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本編3-15


 ギイ、と音を立てて開かれた扉の隙間から零れ出た光に、瞳を(すが)める。光に目が慣れたころ、目の間に飛び込んで来た光景に、思わず息を呑む。戴冠式のリハーサルは別室で行っていたので、この『イーニスの間』に入るのは、今日が初めてだ。

 色とりどりのステンドグラスが日の光を受け、爛々と床に極彩色の絵を描く。溢れんばかりの色彩の中、その輝きを一身に受ける翼を持ったひときわ大きな女神の像が、穏やかな笑みを浮かべ両手を広げている。

 翼の細部に至るまで総て大理石で作られたその女神像こそ、我がアルカンシエル王国の主神であるイーニス神だ。そして女神像の前に立ち並ぶのが、現女王陛下であるアイリーン・ハルデンベルグ陛下と、その七騎士達。そして見届け人として神殿の大神官と、この国の宰相であるタイサン・トリス。今までずっと、この国を護り、支えて来た人達が、真っ直ぐに次代を担う私達を見詰めていた。


「待っていました、次代の護り手達よ。さあセシリア、こちらへ」


「はい。アイリーン陛下」


 穏やかに微笑む陛下に呼ばれるがまま、私はノヴァーリスだけを連れ、女神像の下まで長く伸びた紫色のカーペットの上をゆっくり歩いて行く。このカーペットは自身の代の団長によって色を変えるらしく、アイリーン陛下の時は赤だったが、私の代は騎紫であるノヴァーリスが団長なので、紫だ。

 あと数歩で陛下の御前に辿り着くと言うタイミングで、不意に私の目の前がチカ、と白く点滅した。そして耳に届いた言葉に、思わずたたらを踏む。


 ――やめろ! やめろ! やめろおぉおおぉっ!!


 瞬時に私の異変を察知したノヴァーリスがすかさず腕を引き身体を支えてくれたので転倒は免れたが、今はお礼を言う余裕すらなかった。


 ――いやだ、どうして、どうして……! たす、けて……とおさ、かあ、さんっ……!


 ドクン。心臓が脈打つ。自分でも気付かないうちにノヴァーリスの腕を強く掴み、私は目の前に広がった一面の炎に、ただただ、粗い呼吸を繰り返すことしかできないでいた。


 ――……助けて……だれか、かみさま、おねがい。おれのとうさんとかあさんを、たすけて。


 子どもだ。身体のいたる所に傷を負ったまだ小さな子どもが、炎の跡があちこちでくすぶる森の中で泣いている。既に息絶えた両親の骸に縋り付きながら、淡い金色の髪を持った、赤い瞳の子どもが――私の騎赤が、絶望をまのあたりにして、泣いている。

 アーキデューク達の光景を視た時ほど鮮明ではなく、粗く断片的な映像ばかりが脳内に流れ込んで来た。

 ただ一つ明確に解っているのは、ベルが「助けて」と言って、泣いていること。


「ベルが、泣いてる……。助けなきゃ、私の騎赤を、ベルを、迎えに行かなくちゃ……!」


 口の中で小さく呟いた言葉は、私の一番近くに居たノヴァーリスにだけ届いたらしい。紫の瞳が真っ直ぐに私を見詰めて、一つ頷いた。


「……何か、視たのですか? セシリア」


「陛下……。申しわけございません。わたくしは、絶望の底で泣くわたくしの騎赤を、迎えに行って参ります」


「何を馬鹿なことを……! 戴冠式を途中で投げ出すなど聞いたことがない! 次代の女王ともあろうお方が、まだ騎赤と決まってすらいない人間の為に儀式を中断するなど、前代未聞ですぞっ!?」


 陛下の後ろに控えていた大神官が、唾を飛ばしそうな勢いで怒鳴ってくるが、今はそんな問答をしている時間すら惜しかった。

 ≪預言者≫が視せた、可能性の可視化。あれだけ映像が不鮮明だったのは、刻一刻と状況が変わっているからかもしれない。両親の時は、まだ多少なりとも猶予があった。だからこそあれだけ鮮明に可能性が視えたのだろう。


「助けを求め泣いているたった一人の男の子すら救えず、何が女王ですか! それに彼は、間違いなくわたくしの騎赤でございます。前代未聞と仰るのならば、わたくしがその前例になりましょう! わたくしは、わたくしの騎赤を救いに参ります。それが彼等七騎士の、そしてこの国の民達の命を預かる、わたくしの責任です!!」


 処罰はのちほど、いかようにも。

 そう言い放ってロングトレーンを脱ぎ捨てると、私の隣でノヴァーリスも自身のマントを脱ぎ捨てている所だった。


「――今この場から立ち去れば、貴女はこの国の女王にはなれない。……そう言っても、貴女はまだ見ぬ未来の騎赤を、助けに行くのですか。セシリア・メヌエット・エグランディーヌ」


 私と同じ全属性の七色の瞳が、真っ直ぐ私の瞳を射抜く。

 女神像の下で、静かにたたずむアイリーン陛下にその言葉を投げかけられ、私は一も二もなく頷いた。


「もちろんです。例え今回の件でイーニス神にわたくしの女王としての資質を問われ、その資格なしと判断されようとも、何の後悔もございません。それだけは断言できます。わたくしは、救えたはずの騎赤を、その心を救えなかったことにこそ、後悔致しましょう」


「自身がとても傲慢なことを言っている自覚は?」


「あります。ですが彼を救えば、この先幾多もの命が救われることを、わたくしは確信しております」


「そうですか。……であれば、きっと貴女は、よい女王となりますね」


「え、」


「さあ、お行きなさい。わたくしが成し遂げられなかったことを、どうか。後のことは、わたくしがどうとでもしておきましょう」


「っ……はい。ありがとうございます! 御前、失礼仕ります。アイリーン陛下」


 陛下の瞳を見つめ返して放った言葉に、彼女は初めて見る安心したような表情で微笑んだ。まさに女神のようなその笑みに慌てて淑女の礼を返し、私は自分の七騎士達の元へ速足に駆け寄る。


「聞いていましたね? 話は以上です。わたくしとノヴァーリス、スノウはこのまま騎赤救出に向かいますので、貴方達はこのまま……」


「まさか待機を、なァんて言わねえよな? 姫サン」


「……言います」


「冗談はおよしなさいポンコツ女王。そんな酷い顔の貴女と、貴女を助長しかしない団長だけで行かせるほど不安なことはありません。私とグラハムさんもお供します」


「~っ もう時間がないからとにかく飛びます! グラハム、自分で『飛べ』ますか!?」


「無茶言うな場所知らン」


「だったらノヴァーリスはわたくしと、スノウはアシュラムとグラハムを頼みます。できますね、スノウ」


「がうっ!」


 スノウが特殊()属性の属性固有スキル≪風神≫でアシュラムとグラハムを浮かせ自身の背中に乗せたのを横目で見ながら、不安そうにこちらを見る三対の瞳に、笑みを向けた。


「貴方達の仲間は、私達が必ず連れて帰って来ます。だからどうか、仲良くしてあげてくださいね」


「じょ、じょお様、ボク、ボクが……!」


「大丈夫。絶対にレイニーのせいなんかじゃありません。メイアン、カイン。レイニーをお願いしますね」


「は~いっ!」


「は、はいっ!」


 この未来を予知できなかった自分のせいだと言わんばかりに顔を青くしたレイニーを抱き締めてあげたかったが、今は本当に時間が惜しい。

 顔色の悪いレイニーを、すかさず両脇からメイアンとカインが抱き締めたのを視界の端に捉えるのとほぼ同時に、私はノヴァーリスの手を掴み、≪預言者≫で見た森へと飛んだ。




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