば、シャツは薄い銀灰、トラウザースは濃いめの銀灰、ソックスは黒で、ジャケットは薄紫が良い。
そう、何って、ノヴァーリスの色だ。
植物素材の染色なら出来ると解ったのだし、色々試してみようかと思っていた矢先、コンコンコン、と部屋の扉がノックされた。
「……どなた?」
「サクリーナでございます。お嬢様、紅茶をお持ち致しました」
「どうぞ、入ってください」
「失礼致します」
サクリーナの言葉に、ハッと我に返る。そうだ、私は今貴族令嬢だった。服を創生するのに夢中になりすぎて、すっかり失念していた。
咄嗟に、前世で姉に「着ぐるみレベルのネコかぶり」と言われた笑みを貼り付け、入室してきたサクリーナに声を掛ける。
「今日の茶葉は何かしら」
「はい。お嬢様のお好きな、ダージリンのファーストフラッシュでございます。春摘みは今しか入手出来ませんので、存分にお楽しみください」
「ありがとう、サクリーナ。貴女の淹れる紅茶はどれも絶品ですもの。楽しみです」
「お嬢様にそう言って頂けるのが、何よりの褒美ですので」
うーん。流石有能侍女。
嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべる彼女を内心で撫でまわしたくなるが、ぐっと堪える。
前世の記憶を思い出して味覚や嗜好が変わったのか自分自身では把握出来ていないのだが、《私》は断然コーヒーより紅茶派で、しかもストレートが好きな人間だった。温めた牛乳を飲むと体調を崩すので、ミルクティは一回飲んで断念した経験がある。
そして《私》は、あっさりした味を好むので、ブロークンのように渋みが強く出る茶葉を好まない。ブロークン茶葉のセカンドフラッシュやオータムナルのダージリンを出されたら、まあ飲むには飲むが、やっぱりダージリンはフルリーフが好きだと内心で思うし、ブロークン茶葉だったらニルギリかキャンディにしてくれと言うのが正直なところだ。
サクリーナはその辺りを正確に理解してくれているみたいで、彼女が淹れてくれた紅茶に、今のところ外れはない。
今日も彼女が淹れてくれた美味しい紅茶に舌鼓を打ちつつ、ふと先ほど気になったことを訪ねてみる事にした。
この気配遮断の巧い有能侍女なら、何か知っているかもしれない。
「ねえ、サクリーナ。布を染めるには、どうすれば良いのでしょう」
「布、ですか……?」
「ええ。染めたい色があるのだけれど、わたくしには出来ませんから」
「それでしたら、邸内で《染色》のエクストラスキルを持つ者に依頼しておきましょう。お嬢様、色のご指定はございますか?」
「まあ……」
そんなスキルがあったのか!?
攻撃、防御、回復系のスキルは持っているが、生活に直結するようなスキルは何も持っていない。
え、やだ、欲しい。《染色》のスキルとか、普通に欲しい。
言葉で説明するのが難しい「赤」と「朱」と「紅」の違いを、イメージ一つで再現出来る可能性が高いスキル。欲しい。カラーコードを言われたって意味が解らないだろうし、そもそも私だってカラーコードなんて覚えてない。色も、色調も、模様だって自分で好きに染められる可能性の高いスキル、是非とも欲しい。
どうすれば習得出来るんだろうとソワソワしつつ、今しがた創生したばかりの衣服をサクリーナに渡し、それぞれの色イメージを伝えていく。
「では、こちらの衣服一式の《染色》をお願いします。シャツは……薄い灰、トラウザーズは濃いめの灰、ソックスは黒、ジャケットは……ラベンダーのような紫でお願いしますね」
銀色と言っても伝わらないだろうなと思い、思い浮かべやすい色を伝えると、渡された衣服に一瞬だけ目を見開いたサクリーナが、心得たと言わんばかりの笑みを浮かべ、「畏まりました」と頭を下げる。
……あ、今絶対、これをノヴァーリスに贈るのかって思っただろうな、と解る表情だった。
うーん、ごめんねえ。卒倒されたらどうしよう……とは思いつつ、サクリーナには申し訳ないが「着ない」と言う選択肢は、私の中には無かった。
衣服を大切に両手で抱え、なんだか嬉しそうに退室するサクリーナを見送り、私はポツリと呟いた。
「……キャスケットも作っておけば良かったかしら」
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