本編3-2
本日二本目の更新です。前話未読の方はご注意ください。
確か彼は、病死してしまった大好きな姉の姿をなぞるように女装するようになった筈。
それがいつだったか私には解らなかったうえに、姉の死を乗り越え自分の顔大好きな女装男子に育つからそこまで重きを置いてなかったんだけど、そんな認識をしていた自分が恥ずかしい。
横っ面を殴られたような衝撃だった。
身内の死だ。いくら病死と言う逆らいようのない物だったとしても、私だったら泣いて暫く立ち直れない。
勿論、全部を全部救えないことは解ってる。きっと今この瞬間にも、私の知らない所で、私の知らない誰かが命を落としている。
それでも、この掌が届く範囲は、自分が関われる人達の事は、私の我儘で、傲慢だと罵られようと救うと決めていたのに。
「わ、わたくしの弟は、とても優しくて、優秀で! 絶対に、絶対に、次期緑騎に相応しいのは、わたくしの弟ですわ! あ、貴女様の弟御も、確かに優秀なのでしょうけど、わ、わたくしの、弟の方が、ずっと、ずっと……!」
確かにアーキデュークは、この秋から王立学園に通い始めた。
私の記憶が確かなら、弟とメイアンは同い年の筈。
突然同学年に編入してきたエグランディーヌ侯爵家の、緑の使い手。魔力保有量も家柄も申し分ない。
もしかしたら、なんて考えが過るのは、なるほど当然の事だろう。
とうとう泣き出してしまった目の前の女の子の前に膝をつき、そっとその頬に手を伸ばす。
一瞬ビクリと恐怖からか身体を震わせたけれど、結局抵抗らしい抵抗もせず、しかしぽろぽろ涙を流す緑の瞳を、絶対に私から逸らさなかった。
「それをわたくしに伝える為に、病身でありながら此処まで来たのですか? ご自身の身の危険は、考えなかったのですか?」
「な、んで……それを……」
「舐めないでくださいませ。わたくしは全属性。むろん、水属性の心得もありますの。それに、貴女様は御存知ないのでしょうが、これでもこの国の次期女王に内定している身ですのよ」
「うそ……次期、女王陛下……? あ、ああっ わ、わたくしは何という事を……!」
申し訳御座いません! と勢いよく頭を下げた少女に、ああ、やっぱり知らなかったよねえ。なんて心境になった。私が次期女王であることは、戴冠式まで一部の上層部しか知らないトップシークレットだ。
まあ、私が次期女王だって知ってたらこんな啖呵は切れないだろうなと私も思う。普通なら自分の弟より優秀だなんて言われたら、心証最悪だろう。
「顔を上げてください。弟御の為に行動した御身を、その様に扱ってはなりません」
ただまあ、普通から随分ズレたところに居る自覚はあるし、いくら家系として能力値が高かろうと、まだ俗世に慣れていないアーキデュークが未熟なのも、また事実。
それに何より、弟の為にここまで必死になれる彼女の事を、救いたいと、心から思ってしまった。
お姉ちゃんが大好きだったゲーム本編のメイアンの事も頷ける。こんなに優しく自分に心を砕いてくれる姉、そりゃあ好きになるでしょうとも。
恐怖を押し込んで、決して私から目を逸らさずきちんと自分の意見が言える、芯の強い子だ。そして実害を与える訳でもなく、貴族の子女として、異性であるアーキデュークに声を掛けるのははしたない事だときちんと理解して、自分の足で私の所まで来て、自分の口で想いを告げた。誰にでも出来る訳ではない勇気のある行動に、私の中の好感度もうなぎ上りで急上昇である。
少女の手を引いて立ち上がらせる。
よく見れば病を得てやせ細ってしまった身体は思っていたよりずっと細くて、よくこの身体で此処まで来たものだと、いっそ感心してしまう。
全属性の《浄化》を掛けて身体についてしまった汚れを落としてから、少女の細い両手をぎゅっと握りこんで、水属性の《生命の水回廊》を発動させる。
ふわ、と青い光が周囲に広がって、少女の小さな身体に吸収されていった。
大きな瞳をぱちくりと瞬いて、呆然と私を見上げる少女に、自分に出来る精一杯の優しい笑顔で笑い掛ける。
「ここであった事は、わたくし達だけの秘密です。そして約束しましょう。わたくしは決して、身内だからと贔屓することはありません。貴女様の弟御が努力を忘れず鍛錬に励み、この国の緑騎として相応しい力を、心を手にすれば、おのずと地位は弟御のものとなるでしょう。勇敢で心優しい貴女様が大切に慈しむ弟御の成長を、わたくしも楽しみにしております」
目を見開いたままぽろぽろ涙を流す少女は、何度か口を開口させ、言葉を探しているようだった。
「ですからどうか、弟御が緑騎になった暁には、たくさん褒めて差し上げてくださいませ。貴女様の優しさを受け育った緑は、きっと、この国の民に分け隔てなく優しさを運ぶ大樹となってくださいましょう」
「ど、して、そこ、までっ……仰って、くださる、の、ですか……っ わ、わた、くしは……! 貴女、様に、貴女様の弟御に、とても、とても失礼な、事を、申し上げ、ました……!」
「貴女様は、わたくしの護衛が剣を抜こうとしているのを見ても、逃げたり致しませんでした。どうせ病で死ぬ身なれば、此処で斬り殺されても構わないと言う心積もりでいらっしゃったのでしょう」
「っ……」
「しかし、その瞳に諦観は御座いませんでした。ただ弟御の為に、真っ直ぐ前を向く緑の輝きだけがあった。誰にでも出来る事では御座いません。だからそうですね……わたくしは、是非元気になった貴女様と、お友達になりたいと思ってしまいまして」
「え?」
「ああ。わたくしが次期女王だからだとか、侯爵家の娘だとか、命の恩人だとかは脇に置いてくださいませね。あくまでこのわたくし、セシリア・メヌエット・エグランディーヌとお友達になってくださるのでしたら、元気になってから是非お手紙をくださいませ。その時に、貴女様のお名前を教えてくださいね」
すう、と鱗粉のように輝いていた青い光が、全て少女の中に吸収される。
ちら、とノヴァーリスを見れば呆れたような笑顔で頷いていたので、彼女に巣食っていた病巣はこれで取り除けただろう。
「ああ、それと一つ。私、本当は結構砕けた喋り方をするから、それでも良ければ、だけどね? ノヴァーリス、彼女の侍女か護衛が居る位置、分かる?」
「おおよその位置は検討がついておりますので、そちらまでお送りして参ります」
「そう、じゃあお願いね。さてお嬢さん。もうこんな無謀な事はしないように。それと、私の弟だって姉の贔屓目全開で優秀だから、気を抜くことのないように、弟さんをしっかり導いてあげてね」
「は、はい!」
「よろしい。それじゃあ、またね」
ノヴァーリスにエスコートされ大通りの方へ向かう彼女は、何度も何度も振り返って私の方を見て来たので、姿が見えなくなるまで笑顔で手を振る。
体力は落ちているのだろうが、その足取りはしっかりしたものだった。
姿が見えなくなった所で手を降ろし、一度大きく息を吸って、吐く。
私の判断ミスで、あの子を死なせてしまう所だったのだ。
勿論、全員を救うなんて、そんな神様みたいなことが出来ないのは、私自身が一番良く解っているけど、両親を、アーキデュークを幻夢の塔から救い出してこの世界の運命を一つ捻じ曲げた時から、私は私に出来る精一杯で、悲しい運命を破壊すると決めている。
今回はただ、運が良かった。あの子が自分から私の元に来てくれたからこそ、私は将来メイアンが背負う悲しい運命の一つを、壊せただけ。
ゲーム本編のヒロインであるエレーヌを護る為にばっさり髪を切り女装をやめ、過去と決別するシーンはそりゃあ好きだったけれど、あれはあくまで二次元だから「良かった、良かったねえ」と呑気に言ってられるのだ。
「七騎士と虹色姫」のコンセプトは、「過去との決別」であったように思う。
メイアンだけではなく、他の七騎士達も過去のトラウマを乗り越え、エレーヌと共に成長していく。
でも普通に生きていれば、決別しなきゃいけない過去なんて、ない筈なんだ。
そんな事、セシリアが言えた事ではないなんて、私も思うけど。
ただ私の七騎士になる以上、決別しなくちゃいけない過去を背負って欲しくないと願ってしまう、私のエゴ。
ぎゅっと拳を握りこんで、零れそうになる涙をなんとか堪える。
幸せのぬるま湯に浸かっている場合ではなかった。
「ベルを探さなくちゃ」
私の騎赤。
運命を壊さなければ、きっと想像を絶する、常に死と隣り合わせの環境に身を置く事になってしまう、まだたった6歳の、小さな男の子。
彼が絶望を背負うのがいつなのか、私は知らない。
今年なのか、来年なのか。それともあと数年の猶予があるのか。
解っているのは、ベルは10歳の頃に受ける神殿での祝福を受けられていないと言う事だけ。つまり10歳になるより前に、彼の両親は魔物に襲われ死亡する。
最近の《咎モノ》の発生頻度から言っても、そう遠くない未来であろう。
まだ女王でない私に、この国の力を動かす権力はない。
未だ《預言者》も《過去視》も上手くコントロール出来ない私に、いったい何が出来るんだろう。
そんな漠然とした不安が、どんどん胸の裡を黒く染めていく。
本当に、私にベルを救う事が出来るの?
「……ネガティブ禁止!」
ぱちん、と自分の頬を両手で叩く。
ネガティブ思考に行くと散々な事になるのは、先の一件で身を持って理解している。
よし、と前を向いた所で、丁度ノヴァーリスが戻ってきたので、彼と一緒にサクリーナ達の所まで戻った。
女王就任の戴冠式まで、あと三ヶ月。
その日まで私は、出来るだけ外に出て、ノヴァーリスやスノウと共に魔物を狩り続けた。
閲覧、ブクマ、評価、誠にありがとうございます。
次話から話が動くと思います。多分。……多分。




