本編3-18
悲鳴にも似た私の言葉に、僅かに目を見開いたノヴァーリスは瞬時に身体の向きを変え、ベルに向かって≪永久氷牢≫を放とうとした。
しかし彼よりも一瞬早くその腕を蛇のように這わせた炎が、≪咎モノ≫ごとベルの両親の元に迫る。
「やめろ、やめろ! やめろぉおおぉっ!!」
「ダメぇえええぇぇえっ!!」
喉から血の味がするほど、大声で叫ぶ。
しかしベルの懇願も、私の願いも届くことはなく、轟々と燃え盛る紅蓮の炎が≪咎モノ≫をも巻き込んで、辺り一面を焦土と化した。
「う、そだ……とうさ、かあ、さん……っ!」
「そんな、間に……あわなかった……。ここまで、来たのに……! 私は! 手が届く場所に居たのに!!」
「……」
「うそだっ! うそ――」
ぼろぼろ涙を零して立ち尽くすベルに手刀を落とし気絶させたノヴァーリスが、彼の火傷を冷気で冷やしながら抱きかかえ、私のもとへ戻って来る光景を、私は涙の膜越しに見ていることしかできなかった。
「……何が、なにが女王だ……! 護りたいと願ったものすら目の前で失って、何が、なにが……!!」
滂沱の涙を流しながら、地に伏したまま、握りこんだ拳を強く地面に打ちつける。
「セシリア様」
「私は! 私はっ……結局、壊す、ことしか、できないの……?」
「……いいえ、貴女は確かに救いました。この傷だらけの少年も、この子の、両親も」
「な、にを……言って……」
ベルを寝かせ、地に伏したままの私の前に膝を折ったノヴァーリスが、打ちつけ過ぎたせいで血の滲む私の手のひらを握り、痛ましそうに眉を寄せ、それでも私に微笑みかけてきた。
私の好きな、あの優しい笑顔で。
「貴女の今までの行動総てが、この子の運命を救ったのです」
「――死っっぬかと思ったマジで!! あだっ」
「……え」
突然姿を現したグラハムが、ノヴァーリスが氷漬けにした魔物に強かに頭を打ちつけ、その場でもんどりうつ光景を、私は信じられない気持ちで見ていた。
「あー、カッコつかねェな。やっぱまだじいちゃんみたいにはできねェか」
「ぐ、ぐらはむ……」
「おう姫サン。すげェ恰好だなアンタ。でもまァ、姫サンはもうちょい自分の七騎士を頼るべきだな」
「全くもって同感です。帰ったらしこたま説教ですからね」
「う、ううっ……ひっぐ、う、うううーっ」
そのまま氷を背もたれにするように座り込んだ彼の両脇で気絶している人達を見て、私はそれはもう、顔がぐちゃぐちゃになるんじゃないかってぐらい、顔を伏せて泣いた。
「スノウに吹き飛ばされてるグラハムが見えましたので、咄嗟に発動を止めて正解でした」
「そりゃまァ残りの魔力的に≪瞬間移動≫でオレとあと二人『飛ばす』のが限界とは言ったけどさァ。まさか咥えてブン投げられるとは思わンかったわ、オレも。マジで死を覚悟した。一瞬じいちゃんが見えた」
「グラハムさん、貴方ちょっと髪焦げてますよ」
「げっ。マッジかよ」
「う、うううー……っ」
唸りながらもズルズル身体だけ動かして、グラハムの方に這い寄る。そのまま座り込んでいる彼の足にしがみついて、私はぐしゃぐしゃな顔を見られないよう顔を伏せたまま、震える声で言葉を紡いだ。
「なんっ、なんで、なん、で、そんな、危ないっ ひっく、危ない、ことぉ……!」
喜びなんだか怒りなんだかわけの解らない感情で、顔も頭もぐちゃぐちゃだ。
「一番危ないコトしてる姫サンがなァに言ってンだよ。言っただろ。オレのこの力は、アンタのために使ってやるって。アンタが必死で、傷だらけになっても己の騎士を護るってンなら、オレら七騎士は、そンな姫サンが護りたいモンを護るンだよ。解ったらいい加減泣き止め、バァカ」
「女性が地面に伏したまま男の足に縋り付くんじゃありません。ほら、立ってください、陛下」
「むり、無理ぃ。あ、安心したら、力抜けた……今になってめっちゃ身体中痛い……スノウ、スノーウ!」
「がぁう」
なに? とでも言いたげに声を上げ近寄ってきたスノウに≪生命の水回廊≫をお願いして、私はふわふわの毛に顔を埋めた。エクストラスキル≪魔力蓄積≫を持つスノウは、これまで私がジャラッと出した≪魔力操作【結晶】≫の魔力の塊を食べていたので、私なんかよりよっぽど魔力を蓄えている。
「セシリア様が回復なさるまでスノウに任せて、私達は凍った魔物を砕いてしまいましょう。その方が≪浄化≫も早いですし」
「うげェ……。オレの得物こういうの向いてねェンだよなあ。柄で殴るかとりあえず」
「と言うか、何で団長だけ無傷なんですか?」
「一応、鉄壁の騎紫の名を頂いておりますので」
「てかアレ、最後のなに団長サン。あの≪咎モノ≫とか言う新種とオレら以外全部凍ったヤツ」
「ああ。お恥ずかしながら、戦闘しながらですと敵の位置の把握が上手くできず、結局あんなに時間を要してしまいました。けっきょく私の≪永久氷牢≫では≪咎モノ≫を捕らえられませんでしたし、もっと精進します」
「マジでバケモンだな。どんな魔力コントロールしてンだアンタ」
ノヴァーリスが≪咎モノ≫以外の一切合切を凍らせ尽くした魔物達を砕きながら、アシュラム達が呑気に会話をしている。私はその声を聞きながら、ひたすらスノウの毛に顔を埋め、絶対継承スキルの≪調和≫でスノウと私の魔力残量を調整していた。
「おーい姫サン、回復したかァ?」
「もうちょーぉおい」
「情けない声出すんじゃありません」
「はい」
相変わらずアシュラムは私にだけ厳しいなと内心でブツブツ文句を零しながら、手のひらをグッパーと動かし身体の痛みを確認する。
スノウのおかげで、ただれた腕の皮膚も、しこたま打ちつけた背中の打撲も、身体中にあった擦り傷も綺麗サッパリ治っていた。目を瞑って深呼吸をして、自身の魔力量を確認しても、これまた同様にスノウのおかげで、全快とまで行かずとも、だいぶ回復していた。
これなら≪浄化≫と≪時空間転移≫を発動するぶんには問題ないだろう。
「ありがとうスノウ。もしまだ余力があるなら、ベルとご両親にも≪生命の水回廊≫をお願いできる?」
「がうっ」
任せといて! と言わんばかりに一鳴きして、スノウはのそのそと木に凭れさせているヴィクトリア一家の方へ歩いていった。
ベルは火傷、ご両親、特にベルのお父さんの方はいくつも傷を負っていて、魔物から家族を必死に護ろうとした様子が伺えた。視界のはしでさざ波のように揺らめく青い魔力の光をぼうっと眺めながら、本当に彼等を救えたのだと、その事実を噛み締める。
「……よし、やりますか」
いつまでも座り込んでいるわけにもいかず立ち上がった私の肩に、不意に真っ白な上着が掛けられた。
「セシリア様、こちらを」
「ノヴァーリス」
「咄嗟だったとはいえ、声を荒げてしまい大変申しわけございませんでした」
「いや、こっちそこ。あれは完全に私の判断ミスだわ。止めてくれてありがとう、ノヴァーリス」
「とんでもございません」
「あと上着も。ありがとう。でもノヴァーリスは寒くない?」
「大丈夫です。鍛えてますので」
ふふ、と柔らかく笑ったノヴァーリスは、上の騎士服を脱いで、黒のシャツに紫のネクタイ、白いトラウザーズに長剣を吊るすためのベルトを腰に巻いているだけの恰好で、彼の上着は私の肩に掛けられていた。
ベルの炎で袖や裾をあちこち燃やされたので、体格差もあり私のくるぶし近くまですっぽり覆ってくれる彼の上着は、大変ありがたかった。
ほんっとに私の想い人は、こう言うところがやたらスマートで紳士だ。あまりにも格好良い。勘違いして他の女の子――特にエレーヌ辺りに変な嫉妬をしないように自分を諫めなくては。と、ぶかぶかの袖からほんの少しだけ出た指先を意味もなくぶらぶらさせながら、砕かれた魔物と、そして焼かれた≪咎モノ≫へ向かって、全属性の≪浄化≫を発動させた。
閲覧、ブクマ、評価、誠にありがとうございます。
これがやりたかったがために、長々と七騎士の部分を書いてました。
最後に全部持って行く男、グラハム・ウォールター。




