本編1-2
「——いやああぁあああっ!!」
澄み渡る蒼穹に、絹を裂くような悲鳴が木霊する。
涙を浮かべながら咄嗟に炎属性の最上位スキル《大煉獄》を放った私は、辺り一帯を焦土と化し、身に纏っていた着ぐるみレベルのネコも脱ぎ捨て、その場に蹲ってべそべそ泣いていた。
誰にだって、苦手なモノはあると思う。まさかピンポイントでソレにエンカウントするとは、微塵も思っていなかったが。
魔石採取の為、人も寄り付かない場所に来たまでは良かった。そして、ソレが私たちの視界に入ったのは、ほぼ同時だったと思う。
ノヴァーリスが私の横で、剣を抜き切らない体勢のまま、ぽかんとしている。
ヤメテ。切らないで。アレはヘモグロビンを持ってないから、体液だって赤くない。いや、体液が赤ならまき散らされても良いと言う訳では勿論ないので、やっぱり焼いて消し炭にするのが正解だ。
本日二度目のぎこちない顔を向けられても尚、私はべそべそと泣き続ける。
今朝の反応とは違う。今朝は照れ8割、困惑2割といった様子だったが、今回ばかりは困惑12割ぐらいの視線だ。
——ジャケットなんて、2時間あれば縫える。
そんな前世の姉の迷言を思い出したのは、魔石採取に何を着ていこう、と悩んでいた時だった。
人が踏み入らない僻地。魔物との邂逅、それに伴う戦闘も発生するだろう。
つまり何って、ドレスだと動きにくい。
ゲーム故のとんでも設定は、もちろん《今》にも反映されている。
前世で言う所の18世紀——つまりロココ・スタイルのローブ・ア・ラ・フランセーズが基本形として確かに存在しているのに、19世紀前半のエンパイア、ロマンチック・スタイルのドレスをすっ飛ばし、19世紀後半に流行したクリノリンやバッスル・スタイルのドレスが、最近の主流になりつつあるらしい。
前世ではバッスル・スタイルが確立された時、すでにミシンの流通が始まっていたらしいが、もちろんこの世界に、ミシンはない。と言うか、魔法があるせいで、科学の発展がものすごく遅いのだ。
そんな訳で、この世界で2時間でジャケット作成は無理だろうが、2日あれば何とかなるのでは? と考えた私は、しかしある事に気付く。
そう、緑属性最上位スキル——《創造創生》だ。
緑属性はその名の通り、植物系の能力を持っている。本来であれば植物を育てたり、元気にしたりと裏方サポート向きのスキルだが、上位スキルになれば蔦を自在に操ってトラップを仕掛けたり、植物を急速に成長させて花を咲かせたり、実をつけたりと、食料面でのサポートまで熟してしまう、汎用性の高い属性だ。
勿論、その植物の種や元になるものが在る事が前提になるが、最上位スキル、《創造創生》だけは話が違う。
その名の通り、元になる植物の種がなくても、創造出来る。そして魔力量によってはその後の加工まで可能と言う、トンデモスキルだ。
勿論植物性の物に限るが、イメージさえきちんと出来ていれば、ほぼ何だって出来てしまう。私の中では、ぶっちぎり一番のチートスキルとして、燦然と輝きを放っていた。
「コットンフラワーからの、下処理と紡績と織機での織が終わった綿100%の布……イメージはエジプト綿で……それを裁断、縫製して……シャツと、ズボン、あとソックス……と、上着も要るかしら」
広い部屋に一人なのを良い事に、ブツブツと小声で呟き仕様を決めていく。
普通なら侍女やメイドが控えるのだろうが、落ち着かないからと言って部屋に控えるのはやめてもらっている。その代わり控え間には常に誰かが常駐しているので、ベルを鳴らせば用聞きにやってくる仕組みだ。
絹の元は蚕。羊毛の元は羊なので、動物性のため却下。
ナイロンやアクリル、ポリエチレン系の生地は化学繊維なので、こちらも却下。
植物性だと麻か綿だが、麻より綿が好きなので、今回は綿製の服を《創造創生》で作る事にした。
素材を決め、脳内でイメージを固めたところで、そっと両手を前に揃えて出し、目を瞑って意識を集中させた。
ひとつ一つ、頭の中で形状を組み立てていく。じわりと掌が熱くなって、魔力の奔流が急激に収まったかと思えば、手の上には確かな質量。
「……うーん?」
だが、成功とは言い難い出来だった。
布では、ある。
だが、脳内でイメージしたのは、薄く銀を垂らしたような色合いのシャツだ。
それが何故だか、藍染めしたような色合いになっている。
形も確かにシャツに似ているが、ボタンホールがちぐはぐだったり、そもそも明らかにボタンではない何かがぶら下がっていた。
襟の部分も妙にへにゃんとしていて、初めてのお裁縫に失敗しました感が否めない。
それから何度試しても、似たような出来になった。
脳内で仕様をブラウスのように変えてみたが、やはり色合いもボタンもおかしな事になる。
「ううーん……? 魔力コントロール? それとも他の問題……?」
失敗作の山を重ねながら、一人唸る。
繊維、紡績、染め、織、縫製なら、前世で高校の時に学んだから、イメージとして申し分ない筈だ。
何もシルクスクリーンやろうけつ染めのように手間の掛かる染色方法を選んでいる訳でもない。後は単純に私の魔力コントロールが下手という話になるのだが、そうなるともう、ひたすら練習するしかないだろう。
「綿は植物だし……縫い糸もちゃんと綿糸でイメージしてる。織のイメージが織機だからダメ……? いや、そうなると大半ダメになるよね……? 手触りはちゃんとエジプト綿だしなあ。でも、何で薄い銀色イメージしてるのに、藍染めみたいな深い色に…………あ、」
自然界に存在する植物に、銀色を出せるものなんて、なかった。
それに気づいた途端、その場に崩れ落ちそうになった。
そうか。私の脳内イメージだと、ボタンだってプラスチック製だ。作れる訳がない。襟の芯だって化学繊維である。無理だ。
長くなったので分割します