本編3-5
本日二本目の更新です。前話未読の方はご注意ください。
見据えた黄色い瞳は、分かりやすい程、たじろいでいた。
アシュラムさえ眉間の皺をなくし、ポカンとした顔で私を見詰めている。
レイニーに至っては、ただでさえあまり宜しくない顔色が真っ青だ。
それでも私は、気にすることなく口を動かす。
「選択肢がない? 違う、真逆だわ。今、貴方達の前には二つの選択肢がある。かつての、そしてこれから先の七騎士達には選びようのない、選択肢が。私の騎士になるか、ならないか。私にはそれを用意するだけで精一杯だったけれど、これがせめてもの、私の元へ来てくれるかもしれない貴方達への、誠意です。なりたくないならならなくて良い。後悔を抱えたまま生きるぐらいなら、それを誰かのせいにしてしまう自分を厭うなら、そんな選択肢は今ここで、切り捨ててしまいなさい」
五対の瞳を、順番に見詰めていく。
黄色い瞳が泣きそうに揺らめいて、ギリ、と強く拳を握る音が、こちらにまで聞こえてきた。今までにない、特例中の特例をすぐに受け入れろと言う方が無理であるのは、私だって十分理解しているつもりだ。
嫌でもならなくちゃいけないと思っていたものに、ならなくて良いよと突然言われたって、心の整理が追い付かないのは当然だろう。
ドカッと音を立てて、グラハムがイスに座り込み、項垂れてしまった。彼は彼なりに、今、自分の行くべき道を頭の中で模索しているのだろう。
私の言葉から少しののち、そうすることが当たり前のように私の傍に傅いたのは、見慣れた白月光だった。
「私の意志は変わらず、貴女様と共にあることです。騎紫、ノヴァーリス・センティッドは、永劫セシリア・メヌエット・エグランディーヌ様と共に」
「……ありがとう、わたくしの騎紫。貴方が傍に居てくれることが、どんなに頼もしいか」
頭を垂れた白月光の隣に、ぴょこんと小さなミルクティー色の頭が飛び込んで来たことに、私は思わず目を見開く。
ふわふわした髪を揺らして、その子は顔を上げ、緑の瞳を緩めた。
「わあ。お姉さまに聞いてた通りの人で、ボク感動しちゃいました~。緑騎、メイアン・クレール。姉が受けた恩をお返しする為にも、精一杯頑張ります~」
ふわっとした笑みと共に、へにゃっとした声で言葉を紡いだメイアンは、ノヴァーリス同様頭を垂れた。
……お、おう。お姉さんをなぞって女装しないメイアンはこんな感じなのか。
ここに来てから黙ったままずっと私を見ていたから何事かと思っていたんだけど、もしかしたらこのふわふわっぷりを隠す為にも、あまり人前では喋るなとか言われてるのかもしれない。
「わたくしは貴方に忠誠を誓わせる為に、貴方のお姉さんを助けたわけではありませんよ、メイアン。お姉さんのことを抜きにして、貴方自身はどうしたいのですか?」
「ボク? ボクのお話聞いてくれるなんて、やっぱり女王様は優しいです~。えっと。ボクが緑騎になればお姉さまがとってもとっても喜んでくれるので、ボクもふわわ~って幸せになるんです~。だから、お姉さまにも、お姉さまに優しくしてくれて、ボクにも優しくしてくれる女王様にも喜んで、ふわわ~ってなって欲しいから、ボクふわわ~頑張ります~」
あ、この子、不思議ちゃんか。言語設定がだいぶ独特だ。
多分今の話を総括すると、姉と私が喜ぶと自分も嬉しいから、緑騎として頑張ります。で、良いと思う。多分。
「そうですか……。人の為を思い行動できるところは、貴方の姉君とそっくりなのですね。さすが姉弟です。その優しさで国民を支えられる大樹となること、期待していますね、わたくしの緑騎」
「っ! んへへ。ふわふわだ~。ボク、ふわわ~頑張ります~」
大好きな姉と似ていると言われてよほど嬉しかったのか、メイアンはぴょこんと跳ねそうなぐらいの勢いで私の顔を見上げ、へにゃりと破顔した。
思わず弟のアーキデュークにやるのと同じ感覚で頭を撫でたら、ぎょっとしたレア差分顔のノヴァーリスに慌てて引き剥がされた。え? 嘘、私そんな顔初めて見たんだが?
咄嗟にノヴァーリスを見上げるも、咳払いに意識を持って行かれ、そちらに視線を向ける。
眼鏡の向こうで橙の瞳を細めたアシュラムが、ノヴァーリス、メイアンとは反対側の位置に膝を折り、胸の前に手をあてた。
「元より、橙騎になることを目標とし、私、アシュラム・オースティンはここまで精進してまいりました。この力、御身の御代にて、きっと役立つことでしょう」
あー。これは、私のこと丸っきり信用してないな。声が物凄く刺々しい。あくまで自分の目標は『橙騎』になることであって、ちょっと他人事みたいに言うことで、私を自身の女王とも認めてないと遠回しに伝えて来る辺り地味に性質が悪い。
アシュラムはゲーム内でもダントツのクーデレキャラだったから、初回エンカウント時に今の『私』はキツくあたられるだろうと、ある程度は覚悟していたが、現実世界でこれを喰らうのは結構精神にクるものがある。
まあ、アシュラムからしたら私の評価は『頭の可笑しい女』辺りだろう。私も彼の立場ならそう思う。前例を覆し騎士達を言いくるめる姿は、伝統と格式を重んじるオースティン家で育てられた彼にとって、異端に見えることだろう。
「貴方が民の為に尽力してくださると言うのなら、わたくしも貴方の誇れる女王となれるよう努めましょう。貴方の深謀遠慮の活躍、期待していますよ、わたくしの橙騎」
確か今のアシュラムは、サクリーナと同じぐらいか、少し上の歳だったはず。
まさか十近く歳の離れた小娘に嫌味を理解され、そして返されると思っていなかったのか、彼の口元が僅かにヒクリと引き攣る。
嫌味を言われても健気に頑張るのがゲーム上でのアシュラムの攻略方法なのだろうが、ここは現実世界だし、そもそも私は彼を攻略したい訳ではないので、ここは信頼関係を築く方向で、嫌味には臨機応変に対応して行こうと思う。
ニコニコ笑ったままの私に「う……」と小さく言葉を詰まらせ、彼は諦めたように短く嘆息し、頭を垂れた。
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