本編3-9
「貴方のお祖父様――ノルデ・ウォールターの行動は、この国の女王を救ったのではありません。この国に生きる、一人の女性の命を、救ったのです。七騎士の黄騎に相応しい、立派な最後だったのでしょう。しかし、彼の騎士を失ったのは、間違いなく悲しく、本来ならあってはならない出来事でした。わたくしは、彼の騎士の犠牲を当然などとは思いません。思えません。彼の騎士にも家族があった。彼を愛してる人が居た。そんな方々に向かって……グラハム、貴方に向かって、貴方のお祖父様は国を救った英雄だなどと言う権利は、この国の誰にも、ありません」
「っ……」
「アイリーン陛下も、表立って謝罪も、感謝も伝えられない自分が不甲斐ない、申し訳ないと、申しておりました」
「今更っ!!」
ガタ、と音を立てて、ソファがずれる。勢い良く立ち上がったグハラムは、しかし行き場のない怒りをどうにもできないようで、「くそっ……!」と強く自身の拳を握りしめていた。
ゆっくりと頭を上げ、その光景を目の当たりにした私の胸に、チクリと痛みが走る。
そうだよね。今更、今更だ。
十年前、当時の黄騎であったグラハムの祖父は、現女王陛下を魔物から庇い、死亡している。例年になく魔物が異常発生した年であったと書物で見たのを覚えているが、十年前と言えば、叔父が私に対し禁呪を行った年でもあった。
恐らく黄騎死亡により、一時的に綻んだ守護の目を掻い潜り、あの凶行を行ったのだろう。そして私は記憶を失い、グラハムは大好きな祖父を、失った。
だから彼はこの国を恨んでいる。自分から、家族から、大好きな祖父を奪った、このアルカンシエル王国を。
それでもグラハムがこの国を見捨てないのは、ひとえに大好きな祖父が愛していた国だからだ。大好きな祖父が、その命を掛けて護った国だからだ。
「オレが、オレがどんな気持ちで、この六年を過ごしたかっ!」
なのに、グラハムが十歳の誕生日の時、神殿で下されたのは、雷属性の高い適性だった。それこそ、彼の祖父をも凌ぐかもしれない、高い、とても高い魔力適性。まず間違いなく次代の黄騎になるだろうと周囲はグラハムを持て囃したが、彼の家族は、そしてグラハム自身は、その事実に絶望しか抱けなかった。
当たり前だ。また大切な家族を失うかもしれないのだから。大切な家族に、また家族を失う苦しみを味わわせるかもしれないのだから。
黄騎は雷属性のスキル傾向ゆえ、騎赤と並んで最前線に立ちやすい。雷属性の固有スキルを存分に活かして、死角からの一撃必殺を得意としている黄騎がほとんどだからだ。グラハムも例に漏れず、状況をすぐさま判断し≪時空間転移≫で相手の死角に入り込み、一撃で≪咎モノ≫を倒すことを得意としていた。まさに電光石火の早業。
今現在の彼にそこまでの技量はないだろうが、本質は変わらないだろう。
「……私は、貴方のお祖父様のことを勇ましく勇敢な黄騎、だなんて思わない。彼は生きて、国を、そして貴方達家族を護るべきだった。ただただ、凄惨な偶然が重なってしまった。陛下も、陛下の青騎も、治癒の適性をお持ちではなかった。アイリーン陛下が水属性の治癒の適性さえ持っていれば、近くに治癒の適性を持った青騎が居れば、救えた命だったはず。だからと言って、適性がなかったアイリーン陛下が悪いとも、私には言えない。私はきっと、目の前でノヴァーリスが……貴方達の誰かが血の海に倒れれば、狼狽える。取り乱すと思う。まともな判断だって、下せないかもしれない。でもね、グラハム」
「……」
「貴方のお祖父様が、魔物から負った致命傷以外の傷を負ってなかったのは、例え亡骸であったとしても五体満足で貴方達家族の元に帰ってこれたのは……傷だらけになりながら、魔物によって分断された他の七騎士達が到着するまで、アイリーン陛下が事切れた貴方のお祖父様を護りながら、戦ったからなの」
グラハムのためにもこの場を設けると、タイサンに、そしてアイリーン陛下に告げた時に、タイサンから教えられた、かつての事件の、真実。
表立っては伏せられているその話に、陛下は常に「わたくしの責任だわ。総て、わたくしの未熟さが招いた結果なのよ。事切れる寸前のノルデに叱られて、わたくしはようやく我に返った。ノルデの家族に恨まれて当然のことを、わたくしはしてしまったのだから」と悲痛な面持ちでいた。あの事件は、いまだ彼女の中に、深い爪痕を残しているのだろう。
「なンで、何で今なンだよ……! じいちゃんの女王サマがアンタだったら、じいちゃんの代の七騎士達が、コイツ等みたいに強い力を持ってたンなら、じいちゃんは、死なずに、済んだかもしれねェのに……!」
ぱた、ぱた。透明な雫が、次々に零れ落ちる。
「なンで、よりにもよってオレの代の女王サマが、アンタみたいなヤツなんだよっ! 全部を護るなンて綺麗事を真顔で言えるような、アンタが、どうして、じいちゃんの女王サマじゃないンだ! なンでオレなンだよ!」
まだ十六かそこらの少年の、これは魂の慟哭だ。
本当にお祖父さんのことが大好きだったんだろう。だからこそ彼は、ゲームでは絶望を、諦めを抱え黄騎に就任した。きっといつかは、自分も祖父のように死ぬのだろうという諦念を、抱いて。
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