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本編3-19


 七色に煌めく光が収束し、地面に色とりどりの魔石が転がり落ちる。それを一つ二つと回収していき、総て拾い終わる頃には、ノヴァーリス達が持つ麻袋は結構な大きさに膨らんでいた。ちなみにこの麻袋も、スノウが≪創造創生≫で創ってくれた物だ。


「どンだけあンだよコレ」


「全部売ったら、家の一軒ぐらいは建つんじゃないですかね」


「あーあー。聞こえない聞こえない。結局公僕として国に納めなきゃなんねェのに、価値なンか知りたくもねェ」


「聞いてきたのグラハムさんじゃないですか」


「アンタ等貴族サマと違って、こっちは平民なンだっつの。こンな大量の魔石なンて早々拝めねェし、そりゃァ気になりもすンだろ」


「て言うか、私達まだ正式な女王でも七騎士でもないんだから、この魔石国に納める必要なくない? 戴冠式蹴ってまでここに来たわけだし」


「……」


「……すっかり忘れてたわ、ンなこと」


 何気なく呟いた一言に、ビックリして固まった猫みたいな顔をしたアシュラムとグラハムが私に視線を寄越してきた。

 どうやら魔物達との大乱闘のせいで、私が啖呵切って女王の戴冠式を蹴っ飛ばしてここまで来たことは、すっかり頭から抜け落ちていたらしい。


「ここは国有地でもありませんので、確かにこの魔石は拾った者に所有権が移りますね。我々はまだ正式な国の女王にも騎士にもなっておりませんので、魔石の所有権は法律的にも我々にあります」


 魔石の取り扱いに関しては、きちんと法律が制定されていたりする。

 国有地、並びに国に属する者が魔石を手にした場合の所有権は国にあり、それ以外の場所、者が手にした場合の所有権は、採掘を依頼した者、または入手した者の所有権が認められている、というものだ。個人が国に属するより以前に入手したものに関しては、個人所有の扱いとなる。

 なので、アジット山脈で採取した魔石の所有権は私にある。だからこそそれで(タイサン)と取引をした。そして今ここにある魔石も、まだ女王の名も七騎士の名も冠していない私達に所有権がある、と言うことになる。

 ゲームでは描写の無かった法律だが、作中では七騎士の力を借りていたとは言え、エレーヌが最終的に≪浄化≫をして魔石を手にしていたので、ギリギリ法律の範囲内だったのだろう。


「だよね。あれ、そう言えばアシュラム初めて顔合わせた時に橙騎になるためにとか言ってたけど、あんな啖呵切った私について来ちゃってよかったの?」


「……今自身の迂闊さを猛省している所ですので、ちょっと話しかけないでください」


 そんな話をしながら、ふと思いたったことをそのまま告げる。そうすると、思い切り顔を顰めたアシュラムは眼鏡を外して両手で顔を覆い、特大の溜め息を吐きながらその場にしゃがみ込んでしまった。そんな彼を見て、なんだか申しわけない気持ちになってくる。


 アシュラムは伝統と格式を重んじるオースティン公爵家の次男……と言うことになっているが、実際彼はかなり遠縁の男爵家から養子になった身だ。高い魔力と美しく澄んだ橙の瞳を評価され、次代の橙騎となるべく厳しく教育されてきた。

 男爵と言ってもほぼ平民と変わらない生活を送っていたアシュラムは、厳しくも実の家族のように自身に接してくれるオースティン家のために、そして何より実家の家族に誇りだと思ってもらえるように、橙騎になるための努力を惜しまなかった。だからこそ彼は怠惰な者を嫌い、自身にも他人にも厳しい人物としてゲームでは描かれている。

 攻略対象の七騎士のうち、幼少期に家族と引き離され寂しい思いをした、橙騎になる以外の道など知らない、七騎士でない自分に価値はないと、一種の強迫観念のようなものを抱いている以外、これと言った闇の無い、ゲーム内で最も個別ルートがライトなキャラだ。それこそ、攻略サイトで一番最初に攻略することをオススメされるレベルの。

 だからこそそんな意識を持ったアシュラムが、ある意味「ベルを救うためなら女王にならずともかまわない」とまで言い切った私に同行を申し出たのは、かなり意外だった。彼には何のメリットもないのだから。


(……まあ、そんなことを言ったら女王陛下至上主義のノヴァーリスが、戴冠式蹴った私に随行したことも意外っちゃ意外だったんだけど)


 チラリと向けた視線に気付いたのか、ノヴァーリスが私に向かってふわりと微笑む。

 後光でも射しそうなその笑みにぐう、と変な声が出そうになるのを堪え、特に意味もなく私も微笑み返した。


「…………貴女は無鉄砲で型破りで、礼節も弁えずに侯爵家の姫のくせして七騎士候補達を言い負かして、伝統あるしきたりを覆して、前例のない特例をポンポン作って、好き勝手に行動するとんでもなく頭の可笑しい変な人物で、とても女王としての資質などないと言うのが第一印象です」


「身に覚えがあり過ぎるけど突然の辛口批判」


「貴女本当にそういうところですからね私が言っているのは。良いから最後まで黙って聞きなさい」


「はい」


 しゃがみ込んで顔を伏せたままぽつりぽつりと零された彼の言葉に、思わず言葉がポロッと口から零れ落ちる。瞬時に顔を上げて立ち上がったアシュラムに思いっ切り睨まれたので、私は大人しく口を噤んだ。


「……これを言うのは本当に癪なのですが。あの会合の時も、戴冠式で啖呵を切った時も、とんでもない貴女の行動は総て、自身ではなく誰かのため、でしたので。年甲斐もなく私も貴女に充てられたようです。貴女の七騎士であれば、この力を思う存分、民のため、誰かを救うために振えるのだろうと」


「で……」


「は? これ以上ありませんよ。橙騎になることだけが私の目標だったのに、貴女の献身と行動力に充てられて、気が付いたら私も動いていただけです」


「で、でで、デレたぁああぁあっ!!」


「……ほんっとに! このポンコツ女王は!! ぶっ飛ばしますよ貴女!?」


「この流れでその発言ができる姫サンはすげェよマジで。オレには無理」


 サラリととんでもない罵倒を受けたことはすっぽり頭から抜け落ち、今度は私がビックリして固まった猫みたいな顔をして、アシュラムを指差して驚愕していると、そっとノヴァーリスにその指を降ろされた。

 いやでも待って。やっぱり最初の予想通り『頭の可笑しい女』認定は受けてたんだな、私。

 やんわりと握られていた手を離され、私はぽかんとしたまま眼鏡をかけ直しているアシュラムを見ていた。よくよく見れば、彼が付けている眼鏡チェーンは、あの時私が彼に、私の七騎士に贈ったものだ。


「ああもう、良いからシャッキリ立ちなさい!」


「はいっ!」


 またも橙の瞳で睨み付けられて、私は思わずピッと姿勢を正す。

 そうして目の前で膝を折ったアシュラムに、さっきから驚きっぱなしの私は、とうとう脳の処理が追い付かなくなり、目を白黒させた。


「橙騎、アシュラム・オースティン――私の力は、セシリア・メヌエット・エグランディーヌ様が治める国の、安寧のために。存分に振いましょう、この国の民を、貴女の意志を、そして仲間を、護るために」


「……貴方の精密な重力操作は、必ず多くの人々を救うことになりましょう。アシュラム、貴方はわたくしの(とう)の天秤。わたくしの中の正しき道への天秤が揺らぐことのないように、わたくしの橙騎として、貴方の知識を、力を、存分に振ってくれることを、期待しています」


「総ては我が女王陛下のお望みのままに」


 深く頭を下げたアシュラムに向かって、女王が己の騎士へ返す礼を取る。やっとのことで頭を動かしなんとか言葉は紡いだが、髪も化粧もドレスもぐちゃぐちゃで恰好なんて全然つかない。それでも、アシュラムは私に向かって初めて、優しい笑みを向けてくれた。



閲覧、ブクマ、評価、誠にありがとうございます。

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