本編2-13
「さてと」と内心呟いて、私はアーキデュークから手を離し、立ち上がる。
「危ないので、離れていてくださいね」
「姉様……?」
「さあ、アーキデューク様。こちらへ」
きょとん、とした顔のアーキデュークの手を引き、ノヴァーリスが私から数歩距離を取った。勿論、両親も一緒だ。
そして目の前に薄く、しかし透明度と硬度の高い氷の氷壁を出す辺り、流石私の騎紫は私の行動パターンを良く理解していると思う。
太陽の下であっても未だ昏い影を落とす幻夢の塔へ身体ごと視線を向けて、瞼を降ろす。
息を吸って、吐いて、冷静に自分の中の魔力量を鑑みれば、アシット山脈で散々魔力を吸われたおかげか、あれだけ《生命の水回廊》を発動したのに、私の魔力はまだ十分残っていた。
そっと瞼を持ち上げる。
今、私のシャボン玉の表面みたいな色をした瞳は、いったい何色に煌めいてるのだろう。
手を翳して、絶対継承スキル《女王の虹結界》を発動する。
虹色のオーロラみたいな光が周囲に降りて、幻想的な空間を生み出す。何気に、このスキルを使うのは初めてだったりするのだが、すんなり行使出来て良かった。
絶対継承スキル、《女王の虹結界》は、言ってしまえば、私が持つエクストラスキル《全域結界》の上位互換である。
そしてこれこそが、アルカンシエル王国の護り手である、女王の証。
何者にも侵される事のない、守護の象徴。
それを個人的な感情で行使するのだから、やっぱり私に女王としての資質はないらしい。でも私には女王の資質とか、品位とか、そんな物より護りたいものがあるから、躊躇う事無くスキルを行使する。
《女王の虹結界》によって生み出された七色の光が、円筒型に聳える幻夢の塔をすっぱり覆ったのを確認して、私は最大火力で炎属性の最上位固有スキル《大煉獄》を発動した。
ごう、と全属性随一の攻撃力を誇る炎が、薄汚れた幻夢の塔の表面に炎の腕を伸ばす。
凄まじい勢いで、炎が踊る。
《女王の虹結界》で建物全体を覆っているので、こちらに熱風が届くことはないが、ノヴァーリスの氷壁によって護られているお父様も弟も、あのお母様でさえも、言葉を失っているようだった。
「……忌々しい記憶など、残す必要はないのです。その根源たるこの場所も、今までの哀しい記憶ごと、全部今日、ここで炎の中に昇華させてしまいましょう」
ガラリ。音を立てて、幻夢の塔が崩れ始める。
《女王の虹結界》の中は、想像を絶する高温になっているだろう。
密閉された結界の中で、酸素もなく炎が燃え続けているのは、ひとえに私がずっと《大煉獄》を発動させ続けているからだ。
この炎は、酸素を燃やしているのではない。私の魔力を燃やしているのだから、私が発動を止めない限り、燃え尽きる事はない。
「一切の灰塵も残さず、燃やし尽くしなさい、《大煉獄》」
私の声に応えるかの様に、一層強く、炎が揺らめいた。
一般的に、石は約700度程の熱を加えると粉末化すると言う。
ガラ、ガラと音を立てて崩壊していく幻夢の塔を見ながら、一層威力を高めるよう意識して手を翳す。
家族には恰好付けてあんな事を言ったが、結局、私自身が、こんな場所が、私の、セシリアの家族を、セシリアと引き換えに苦しめ続けたこの忌々しい記憶の象徴が、エグランディーヌ侯爵領にある事が許せないだけ。
結局私には《破壊者》の称号通り、何かを壊す事しか出来ないのかもしれない。
それでも、壊す事で救われる心がある事を、確かに知ったから。
燃え続ける幻夢の塔を、今まで自分たちを縛り続けていた物が消えていく様を、呆然と眺めているお父様と、お母様と、アーキデュークにチラリと横目で視線を送る。
——私は、貴方達を苦しめていた過去ごと、壊せる訳ではないけれど。
それでも、ほんの少しでも、前を向いて歩き出す手助けになれば良い、なんて。とんでもなく自分勝手な理由だけど、この世界の未来を変えると決意した時から、私は自分の手で護れる全部を護ると決めた。
拒まれようと、罵られようと、私は私が護りたいものを、人を、自分勝手に護るだけ。
だって、私は私の為に、私の大切な人達を護りたいだけなんだから。
最初は、推しを……ノヴァーリスを護る為に、自分と世界を救おうと思った。
《私》はこの世界に発生したバグ。だから、彼を助けたら表舞台から姿を消すのだと。
でも、この世界で、セシリアが私になった。両手から溢れてしまいそうな程、大切な人が増えた。
そして、私が好きになった人にも、この世界を好いて欲しいだなんて願望も、芽生えてしまった。
「……どうか世界よ、彼らに祝福を」
温度を高め続けた炎はやがて色を変え、青い炎が幻夢の塔に掛けられていた術式と、夢属性の《幻覚》をも、燃やし尽くした。
セシリア過去贖罪編、一応後1話を予定しております。
もう少々お付き合いください。




