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血の表現がございます。苦手な方はご注意ください
それは、突然の事だった。
女王と七騎士の協力の元、徐々に力を付けつつあるエレーヌ達の元に、預言めいた手紙が送られてくる。
——世界を闇が覆い、三日三晩の後、総ての魔力を喰らい尽くし、世は滅びる。
最初は、誰も取り合わなかった。アルカンシエル王国以外の国にも全く同じ内容の手紙が届いたそうだが、当然のように、各国も「くだらない悪戯」として内々に処理を行った。
しかし、悪戯として処理されたその手紙は、後に真実であったと痛感する事になる。
王都に湧き出る《咎モノ》の数が、一気に増大したのだ。
どろりとした黒い瘴気をまき散らし、《咎モノ》が街を、人々を襲う。
被害はアルカンシエル王国の王都に集中していたが、アルカンシエル王国を囲むように在る四方の国でも、じわりじわりと被害は広がっていった。
《咎モノ》を本当の意味で消滅させられるのは、全属性の固有スキル《浄化》のみ。
他の属性では一時しのぎにしかならず、そして全属性は、アルカンシエル王国でしか生まれない。絶対数の少ない全属性の使い手は、日に日に消耗していくばかりだった。
このままでは、本当にあの預言めいた手紙通りの結末になってしまう。
世界中がその恐怖に怯える中、ついにその時は訪れた。
闇が、世界を覆った。
地に蠢いていた《咎モノ》達が、まるでその場に縫い付けられたかのように一斉に動きを止め、一呼吸の後、地面に溶けていった。
ひとつ、また一つと《咎モノ》の姿が消え、とうとう最後の一つが消えた瞬間、突き上げるような地響きと共に、地面が揺れる。
術式が発動されたのだ、と、誰かが呟いた。
《咎モノ》は、世界に敵意のある者の手によって、意図的に現れていたのだと。
ガラガラと音を立てて、世界は崩れだした。
草木は枯れ、水が濁り、鉱石がその輝きを失う。
瘴気をまき散らす《咎モノ》は、同時に、世界の魔力すら喰らっていた。
枯渇した世界の魔力。このままでは、本当にあの預言めいた手紙の通りになってしまう。
その結末を迎えない為に、セシリアは自身が持つ膨大な量の魔力を総て使い、その術式に抗った。
「……わたくしが、止めなければ。可哀想な、貴方……貴方は、わたくしに出会わなければ、きっと……」
——ここまで、狂わずに済んだかもしれない。
一滴の雫が、セシリアの頬を伝い、地面に落ちた。
そして、とうとう総ての魔力を、髪の毛の一本、細胞の一つに至る総てを世界を廻る魔力に変換させ、彼女は光の粒子と共に姿を消す。
それに慟哭の悲鳴を上げたのが、ノヴァーリスだった。
世界は救われた。彼女は救国王女だ——。
光を取り戻した世界で、人々は口々に喝采を叫ぶ。
セシリアの死を代償に、喝采を。
「……貴女の、居ない世界に……意味など、ないっ……」
血を吐くような、声だった。
はらはらと静かに涙を流し続けるノヴァーリスは、言葉に滲む悲愴さとは裏腹に、いっそ穏やかなまでの笑みを浮かべて見せる。
女王を止められなかった七騎士とエレーヌは、涙を流し薄ら笑うノヴァーリスに戸惑うばかりだ。
ピリ、と冷気が頬を掠める。
誰かが、え……? と呟く間もなく、自身の喉笛に氷の刃を突き立てた彼は、紅の海に倒れていた。
「お、そば……に、……ぼ……くの、……じょ、お……へい、か……」
途切れ途切れに紡がれた音の途中で、ごぽり、と別の音が混ざる。
掻き切れた喉笛はヒューヒューと鳴り、しばらくの後、ノヴァーリスは事切れた。
それが、アルカンシエル王国女王、セシリア・メヌエット・エグランディーヌ 及び、七騎士団長、騎紫ノヴァーリス・センティッドの最後である。
「いったぁ……」
ズキズキと底から突き上げてくるような頭痛に、思わずベッドから起き上がり頭を抱える。
夢見は、最悪だった。
大きな窓を覆うレースカーテンの向こうはまだ暗く、世界に朝が訪れていないのだと私に知らせてくる。
滲む涙を掌で拭い、ネグリジェのまま裸足でバルコニーに出た。
ペタリと冷えた石の上に素足を置けば、頭の奥で主張するように痛みを発していた頭痛が、和らぐ気がしてくるから不思議だ。
夜明け前の少し湿った風が頬を揺らして、朝霧に濡れる前の草木が、さわさわと土と草の匂いを運んで来る。
夢とは違う。まだ、世界は魔力に満ちている。
そう肌で痛感して、私は小さな声で「ステータス」と呟いた。
ステータス画面てどうやって消すんだと途方に暮れた私だが、冷静になって《セシリア》であった時の記憶を思い返すと、自分のステータス画面は、普通に見ていた気がして、記憶を頼りに「クローズド」と呟いたら、一瞬で消えた。
△ボタンも×ボタンもstartボタンもないのだから、冷静に考えずとも声で発動すると解りそうなものだが、7回程世界を救ったゴリラステータスに混乱してしまい、すっかりその可能性を失念していたのだ。
私の阿呆さっぷりが露呈して終わった気がする。誠に遺憾である。が、今はそんな事を考えている場合ではない。
「犯人はお前だな、《預言者》……」
半透明なアクリル板に似たステータス画面にくっきりと表示された絶対継承スキル《預言者》の文字を意味もなく人差し指でぐりぐりと弄って、溜め息を零した。
恐らくアレは、私が何もしなかった場合高確率で訪れる未来。可能性の可視化。
つまり、ゲームの内容そっくりそのままの展開が待っているのだと、憎たらしくも、「まずはスキル検証会かなー」なんて呑気に構えていた私に突き付けてきたのである。
血が噴き出る音も、ヒュウヒュウと呼吸が乱れる音もやけにリアルで、背中に嫌な汗が伝う。
前世で、比較的「死」が身近にあった職業だった為か、それとも私自身が死んだ時の記憶が曖昧なせいか、正直なところ、そこまで真剣に捉えていなかった所も、確かに、ある。
この世界は確かに現実だけれど、どこか幻影めいた、作り物めいた感覚があって。
恐らくそれは、私が「ここはゲームの世界」なんて言う先入観に囚われていたせいなんだろう。
バチン! と音を立てて、まろい頬を両手で叩く。
「……痛い」
当たり前だけれど、思い切り張られた両頬は当然のように熱を持って痛みを訴えてきて、じわりと涙が滲んだ視界は、ゆらゆらとぼやける。
梢が風に揺れる音。花と、土と、草の匂い。
深く息を吸い込んで、吐き出す。肺の中の空気が全部抜けるまで息を吐き続けて、最後にちょっと咽て。
勿論いろいろ腑に落ちない点もあるが、私は今、ここに生きているんだと、腹を括った。
「まず、私が生き残らないと」
でなければ、ノヴァーリスも道連れにしてしまう。
出会い頭の電波発言でドン引きされたから大丈夫だろう? とんでもない!
彼は根っからの女王信奉者だった。《預言者》のスキルで、それがハッキリしてしまった。
だったらまず、彼を生き残らせる為の案を考えよう。そう、絶対条件はセシリア・メヌエット・エグランディーヌの生存。
7回程世界を救ったゴリラステータスは、神様からの特別ボーナスとしてありがたく頂戴しようと、世界を照らし始めた朝焼けに目を細め、一度大きく伸びをした。
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次からやっと本編です。ノヴァーリスの他、まだ名前すら出てきていない七騎士も順次登場予定。