本編1-1 魔石採取編
それは、射干玉の闇であった。
うっそりと横たわる闇の中、酷くぼんやりとした輪郭だけが、そこに人らしき何かが居るのだと教えてくれる。
ノイズが掛かったように音は乱れていて、会話の内容は聞こえない。
——……れ…………だ……
ざざざ、と、音が閉ざされる。
あまりの不快さに顔を顰めた辺りで、その映像はブツン、と途切れた。
「……今度の犯人はどっちなの」
あまりにも断片的過ぎる情報に、ふかふかのベッドの上で仰向けに寝ていた私は、呆然と呟いた。
《預言者》であるならこれから起こる未来。
《過去視》であるなら、あのノイズまみれの映像は、過去実際に起こった出来事、という事になるのだろう。
どちらであろうと判断材料があまりにも少なすぎて、考える事を放棄する。
不確定な未来より現実的な今。そう、私にはやらなければならない事が出来てしまった。
女王の戴冠式に使うティアラの原材料、魔石採取である。
その知らせが届いたのは、私が改めてノヴァーリスの為にも生き残ろうと決意した、数日後であった。
「——と、いう訳ですので、儀式の為、こちらの大きさの魔石を採取して来てください」
「……はい?」
「加工はこちらで行います。護衛にはセンティッド卿を同行させてください。今から連携が取れるようにしておいた方がよろしいでしょうから」
何でもない事のように言い放った目の前の男の言葉に、笑みの形を保っていた口元がヒクリと揺れる。
大丈夫? 大丈夫、おっけー。無意識に大煉獄を発動しなかった私、偉いぞ!
心の中でとんでもない自画自賛をしつつ、目の前の男——アルカンシエル王国宰相タイサン・トリスの手元にある魔石を見やり、上品な仕草に見えるように頬に手を添えながら、少しだけ首を傾げてみせる。
「今トリス閣下がお持ちの魔石では、ダメなのですか?」
「エグランディーヌ様の仰る通りかと。御身を危険に晒す訳にも参りませんし、もしどうしても必要でしたら、僕一人で参ります」
エグランディーヌ侯爵家の応接室。
対面するソファに向かい合って座る私とタイサン。そして、私の後ろには当然のような顔でノヴァーリスが控えていた。
先ぶれの手紙を出し侯爵家へとやって来たタイサンによって、私の護衛(仮)であるノヴァーリスも呼ばれていたのだ。
勿論顔を合わせて対面したのは、あの電波発言以来初である。
謝り合戦になったのは言うまでもないのだが、前世の記憶を思い出してから改めて見るノヴァーリスへの感想は「とにかく顔と声が良い」の一言に尽きた。
「あら。ダメですよノヴァーリス。危険に晒されるかもしれない場所に一人で行く事は許しません。でしたら、わたくし一人で参ります」
「……あの、エグランディーヌ様……僕は貴女様の護衛ですので……」
しゅんと眉を下げ、明らかに困った顔をするノヴァーリスに、私の内心は大絶叫だった。あー無理。尊い、しんどい。推しがこんなにも可愛い。
ねえ君も今十五歳だよね? アルカンシエル王国的には来年成人だよね? 大丈夫? その可愛さ、誘拐されない? 二十四歳になったノヴァーリスの外見と冷静さを知っているだけに、まだ少年の危うさを残すノヴァーリスに、私が危うい人になりかねない。
ノヴァーリスの方に振り返り、笑顔の仮面を貼り付けたまま、ん? と首を傾げて見せれば、明らかに頬を赤く染めたノヴァーリスが、言葉に詰まる。はー、可愛い。
「せ、……セシリア、様の御身を、危険に晒す訳には……」
「まあ、心配してくださるのですか? 優しい騎紫を持てて、わたくしは光栄です。それで、トリス閣下。そちらにある魔石ではダメなのですか?」
「ああ、茶番は終わりましたか?」
「ええ、お付き合い頂きまして、恐悦至極に存じます」
茶番とか言わないで頂きたい。
ノヴァーリスに「セシリア」呼びを了承させるのに、どれだけ苦労……してない。そう言えば、私は会話の揚げ足を取っただけだった。
気を失った私に許可なく触れた事を大層気にしていたノヴァーリスが「如何様な罰でも」とか不用意に言うから「では、セシリアと呼んでください。それと、貴方が必要と判断した際には、わたくしの許可など要りません」と言って絶句させたのが、ほんの30分前の話である。
「それについては、この魔石では力不足でしょう。大きさこそ申し分ありませんが、内包する魔力量が少なく、ランクとしてはB-程度です。儀式に使う魔石は、Aランク、出来ればSランクが望ましい。そして魔石は、最初に採取した人間の魔力によく馴染みます。なので、儀式に使う魔石採取は代々、女王陛下となられる方御自ら行ってきました」
「内包量……」
ある一つの可能性を思いつき、顎に手をあてて考え込む。
魔石。内包量。……なるほど?
「お話、承知いたしました。採取場所などのご指定はございますか?」
「セシリア様!?」
「特に指定はありませんが、大きな魔石は魔力が溜まり易い僻地に多く確認されています。最近では、その魔物を喰らう《咎モノ》という化け物が確認されていますので、十分ご注意ください」
「……この命に代えましても、セシリア様の御身は僕がお守りいたします」
「命に代えて頂かなくて結構です。わたくしだって全属性。最も攻撃力の高い炎属性の固有スキルだって扱えますもの。そんな事を言うようでしたら、本当にわたくし一人で参ります」
「セシリア様……僕、護衛なんです……」
力なく項垂れてしまったノヴァーリスを見上げにっこりと笑みを返して、その場はいったんお開きとなった。
そして、青く澄んだ空がとても気持ちのいい、本日。
私自身の目的も十二分に含ませ、魔石採取に、出発します。
閲覧、評価、ブクマありがとうございます。
本編(?)開始です。セシリアとノヴァがやっとまともに会話しました。
聡明で冷静で穏やかなノヴァはセシリアが《セシリア》のままだった場合のノヴァなので、今後どうなるかな~といった所←
蛇足
何で魔物いんの? 敵って咎モノだけじゃないの?
∟ゲーム開始時(今回の話から9年後)には、総ての魔物が咎モノに喰らいつくされていた為、ゲーム内の敵は咎モノだけでした。
魔物を核ごと喰らう(呑み込む)ので、倒すと核(=魔石)を落とします。
一定の場所に留まらず、ふっと姿を消すため神出鬼没。瘴気や負の感情が強い場所に現れやすい。
今現在は徐々に咎モノが姿を現してきている程度。新生物的な扱いです。
この辺りは今後本編で触れたい。