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本編3-20


 その後、ベルと彼の両親をスノウに背負ってもらい、女王宮とエグランディーヌ家のどちらに『飛ぶ』か散々迷った末、結局女王宮のほうへ行くことになった。

 なにはともあれ、全員無事であることをアイリーン陛下達に報告したほうが良いだろうと言う判断である。帰らなければアシュラムからしこたま説教されることもないのかな……なんて考えが脳裏を過ったが、だいぶ無茶をした自覚もあるので、大人しくお説教を受けようと決意を固め、≪時空間転移≫を発動させる。


 目の前の光景が切り替わり、突然姿を現した私達を見詰める視線に気付いて、へにゃりと締まりのない笑みを浮かべた。


「ただいま」


「お、お嬢様っ……!」


「え、ちょ、サクリーナ!?」


 無事であることをアピールしようとして手を上げたのがいけなかったらしい。

 ただでさえ髪も化粧もぐちゃぐちゃなのに、ノヴァーリスの騎士服の隙間からボロボロになったドレスが覗く。それが決定打となったのか、サクリーナが顔を真っ青にしてふらつき、そのまま気を失ってしまった。

 床に倒れ込む前に周りに居たメイアン、カイン、レイニーが大慌てで支えてくれたので事なきを得たが、まるでスローモーションのようにその光景を見ていた私の心臓は、もう飛び出るんじゃないかってぐらい激しく脈打っていた。

 魔物達のど真ん中に出てしまった時よりずっと激しく心臓がバクバクしている。

 見開いたままの瞳を数度瞬き、ゆっくりと息を吐き、吸って、ビックリし過ぎてガチガチに固まった身体をほぐす。


「し、心臓、止まるかと、思った……」


「貴女よりサクリーナさんの方が心臓止まる思いをされていらっしゃると思いますが?」


「正論っ……!」


「いや姫サンはマジでさっさと着替えて来い」


「はい」


 両脇からガチトーンで声を掛けられ、先ずヴィクトリア一家をソファに寝かせてから……と動こうとした手すらノヴァーリスに止められ、にこりと微笑まれる。



「セシリア様。後のことは私が総て行っておきますので、どうぞお召し替えを。アシュラム、グラハム、貴方達もです」


「……はい」


 もちろん私がその笑みに逆らえるわけもなく、なんだったら背後にブリザードが見えそうなぐらいの微笑みに、私が怪我を負ったことも、ドレスや髪をボロボロにしてしまったことに対しても、きっとギリギリのところで耐えて私の好きにさせてくれたのであろうノヴァーリスの心境を察し、大人しく頷いた。



  ***



 ざあざあと白く線を引くようにシャワーヘッドから降り注ぐお湯に打たれながら、ぼんやりと先ほどまでの光景を脳裏に思い浮かべる。

 一人になると余計にあの時の場面を色々思い出して考えてしまって、髪や身体を洗うことをおざなりにしそうになりながら、それでも必死に手だけは動かす。

 ……ノヴァーリスなら多分、私に危害が及ぶと解った時点で、やろうと思えば暴走して我を忘れていたベルを殺せたはずだ。

 懐にあるナイフを投擲するなり、≪永久氷牢≫の氷を砕いて長剣の腹で打って飛ばすなり、いくらでもやりようはある。

 ベルと、セシリア。

 ノヴァーリスの中で秤にかけた時、セシリアの方がずっとずっと重いことを、『私』は知っている。それでも、私が怪我を負ってもギリギリまで耐えてくれたのは、ひとえに私がそう願ったからだろう。

 ――貴方は道具じゃない。私の大切な騎紫。だから絶対に、正当防衛以外で人を殺めないで。

 ――絶望を、当たり前のこととして享受しないで欲しい。私の手が届くなら、どうかその災厄を壊させて欲しい。

 私がそう願ったから、ノヴァーリスは自分よりも私を優先してくれた。


「……私の馬鹿」


 お湯に打たれるまましゃがみ込んで、抱え込んだ膝の上に頭を乗せる。排水溝に流れていく泡を視界の端に捉えて、ぎゅっと目を瞑った。

 私が傷をつくるたび、どれだけノヴァーリスの心は傷付いたのだろう。

 ノヴァーリスが、きっとこの世界で唯一『同じ存在』であるセシリア(わたし)に依存し、執着していることは、理解している。だからこそ彼は、私が傷付くことを恐れ、そして私に従い、優しくしてくれるのだと。

 いつだってノヴァーリスを振り回しているのは、私の方。なのに彼はどんな時でも自身の恐れを、願いを押しのけ、私の願いを最大限叶えようとしてくれる。でもそれはある意味、ノヴァーリスからの線引きのようにも思えた。


「祈り、か」


 かつて、一番最初に出会った当初、私が目の前で倒れた時に贈られたサンダーソニアの花言葉の意味を、ノヴァーリスは知っていたのだろうか。

 私も最初は「早く目が醒めるように」と言う『祈り』を込めてその花が贈られたのだろうと思っていたけれど、あの花には他にも花言葉がある。もちろんこれは邪推でしかないし、そう思えるような環境ではなかったことも、重々承知だ。

 でももしかしたら。ほんの一欠片でも、あの国への望みが、想いが、『望郷』が、あるのなら。

 ゆる、と瞳を開いて、ざあざあと流れていくお湯をぼんやりと眺めた。


「やっぱりまだ、心はあの国に囚われたまま、なのかなぁ……。……そりゃそうか。私の背中に、紫のヘリオトロープは咲いてないんだし」


 つまり、ノヴァーリスは私に対して『心からの忠誠』は誓っていないということ。

 黄や橙、他の色だってまだ蕾のままだが、綻びはじめている他の色に対して、一番固くその蕾を、心を閉ざしているのは、紫だ。

 ゆっくりと立ち上がって、両手をお椀の形にしてお湯を溜め、そのまま自身の顔に打ちつけるように顔を洗う。

 ≪流水≫、≪加熱≫、≪保温≫と、それぞれの術式が込められた魔石が嵌め込まれたシャワーコックを順番に締めてお湯を止めて、脱衣所へ出た。

 ベルとベルの両親を救えたからか、今の私はノヴァーリスのことで頭がいっぱいだ。

 どうすれば、彼に硬く絡みついた重たい鎖は解けるのだろう。一年前からずっと自身に問うている答えは、いまだ見出せないままだけれど、今日≪咎モノ≫を見て僅かに身体を強張らせたノヴァーリスの姿を思い出し、目を閉じる。

 今まで散々魔物退治に繰り出していたけれど、今日あの時まで、終ぞ≪咎モノ≫と出会うことはなかった。

 行先は日々ノヴァーリスと相談して決めていたから、もしかしたら、彼が出会わないように調整していたのかもしれない。つまりまだ、あの国との繋がりは続いていると言うことだ。


「……やれるだけのことを、しなきゃ。私は私の我儘で、ノヴァーリスを救うって決めたんだから」


 ゲーム本編で見た術式が発動されるまで、おおよそ八年の猶予がある。

 その時にセシリア(わたし)が死ななければ、きっとノヴァーリスも死ぬことはないと思っていたけれど、本当にそれで良いの?

 そんな思いが、頭をもたげる。

 確かに彼は死なないかもしれない。でも、それで救ったと、どうして言えようか。この先八年もの間、ずっとノヴァーリスは苦しむかもしれないのに。

 私が好きなあの微笑みの裏にどんな葛藤が、苦しみがあるのか、私には見当もつかない。でも多分、一人きりじゃ抱えきれない苦しみだったから、ゲームのノヴァーリスはセシリアに依存し、そして彼女の死を目の当たりにして、自刃した。

 どれだけ痛かっただろう。どれだけ辛かっただろう。

 ゲーム(かつて)のノヴァーリスは、最後の最後、『セシリア』と言う暗闇に射した一筋の希望すら失い、世界に独りぼっちになる孤独に耐えられず、生きることを諦めて死んで逝った。

 でも、今は違う。私が居る。スノウも居る。他の七騎士達だって、ノヴァーリスが一言「助けて」と言えば、絶対に手を貸してくれる。

 彼は今、生きることを諦めてなんていない。


「絶対、独りぼっちになんてさせてやらないんだから」


 例え世界がノヴァーリスを見捨てようとも、私は見捨てない。あの国がノヴァーリスを道具だと切り捨てても、私は切り捨てない。

 捨てられたのなら、何度だって私が拾おう。今更そんなことに決意を決める必要なんてない。私にとっては、それが当然のことなんだから。

 タオルで水気を切り粗方乾かした髪を紫のリボンでキュッと一つに纏め、アジット山脈を駆け回った時と同じデザインの、それでも一応トラウザーズだけ十分丈にした服を≪創造創生≫で創り身に纏った私が、姿見に映る。

 私の想いは、あの時から何も変わらない。色々と護りたい者は沢山増えたけれど、根底は一つも変わってない。

 ノヴァーリスを生かす。幸せそうに蕩ける、その紫玉の瞳が見たいから。だから、その笑みを向ける相手が私じゃなくても構わない。

 私は、彼を生かすための道化。そのためにこの世界に発生した、バグ。



 さあ、笑え。悲劇を笑ってやれ。総ては悲しい未来を、ひっくり返すために。



閲覧、ブクマ、評価、誤字報告、感想、誠にありがとうございます。


自分の中では終わる終わると言いながら一向に終わらない三章に、私が一番びっくりしてます。

もう少々騎赤救済編お付き合い頂けますと幸いです。


アマゾナイトノベルズ様より、本作が電子書籍として配信されることが決定しました!

詳しくは活動報告、Twitterをご覧ください。

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