本編3-14
そのまま暫く七騎士の控室で会話した後、コンコンと控え目なノックの音と共に、声が掛けられた。
「皆様、顔合わせのご挨拶は済みましたでしょうか?」
かおあわせ。
その言葉を鸚鵡返しに口の中で呟いて、私はハッと瞳を見開いた。そうだった。あの会合は非公式なもので、私達は体面上、初対面なんだった。咄嗟に周りに居た私の七騎士達を見やる。
アシュラムとグラハムは呆れながらも心得たと言わんばかりの顔だったが、年下組は若干きょとんとしていた。
「ボク達は~はじめましてぇ~」
「あ、そ、そうでした……! 初めまして、ワタシはカイン・ウォッチと申します。神殿で神子を務めております!」
「え、え、ぼ、ボク、は、レイニー・ヴァーグ……。えっと、えと、夢、の、力を……持ってマス……」
「ボクは緑のメイアン・クレールだよ~。お花をねえ、ふわふわって咲かせるのが得意なんだぁ~」
あのしっかり者で優しいお姉さんに愛されて育ったメイアンは、ふわふわした言動とは裏腹に年下組のまとめ役になる事が多いらしい。ふにゃりと笑ったメイアンの一言で今更自己紹介を始めた子ども達を目の当たりにし、私は泣きそうになっていた。是非ともアーキデュークとベルを混ぜたい。だってうちの子達がこんなにも可愛い。
「オイ姫サン」
「はっ! ん、んんっ……ノヴァーリス、扉を開けてください」
「畏まりました」
「お時間を頂きまして、ありがとうございました。お陰様で、わたくしの七騎士達と無事挨拶をさせて頂くことができましたわ」
呆れた顔を隠そうともしないグラハムにわき腹を小突かれ、正気に戻った私は瞬時に着ぐるみレベルのネコを被る。ずっと私の傍に控えていたノヴァーリスに扉を開けてもらい、私達を迎えに来たらしい神官に、にこりと令嬢らしい笑みを向けた。
「それはようございました。間もなく戴冠式のお時間となりますので、セシリア・メヌエット・エグランディーヌ新女王陛下、並びにその七騎士の方々を、王宮の『イーリスの間』までご案内させて頂きます」
「セシリア様、どうぞお手を」
「まあ、ありがとうございます、ノヴァーリス。では、エスコートはお任せ致しますね、わたくしの騎紫」
「身に余る光栄でございます」
今私達が居る女王宮と、これから向かう王宮は、厳密に言えば同じ敷地内にある建物だ。国の政務や式典、女王の戴冠式や七騎士の任命式などを行う場所が王宮で、以前乗り込んだタイサンの執務室があるのも、もちろん王宮の方だ。
女王と七騎士の住まい、つまり個人の私的空間が女王宮となる。各属性の最高峰たる女王と七騎士がおり、アルカンシエル王国内で最も安全であることから、女王宮には迎賓室なども多く用意されていた。今回私達に宛がわれたのも、数ある迎賓室の中の一室だ。
その為、王宮から女王宮まではそこそこの距離がある。一応、賊の侵入防止として結界は張ってあるのだが、私の各属性レベルの方が優に上回っているので、あまりどころか真面目に意味はない。ちなみに、ノヴァーリスの氷属性も結界のレベルを余裕で上回っていたりする。
雷属性の≪時空間転移≫を使えば直ぐなんだけどな……。と内心でぼやきながら、ノヴァーリスに差し出された左手の上に、自身の右手を乗せた。ここに来た時と同様にスノウがロングトレーンをぱくりと咥え、私の左側斜め後ろの位置にアシュラム、スノウの隣にグラハム、その後ろにメイアン、カイン、レイニーが横並びで立ち、神官に先導される形で、私達は女王の戴冠式の時にのみ使用されると言う『イーニスの間』まで、ゆっくりと歩を進めていった。
ちなみに『イーニス』とは、この国が祀る女神の名である。確か前世ではギリシア神話に登場する虹の女神だったはず。神話好きの友人に「ずいぶんマイナーな女神を主神にしてるんだね、そのゲーム」と言われたのを、なぜか今になって思い出していた。
大きな扉の前で私達に頭を下げた神官に目礼を返し、聳え立つように存在感を放つ観音開きの扉を見やる。この向こうに足を踏み入れ、アイリーン陛下から女王のティアラを授かった瞬間、私はこの国、アルカンシエル王国の女王となる。
政治に介入する権利などない、国の護り手の象徴でしかない存在。かつてのセシリアは、きっとそうだったのだろう。額面通りの、優等生みたいな女王陛下。でも私は、私にできる精一杯で、この両手で護れるものを全力で護りたい。きっとその為に神様が授けてくれたステータスがあるのだから。
「――大丈夫です、セシリア様なら」
ただ、一国の女王となることが怖いか怖くないかと問われれば、もちろん、怖い。その重責が、その運命が、この手のひらからどれだけの命を取りこぼしてしまうのだろうと想像するだけで、足元が崩れ落ちるみたいな恐怖が、私に腕を伸ばしてくるのだ。
そんな私の恐怖を見透かしたかのようにゆるりと微笑んだノヴァーリスの手を、ぎゅっと握りこんだ。
「……うん。だって私は、一人じゃないもの」
やっとお互いに聞こえるぐらいの小さな声でそう呟いて、私はゆっくりと瞬きをした。
それでも。それでも、大切な人が傍に居てくれる。足元から這い上がって来る恐怖に打ち勝つには、十分な理由だ。両親が、アーキデュークが、スノウが、サクリーナが、私の七騎士達が……そして何より、ノヴァーリスが居てくれる。
ゲームの時は関係ない。私は今この瞬間、この場に生きている彼に、恋をした。
ふっと優しく笑う顔が、好きだなって思う。自分より背の小さい子達と目線を合わせる為に膝を折るところも、スノウに顔中舐められて困ったように笑っている顔も、アーキデュークの為にあえて厳しく剣術指南をするその横顔も、全部私にとっては愛しくて、大切で。だからこそ私は、彼を護る為にも、女王になる。悲しい運命を壊す為に。彼等が、笑顔で居られるように。
私にとっての覚悟なんて、きっとそれだけで十分だ。
「セシリア・メヌエット・エグランディーヌ――イーニス神の神託により、まかり越しましてございます」
深く息を吸って、前を見据える。私は背筋を伸ばし、凛と声を張り上げた。
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生きてます。Twitterに生息してたりしてなかったり……。
ろくなこと呟いてませんが、生存確認にどうぞ。
秋月優里@Aki_Yuri_duki
二次創作、腐向け、女体化なんでもござれの超雑食垢なので、アンチ回れ右、自衛お願い致します。




