本編3-4
翌日。
戸惑いや困惑、警戒と言った感情を乗せた五対の瞳が、ニッコニコ笑顔の私を見詰めていた。
いやあ。あれだね。ゲームが始まっちゃう感じだね。いや、まだ全然始まらないんだけれど。画面越しに見慣れた顔ぶれよりも随分と幼い顔立ちが揃ったことに対して、私のテンションは可笑しなことになっていた。それを顔に出さないように、胡散臭いまでに満面の笑みである。
「熱いので、お気をつけくださいませ」
「……でェ? オレ達を此処に集めた意図はなんだってンだ、エグランディーヌのお嬢サマ」
細長い楕円形のテーブルの、五人に対して正面になる場所に私が座り、後ろにはノヴァーリスが控えている。私と向かい合う形で扇状に広がった五人の前に、丁寧な所作で、サクリーナが紅茶の注がれたティーカップを各自の前に置いて行く。
全員の元に行き渡ったのを確認したのか、黄色い瞳を胡乱に細めていた男が、おもむろに口を開いた。
そんな警戒心を剥き出しにしないでも、私は君達を取って喰ったりしないって。
無論、そんな心情が伝わるわけがないと理解しつつ、サクリーナが淹れてくれた紅茶を一口含み、手に持っていたソーサーごとテーブルの上に戻す。
「申し上げた通り、此処にいらっしゃる方々にお話があり、ご足労頂いた所存です」
「あ、……あれ、は……ご足労、っていうより、誘拐、なのでは……? だって、こんな、結界まで、張って……」
不安そうに眉尻を下げた藍色の瞳が、私から視線を逸らしつつぼそぼそと聞こえるか聞こえないかの音量で声を零す。
「……まあ、おおよその見当はつきますが」
ここに集められた全員の瞳の色を順番に観察していた橙色の瞳が、眼鏡の奥で剣吞な光を含んで細められた。そのまま私を睨み付けてきたので、ニコリと微笑んでやる。
まあ、雷属性の属性固有スキル《時空間転移》で突然目の前に現れた女に、なんの前触れもなく「セシリア・メヌエット・エグランディーヌと申します。わたくしとちょっとお話致しましょう」だなんて言われ、それぞれ余暇を満喫していた所を有無を言わせず屋敷まで連れて来られれば、警戒するのは当然だと思う。
ちなみに、おおよその場所のあたりだけ付けて近くまで『飛び』、あとはノヴァーリスの《熱量探知》で一番属性魔力値の高い人を探してもらい、その座標へまた『飛んだ』のが絡繰りの総てである。
「サクリーナ。アレを持ってきてください」
「畏まりました。お嬢様」
紅茶を淹れ終わったあと、ノヴァーリス同様私の後ろに控えていたサクリーナに声を掛け、扉近くに置いていたワゴンをテーブルの近くまで運んでもらう。
「な、なな、なんですか! わ、ワタシは賄賂など貰わないですからね! ワタシの、ち、力は、神の庇護を求めた者にのみ、授けられるもので……!」
びくっと肩を震わせ、困惑よりも恐怖が色濃く浮かぶ青い瞳が、薄っすら涙を浮かべて私を睨み付ける。それに緩く首を振り、私は立ち上がって礼を取った。
女王が、己の騎士へと返す礼を。
「先ず、突然ご足労頂きました非礼について、お詫び致します。先ほどもお伝え致しましたが、わたくしは、セシリア・メヌエット・エグランディーヌ。……この国、アルカンシエル王国の、次期女王に内定している者でございます」
「……はァ? 誘拐犯が次期女王陛下って? 笑えない冗談だぜ、お嬢サマ」
「口を慎みなさい。このお方こそ、この国の次代の護り手であらせられる次期女王陛下で相違ありません。自身の女王陛下の御前で、なんたる無礼な」
「ノヴァーリス」
「……失礼致しました」
すっと手を上げて、今にも剣に手を掛けそうなノヴァーリスを制す。本当に君は女王陛下過激派だね。チラリと彼に視線をやれば、既に剣から手は降ろしていたので、私は正面に向き直る。
「橙騎、アシュラム・オースティン様。黄騎、グラハム・ウォールター様。緑騎、メイアン・クレール様。青騎、カイン・ウォッチ様。藍騎、レイニー・ヴァーグ様。……あなた方の意志を確認したく、今回このような席を設けさせて頂きました。このことはアイリーン・ハルデンベルグ現女王陛下、並びにタイサン・トリス宰相閣下にもあらかじめお伝えをし、承認を得ています」
どこかから、それとも全員からか、息を呑む音が聞こえた。
全員が全員、どこかで自分達が次代の七騎士であると察してはいたが、実際に名前まで言い当てられたことに対しての困惑が大きいのだろう。
彼等はまだ、自分の同僚になる他の七騎士どころか、自身が仕えるべき女王陛下の顔も名前も知らなかったのだから。
「一つ、宜しいでしょうか。エグランディーヌ嬢」
「ええ、どうぞ」
「確かに私は次期橙騎に内定している、アシュラム・オースティンで相違ありません。が、戴冠式前に次期団長以外の七騎士と女王の接触は原則的に認められていないと知っていて、貴女は私達をこの場に集めたのですか?」
「それは、家同士の権力争いや、女王ならびに七騎士の傀儡化などの無用なトラブルを未然に防ぐための習わしでしかなく、法律で決まっているわけではありません。だからこそ、アイリーン陛下も今回の件をお許しになられました。この国の次期女王として、わたくしはわたくしの国民に背くようなことは、何一つしていないと言うことだけ、先ず念頭に置いてください」
「……では、貴女の目的は、我々の買収などではない、と?」
「そのようなことは神に、この背にあるヘリオトロープに誓って、致しませんわ」
いまだ剣を含む橙の瞳を真っすぐ見つめ、一つひとつの言葉を精一杯丁寧に紡ぐ。眉間に皺が寄っているせいで、結構迫力のある顔が、ふいと私から逸らされた。
一応は納得してくれたのだろうかと思いつつ、順番に顔を見て行けば、じっとノヴァーリスを見ていた黄色い瞳と目が合い、私と視線がかち合ったことに気付いた彼が、口を開く。
「お嬢サマの後ろに居る、その男がもしかして騎紫か?」
「申し遅れました。ノヴァーリス・センティッドと申します。セシリア様の御代において、騎紫の名を冠する名誉を頂戴しております。……順当に行けば、あなた方の団長、という立場にもなりましょうか」
「マッジかよ……」
す、と細められた紫の瞳に、黄騎、グラハムがあからさまに顔を顰めた。
ああ、うん。君達、ゲームでも相性悪かったものね……。温和で柔和、物腰穏やかで、しかし真面目なノヴァーリスに対し、比較的行き当たりばったり、その場の運任せな一面を持ち、「まァ、なンとかなンだろ」が口癖の破天荒なグラハムは、ゲームでもノヴァーリスのことを少し苦手としていた。
何って、属性固有スキルと性格、戦闘スタイルの相性が悪いのである。
ノヴァーリスの《永久氷牢》は、あらゆるものを封じ込める、氷の牢獄。《永久氷牢》の中では、あらゆるものが無力化される。もちろん能力差や魔力量によって無力化できる範囲は変わってくるが、魔力コントロールが七騎士一上手かったノヴァーリスの《永久氷牢》が破られることは、作中で終ぞ無かった。
対して、雷属性であるグラハムが最終的に行き着く属性固有スキルは《時空間転移》。例えば《永久氷牢》の欠片をスキルで『飛ばす』ことはできても、自身が《永久氷牢》の中に閉じ込められてしまえば、属性固有スキルも発動できなくなってしまう。
あくまでゲーム上での話になるが、《咎モノ》との戦闘において、《時空間転移》での、不規則な出現による奇襲での一撃必殺を得意としていた黄騎にとって、自身の機動力を封じられるノヴァーリスの《永久氷牢》は、まさに鬼門と言っても良い。
(……まあ、ゲーム終盤の、《時空間転移》を本当の意味で使いこなしたグラハムなら、脱出はできるんだろうけど)
とにかく今は話を本題に戻そうと、口を開く。
きっとこの言葉は、『彼』を傷付ける。それでも私は、言葉を紡いだ。
「わたくしの代に限り、七騎士就任の際には本人の同意を得ること、そして、正式な就任は成人後とすることをお伝えする為に、今回はあなた方に集まって頂きました。これはわたくしの代限りの特例処置であるが故、こうして他の方の目がない場所で、お話させて頂いております。七騎士になることを承諾して頂いても、16歳の誕生日を迎えるまで……藍騎、青騎、緑騎のお三方は、親元を離れる必要は御座いません。たまに、お手伝いをお願いするかもしれませんが、それも数時間程度の日帰りでしょう。女王宮へ身を寄せる必要はありません」
シン……と、水を打ったように静まり返る。私の言葉に対して、誰も二の句が継げないでいた。
まあ、それはそうだろう。七騎士への勅命は絶対。それも歳関係なく、自身が仕えるべき女王が就任した時点で、親元を離れ女王宮へ身を寄せることになる。
死亡、ないし魔力の衰えにより適性なしと判断されるまで、その任が解かれることはない。
それを私の代限りとは言え、個人の意思を尊重します、正式な就任は成人してからです、なんて言われても、困惑して当然だ。
ただこれは、私がアジット山脈の地底湖で採取して来た魔石と引き換えにタイサンに持ち掛けた、正式な取引だ。公的文書にだって残されている。
本当は、七騎士の就任を16歳ではなく20歳にしたかったのだが、そこはタイサンにもノヴァーリスにも却下された。
就任に対して本人の同意を得ることに関しては、この国では七騎士への就任は大変名誉なことなので、断る人は居ないとタイサンは思ったのだろう。何故こんな文言を? と問うて来たが、私はそう思っていない。あの時は曖昧にして誤魔化したが、だからこそ、この条件を盛り込んだ。
重たく横たわる静寂を破ったのは、この中で最年長である橙騎、アシュラムだった。
「……正気ですか?」
「ええ。わたくしは正気です。この件につきましては、トリス宰相閣下の許可も得ております」
「何を馬鹿な……! 彼等の成人まで、空いた七騎士の席に、誰を据えるおつもりです!」
「誰も」
「は……?」
「誰も、据えるつもりは御座いません。わたくしの代の七騎士は、あなた方をおいて他に居ないと、わたくしは考えております。あなた方には、わたくしの騎士になって貰いたい。しかし、これはわたくしの、国の願いでしかありません。七騎士になりたくないと仰る方の意志も、わたくしは尊重いたします。空席の分は、わたくしが補えば済むことです」
「は、はははっ! こりゃ良い! 貴族のお嬢サマってのは、現実も碌に見えてねえンだな! 断れると思ってンのか? 本気で? オレみたいな平民出の奴が、自分の命が惜しいンで七騎士にはなりませンって? っざけンなよ!!」
ガタン! と大きな音を立てて、イスが倒れる。
感情のまま立ち上がったグラハムは、振動で紅茶が零れるもの気にせず、私に牙を剥く。
基本的に人間不信気味の藍騎、レイニーと、恐らくこの中で一番攻撃手段を持ちえない青騎、カインが、怯えた瞳で私とグラハムを交互に見やった。
「お優しい女王様だなあオイ! オレや、そこの藍騎みてェな平民にゃ国からの命令を蹴るなんて選択肢がねえって分かっててわざとンなこと言ってンのか!? 世間知らずな貴族のお嬢サマのご慈悲ゴッコな我儘に、オレ等や国を巻き込んでンじゃねーよ!!」
服装で判断したのだろうが、突然名指しされたレイニーがこの世の終わりみたいな顔をする。
ハッキリ言おう。私はかなり調子に乗りやすく、そして短気な方だ。
私の言葉は、きっと彼を……グラハムを傷付けると解っていたけれど、ここまで一方的に悪し様に言われてニコニコしていられる程、残念ながら私は大人しく、ない。涙を流して怯える程、か弱くもない。
バン!! と思いっきりテーブルを叩く。レイニーとカインが可哀想なぐらい肩を跳ねさせたが、気にせずにユラリ……と立ち上がった。
ぎりりと、肩を怒らせ激昂を顕わにする黄色い瞳を睨み付けるようにして見据える。
「蹴れば良いじゃない」
自分でも驚く程、低い声が出た。
「私の騎士になるのなら、私は私の騎士を全力で護る。絶対に死なせたりなんかしない。でも、七騎士にならなかったからと言って、貴方達がアルカンシエル王国の国民であり、私が護るべき国民であることに、変わりはない。どちらであれ、私は全力で貴方達を護る。これが、女王になる私の、誓約」
閲覧、ブクマ、評価、誠にありがとうございます。
ちょっとここは後から書き直すかもしれない。




